ニ
「世界を救いたいか?」
そんな疑問に僕は無言のまま壁に寄って立っていた。
のそのそと歩み寄り、ギリースーツに身を包んだ太い声は僕の頭に無理やり入ってきて心の蓋を開けようとする。
「救うのは……僕じゃない、あいつだよ」
何とか声に出たのはただの弱音だった。
窓辺から埃が太陽の光筋を太く映し出す、狭い部屋には塩臭い匂いが圧迫していた。
「勇者でなくとも英雄にはなれる、諦めるのか?また」
煩い、煩わしい。過去は振り返らない、僕はずっとあいつを陰から眺めるだけで十分だ。
キャビネットの上には小さな鏡が乗っていてギリースーツの真横を移している。
「そこにある錆びてない剣は何のためにある」
窓から入ってきた男は僕の辛い過去を無理やり思い起こさせる。あの時、僕は意気地なしになった。仲間が倒れていく中僕は今のように剣に向かえなかった、でもあいつは……勇者の如く覇気を発して立ち向かった。
悔しかった。大人げないと言われても、力量の差は悔しすぎた。
楔に巻かれた僕の心がぎしぎと音を立てて揺れ動く。
「危機に立ち向かえ、お前の剣はまだ錆びてない」
バタバタと窓掛がはためく。
僕が顔を上げた時には男は既にいなくなっていた。
風は強くドアに掛け合った錆びたチェーンも揺らしている、埃は光に当てられ部屋中をキラキラと飛び回っている。
ゆっくりと窓を閉める。
『行け』
ガチャリとなったドアが僕に言っているようだった。
『行くんだ』
狭い部屋は朝日に照らされ満遍なく光に覆われている。
錆び付いたチェーンを外した。
白銀に輝く剣を鞘に納めて僕は小雨に飛び出した。
たまーに雲と地平線の間に太陽が幻想的に出てます。