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かぐや姫の物語~その後~

作者: 橘漱水

 この物語は、映画『かぐや姫の物語』(高畑勲監督、スタジオジブリ製作、2013年)を観た著者(橘 漱水)が深く感動し、月に連れ戻されたかぐや姫と地上に残されて悲しむ老夫婦の「その後の物語」を描いた作品である。(400字詰め原稿用紙:200枚)

第1章.地上の二人

かぐや姫が月へ帰った満月の夜、翁と媼は綺麗な満月を仰ぎながら、夜更けまで泣き続けた。二人の心は、天から授かった愛しい「かぐや姫」を失った悲しさで溢れていた。

「かぐや姫、私が悪かった。私がお前の心を顧みずに、『貴族の殿方に嫁がせること』だけをお前の幸せと思い、お前に結婚を無理強いして本当に申し訳なかった。姫、赦しておくれ」と翁は涙を流しながら月に向かって詫びた。

「竹の子ちゃん(かぐや姫)。私も悪かったわ。私は『貴族の殿方に嫁がせることはあなたの幸せではない』と心の中で思いながらも、爺さんの思いや行いを改めさせることが出来なかったわ。天からあなたを授かり、育てる『大切な役目』を仰せつかったのに、私達はあなたに辛い思いをさせて心を傷付け、不幸な心で月へ帰らせてしまったの。本当にごめんなさい。かぐや姫、竹の子ちゃん。赦しておくれ」と媼の目から涙が溢れた。

「かぐや姫。竹の子ちゃん。赦しておくれ」と二人は座ったまま濡れ縁で泣き崩れた。

「竹の子ちゃん、戻って来ておくれ」と二人は涙を流しながら呟いた。

 二人の心は、赤子の頃から慈しんで育てた可愛いかぐや姫を失った悲しみとともに両親である自分達がかぐや姫の心を傷つけて月へ帰らせてしまったことへの後悔の念で溢れていた。二人は、夜が更けるまで濡れ縁で満月を仰いで泣き続けた。

 翌朝、二人は爽やかに目覚めると、帳台の畳の上で上体を起こして顔を見合わせた。

「爺さん、山へ帰りましょう」と媼が爽やかな顔で翁を見つめた。

「うん、そうしよう。姫が月へ帰ったのだから、もう我々は都にいることはない」と翁は爽やかな顔で微笑んだ。

「古里の山には、竹の子ちゃんの思い出が一杯溢れているわ。私は、竹の子ちゃんと三人で仲良く一緒に暮らした古里の山奥の我が家に戻りたいわ」と媼は瞳を潤ませた。

「うむ、そうだ。昔、我々が竹の子と三人で仲良く暮らしていた、あの山奥の、あの家に帰ろう!」と翁も潤んだ瞳で頷いた。

 二人は着替えると、かぐや姫の部屋へ行き、姫の残り香を懐かしく吸い込みながら、しばらくの間、光り輝くほどの美しいかぐや姫の姿を目に浮かべていた。やがて、二人は姫の残した衣類や装飾品、道具、琴の荷造りを始めた。また、翁は山奥へ遣いを出し、かつて暮らしていた懐かしい住まいを買い戻した。そして、現在の広い寝殿を売る手続きを済ませた。こうして老夫婦は、昔、かぐや姫と仲良く暮らした山奥の古里の竹林に囲まれた懐かしい我が家へ里帰りする準備を整えた。

 かぐや姫が月へ帰ってから十五日後、朝早く、二人はかぐや姫の残した品々と共に山奥の古里の懐かしい我が家へと旅立った。かぐや姫の思い出の品々を積んだ牛車を先頭に、二人を乗せた牛車が続いた。途中で、二人はかぐや姫のお気に入りの大きな桜の木の下で休んだ。二人だけでかぐや姫がいないので、緑の葉で覆われた桜の大木は寂しそうに佇んでいた。二人は、かぐや姫と暮らしていた頃の懐かしい出来事を思い出していた。

お昼前に二人は山奥の竹林に囲まれた懐かしい我が家に着いた。先日まで他の家族が住んでいたので、住まいは傷んでいなかった。入口の扉を開けて中へ入ったとたん、二人の目の前に懐かしい風景が広がった。それは、まさにかぐや姫と共に親子三人で仲睦まじく幸せに暮らしていた頃の我が家そのものであった。

「わあ、あの頃のままだ!」と二人は瞳を輝かせた。

「姫が、竹の子ちゃんがいるみたいだわ!」と媼が輝いた瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「姫が、針仕事をしている婆さんの横にちょこんと可愛らしく座っているみたいだ!」と翁も目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

 質素な衣服を着た幼いかぐや姫が床の上に座り、自分達を可愛い笑顔で見つめている姿が、二人の目に浮かんだ。二人は、山奥の懐かしい我が家で、かぐや姫が自分達を可愛い笑顔で迎えているような気がした。二人は思わず涙ぐんだ。すぐに二人はかぐや姫が残した品々と自分達の生活用具を牛飼童と車副に室内に運び込ませると、彼らに謝礼を渡して帰らせた。二人は久しぶりに山奥の竹林に囲まれた我が家に戻り、心が和んだ。

「爺さん、竹の子ちゃんの姿絵を家の中に飾りましょう」と媼は笑顔で翁を見つめた。

「うん、そうだな。それでは、姫の唐櫃の上に飾ろう」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

二人は、かぐや姫の衣類や装飾品を収めた唐櫃の上に姫の姿を描いた二枚の姿絵を立てかけた。一枚は姫の胸から上を描いた姿絵で、もう一枚は寝殿の部屋に正装して行儀良く座る姫の姿絵である。都にいたとき、翁は、時々、絵師を呼び、かぐや姫の姿絵を描かせていた。現在、三十枚ほどの「かぐや姫の姿絵」が二人の手元にあった。

「姫の姿絵はたくさんあるから、時々、飾る姿絵を取り換えましょう」と媼は微笑んだ。

「そうだな。これで毎日、美しくて可愛い姫の笑顔を拝めるな」と翁は瞳を輝かせた。

「ええ。月にいる姫と地上の私達は、姿絵を通じて結ばれているのね」と媼は涙ぐんだ。

「もし月にいる姫がひと時でもこの絵に乗り移り、我々に笑顔で語りかけてくれたなら、この上ない幸せなのだがなあ。今でも私は質素な服を着た姫が、『ただいま』と可愛い笑顔でこの家に帰ってくるような気がするのだ」と翁は潤んだ瞳で微笑んだ。

 二人は並んで姫の唐櫃の前に座っていたが、媼は合掌して姫の姿絵に顔を近づけ、瞳を潤ませて微笑んだ。翁も合掌して微かな笑顔で涙ぐんでいた。

「姫、竹の子ちゃん。月の世界で元気で幸せに暮らしているの?もう地上に戻って来ることはできなくても、せめて、私達の夢の中に現われておくれ」と媼は潤んだ瞳で呟いた。

 二人は、かぐや姫が可愛らしく微笑む姿絵を見つめていると、瞳から涙が溢れ出した。唐櫃の上の姿絵の中のかぐや姫は、涙を流す二人を優しい目でじっと見つめていた。

 二人はお菓子とお茶でしばらく休憩したのち、久しぶりに裏山の竹林を散歩した。二人は、昔、翁がかぐや姫を見つけた場所に座り、お茶と甘いお菓子を備えて合掌した。

「姫。お前をここで見つけたとき、感激したぞ。そして、お前を手の平に載せたとき、私の心にお前に触れた喜びが溢れ、お前の温もりを感じて幸せだったぞ」と翁は涙ぐんだ。

「姫、竹の子ちゃん。爺さんがあなたを手の平に載せて連れて来たとき、小さなあなたの顔はとても可愛かったわ。子供に恵まれなかった私は、我が子を産んだ喜びを感じたの。とても嬉しかったわ。あなたのおかげで母親になることができたの。あなたのおかげで子を育てる喜びを味わうことができたの。竹の子ちゃんが子のいない私達夫婦を幸せにしてくれたの。ありがとう。月の世界で元気に暮らしてね。幸せになってね。お願い、時々、私達の夢の中に遊びに来ておくれ」と媼は優しく微笑み、瞳から一筋の涙を流した。

「姫、月の世界から訪れて、我々夫婦を幸せにしてくれてありがとう。月の世界で元気で暮らすのだぞ。月の世界で幸せになっておくれ」と翁は潤んだ瞳で微笑んだ。

 二人はかぐや姫を失った悲しみが少し和らぎ、自分達に「子を育てる親の喜び」を与えてくれた姫への感謝の念がしだいに大きく膨らんできた。二人は竹筒の中のお茶を飲みながら、幼いかぐや姫と並んで歩いた竹林の小道をたどりながら、よく姫と共に景色を眺めた丘の上に来た。この丘の上でいつもかぐや姫が新鮮な空気を胸一杯に吸い込み、青い空を見上げて、「わあ~!」と綺麗な声で叫び、可愛い顔で嬉しそうに微笑んでいた。二人の心には、今も過ぎ去りし日のかぐや姫の笑顔が鮮明に残っていた。二人は丘の上に並んで立つと、昼下がりの青く澄んだ空を見上げた。

「かぐや姫!竹の子ちゃん!ありがとう!」と二人は潤んだ瞳から一筋の涙を流した。

 二人は、しばらく青い空や眼下に広がる小さな山村の風景を眺めながら、丘の上に佇んでいた。すると、後ろから人の気配がした。

「こんにちは」と爽やかな若者の声が響いた。

 二人は驚いて振り向いた。

「お爺さん、お婆さん、お久しぶりです。木地師の捨丸です」と端正な顔立ちの青年が、礼儀正しくお辞儀をした。

「やあ、捨丸か!久しぶりだなあ!」と翁が驚いて大きく目を見開いた。

「まあ、捨丸さん。お久しぶりね」と媼が微笑んだ。

「お二人ともお元気そうですね?」と捨丸は二人を見つめて微笑んだ。

「きょう、私達は都から我が家へ戻って来たのだ」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

「私達、古里が懐かしくて、久しぶりに家の裏山の竹林を散歩していたの」と媼も嬉しそうに微笑んだ。

「そうですか。竹の子、いえ、姫はご一緒に戻られたのですか?」と捨丸は真剣な眼差しで二人を見つめた。

「いや、十五日前に、姫は遠い国へ嫁いでいった。だから、山奥の古里の村へ里帰りしたのは、私達夫婦だけなのだ」と翁は少し沈んだ顔をした。

「竹の子ちゃんは遠い国で幸せに暮らしているの。竹の子ちゃんは、都にいても捨丸さんたちを懐かしがっていたわ。この村にいた頃は、竹の子ちゃんと仲良く遊んでくれてありがとう。竹の子ちゃんは、とてもあなたを慕っていたわ」と媼は潤んだ瞳で微笑んだ。

