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練習・習作  作者: 黒心
12/42

十三

 現代日本、花の都は憂鬱な気配に包まれ刹那的快楽の横行を愉悦に許諾し鉄の轍を孕む雑木林となっていた。都の治安の悪化はそのまま世界に波及し、極小の組織が我が物顔で無抵抗な人々から金品を巻き上げ私腹とし、その組織はまた別の組織に吸収される。さらに組織が分裂し同じことが繰り返される。今ある体型を維持し肢体を動かし技術を維持するのが限界となってしまった。世の中は崩れ去るビル群には目も暮れず屋根が落ちた建屋を直すのに必死なったのだ。

 それでも国は存続し、技術革新は這ってでも行われている。

 そんな世界、日本の都で痩せ型でフケを髪に付ける男は頭をかいて口を開いた。


「暗殺?あーすいませんね、出来る限りはしますが依頼主との関係が知れることになりますよ」


 廃墟になった雑居ビルに居座る自称万屋の栗鳥 會は目の前の仕事をやんわり断ろうとした。相手の容姿は仕立てのいいスーツを着こなし、服上からも判る筋肉質。圧巻な顔の造形は厳つい親父を思い出させた。

 威厳ある男は譲らなかった。


「関係はバレませんよ、此方で処理します」


「大がつく組織はそんな事簡単にしてくれますね」


「猫の手も借りたいぐらいですがね」


 會には侮辱に聞こえた。税金のかからない廃墟ビルに篭り、外を跋扈する一昔前のヤクザ紛いの取り立て屋から逃避行を繰り返す會は大組織のスーツの言っていることが、どんなことも自分には出来ない高尚なことだと見上げていた。

 會は出入口を塞ぐように座る男の目を見るが何も分からない。ヘンテコな部分に朽ちかけのソファを置いてしまったこと後悔した。それでも會は足りない脳味噌を人生で初めてショートさせて考えた。


「俺以外にもこの仕事の依頼をしていると、数打ちゃ当たるやつですか」


 スーツは一瞬怪訝な顔つきをしたが眉を戻す。


「人材は沢山いますから」


 使い捨ての駒は幾らでもいる。會の頭の中では勝手にそう解釈された。だが、今日の不味い飯を食う為にはゴミ箱に仕舞われる綿棒にならねばならなかった。


「他人に取られないようにしますよ」


 會は承諾した。命と引き換えに命をもらう対等な契約を行った。


「では、煮詰めましょうか」


 一時を過ぎるととんとん拍子で、面白いほど素早く話は進んでいく。誰を殺せばいい、何処にいる、如何にして侵入する、どうやって殺す?

 僅かに口内には鉄の味がする。會は人間味のない冷たい話が進むのが堪えた。荒仕事を数枚の札に変えて来た會だったが、目はちなまこになっても、手を血まみれにしたことはなかった。例え手を実際に汚さなかったとしても、感情は廃れきった倫理観にとどめを刺すことになるだろう。

 登る血流を首元で抑えた。


「では、お願いします」


「……ええ」


 未熟な過ぎる。會は自身を評価した。身近なはずの死を、目の前の惨劇を、死を見てきた會は理解した気でいた。

 コンクリートの日々に滴る下水は反吐の匂い、斜陽する太陽の光はビル陰を作り出す、堕落した気分に鈴の音はならない。




 會は喧騒に包まれている繁華街で一人静かに時を待っていた。草臥れた看板を掲げる狭い居酒屋の中には丸椅子と机がいくらか置いてある。焼酎の瓶は片付けられずに放り投げられ床に転がっているが誰も気にしない。電気でタバコを吸う酔った女は手近な男を張っ倒して金を貪っている。

 ただ一人、静かに手を握る會は掛け時計の針を一分ごとに凝視していた。


 目の前のグラスに入るお酒に白い塊を何個も入れるとポケットから金になりそうな物を置いて、グラスを持ったまま外に出た。


 人一人歩く幅がなく、歩けば必ず肩に人が当たってしまう。店の光しか漏れず、夕闇に包まれかけている繁華街、その暗がりに喧嘩がいくつも起こっている。見ると、もう二度と付くことのない街頭の元には目を血走らせた若衆が、和服を好き好んで着る老ぼれた爺を睨んでいた。


 會は異様な光景に納得するとボディーガードに固められているヤクザ紛いの元締の背後をつけ狙う。

 グラスの中身が減っていないのを確認するともう一度若衆を一瞥する。

 既にその場にはいない。


 〝しまった〟


 若衆はいつの間にかボディーガードを取り囲み、各々の手には殺意の載った様々なものが握られている。異様な視線に気づいたのかボディーガードのスーツは一斉に動き出す。若衆は待ち構えて一気に抗争が始まった。爺は血相を変えて此方へ向かってくる。

 會はグラスの中身を一気に口に入れ、走ってくる爺に吹きかけた。元締は歳に似合わず強烈な拳を會の鼻に思い切り当てる。一人のスーツも足を蹴り上げ會のけつ穴に硬い靴先を命中させた。想定以上の反撃を喰らった會は悶絶する。が、追い打ちは来ない。

 立ち直ると元締の爺もボディーガードも居なくなっていた。血まみれの地面のみが残っている。





 後日、會の元に同じスーツ姿の男がやってきた。何も言わずに膨らんだ茶色い封筒のみを手渡しされると挨拶もせず帰っていた。


 重い足取りで朽ちかけのソファに座ると會は封筒を膝の上に出した。

 そこで會の意識は消し飛んだ。

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