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まとも

人を殺してみたら驚きの展開に!

 干からびた虫の亡骸を床から拾う。


 君死にたまふことなかれ、そんなことを言ったのは誰だったか。どこかで聞いた気がするけれど思い出せない。死んでほしくない人が死に、碌でもない人間が生き残る。彼が死んだのは、この世の必然なのかもしれない。

 彼はなぜ死んだのか今でもよくわからない。いや、死んだ理由はわかっている。ただ私の頭が理解するのを拒んでいる。人はこんなことで死ぬのかと怒ることもできるし、呆れることもできるはずだ。だけど、彼の死を受け入れることができない。

 彼と出会ったのは高校二年生の時だった。彼は私の一つ前の席で、いつも大人しく本を読んでいた。細身で、年齢より少し幼い外見をした見た目通りの内気な大人しい青年だった。

 彼と話すきっかけは何だっただろうか。タイトルは思い出せないけれど彼が読んでいる本について話しかけたのがきっかけだったはずだ。当時の私は読書にこれっぽっちも興味が無かったけれど、片時も文庫本を手放さない彼を見て、そんなに楽しいのかと気になったのだったと思う。彼はいつもと違ってとても楽し気に読書の魅力について語ってくれたことを覚えている。

 それから少しづつ彼と話しをするようになって、彼から本を借りて私も読書をするようになった。彼が貸してくれる本はどれも面白い本ばかりだった。ファンタジー小説からハードボイルド小説、時にはちょっぴりエッチなラブコメディまでいろんな本を貸してくれた。

 本のお返しに、私は彼にお菓子をあげた。私にできるのはそれくらいだった。いつも彼は美味しそうに食べてくれた。私が沢山のお菓子を餌付けするものだから彼の細身の体は、少しふっくらした。それでもまだ細かったけれど。


 よく話すようになってから彼は時々、()についての話をした。それは、ただ彼が背伸びをしてみたかっただけなのか、死を願っていたのか、それとも生とは何かを哲学的に考えた結果なのか、本当のところはわからない。偉大な文学者たちがそうであるように、彼もまた死と言うものに憑りつかれていたのかもしれない。

 彼が死について語る時は何だか少し恥ずかしそうだけれど、真面目だった。私はそんな彼の、はにかんだ顔ばかりに注目していた。彼の言う事は、あまり耳に入ってこなかった。いや聞こえていたけれど、聞きたくなかった。思えば、このころから彼のことが気になっていたのだろう。彼が死について語ると、彼が遠ざかる、いや死に近づいて行っているような気がして、そんな話はして欲しくなかった。だけど、それを止める権利なんか私にはなかった。


 先月、2月14日バレンタインデイ。もう授業は終わっていて、みんな登校するもしないも自由になっていた。けれど私たちは、その日も学校の自習室で一緒に勉強していた。とても澄み切った冬晴れの日で、ゆっくりと流れる筋状の雲が空を縦断していた。数日前まで積もっていた雪は解けて、道路の片隅にその名残を残しているだけだった。自習を終えて学校を出た後、学校の近くの公園で少し話そうと持ち掛けた。公園は、もう真っ暗で一本の電灯がベンチの周囲だけをぽっかりと光らせていた。そのベンチに座って、私は彼に手づくりのチョコレートを渡した。ただチョコレートを型に流し込んだだけの代物だったけど、心を込めて作ったチョコレートを彼に渡したんだ。そして彼に告白した。

「前から君のことが大好きでした。私と付き合ってください。これからも私と仲良くしてください。」

 そんなことを言ったような気がする。緊張してしまっていたので、細部は違うかもしれないけれど、おおむねそんなことを言ったのは間違いない。すると彼はとても照れて顔を真っ赤にしながらこう言ってくれた。

「ありがとう。そしてこちらこそよろしく。本当は僕が男らしく告白すべきだったのにね。ごめんね。僕も君のことが大好きです。」

 それを聞いて私の頬が紅潮するのがよくわかった。二人してハニカミながら見つめあっていた。そうしてゆっくりと唇と唇が軽く触れあった。キスと呼べるほどのものだったかわからないけれど、私の心臓はかつて経験したことが無いほど高鳴った。ぴゅうぴゅうと吹く北風の音もかき消されるほどドキドキして、痛い位の寒さもどこかへ行って身体が芯から熱くなるのを感じた。人を好きになることがこんなに素敵なことだなんて知らなかった。


 それからしばらくして、二人とも都内の大学に無事合格した。それでお祝いにデートしようって言う事になったのだけれど、待ち合わせの時刻になっても彼は現れなかった。2時間たっても3時間たっても現れなかった。その時には彼は死んでいた。


 手の中の虫の亡骸をくしゃりと潰す、簡単に粉々になった。彼の命もそうだったのだろうか。


 彼の最後は動画配信サイトに残されている。

「はい、どーもー、今日は人を殺してみたら驚きの展開に! って言う事でね、動画を投稿させてもらいましたー! イェー!」

 横たわる彼の横で、知らない男がへらへらと笑っている。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとなくですが、『殺さない彼と死なない彼女』ってい映画を連想する雰囲気の作品だと思いました。 オチはもう少しまとまったのがあった方が良かったかも。
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