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練習・習作  作者: 黒心
18/42

十九

 冷たいくも穏やかに吹く夕方のこと。朝と同じ顔をしてコンクリートとガラスの間に落ちていく太陽が軒先を照らして、グレーのパーカーを着て軽やかに飛び出す背の低い少女を捕らえた。取り込まれるように延びる黒い影を作りながら、てにもつキャンディーを衣のうへキャンディーを入れてバンダナを口元に巻いた。


「ふぅ、さふい」


 隣を行き過ぎる外国人に敵意を向けて、彼女はいくつもの天高く登る混凝土製の無機質な建物に挟まれ、親子連れの子供がはしゃぐ通りを歩き、二つのビルの冷たい風の吹く横穴へ入った。奥に後方は光がある。しかし、縦に長いビルの隙間には光など入る余地がない。どこから流れ着いたかわからないヒーローもののアクセサリー、小さなハンカチが落ちている。


「今日は、ここだね」


 暫く瞼を閉じる。僅かにあった光は消え、聞こえてくる街の騒音も次第に遠のき、彼女は口元のバンダナを取り、目を開けた。そこは異空間、彼女の謂わば仕事場である。

 僅かに光る黒い目で、この世と思えないほど漆黒の世界が広がっていた、この世界にいる誰かを探すのだ。それが孤独な動物であるか、人を襲う猛獣か、はたまた狂ったものであるか。


「気付かれてませんように」


 背の低い彼女の淡く光る目には小さな町が映っていた。家々が立ち並び、電柱がそれに続く。動物が人間である可能性が高まった。しかし現段階では犬やゴキブリでも同じ光景が映る前例もあり人と決めつけることはできない。

 異空間を口悪く言うと潰す、よく言えば一般人が“ここ”に巻き込まれないために閉じることを彼女は今からしようとしている。手から粘り気の大きいドロっとしたものをバケツをこぼしたようにアスファルト──おそらく住宅街の道の地面はそれで構成されているはずだ──に撒く。それはウニョウニョとアメーバを彷彿とさせる動きであちこちへ移動を始める。

 その黒いゲル状を三、四つ撒くと彼女はまた何処かへ当てもなく歩き始める。再びてからアメーバのような液体を、しかし今回は色が青く明確に付いているものを手の平から地面へ落とした。


「グズ、いい?何か見つけたら教えて、他のグズも使っていいから広く浅く探すこと」


 グズと呼ばれたゲル状の生物らしきものは自らの体から黒っぽいグズを生み出しながら移動を始めた。先ほどよりも素早く移動しているようだったが、儚い努力は僅かばかりである。


 色のない世界を見渡し、目星をつけた一軒家に入った。目に入る色は黒のみ、闇に包まれたい世界であるのも関係しているのだろうが、加味しても酷く単色の世界であった。

 一軒家の中身は何もないに等しい。電話が玄関の地面に一つに下駄箱の中の子供用の靴が一足、二階へ続く階段は閉ざされている。他に数件の建物を回ったがどれもこれも同じである。彼女の先程声をかけたグズからも連絡や接触はない。


「上に登って……見渡す。急がないと…」


 再び粘着質のグズを手からドロドロと黒い床の上に落とす。足に手に取り付くグズは彼女が歩き出すのに追従し、一階の窓から外に手を伸ばすと壁に張り付き彼女が地面に落下しないように吸着した。足を壁や窓枠に付けるとタコみたくキッチリ張り付いた。腕に足の力が足りないためか、十分ほどで黒い屋根に到達した。


「グズ、見つけた?光って」


 真っ暗闇の地平線に一箇所、一瞬だけ豆電球が光った。


「よし、後でキャンディーあげる」


 ぴこぴこと点滅が繰り返された。


 脚にまとわりつくグズを一気に蹴り出し、小さな体からは想像できない跳躍を魅せる。道の向こう側の屋根に着地した。家の屋根の上でグズを脚に補充しながら八艘飛びのように家に家にと屋根を跳んでゆく。刹那、足を挫いた曲がり方をしたが、息を切れ切れにして七つ目の屋根に着した。