「そうですか。竹の子は遠い国へ嫁いで幸せに暮らしているのですか。よかった。今度、竹の子に便りを書くときには、『捨丸たちが懐かしがっていた。お幸せに』と書き添えておいて下さい。お願いします」と捨丸は丁寧に頭を下げた。

「うむ、わかった。ところで、今、お前はどうしているのだ?」と翁は捨丸を見つめた。

「はい。あれから私は妻をもらい、子が一人います。現在、私は父の職を継いで木地師をしています」と捨丸は胸を張って二人を見つめた。

「ほう、それはよかった。立派な木地師になったようだな」と翁は笑顔で頷いた。

「まあ、そうですか。立派な一人前の男、一人前の木地師になったのね。あなたのご両親はさぞ喜んでいることでしょう」と媼は優しく微笑んだ。

「はい、両親は元気でいます。では、お爺さん、お婆さん、お元気で。また会いましょう」と捨丸は爽やかな笑顔でお辞儀をすると、竹林の奥へ去って行った。

 二人は、立派な好青年に成長した木地師の捨丸の後ろ姿を見つめていた。やがて、捨丸の姿は竹林の奥へ消えた。二人は捨丸に「竹の子は月から来たお姫様で、月へ帰った」と話すことはできなかった。そこで、思わず「竹の子は遠い国へ嫁いだ」という作り話をしたのである。二人は、かぐや姫が慕っていた青年と出会えたことを嬉しく思った。

「爺さん。竹の子ちゃんは、勇ましくて優しい捨丸さんをとても慕っていたのよ。ご存知だったかしら?」と媼は切ない目で翁を見つめた。

「もちろん、私も知っていたぞ。姫が捨丸を慕っていたことを。でも、『都で暮らし始めてからの姫と木地師の捨丸では身分が違いすぎる』という理由で、『姫を捨丸に嫁がせることはできない』と私は思ったのだ。姫と捨丸には申し訳ないことをした」と翁は涙ぐんだ。

「私は竹の子ちゃんが都で高貴な姫君になってからも、『竹の子ちゃんは捨丸さんに嫁げば幸せになれる』と思っていたわ。でも、私は爺さんの思いや行いを改めさせることができなかったの。私達夫婦は竹の子ちゃんの心を苦しめたわ」と媼は悲しそうな顔をした。

「もし竹の子が私達の夢の中に遊びに来たら、二人で竹の子に詫びよう」と翁は寂しそうな笑顔で媼を見つめた。

「そうだわ。私達、夢の中で竹の子ちゃんにお詫びしましょう。優しい竹の子ちゃんは、きっと私達を赦してくれるわ。そして、今、彼女がどうしているかを教えてもらいましょう。きっと幸せに暮らしているわ」と媼は潤んだ瞳で微笑んだ。

「今夜は竹の子が大好きだった『山菜ご飯』にしよう」と翁は瞳を輝かせた。

「ええ、そうしましょう。竹の子ちゃんの姿絵の前に山菜ご飯を供えましょう。きっと、月にいる竹の子ちゃんは喜んで召し上がってくれるわ」と媼は瞳を輝かせた。

 二人は竹林の中に生い茂っている新鮮な旬の山菜を採ると、やがて家路についた。秋の青い空から、爽やかな秋風が二人の体を優しく冷やしながら吹き抜けていった。

 二人は家に着くと、翁は久しぶりに竹細工に励み、媼は土間の炊事場で夕食を作り始めた。二人は久しぶりに山奥の我が家で労働に励んでいると、「幼いかぐや姫と暮らしていた頃の数々の楽しい思い出」が蘇り始め、涙が溢れて心が和んだ。そして、二人は「山奥で暮らす喜び」と「新鮮な生きる喜び」を全身で感じた。二人は、心の中でかぐや姫との楽しい思い出を辿りながら労働に励んだ。やがて、秋の日射しが茜色に変わった。

「爺さん、晩ご飯が出来たわよ!」と媼の明るい声が炊事場から響いた。

「うん、わかった」と翁は微笑んだ。

 媼が鍋と食器を板の間に運んだ。そして、山奥の我が家で久々の夕食が始まった。

「ほお、美味しそうだな」と翁が瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃんにも食べてもらいましょう」と媼は優しく微笑んだ。

「うん、そうだな。竹の子にも、久しぶりに古里の我が家で母の味を楽しんでもらおう」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

 媼は、姫が幼い頃に使っていた小さなお椀に山菜ご飯を盛り、惣菜を盛った二枚の皿とともに唐櫃の上の姫の姿絵の前に供えた。二人は正座して合掌し、姫の姿絵を見つめた。

「竹の子ちゃん、月で幸せに暮らしているわね。私が心を込めて作った『古里の山で採れた山菜がたくさん入った山菜ご飯』を美味しく召し上がっておくれ。久しぶりね。竹の子ちゃんが古里の家でお食事をするのは」と媼は潤んだ瞳で優しく微笑んだ。

「竹の子。月で元気で暮らしているな。婆さんが作った美味しい山菜ご飯を腹一杯食べるのだぞ。久しぶりだろう。婆さんが作った美味しいご飯を食べるのは。月でも、これほど美味しい晩ご飯はないだろう。ふふふ」と翁は潤んだ瞳で胸を張って微笑んだ。

 二人は姫の姿絵を潤んだ瞳で見つめていた。やがて、二人は姫の姿絵を横に見る位置に向かい合って座り、姫の大好物の山菜ご飯を美味しそうに食べ始めた。二人は楽しい会話を交わして食事をしながら、時々、姿絵の中で微笑む愛しいかぐや姫を見つめていた。

 二人は食事を終えると、濡れ縁の前の板床に並んで座り、媼が作った団子とお茶を飲みながら中秋の名月を眺めていた。二人は一尺半の間を空けて座っていた。二人の間には、幼い頃の姫が愛用していた一尺四方の小さな筵が敷かれていた。その筵の前には、小さな湯呑み茶碗と団子を盛った皿が置かれていた。二人は、今はいない昔の『幼いかぐや姫』を挟んで座っていた。翁と媼の心の中には、今でも、幼い頃のお転婆で可愛いかぐや姫、竹の子が鮮明に生き続けていた。

第2章.新たな恵み

 山奥の竹林に冬が訪れ、やがて早春を迎えた。翁と媼は、毎日、唐櫃の上のかぐや姫の姿絵の前に食事を供え、食後は姫が愛用していた小さな筵を挟んで座り、姫が暮らしている月を眺めながら「姫の可愛い姿」と「姫との懐かしい出来事」に思いを巡らしていた。

 早春の或る日、翁が竹林で青竹を伐採していると、人が近づいて来る気配がした。

「あのう、竹取りの翁さんでしょうか?」と高く澄んだ女性の声が竹林に響いた。

 翁が振り向くと、綺麗な着物を着た若くて美しい上品な女性と幼い女の子が手を繋いで立っていた。翁は山奥には珍しい上品な親子を見て驚いた。

「はい、そうですが。何かご用ですか?」と翁は姿勢を正して女性を見つめた。

「私は、都の貴族の寝殿でお姫様に仕える者です。実は、遙か遠くの山の麓にある実家の母が病にかかり、しばらく休みを頂いて、古里で母の看病と炊事や畑仕事をしに帰るところです。母の病が治るまでの間、もし差し支えなければ、私の娘を預かって頂けませんでしょうか?」と美しい貴婦人は悲しい目で翁を見つめた。

「ああ、いいとも!喜んで預かろう。私の家はこの竹林の先にあるのだ。私達夫婦は子が大好きだから、一年でも二年でも預からせてもらおう!」と翁は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

「まあ、なんて幸運なことでしょう。お翁さん、ありがとうございます。この子は、綺麗な満月の夜に生まれたので『お月』という名前です。四歳になります。宜しくお願い申し上げます」と美しい貴婦人は綺麗な瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

 美しい貴婦人の傍らで幼い娘が可愛らしく微笑んだ。

「可愛い娘だな。私達夫婦は、昨年の秋、一人娘を遠い国へ嫁がせたので、娘がいなくなり、寂しいと思っていたところだ。喜んで預かるぞ」と翁は二人を見つめて微笑んだ。

「まあ、そうだったのですか。それでは、ご自分の娘だと思って、私の娘を可愛がってあげて下さい。お願い申し上げます」と美しい貴婦人は丁寧に深々と頭を下げた。

「そんなにご丁寧に頭を下げないで下さい」と翁は恐縮した。

「それでは、お礼に金貨を差し上げます。娘を迎えに来たときにも金貨を差し上げます」と貴婦人は、真剣な眼差しで金貨の入った布袋を胸元から取り出した。

「いいえ、金貨などいりません。私は、あなたの娘を預かって育てたいと思っているのだから、お礼などいりません」と翁は真剣な目で貴婦人を見つめた。

「あり難いお言葉です。でも、お願いです。私からのお礼を受け取って下さい」と貴婦人は、切ない眼差しで金貨が入った布袋と娘の身の回りの品々を収めた布袋を差し出した。

「はい。それでは、あり難く頂戴いたします」と翁は神妙な顔をして両手で受け取った。

「『月の子』と呼ばせてもらってもよいかな?」と翁は笑顔で二人を見つめた。

「うん」と娘は嬉しそうに瞳を輝かせた。

「ええ、どうぞ。『月の子』と呼んであげて下さい。それでは、娘を宜しくお願い申し上げます。お月、しばらくの間、このお翁さんたちと一緒に仲良く暮らしなさい。良い子でいるのよ」と貴婦人は優しい目で娘を見つめて微笑んだ。

