十一
「あなたの名前は歴史に刻まれるだろう、例えば死んでも讃えてくれる人がいます」
真夏の熱い昼時、涼しい一軒家で少年と笑顔を貼り付けた男性職員は言った。少年は足の甲を地面に向け小刻みに手を揺らし目を閉じて顔を下に向けてる。蝉の音は止んでいる。
「……」
冷風は容赦なく少年の薄い子供服を凍えさせる。涼しげな笑顔を続ける職員は新品みたく固いカッターシャツを捲っている。時間が凍ったかのようにエアコンの羽根以外は動いていない。少年はただ、じっと、足を折り下に向けた顔も動かない。閉じた目をゆっくりと開ける。水の粒が二、三滴畳へ落ちた。仮面を被った職員は少年の眉間を見つめる。
「長く……なりますか」
掠れ切った雀ほどの声は正気を失った部屋に命を吹き込んだ。少年の震えは身体中に広がり服は少年に一歩遅れて揺れる。冷風は少年の頭上を通り職員の顔に当たった。外で蝉が一体ぽとりと落ちる。
「オソレ知らずの戦士になりますか」
生ぬるい風が玄関から吹き抜ける。刹那、少年の震えは止まった。エアコンは一人でに電源が切れ、窓からは蝉の大合唱が聞こえる。瞬く間に部屋の温度は上がりじんわりと少年の肌を暖めていく。職員は化けの仮面をニヤリと崩した。
「お、おれ、……なります」
下向きの顔のまま乾いた涙を堪えて、大いに震える手を太ももに直角にして、ゆっくり垂れる冷たい汗を滴り落とし。外では人が真夏の昼を思い荷物を抱え強勢に走り、暑苦しい叫びを上げながら目的地に向かっている。騒ぎは少年の耳に届かず、頭を下げなくては血が行き交わない。どくどくなる心臓を抑え、深呼吸をいくらしようとも少年の震えは止まることを知らない。職員は滴る汗をシルクのハンカチで拭き取りながら立ち上がった。
「誰もが望むヒーロー、それがあなたです」
暑苦しくなった部屋には響かなかった。