「ごめんグス……もう一回」


 光のない闇夜の世界に豆電球はともらなかった。顔を顰めて怪しんで、先程の位置を確かめる術もなく。僅かに震え震えてまさに悪寒の走る小さな背中。その時、子供の鳴き声が耳に入った。

 ゆっくり、ゆっくり、窓から二階の中を見た。幼稚園ばかりの男の子が泣きじゃくって顔は詳しく見えない。長い髪の毛が彼女の視界を遮った。風が世界に吹いていたのに気付けず、風の吹いてきた方向を見ると────


 目には見えない。人間の直感が巨木を眺めるのと同じように顔を上げ、虚無感に近い荘厳さと逆なハッキリとした敵意を視界一面にかんじとれた。手から赤色のどろりとした液体を出す。


「……グズ、出口を探して」


 急いで窓に飛び込んで泣く幼稚園児に声を掛ける。


「えっと、どうして泣いているの?」


 泣きじゃくる子供を無理やり抱える気にはなれなかった。

 小さな声にならない声、かすれる息遣いだけが耳の届く。じわじわと嫌な寒気か、いまだ試したことのない高揚感か、さもなくば、置いてけぼりの好奇心が胸に迫ってきた。温まっていた身体が冷め始めて手先を子供の顔肌の温かさがじんわり伝わってくる。


「キャンディー……食べる?」


 聞き取りずらいが「うん」と聞こえて彼女はポケットから小袋を取り出して二つに割った。片方を唇に触れさせると口を小さく開けて片割れを食べた。もう一方を子供の手に載せる。


 泣き止んだ少年はしばらく動きそうにはなかった。周りを見渡し、写真立てやアルバム、背の低い勉強机からはアクセサリーが見つかった。写真は色付きの家族写真であったが、明るい色をとこどころに使いながら暗色が周りを覆っている。ヒーローものが多く部屋への扉はポスターで塞がれていた。


 キャンディーを食べ切った少年が顔を上げて泣き止んで皺くちゃになった顔を彼女に見せた。曇った目線、縫い合わされている唇、華奢な服装に着られている幼体。込み上げてくるものがあったが、同じ目線に立ち焦る気持ちを落ち着けて、何を言葉にするか考える。

 よく見れば、彼女はその子供が青い目をしているのに気づいてしまった。同情よりも先に自身の無意識が感情の層を突き破って行動に転じようとしている。

 堪えて、耐えて……嫌悪感は面に出ずに済んだだろう。彼女はじっと心と葛藤している中、歪な子供の目は葛藤の一端を貫き、恐ろしさを感じさせる気配があった。


 手に乗っているもう一つのキャンディーを口に含んで噛み砕いた。


 ガリゴリ、ガリコリ。


「……また戻ってくるね」


 再びキャンディーの小袋を渡すと窓から外に飛び出す。腕の服を捲って白い肌から黒ずんだグスに色のついたグズを飛び散るほどに大量に出し、大人の背丈ほどのスライムがいくつも出来上がった。