 美しい貴婦人は翁に丁寧にお辞儀をし、娘を抱き締めて頬擦りをすると去って行った。翁とお月は、貴婦人の姿が見えなくなるまで彼女の後ろ姿に笑顔で手を振っていた。

 翁は、天からかぐや姫を授かった竹林で、美しい貴婦人から幼い娘を預かったことに、不思議な運命を感じていた。翁は、「この子も天からの授かり物かもしれない」と心の中で呟いた。そして、翁は幼い娘と手を繋いだ瞬間、昔、この竹林で光り輝く竹の子の中からかぐや姫を合わせた両手の平にそっと載せたときの「温かい温もり」を思い出した。

「月の子、婆さんの待つ我が家へ帰ろう」と翁は幼い娘を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は可愛い顔で嬉しそうに微笑んだ。

 翁は、心を弾ませながら月の子の手を引いて竹林を抜けて我が家へ着いた。家の前で、媼が春の温かな日射しを浴びながら、青い空を眺めて休憩していた。媼は、翁が幼い娘と手を繋いで歩いて来るのを見て瞳を輝かせた。媼は急いで二人に歩み寄った。

「爺さん、その子、どうしたの?」と媼は輝いた瞳で微笑んだ。

「さっき竹林の中で、都の貴族に仕える貴婦人に出会ったのだ。その貴婦人の母親が病にかかり、彼女は遥か遠くの山の麓にある実家まで看病に行くそうだ。その貴婦人から幼い娘を預かったのだ。私は遠慮したのに、彼女は私にお礼に金貨をくれたのだ」と翁は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「そうだったの。まあ、可愛い子だわ」と媼は月の子の顔を見つめて優しく微笑んだ。

「この子の名前は『お月』だ。『月の子』と呼んでいいそうだ。四歳だ。この子も竹林の中で授かったので、まるでかぐや姫、竹の子を授かったときのような気がした。もしかしたら、この子も天からの授かり物かもしれないぞ」と翁は瞳を輝かせた。

「まあ、嬉しいわ。きっとこの子も天からの授かり物だわ」と媼は優しく微笑んだ。

 媼は、翁と手を繋いで上目遣いに二人を見つめている月の子の顔を見ていると、遥か昔の幼い竹の子の可愛い顔が目に浮かんだ。

「月の子ちゃん、きょうから私達と仲良く暮らしましょうね」と媼は潤んだ瞳で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は可愛い笑顔で頷いた。

「幼い頃の竹の子ちゃんによく似た可愛い子だわ」と媼は優しく微笑んだ。

 翁と媼は月の子を真ん中にして仲良く手を繋いで家の前の庭を歩き始めた。月の子は翁と媼の顔を見つめて嬉しそうに微笑んでいた。やがて、三人は家の中に入った。昼の青空に浮かぶ白い月が、三人の仲睦まじい姿を優しく見つめていた。

 三人は板の間に上がると、翁と媼は月の子を座らせた。そして、手を繋いだまま月の子の顔を見つめて優しく微笑んだ。

「月の子ちゃん。きょうからあなたの母上が迎えに来るまで、私達を親だと思いなさい。爺さんを『父上』、私を『母上』と呼びなさい。いいかしら?」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「は~い、父上、母上」と月の子は可愛い笑顔で二人を見つめた。

 二人はその笑顔のあまりの可愛さに魅せられ、翁は思わず月の子の頭を撫で、媼は両腕で月の子を抱きしめた。二人は、遠い昔、初めて小さな竹の子(かぐや姫)に触れたときの、柔らかい温もりを感じた。そして、かぐや姫が戻って来たような気がした。

「きょう、近くの森で山菜を採って来たの。爺さんが採って来た竹の子と混ぜた『竹の子ご飯』を作りましょう。煮豆もあるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「ほお、大御馳走だな。月の子が我々の娘になったお祝いだ」と翁は瞳を輝かせた。

「月の子ちゃん。『竹の子ご飯』は好きかしら?」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「うん、大好き。私は『竹の子ご飯』が大好きなの」と月の子は瞳を輝かせた。

「そう、よかったわ。すぐに晩ご飯を作るから、爺さんと二人で楽しみに待っていてね」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は可愛らしく頷いた。

 翁は濡れ縁の傍に行くと、裏山で採ってきた青竹で笊を編み始めた。月の子は翁の傍に座り、翁が青竹を編む精密な作業を不思議そうに見つめていた。翁は月の子の円らな瞳を見て思わず微笑んだ。

「お前にも少しずつ『青竹の編み方』を教えてあげるぞ。将来、私の弟子にしてあげるから、私の作業を見ていなさい」と翁は優しい目で月の子を見つめた。

「うん。父上、教えて」と月の子は瞳を輝かせた。

炊事場で炊事をしながらその会話を聞いていた媼が、板の間のほうを振り向いた。

「まあ!爺さん。可愛い弟子ができてよかったわね!」と媼の声が炊事場から響いた。

「うん」と翁は嬉しそうに頷いた。

「月の子ちゃん!爺さんは都でも評判の竹細工の職人なのよ。名人の弟子に成れるなんて幸せね!」と媼は笑顔で声を弾ませた。

「うん」と月の子は満面の笑みを浮かべて頷いた。

 月の子は、陽が傾くまで翁の竹細工の作業を翁の正面に座ったまま、じっと円らな瞳で興味深く見つめていた。彼女は聡明な瞳を輝かせ、全身から不思議な輝きを放っていた。翁と媼は月の子の高貴な可愛らしい姿に竹の子(かぐや姫)の姿を重ねていた。

 やがて、濡れ縁の彼方の空に茜色の夕日が輝き始めた。

「月の子ちゃん、晩ご飯ができたわよ!」と炊事場から媼の明るい声が響いた。

「わあ!お腹が空いた!」と翁の傍に座っている月の子が無邪気に微笑んだ。

「月の子。婆さんの作ったご飯は美味しいぞ」と翁は目を細めて月の子を見つめた。

「月の子ちゃん、おいで」と媼は料理を運びながら優しく微笑んだ。

「は~い」と月の子は可愛い笑みを浮かべて立ち上がり、媼の傍へ歩いていった。

 媼が床の上に竹の子ご飯の鍋を置くと、芳ばしい香りの湯気が漂い始めた。

「わあ、甘い香り!」と月の子は瞳を輝かせた。

 媼と翁は、月の子の嬉しそうな顔を見つめて微笑んだ。

 媼は炊事場に戻り、再び煮豆と蒸し野菜を運んで床の上に置いた。そして、あらかじめ横に置いてあった大きなお椀と小さなお椀に竹の子ご飯を盛りつけた。

「月の子ちゃん、どうぞ」と媼は優しい笑顔で竹の子ご飯を山盛りに盛った小さなお椀を月の子に渡した。

「わあ、美味しそう!」と月の子は瞳を輝かせた。

「さあ、お食べなさい」と媼は優しく微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「父上、母上。いただきます」と月の子は瞳を輝かせた。

 月の子は、小さな可愛らしい口を大きく開けて温かい竹の子ご飯を食べ始めた。

「わあ、美味しい!」と月の子は満面の笑みを浮かべた。

 翁と媼はその可愛い満面の笑みを見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「月の子ちゃんに喜んでもらえてよかったわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「父上、母上。この煮豆と蒸し野菜も美味しい」と月の子は瞳を輝かせた。

「そうか。月の子、お前も姫と同じように、婆さんが作る竹の子ご飯と惣菜が大好きなようだな」と翁は目を細めて微笑んだ。

 翁と媼は、月の子が可愛い笑顔で美味しそうに食べる姿を見つめて、幼い頃のかぐや姫(竹の子)が食べる姿を思い浮かべていた。

「幼い頃のかぐや姫、竹の子ちゃんと瓜二つだわ」と媼は優しく微笑んだ。

 翁は目を細めて笑顔で頷いた。二人は、半年前まで一緒に暮らし、愛情を込めて大切に育てたかぐや姫の幼い頃の姿と月の子の姿を重ねていた。

「父上、母上、ごちそうさま。美味しい晩ご飯をありがとう。母上、とても美味しかったわ。うふふ」と月の子は輝いた瞳で満足そうに微笑んだ。

「は~い。月の子ちゃんに美味しく食べて頂いて嬉しいわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「月の子。今夜はお月様が綺麗だ。三人でお月見をしよう」と翁は目を細めて微笑んだ。

「は~い」と月の子は嬉しそうに可愛らしく微笑んだ。

 食後、翁と月の子は手を繋いで濡れ縁の前まで行くと、並んで床に座った。まもなく、媼が炊事場からお盆にお茶と甘い団子を運んで来た。媼は月の子の隣に座った。翁と媼は二人の間に座っている月の子と手を繋いだ。月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「月の子、今夜は満月だ。お月様が綺麗だろう」と翁は笑顔で月の子を見つめた。

「わあ、きれい!」と月の子は満月を仰いで瞳を輝かせた。

「まあ、嬉しそうね。月の子ちゃんのように綺麗な月だわ」と媼は優しく微笑んだ。

 しばしの間、三人は甘い団子を食べ、温かいお茶を飲みながら、早春の満月を眺めていた。すると、明るい満月から一筋の鋭い黄金色の光が三人を照らした。翁と媼は黄金色の鋭い光を浴びると、我を忘れて光り輝く満月を見つめて瞳を潤ませて微笑んだ。

「月の子。昔、爺さんと婆さんは、月から来て竹の中から生まれた『かぐや姫』と暮らしたことがあるのだ。姫はお前のようにとても可愛くて、この村の子供達から『竹の子』と呼ばれていた。やがて、姫は光り輝くような美しい娘に育った。しかし、月からお迎えが来て、かぐや姫は月へ帰ってしまった。私達には、お前がかぐや姫のように思えるのだ」と翁は潤んだ瞳で月の子を見つめて微笑んだ。

「ふ~ん。この家には、昔、私のお姉様がいたのね」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ。幼い頃のかぐや姫、つまり竹の子ちゃんは、あなたと同じぐらい可愛かったわ。あなたも将来、きっと光り輝くような美しいお姫様になるわ」と媼は優しく微笑んだ。

「わあ、ほんとう!私もかぐや姫お姉様のように美しいお姫様になれるの?嬉しいわ!」と月の子は瞳を輝かせた。

 翁と媼は、月の子の嬉しそうに輝いた顔を見つめて目を細めて微笑んだ。二人は腕を伸ばして月の子の小さな肩を抱いた。二人に肩を抱かれた月の子は、笑顔で嬉しそうに二人の顔を見つめた。翁と媼は、満月の夜にかぐや姫と三人で綺麗な満月を眺めたときの心に戻っていた。二人は自分達が肩を抱いている幼い娘がかぐや姫のような気がしていた。

「お姉様、かぐや姫様!私、きょうからお姉様の父上と母上と仲良く暮らすの。私のことを月からずっと見守っていてね!」と月の子は円らな瞳で月を見上げて微笑んだ。

「月の子、お前は良い子だ。きっとかぐや姫は、お前のことを遙か遠くの月から見守っていてくれるぞ」と翁は目を細めて笑顔で月の子を見つめた。

「そうよ。月の子ちゃん。かぐや姫はあなたのことを、いつも月から優しく見守っていてくれるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「うん」と月の子は可愛い笑顔で頷いた。

 しばらくの間、三人は早春の夜空に輝く満月を眺めながら、仲良く会話を交わして楽しく過ごした。その晩、三人は寝間(寝室)で月の子を真ん中にして仲良く並んで床に就いた。翁と媼は腕を伸ばして月の子の体を抱き寄せるようにして、彼女の可愛い寝顔を優しい目で見つめて微笑みながら眠りに就いた。その様子は、かつて二人がかぐや姫を挟んで寝ていたときと同じ姿勢であり、二人は当時と同じ気持ちに戻っていた。二人は、月の子も『月からの授かり物』だと思いながら眠りに就いた。「春眠、暁を覚えず」、二人は心地よい眠りに襲われ、深い眠りの中に吸い込まれていった。

 その夜、翁と媼は同じ夢を見ていた。暗い夜空に浮かぶ満月の下の竹林の中に、二人は立っていた。突然、満月が眩しいほど光り輝き、一筋の鋭い光が地上を射し、二人を照らした。二人は驚いて月を見上げた。

「父上、母上!」と透明感のある甘い声が早春の夜空に響いた。

 二人は、聞き覚えのある綺麗な声を聞いて放心状態に陥った。

「こんばんは。お久しぶりです」と透明感のある甘い声が夜空に響いた。

「姫!かぐや姫!」と翁は瞳を潤ませた。

「竹の子ちゃん!」と媼は潤んだ瞳から一筋の涙を流した。

 その声は、まさに半年ほど前に月へ帰ったかぐや姫の声であった。二人が月を見つめていると、満月の中に白い小袖と赤い袴を着た気品のある美しいかぐや姫の姿が浮かんだ。

「父上、母上。お二人にお目にかかるのは半年ぶりですね。お二人とも、お元気そうで何よりです。私は、もう父上と母上のもとへは戻れませんが、幸運にも、都から来た貴婦人から月の子ちゃんを預かり、何よりです。私も可愛い妹ができてとても嬉しいわ。どうかその子を私だと思って可愛がって大切に育ててね。お願い致します」とかぐや姫は美しい眼差しを二人に向けて優しく微笑んだ。

「姫!竹の子!もちろんだとも。我々は月の子をお前だと思って可愛がるぞ。お前の分まで十二分に可愛がるぞ!」と翁は濡れた瞳で月の中に映るかぐや姫を見つめた。

「竹の子ちゃん、お元気そうで何よりだわ。私達は、あなたの妹の月の子ちゃんをあなただと思って可愛がり、大切に育てるわ。お願い、月から私達三人をいつも優しく見守っていてね。あなたも月の世界で幸せに暮らしてね」と媼は涙を流しながら優しく微笑んだ。

 かぐや姫は、綺麗なアーモンド形の瞳を潤ませて可愛い笑顔で頷いた。

「父上、母上。私が地上にいたとき、私を可愛がって大切に育てて下さり、ありがとう。月の子ちゃんと三人で幸せに暮らしてね」とかぐや姫の光り輝く美しい顔が微笑んだ。

「姫!また、満月の中にその高貴な美しい姿を現しておくれ!」と翁は瞳を潤ませた。

「竹の子ちゃん!また現われてね!元気でね!幸せになってね!」と媼も瞳を潤ませた。

「父上、母上!さようならー!」とかぐや姫は綺麗な瞳を潤ませて微笑んだ。

 かぐや姫の姿は満月の中でしだいに小さくなり、やがて消えていった。

「かぐや姫!竹の子ちゃん!」と二人は大きく手を振りながら、潤んだ瞳で微笑んだ。

 その後、二人は明るい満月の下の竹林の中で、月を見上げて静かに佇んでいた。満月が二人を慰めるように、暗い夜空に温かく輝いていた。

第3章.家族愛

 夜明けとともに翁と媼は目を覚ました。二人は目覚めるとともに、すぐに自分達が腕を伸ばして抱いている月の子の寝顔を見つめた。月の子は可愛い寝顔で静かに眠っていた。二人は優しく微笑むと、しばらくの間、月の子の寝顔を見つめていた。やがて、月の子の円らな瞳が静かに開いた。

「月の子ちゃん、おはよう」と媼が月の子を見つめて優しく微笑んだ。

「月の子、おはよう」と翁も月の子を見つめて目を細めて微笑んだ。

 月の子は、しばらく仰向けに寝たままで寝ぼけた顔をしていたが、突然、翁と媼の顔を見つめて瞳を輝かせた。

「父上、母上。おはよう」と月の子は可愛らしく微笑んだ。

 翁と媼は、満面の笑みを浮かべて月の子の顔を見つめて頷いた。月の子は、輝くような甘えた笑顔で媼の胸に抱きついた。媼は母親の喜びを全身で感じ、かぐや姫が抱きついてきたような感じがした。すると、月の子は振り向いて翁を見つめて無邪気に微笑むと、体を翻し、瞳を輝かせて反対側にいる翁の胸に抱きついた。翁も幼い頃のかぐや姫の姿を思い出し、目を細めて微笑んだ。そして、月の子は甘えた顔で再び媼の胸に抱きついた。

「月の子ちゃん、おはよう。お顔を洗って朝ご飯を召し上がりましょうね」と媼が優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は媼の顔を見つめて可愛らしく頷いた。

 媼は月の子を両手で抱き上げて立たせると、母親の喜びを感じながら幼い娘に着物を着せた。翁は、三人が寝ていた筵と掛け布と枕を綺麗に整え直した。媼は月の子の手を引いて庭へ行き、井戸水で顔を洗った。そして、月の子の手を引いて板の間に戻り、食事をする場所に座らせた。月の子は床に行儀良く座ると、媼の顔を見上げて無邪気に微笑んだ。そこへ、翁がお碗と箸を持って来て座った。しばらくすると、媼が山菜粥と煮豆と漬物をお盆に載せて運んで来た。月の子が、お盆の上に並んだ朝食を見て瞳を輝かせた。

「さあ、月の子ちゃん。我が家で初めての朝ご飯よ。毎朝、我が家の朝ご飯は山菜粥なのよ」と媼が優しい目で月の子を見つめた。

「月の子、婆さんの作る山菜粥は美味しいぞ。かぐや姫の大好物だったぞ。たくさん食べなさい」と翁は月の子を見つめて目を細めて微笑んだ。

「うん」と月の子は無邪気な笑顔で頷いた。

 媼が山菜粥を盛った小さなお椀を差し出すと、月の子は瞳を輝かせて両手でお椀を受け取り、「父上、母上、いただきます」と嬉しそうに微笑んだ。

「はーい、お食べなさい」翁と媼は目を細めて微笑んだ。

 二人は、月の子が山菜粥と煮豆と漬物を美味しそうに食べる姿を優しい目で見つめながら、幼い頃のかぐや姫が食事をする姿を思い出していた。月の子は、竹の子(かぐや姫)のように気品があり、とても行儀の良い子であった。やがて、三人は楽しく会話を交わしながら、和やかな雰囲気の中で美味しい朝の食事を終えた。

「父上、母上。ごちそうさま。母上、とても美味しかったわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「そう、よかったわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「月の子。お前も姫と同じように山菜粥が大好物のようだな」と翁が微笑んだ。

「うん。竹の子お姉様の大好物は、私も大好物なの」と月の子は無邪気に微笑んだ。

「まあ、よかったわ。月の子ちゃんも食べ物の好き嫌いがないようだから、きっと竹の子ちゃんのように綺麗なお姫様になるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、ほんとう!私も竹の子お姉様のような綺麗なお姫様になれるの。嬉しいわ!」と月の子は瞳を輝かせた。

 翁と媼は、月の子の光り輝くような笑顔を見つめて目を細めて微笑んだ。

 しばらくすると、三人は手を繋いで裏の竹林へ行った。翁は竹細工用の青竹を伐採し、媼と月の子は山菜を採り始めた。月の子が媼の傍で山菜取りに熱中していると、三尺(約九十センチ)ほど前で、とぐろを巻いたへびが月の子を見つめていた。