「黄色、私についてきて」


 きっと目の前にいるであろう、差し詰め子供をこの世界に縛り付けている何かに向けて歩む。唾を子供がいる方向へ吐いた。


 周りにいるスライムが彼女の体を取り巻き一緒になって虚空に飛び出し、何かを思い切り蹴り上げた。


「胸筋」


 粘着質なグズを貼り付ける。が、弾き飛ばされてしまう。何とか地面に着地した。


「ふぅ、寒いね。あったまっていこうよ」


 俄に笑った。

 飛んで空中を回って回ってグズを飛び散らせ、壁みたいに硬い何かを蹴ってさらに高みへ上がる。


「光って!」


 グズは小さな光を寄せ集め、小太陽がいくつも出来上がり、何かの全体像が露わとなった。


 それは道に落ちていたヒーローそのものであった。


 かの頭上よりも高く位置しているのも束の間、落下を始めた。


「黄、覆って、蹴るよ」


 黄色のグズは彼女を膜のように覆い、真っ黒の頭に蹴りを入れる。風が巻き起こるが双方揺れている様子はない。

 ヒーローの頭の上がうにょっと動くと何人かの人型が現れた。


 彼女に向かって、個性ある格闘術を見せつけるが口をスライムで覆われ、投げ飛ばされた。足を飛び散ったグズで掬われた個体もいれば、回し蹴りを喰らい身体を崩壊させた個体もいたが、総じてヒーローの顔をしていた。


「……」


 次は無かった。小太陽は段々と萎んでいく様を捉え、頭の上の面積も同様に小さくなっていく。


 結局、何も無かったかのように消え去った。温まった体は急激に覚めていき、経験したことのない現状に戸惑い、寒さを感じてバンダナを口に巻いた。


 あの小さな子の元へ戻ると、部屋に明かりが灯っていた。泣いてはいないようで、ポスターを剥がそうと背丈が足りないようだった。


「剥がしてあげる」


 といっても、彼女も背丈が足りなくてグズを伸ばして剥がした。めくった服に気づいて腕を服でまた隠した。


「ありがとう」


 彼女の顔は複雑に筋肉が動いてなんとも喜べない表情になった。青い目をした少年になんと声を掛ければいいのか苦心していると、彼は扉を飛び出して一階へけたたましく階段を降りた。割り切ることのできない足取りでついて行く。


 痛む脚を堪えて軋む階段を下って目の前には玄関がある。子供は下駄箱から靴を取り出しているようだった。

 一瞬振り返って、笑顔を見せると闇の世界へ消えていった。


「……そういや青は──」


 ゴトン。彼女の立つ左右の扉から聞こえてきた。


「窓が空いたからか……」


 扉には青い液体がべっちょりとついていて、理解した。バンダナを首まで下ろし、腕を捲った。


「子供には、揺らぎそう。でも、大人なら」


 暗闇の世界にいくつもの小太陽が出来上がった。家屋は薙ぎ倒されて巨人でも歩いたかのような跡が散見し、五色の液体は特に華々しく輝きを放っている。彼女の元いた一軒家には何も残ってはいないが、形見のように写真盾が惨状を免れた。吹きさらすビル風が入り込み、砂のように残骸が消えていく。


 残ったものは何もない。


「キャンディーちょうだい」


「……」


 そっと、ポケットから最後の一個を出した。赤いグズが纏わり付いてくる。


「わぁい」


 青い目の子が笑ってキャンディーを頬張って、ビル風に歪な服をたなびかせる。ハンカチやアクセサリーを拾って深いポケットに入れた。


「目、ちょっと止まって」


 子供はキャンディーを舐めるのもやめて時間が止まった。まん丸に開いた目からカラーコンタクトをはずした。車の光に当たる黒いりくりとしためが顕になった。


「動いていいよ」


 再びキャンディーを頬張り始め、赤い液体がぼちょんと地面に落ちて薄く(べろーん)広がった。

 赤い光が奥の方から来たのを見て、彼女は来た道を戻る。


 寒い夜にバンダナを口に巻いて広くなったポケットに手を突っ込む。今日を歩く老若男女に青い目が混じっていると、どうしても汚い目線を向けてしまう。

 夕暮れ時の道とは違う。子供のいない道を背の低い、子供のような彼女は歩いた。


「ふぅ、寒い」


 白い息が立ち上る。

友人ニ、探索してほしい。

友人三、異能で戦闘。だったはず、書けなかったよ。

友人四、子供を救ってほしい。ごめん、中途半端になった。

友人一、極右、外国人を嫌う系。弁解がありましたが友人一は疲れているとか、最近はノイローゼなのか、心配しているとこなのです。

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