「きゃあ!母上!」と月の子は大きく目を見開いて恐れおののいた。

 媼はその悲鳴に驚き、「月の子ちゃん、どうしたの?」と振り向いた。

 そして、とぐろを巻いた不気味な蛇に気づいた。翁は鉈を地面に置いて走って来た。

「月の子ちゃん。安心しなさい。この蛇は緑色に輝いて気味が悪いけれど、青大将だから毒はないのよ」と媼は月の子の後ろに座り、優しい笑顔で背後から月の子を抱き締めた。

「うん」と月の子は潤んだ瞳で媼を見つめて頷いた。

「この青大将君は、月の子ちゃんが可愛いから見つめているのよ。傍に近づかなければ、襲って来ないわ。少し後ろに下がりましょうね」と媼は月の子に頬ずりをして慰めた。

「うん」と月の子は潤んだ瞳で頷くと、媼と一緒に恐る恐る後ろへ下がった。

「こら、青大将。姫の妹の月の子が怖がっているだろう。もうこの子の可愛い顔を十分に拝んだのだから、遠くへ行きなさい」と翁が笑顔で蛇を見つめて叱った。

 すると、とぐろを巻いた蛇は、鎌首をもたげて舌を伸ばして頭を丁寧に下げると、竹林の奥に潔く去って行った。三人には、青大将が自分達にお辞儀をしたように見えた。

「青大将さん、さようならー!」と月の子は笑顔で蛇の後ろ姿に手を振って叫んだ。

「家へ帰ったら、蛇について教えてあげよう」と翁は笑顔で月の子を見つめた。

「うん」と月の子は甘えた顔で微笑んだ。

「月の子ちゃん。竹林や森の中や草むらを歩くときは、木の枝などの棒で地面や草を叩きながら歩きなさい。そうすれば、蛇さんは逃げてゆくわ」と媼は優しく微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに頷いた。

 その後、三人は一時(いっとき、約二時間)ほど竹林で作業を続けた。翁は三尺の長さに切った十本の青竹を大きな籠に納め、媼と月の子は山菜と竹の子を小さな籠に盛った。

「さあ、家に帰るぞ!」と少し離れた所にいる翁の声が竹林に響いた。

「は~い!」と月の子が無邪気に微笑んだ。

 媼は月の子の頭を優しく撫でながら、優しい目でその無邪気な笑顔を見つめた。三人は月の子を真ん中にして仲良く手を繋ぎ、童歌を歌いながら家路に着いた。月の子は輝いた瞳で翁と媼を見つめて嬉しそうに歌っていた。三人は、もうすっかり親子になっていた。

 家に着くと、翁は濡れ縁の前の板の間に座り、青竹で籠を編み始めた。媼は板の間の中ほどに座り、自らが機織機で織った綺麗な葛布で針仕事を始めた。月の子は媼の隣に膝を揃えて座り、媼の針仕事を不思議そうに眺めていた。

「もう少し大きくなったら、私が月の子ちゃんに布の織り方や針仕事を教えてあげるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い、母上」と月の子は媼を見つめて可愛らしく微笑んだ。

 それから一時いっときの間、月の子は媼の隣に座り、円らな瞳で媼の針仕事を真剣に見つめていた。その真剣な眼差しもかぐや姫と瓜二つであった。

「月の子ちゃん。見ているだけで飽きないの?」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「うん」と月の子は真剣な目で媼を見つめて頷いた。

 翁と媼は、かぐや姫の集中力と同じぐらいの月の子の集中力に感心した。しばらくすると、昼下がりの明るく強い日射しが室内に射し込んだ。

「こんにちは、お爺さん、お婆さん」と爽やかな青年の声が濡れ縁の前で響いた。

 三人が声のするほうを見ると、大きな籠を背負った捨丸が濡れ縁の前に立っていた。

「やあ、捨丸。この家に来るのは久しぶりだな。秋以来だな」と翁は微笑んだ。

「あっ、竹の子?」と捨丸は驚きのあまり、大きく目を見開いた。

「この子は、きのう、竹林で私が都から来た貴婦人から預かった子だ。しばらくの間、我々が育てることになったのだ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「捨丸さん。この子は月の子ちゃんよ。四歳なの。竹の子ちゃんの妹なの」と媼は優しい目で嬉しそうに微笑んだ。

「ふーん、そうですか。竹の子にそっくりですね。とても可愛い子だ。賢そうな顔をしている。聡明な澄んだ目をしている」と捨丸は懐かしそうに月の子を見つめた。

「捨丸様、こんにちは」と月の子は可愛い顔で微笑んだ。

「月の子。お前はお姉さんの竹の子に似ているから、将来、きっと美しくなるぞ。きっと綺麗なお姫様になるぞ」と捨丸は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、ほんとう!嬉しい!」と月の子は瞳を輝かせた。

 老夫婦と捨丸は月の子の輝いた可愛い笑顔を見て微笑んだ。

「お爺さん。私は、今から都に我々の作ったお椀とお盆を届けに行く途中です。都にお爺さんが作った丈夫な笊と籠を欲しがっている人がいるので、仕入れに寄りました」と捨丸はさり気なく話すと、濡れ縁に大きな籠を置いて風呂敷を広げた。

「ほお、そうか。それでは笊と籠を渡そう」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

 翁は、板の間の隅に積んである真新しい深緑色の笊と籠に手を伸ばした。

「父上は竹細工の名人なの」と月の子が瞳を輝かせて捨丸を見つめた。

「うん、そのとおりだ。お前の父上は、都でも評判の竹細工の名人だ」と捨丸は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

 捨丸は、翁が濡れ縁に置いた幾つかの笊と籠を風呂敷に包んで大きな籠に入れた。

「それでは、お爺さん、お婆さん。明日の昼頃に代金を渡しに寄ります。月の子、明日、また会おうな。元気でいるのだぞ」と捨丸は翁と媼にお辞儀をし、優しい笑顔で月の子に手を振ると、大きな籠を担いで勇ましく都へ上って行った。

「捨丸様、さようなら!また来てね!」と月の子は無邪気な笑顔で手を振った。

 捨丸は振り返ると、月の子の可愛い笑顔を見つめて微笑んだ。すると、彼の心に、少年時代に野山で兄弟姉妹達や近所の子供達、そして竹の子(かぐや姫)と楽しく遊んだ懐かしい日々が蘇った。少年時代、捨丸は、竹の子と自分が互いに淡い恋心を抱いていることを感じていた。しかし、竹の子が家族と共に都へ上ってしまい、捨丸の父親達「木地師」も他の山に材料となる木材や漆を求めて移住したので、彼女と夫婦になる淡い夢は消えてしまった。何年もの間、捨丸は竹の子を思い続けて誰とも結婚しなかったが、父親の友人の木地師から娘との婚姻を勧められ、竹の子との結婚を潔く諦め、その娘と夫婦となり、妻との間に可愛い子もできた。彼の妻は綺麗で気立ても良かったが、竹の子の光輝くような気高い美しさには及ばなかった。捨丸は、時折、近所の子供達が楽しく遊ぶ姿や丘の上に立って爽やかな風に吹かれながら村の風景を眺めていると、竹の子の可愛い笑顔と青竹のようにしなやかな姿を思い出して涙ぐむことがある。彼にとって、竹の子は今も心の奥で生き続けている「永遠の恋人」なのであった。捨丸は月の子に会ったことで、心の中に「竹の子への淡い恋心」が蘇ってきた。彼は、都までの長い道のりを、少年時代の竹の子との淡い思い出を辿りながら涙ぐんで歩いた。彼は思わず、「竹の子」と呟いた。

 翁と媼は、捨丸が竹細工の品々を仕入れて都へ運んでくれたので喜んでいた。

「爺さん、よかったわね。また自慢の竹細工の品々が売れて」と媼は優しく微笑んだ。

「うん。捨丸は立派な青年に成長し、一人前の木地師になったな」と翁は笑顔で頷いた。

「竹の子ちゃんは彼に淡い恋心を抱き、妻になりたかったのよ」と媼は優しく微笑んだ。

「うん、そうだな。私が真の『姫の幸せ』と『姫の本心』に気づかなかったゆえに、二人には可愛そうなことをした。姫を捨丸に嫁がせることが、姫の『真の幸せ』だったのだ」と翁は少し暗い顔で下を向いた。

「ねえ、母上。お姉様は捨丸様の妻になりたかったの?捨丸様はかっこいいわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ、そうなの。竹の子ちゃんと捨丸さんは相思相愛だったの。でも、竹の子ちゃんは月へ帰り、捨丸様は両親が勧めた素敵な娘さんと結ばれたの」と媼は優しく微笑んだ。

「今、お姉様と捨丸様は幸せなの?」と月の子は不思議そうに首をかしげた。

「ええ、幸せよ。二人とも如来様が決めた人と結ばれたの」と媼は優しく微笑んだ。

「ふーん。如来様が決めた人と結ばれると幸せになれるの?」と月の子は円らな瞳で不思議そうに媼を見つめた。

「そうよ。天高き所にいる如来様が人間を幸せにしてくれるの。月の子ちゃんも如来様が決めた人のお嫁さんになりなさい」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い」と月の子は可愛らしく微笑んだ。

「ねえ、母上。私が立派なお嫁さんになれるように針仕事やお料理を教えて。お願い」と月の子は甘えた顔で媼を見つめた。

「わかったわ。今夜から少しずつ教えてあげるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「わあ、ほんとう!嬉しい。母上、ありがとう!」と月の子は瞳を輝かせた。

「よかったな、月の子。お前も婆さんから教われば、料理や機織りや針仕事の名人になれるぞ。私も明日から竹細工を少しずつ教えてあげるぞ」と翁は笑顔で月の子を見つめた。

「まあ、よかったわね、月の子ちゃん。爺さんから教われば、竹細工の名人になれるわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 その後、早春の青空が茜色に染まるまで、翁は竹細工に打ち込み、媼は針仕事に励み、月の子は彼らの隣に座り、輝いた瞳で竹細工や針仕事を真剣に見つめていた。

 庭の大きな籠の中にいる鶏が、茜色の空を見つめて、「コケコッコー!」と鳴いた。

「さあ、月の子ちゃん。お料理を教えてあげるから、私と一緒に炊事場へいらっしゃい」と媼が針仕事の手を止めて、優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 月の子は、瞳を輝かせて嬉しそうに媼に手を引かれて土間の奥の炊事場へ向かって歩き始めた。翁は竹細工の手を休めて、優しい眼差しで二人の姿を見送った。

「竹の子ちゃん。ネギとニラをこの桶の水で洗ってね」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑むと、ネギとニラを月の子に渡した。

「は~い」と月の子は媼を見上げて無邪気に微笑んだ。

 月の子は媼に教わりながら、瞳を輝かせて切り株の上の桶の水に野菜を浸して洗い始めた。媼は月の子の細くしなやかな可愛らしい指で野菜を洗う姿を見つめて、幼いかぐや姫が野菜を洗う姿を思い出した。やがて、月の子は野菜を綺麗に洗い終えると、媼の顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。媼は笑顔で頷くと、切り株の上の桶を取り去り、まな板を置いた。そして、媼は長さ六寸の小さな包丁を使ってネギとニラの切り方を教えると、包丁を月の子に渡した。月の子は真剣な眼差しでまな板の上の野菜をゆっくり丁寧に切り始めた。この小さな包丁は、媼が幼いかぐや姫に料理を教えるために、村の鍛冶屋に作らせたものであった。月の子が野菜を切る姿も、かぐや姫と瓜二つであった。媼は思わず涙ぐんだ。月の子が媼に教わりながら初めて炊事をする姿を板の間からじっと眺めていた翁も、瞳を潤ませた。老夫婦は、月の子が本当にかぐや姫の妹のような気がしていた。その後、媼と月の子は仲睦まじく炊事に励み、翁は一心不乱に竹細工の作業に打ち込んだ。

「父上、晩ご飯ができたわよ!」と月の子の明るい声が炊事場から響いた。

「おお、そうか。婆さんに教わってお料理を作ったのか。偉いぞ」と翁は炊事場の月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに頷いた。

 すると、媼が竹の子ご飯の鍋を、月の子が煮豆と蒸し野菜を炊事場から板の間に運んで来た。月の子は、媼に教わりながら丁寧に食器を床に並べた。翁は、月の子が媼を手伝う健気な姿を笑顔で見つめていた。

「父上、お食事よ!」と月の子の声が優しく響いた。

「うん、わかった」と翁は目を細めて笑顔で頷いた。

 翁は編みかけの笊と道具を急いで片付けると、立ち上がって二人の傍へ歩いた。板の間の中央の囲炉裏の近くに、竹の子ご飯を盛りつけたお椀と煮豆のお皿と蒸し野菜のお皿が美味しそうに並び、料理の向こう側に媼と月の子が並んで座っていた。翁は料理を挟んで二人の向かい側に座った。月の子は翁を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「月の子ちゃん。さあ、お食べ」と媼が月の子を見つめて優しく微笑んだ。

「はーい。父上、母上、いただきます」と月の子は瞳を輝かせて無邪気に微笑んだ。

 翁と媼は、優しい目で月の子が美味しそうに竹の子ご飯を食べる姿を見つめていた。

「わあ、美味しい!」と月の子は瞳を輝かせた。

 翁と媼は月の子の輝いた笑顔を見つめて嬉しそうに微笑むと、笑顔で食べ始めた。

「爺さん。月の子ちゃんと私が作った晩ご飯の味はいかが?」と媼は笑顔で尋ねた。

「うーん、うまい。月の子、美味しいぞ。毎日、婆さんにお料理を教われば、竹の子のように料理が上手になるぞ」と翁は月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、ほんとう!私、竹の子お姉様のようにお料理が上手になって、将来、素敵な殿方のお嫁さんになれるかしら?」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ、なれるわよ。きっと」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに頷くと、竹の子ご飯と惣菜を頬張った。

 翁と媼は、月の子の幸せ一杯の笑顔を見つめて優しく微笑んだ。親子三人の楽しい夕食がしばらく続いた。翁と媼は久しぶりの『娘がいる晩餐』に限りない喜びを感じていた。

三人が夕食を終える頃、茜色の空が去り、暗闇に満月が輝き始めた。翁は濡れ縁の前の床に座り、涼しそうに満月を眺め始めた。媼と月の子は食器を炊事場に運んで洗い、媼は温かいお茶を入れた湯呑み茶碗を、月の子は少し甘い団子を盛ったお皿を翁の傍に運んで来た。月の子は笑顔で翁の右隣に座り、団子のお皿を前に置いた。媼は湯呑み茶碗を三人の前に置いて月の子の右隣に座ると、左腕を伸ばして月の子の小さな肩を抱いた。月の子は媼の顔を見上げて嬉しそうに微笑んだ。しばらく三人は、夜空に浮かぶ明るい満月を涼しい眼差しで静かに拝んでいた。

「ねえ、母上。お姉様は、今、どこにいるの?」と月の子は不思議そうな顔をした。

「お姉様は月へ帰ったの。今は遠い月の世界で幸せに暮らしているの」と媼は悲しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「ねえ、母上。私、お姉様に会いたいの。暖かくなったら、私をお姉様のいる遠い月へ連れて行って、お姉様に合わせて。お願い」と月の子は甘えた顔で媼を見つめた。

 すると、媼は少し困惑した顔で翁の顔を見つめた。

「月の子。実は、竹の子つまりかぐや姫は月から来たお姫様なのだ。姫は裏の竹林の光輝く竹の子の中から生まれたのだ。姫は生まれてすぐに私と出会い、我々夫婦と暮らしていたのだが、半年前に月から阿弥陀如来様の命令で高貴な一行がお迎えに来て、姫は一行と共に月へ帰って行ったのだ」と翁は潤んだ真剣な目で月の子を見つめた。

「月の子ちゃん。今頃、月の世界で、竹の子お姉様は阿弥陀如来様が決めた素敵な殿方と結ばれて幸せに暮らしているのよ」と媼は潤んだ瞳で微笑んだ。

「わあ、そうだったわ。竹の子お姉様は月から来たお姫様だわ。今は、月で捨丸様のような素敵な殿方と幸せに暮らしているのね」と月の子は瞳を輝かせて無邪気に微笑んだ。

 翁と媼は月の子を見つめて潤んだ瞳で微笑んだ。すると、再び月の子が瞳を輝かせた。

「ねえ、父上、母上。お願い、私を月へ連れて行って。私、月のお姫様、月で暮らしている竹の子お姉様に会いたいの」と月の子は甘えた顔で翁と媼を見つめた。

「よし、わかった。月の子。では、今夜、夢の中で阿弥陀如来様に頼んでみよう」と翁は笑顔で自信満々に胸を張った。

「わあ、ほんとう!ありがとう、父上」と月の子は瞳を輝かせた。

「よかったわね、月の子ちゃん。もしかしたら、月で竹の子お姉様に会えるかもしれないわね」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は満面の笑みを浮かべて頷いた。

「竹の子お姉様!」と月の子は満月を見つめて可愛い笑顔で手を振った。

 すると、一瞬、満月が眩しいほど光り輝いた。翁と媼は、満月と月の子の可愛い笑顔を交互に見つめて優しく微笑んだ。しばらく、三人は早春の夜空に輝く満月を夢心地で眺めながら、仲睦まじく会話を交わしていた。

第4章.不思議な力

 やがて、三人は満月鑑賞を終えて立ち上がると、翁が濡れ縁の前の戸口に木戸を立て、媼は食器を片付けた。そして、三人は寝間(寝室)へ行くと、翁と媼は月の子を真ん中の筵に寝かせ、自分達は両脇の筵に横になり、腕を伸ばして両側から月の子の小さな肩を抱いた。すると、月の子は二人の顔を見つめて嬉しそうに微笑むと、そっと目を閉じて安らかに眠り始めた。二人は、幼い頃のかぐや姫のような月の子の安らかな寝顔を見つめて、心の中に「親の喜び」が溢れ出した。やがて、二人も深い眠りに吸い込まれていった。

 翁と媼は、満月が輝く夜空の下の草原に立っていた。

「父上!母上!」と澄んだ綺麗な声が夜空に響いた。

 二人が夜空を見上げると、一瞬、満月が眩しく光り輝き、明るい満月の中に、白い小袖と赤い袴を着たかぐや姫が行儀良く正座していた。

「姫!」と翁は瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃん!」と媼は瞳を潤ませた。

「父上、母上、こんにちは」とかぐや姫は嬉しそうに微笑んだ。

「竹の子ちゃん、元気そうね。幸せにしているの?」と媼が潤んだ瞳で姫を見つめた。

「父上、母上。私は月の世界で幸せに暮らしています」とかぐや姫は優しく微笑んだ。

「まあ、そうなの。竹の子ちゃんが幸せでよかったわ」と媼は一筋の涙を流した。

「うん、そうか。姫は幸せなのか。それはよかった」と翁は瞳を潤ませて笑顔で頷いた。

「父上、母上、泣かないで下さい。今、私は幸せなの」とかぐや姫は優しく微笑んだ。

「竹の子ちゃん、ごめんなさい」と媼は頬の涙を拭って濡れた瞳で竹の子を見つめた。

「父上、母上。月の子ちゃんを私の妹だと思って可愛がって下さりありがとう。私、とても嬉しいわ。私は月から家族三人の仲睦まじい様子を眺めていて、とても嬉しいの。父上と母上にとって私は長女、月の子ちゃんは次女なの」とかぐや姫は嬉しそうに微笑んだ。

「うん、そうだとも」と翁は輝いた瞳で頷いた。

「私達夫婦は、月の子ちゃんをあなたの妹だと思っているわ」と媼は優しく微笑んだ。

「私の妹の月の子ちゃんは、私と同じように不思議な力を持っているの。月の子ちゃんは野山の動物達とすぐに仲良くなれるわ。きっと野山の動物達の人気者になるわ。そして、彼女は村の幼い子供達の優しいお姉さんになるわ。父上、母上、お願い。私の妹の月の子ちゃんを私の分まで可愛がって優しく大切に育てて下さい」とかぐや姫は綺麗な瞳を輝かせて優しく微笑んだ。

「ええ、わかったわ。竹の子ちゃん。あなたの妹の月の子ちゃんを可愛がるわ。あなたの分まで優しく大切に育てるわ」と媼は潤んだ瞳で優しく微笑んだ。

「もちろんだ。我々は、お前の妹の月の子をお前だと思って可愛がり、優しく大切に育てるぞ」と翁は明るい顔で堂々と胸を張った。

「父上、母上、ありがとう。嬉しいわ。私、いつも山奥の古里の竹林に囲まれた懐かしい我が家で暮らしている父上と母上と月の子ちゃんの仲睦まじい幸せな姿を、月から眺めているの。今夜はこれでお別れするわ。父上、母上、お元気で。さようなら!」とかぐや姫は瞳を輝かせて微笑んだ。

 一瞬、満月が眩しく光り輝き、月の中に映るかぐや姫の姿が消えた。

「姫、元気でいろよ!」と翁は笑顔で手を振った。

「竹の子ちゃん、月の世界で、いつまでも幸せに暮らしてね!」と媼は潤んだ瞳で微笑みながら手を振った。

 二人は、夜空に輝く満月に向かって笑顔で手を振り続けた。満月が二人を明るく照らしていた。夢の中の二人は、しだいに意識が薄れ始め、朝まで深い眠りの中にいた。

 庭の大きな籠の中にいる二羽の鶏が朝を告げた。翁と媼は爽やかに目覚めると、二人の間で眠っている月の子の顔を見つめた。月の子は純真無垢な寝顔で静かに眠っていたが、二人の優しい眼差しを感じて目を覚ました。

「月の子ちゃん、おはよう」と媼が優しく微笑んだ。

「月の子、おはよう。目を覚ましたな」と翁が目を細めて微笑んだ。

「うん」と月の子は少し眠たそうな顔で頷いた。

 二人は月の子の頭を優しく撫で始めた。

「父上、母上。おはよう」と月の子は円らな瞳で二人を見つめて微笑んだ。

「おはよう」と二人は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

 二人で月の子の小さな体を起こすと、媼は月の子に着物を着せ、翁は板の間の木戸を開けた。そして、三人は月の子を真ん中にして手を繋いで庭へ行き、井戸水で顔を洗った。その後、月の子は、媼に料理を教わりながら嬉しそうに朝食の支度を手伝っていた。

「月の子ちゃん。鶏さんに庭の草とあわをあげて来て」と媼が優しく微笑んだ。

「はーい」と月の子は笑顔で庭に出て行った。

「鶏さん、朝ご飯よ」と月の子は大きな籠の中にいる二羽の鶏に微笑んだ。

 月の子は鶏達に食事を与えながら、籠の中に転がっている白い卵を真剣な目で見つめていた。そして、彼女は小さな手を籠の穴に入れて白い卵を取り出した。鶏達は月の子の顔と可愛い手を黙って見つめていた。

「鶏さん、この綺麗な白い卵を私にちょうだい」と月の子は鶏達を見つめて微笑んだ。

「コッコッコ」と二羽の鶏は月の子の円らな瞳を見つめて何度も頷いた。

鶏達は、月の子の「卵への思い」と話を理解しているようであった。月の子は手の平にそっと二つの純白の卵を載せて家へ急ぎ足で歩いた。

「母上、鶏さんから綺麗な白い卵をいただいたの」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「まあ。月の子ちゃん、よかったわね」と媼は驚いて大きく目を見開いて微笑んだ。

「ねえ、母上。鶏さんの卵は食べられないの?」と月の子は媼を見つめて首をかしげた。

「きっと食べられるわ。その卵を山菜粥に入れてみましょう」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、ほんとう!」と月の子は瞳を輝かせた。

「月の子、名案だな。美味しそうだ!」と翁は板の間で竹細工をしながら微笑んだ。

 平安時代、日本では鶏の卵を食する習慣はなかった。ゆえに、当時の日本では、月の子の提案による『鶏卵を入れた山菜粥』は画期的な創作料理なのであった。月の子は、媼が山菜粥の鍋に新鮮な黄色い卵を入れて掻き混ぜる様子を、媼の隣で瞳を輝かせて見つめていた。月の子は卵入りの山菜粥を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「鶏さん、ありがとう」と月の子は輝いた瞳で山菜粥を見つめて微笑んだ。

 やがて、朝食ができた。媼と月の子は板の間に食事を運んだ。

「父上、朝ご飯よ!」と月の子が微笑んだ。

「うん」と翁は頷くと、笑顔で二人の傍へ行った。

 卵入りの山菜粥が三つのお椀に盛られていた。

「わあ、美味しそう!」と月の子は輝いた瞳で満面の笑みを浮かべた。

「月の子ちゃん、名案だわ。素晴らしいわ」と媼は優しく微笑んだ。

「うん、美味しそうだな」と翁は目を細めて笑顔で頷いた。

「さあ、食べなさい」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「父上、母上、いただきます」と月の子は瞳を輝かせて山菜粥を頬張った。

 翁と媼は、月の子が山菜粥を頬張る顔を真剣に見つめていた。

「わあ、美味しい!鶏さんの卵を入れると、こんなに美味しいの!」と月の子は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

 翁と媼は月の子の輝いた笑顔を見つめて微笑むと、卵入りの山菜粥を頬張った。

「うん、うまい」と翁は目を細めた。

「まあ、美味しい」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は輝いた瞳で嬉しそうに頷いた。

 三人は、画期的な創作料理「卵入りの山菜粥」を和やかな団欒の中で美味しく食した。三人は食事をしながら家族愛を感じていた。翁と媼は「子を愛する喜び」を感じ、月の子は「両親から愛される喜び」を感じていた。家族三人の楽しい和やかな朝食の光景を、朝の青空に浮かぶ白い月から、かぐや姫が優しい眼差しで眺めていた。

 三人は朝食を終えると、少しの間、お茶を飲みながら会話を楽しんだのち、裏の竹林へ出かけた。竹林の中に着くと、翁は青竹を伐採し始め、媼と月の子は山菜を採り始めた。月の子は媼の傍で山菜を採っていたが、やがて、媼から五歩(ごぶ、約九メートル)ほど離れた場所で山菜を採り始めた。

「わあ!母上。この子、誰?」と月の子は振り返って媼を見つめた。

 媼は月の子のほうを向いた。すると、月の子の前に白いうさぎが座っていた。

「まあ、兎さんよ!野山にいる野兎さんよ!」と媼は笑顔で月の子の傍へ歩み寄った。

月の子は瞳を輝かせて兎を見つめながらしゃがんだ。

「兎さん、こんにちは。私は月の子です」と月の子は瞳を輝かして無邪気に微笑んだ。

 兎は月の子のすぐ傍まで歩み寄り、静かに正座した。

「兎さん、仲良くしてね。私と一緒に遊びましょう」と月の子は可愛らしく微笑んだ。

「プゥプゥ」と兎は小さな声で鳴き、円らな瞳で月の子を見つめた。

 月の子は右手を伸ばして兎の頭を優しく撫でた。兎は少し頭を下げて気持ち良さそうに目を細めた。月の子は足元に生い茂る緑の草を採り、兎の口元に近づけた。

「兎さん、朝ご飯よ。美味しいでしょう」と月の子は優しく微笑んだ。

 すると、白い兎は月の子が差し出した緑の草を美味しそうに食べ始めた。月の子は足元の草を採りながら、兎に美味しそうな緑の草をたくさん食べさせてあげた。

「人には慣れない野兎が、月の子ちゃんに懐いているわ。不思議だわ」と媼は真剣な目で不思議そうに月の子と兎を見つめた。

 離れた場所で青竹を伐採していた翁が、月の子と兎の傍に歩いて来た。

「月の子、凄いぞ!野兎が嬉しそうな顔で月の子が差し出す青草を食べるなんて。まるで神業だ!」と翁は目を輝かせて棒立ちになった。

「昨夜、夢の中で竹の子ちゃんが話していたように、月の子ちゃんは動物達と仲良くなれる不思議な力を持っているのね」と媼は優しい眼差しで不思議な光景を眺めて微笑んだ。

「うん、確かに月の子は不思議な力を持っているようだ」と翁は神妙な顔で頷いた。

「この兎さん、とても可愛いわ。うふふ」と月の子は兎の頭を優しく撫でながら、翁と媼を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「そうね。その兎さん、月の子ちゃんと同じぐらい可愛いわ」と媼は優しく微笑んだ。

「うん、そうだな」と翁は笑顔で頷いた。

「わあ、ほんとう!」と月の子は瞳を輝かせた。

「兎さん、お腹一杯になったでしょう。あなたの母上が心配しているから、おうちへ帰りなさい」と月の子は兎の頭を優しく撫でながら優しい目で微笑んだ。

 すると、白い兎は月の子を見つめて、「プゥプゥ」と鳴くと、嬉しそうに飛び跳ねながら竹林の奥へ帰って行った。

「月の子ちゃん、兎さんと仲良しになれてよかったわね」と媼は優しく微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに頷いた。

 すると、今度は、青い空からキジが月の子の前に舞い降りてきた。

「わあ、大きいわ!」と月の子が瞳を輝かせて雉を見つめた。

「これは、雉という鳥だ」と翁は笑顔で月の子を見つめた。

「雉さん、こんにちは。私と仲良くしてね」と月の子は優しい目で雉を見つめた。

「クークー」と雉は鳴くと、月の子の前へ歩み寄った。

 月の子は着物の袂から小さな布袋を取り出すと、布袋の中のあわひえを手の平に載せ、笑顔で雉の前に手の平を差し出した。雉は嬉しそうに、「クークー」と鳴きながら、手の平の上に並んだ粟と稗の粒を美味しそうに食べ始めた。

「まあ、雉も月の子ちゃんには懐くのねえ」と媼は不思議そうな顔をした。

「凄いな。やはり、月の子は不思議な力を持っているぞ」と翁は真剣な顔で頷いた。

「雉さん、美味しい?」と月の子は円らな瞳で雉を見つめて微笑んだ。

「クークー」と雉は月の子を見つめて嬉しそうに鳴いた。

 月の子は雉の頭を優しく撫でながら、「雉さん、また遊びに来てね」と優しく微笑んだ。すると、雉は月の子を見つめて何度も頷くと、彼女の顔に頬ずりをし、「クークー」と嬉しそうに鳴いて青い空へ向かって元気に飛び立った。

「雉さん、さようなら!元気でね!」と月の子は笑顔で手を振った。

「月の子ちゃんは動物達と仲良くなれる不思議な力を持っているのね」と媼は微笑んだ。

「うん、そうだな」と翁は真剣な顔で頷いた。

 しばらく、翁と媼は月の子の不思議な力に感動していた。まるで、天から不思議な力が月の子に降り注がれているようであった。

 やがて色鮮やかな桜の花が咲く季節が訪れた。月の子もかぐや姫のように成長が速く、身の丈は三尺ほどになった。翁と媼は、月の子を連れて竹林の奥の大きな桜の木がそびえる丘にお花見に行った。そこは、遠い昔、幼い頃のかぐや姫を連れてお花見に来た場所である。月の子は、うっそうと茂る綺麗な桜の花を見上げながら満面の笑みを浮かべて樹木の周りを嬉しそうに走り回った。

「父上、母上!まるで極楽浄土にいるみたいだわ!」と月の子は、瞳を輝かせて桜の木の周りを走り回った。

「月の子ちゃんも竹の子ちゃんのように桜の花が大好きなのね」と媼は優しく微笑んだ。

「ええ、私、桜の花が大好きなの!」と月の子は瞳を輝かせた。

 すると、青い空から三羽のうぐいすが舞い降り、桜の木の周りを笑顔で走り回る彼女の頭と両肩に止まり、美しい声で爽やかな春の歌を歌い始めた。月の子の姿は、たくさんの桜の花の下で鳥達と戯れる天女のようであった。翁と媼は、かぐや姫の姿を思い出して涙ぐんだ。澄んだ青空から、「うふふ」というかぐや姫の声が微かに響いた。

 それから二ヶ月が過ぎ、野山に初夏が訪れた。月の子の身の丈は三尺三寸に成長した。

月の子は様々な仕事と技能を覚えた。翁は竹細工の技を月の子に教え、媼は炊事と洗濯と機織りと針仕事を月の子に教えた。月の子はかぐや姫のようにあらゆる技の習得が驚くほど速く、翁と媼は彼女の聡明な頭脳と優れた技能に驚いた。

 初夏の或る日、三人は竹林へ出かけた。翁は青竹を伐採し、媼と月の子は野菜と山菜を採っていた。やがて、一時(ひととき、約二時間)が過ぎた頃、人の気配がした。

「お爺さん、お婆さん、こんにちは。お元気そうで何よりです。月の子、少し見ないうちに、ずいぶん大きくなったな」と爽やかな青年の声が竹林に響いた。

「やあ、捨丸。久しぶりだな」と翁は微笑んだ。

 翁の近くに、端正な顔立ちの捨丸が作業道具を持って笑顔で立っていた。

 少し離れた場所で山菜取りの作業に励んでいた媼が振り向いた。

「まあ、捨丸さん、お元気そうね」と媼は微笑んだ。

「捨丸様。こんにちは」と月の子は瞳を輝かせた。

 捨丸は月の子に近づいて行った。

「月の子、お前も竹の子のように成長が速いな」と捨丸は不思議そうに月の子を見つめた。

「うん」と月の子は少し恥ずかしそうに微笑んだ。

「まあ、月の子ちゃんたら、恥ずかしいの?月の子ちゃんも、竹の子ちゃんのように捨丸さんが大好きなのよ」と媼は月の子と捨丸を見つめて微笑んだ。

「母上、いやだわ」と月の子は頬を紅く染めて恥ずかしそうにうつむいた。

「わあ、ありがたいな。光り輝くような二人の美しい娘に思いを寄せてもらえるなんて」と捨丸は瞳を輝かせた。

 そのとき、三人は、捨丸が背中に赤ん坊を背負っていることに気づいた。そして、幼い男の子が捨丸に走り寄って来た。

「捨丸、その子は?」と翁は驚いて捨丸を見つめた。

「はい、この男の子は弟の息子の『竹丸』です。三歳です。背中の子は弟の娘の『お冬』です。二歳です」と捨丸は爽やかに微笑んだ。

「ほう、捨丸。お前の弟も立派な父親になったのだな」と翁は感心して微笑んだ。

「きっと、捨丸さんのように逞しくて優しい人なのね」と媼は優しく微笑んだ。

「わあ、可愛いわ」と月の子は、捨丸の背中の赤ん坊を見て瞳を輝かせた。

 すると、突然、背中の赤ん坊が泣き始めた。捨丸があやしても鳴き止まなかった。

「私に抱かせて」と月の子は輝いた瞳で捨丸を見つめた。

 捨丸は、背中の赤ん坊を下ろし、両腕に抱いて月の子に渡した。月の子は両腕で赤ん坊を受け取り、優しく胸に抱き締めると、優しい目で赤ん坊を見つめて微笑んだ。すると、瞬く間に赤ん坊は泣き止み、無邪気に微笑んだ。翁と媼と捨丸は驚いた。捨丸が月の子に帯を渡すと、彼女は帯を用いて赤ん坊を背負った。すると、竹丸が吸い寄せられるように月の子に歩み寄り、彼女と手を繋いで嬉しそうに微笑んだ。

「月の子。お前はこの子達の母親よりもこの子達に信頼されて懐かれているようだ。昔の竹の子のようだ。二人とも天女のようだ」と捨丸は不思議そうに月の子を見つめた。

「月の子、お前は子の心を掴む不思議な力を持っているな」と翁は月の子を見つめた。

「月の子ちゃんは、すぐに子と心が通じ合うのね」と媼は優しく微笑んだ。

「うふふ」と月の子は嬉しそうに微笑むと、二人の幼い子に優しい眼差しを向けた。

 捨丸は竹林の奥にある森へ行き、お椀を作るための樹木を伐採し始めた。月の子が二人の幼い子の面倒を見ていた。月の子が二人に話しかけ、また、歌を歌うと、二人とも満面の笑みを浮かべて楽しそうにしていた。翁と媼もそれぞれの作業に励んだ。

 一時(いっとき、約二時間)が過ぎた。突然、竹林の奥から熊が現れた。熊は月の子の傍にゆっくり近づいた。竹丸が驚いて、「わあっ!」と声を上げた。月の子の背中の赤ん坊のお冬も泣き始めた。翁と媼と捨丸は異変に気づき、月の子のほうを振り向いた。

「月の子、熊だ!逃げろ!」と翁が険しい目で叫んだ。

捨丸がおのを振りかざして森から走り始めた。翁もなたを振りかざして熊に近づいた。熊は月の子の至近距離まで近づいた。翁と捨丸が熊のすぐ近くまで近づいたときであった。熊は、「ウォー」と甘えた声で鳴くと、月の子の前に横たわった。そして、「ウォー、ウォー」と甘えた声で鳴きながら四つ足を可愛らしく動かし始めた。月の子は熊に近づいてしゃがむと、優しく微笑みながらそっと頭と顔と背中を撫で始めた。

「熊さん、こんにちわ。私達と仲良くしてね」と月の子は優しい目で熊を見つめた。

 熊は、「ウォー、ウォー」と四つ足を可愛らしく動かしながら嬉しそうに泣き続けた。

 竹丸とお冬は、月の子と熊が仲良く戯れる様子を見つめて無邪気に微笑んだ。翁と媼と捨丸は信じがたい不思議な光景を目の当たりにし、驚きのあまり立ちすくんだ。

「熊さんは美味しそうな草を食べるの?」と月の子は熊を見つめて優しく微笑んだ。

 そして、月の子は足元に生えている緑の草を採り、熊の口に近づけた。熊は、月の子が差し出した緑の草を大きな口を開いて美味しそうに食べ始めた。竹丸とお冬は瞳を輝かせてその様子を眺めていた。やがて、熊は草を食べ終えると、「ウォー、ウォー」と嬉しそうに鳴いて起き上がり、月の子の正面に正座し、お辞儀をするように何度も頭を下げると、四つ足で立ち上がり、何度も振り向いて短い尻尾を振りながら竹林の奥へ去って行った。

「熊さん、さようなら!また会いに来てね!」と月の子は純真無垢な笑顔で手を振った。

 翁と媼と捨丸は、「熊と仲良くなれる」月の子の不思議な力に感心していた。

「月の子、凄いな。熊を手懐けるなんて」と捨丸は真剣な目で月の子を見つめた。

「月の子ちゃんは動物さんや幼い子とすぐに仲良くなれる不思議な力を持っているのよ」と媼は優しい目で月の子を見つめながら、彼女の頭を優しく撫でた。

「うん。私、動物さんと幼い子が大好きなの」と月の子は嬉しそうに頷いた。

 赤ん坊を背負って幼い子と手を繋いでいる月の子の姿は、小さな母親のようであった。竹林の上に広がる初夏の青空から、「うふふ」と美しい声が響き、空から涼しい初夏の風が吹いてきた。竹林にいる六人は青い空を見上げて佇んでいた。

 月の子は昼の青い空に浮かぶ白い月を見上げて、「お姉様、かぐや姫様」と瞳を輝かせて羨望の眼差しを白い月へ向けた。

第5章.かぐや姫の思い

 その後、月に帰ったかぐや姫は幸せに暮らしていた。彼女は月の世界でも、まだ独身であった。本来、かぐや姫は月から迎えに来た一行に連れられて地上を去るとき、天の羽織を着せられた瞬間に地上の思い出を全て忘れたはずであった。しかし、姫は地上の両親である翁と媼の優しい愛に育まれて幸せに育ち、野山で村の子供達と楽しく過ごしたので、不思議なことに、月に帰ってしばらくすると、地上の暮らしを思い出してしまった。その後、姫は幸せに暮らしているにもかかわらず、時々、月の宮殿の縁側から遙か遠くにある蒼い地球を眺めながら、純情な涙で瞳を潤ませていた。そして、月日が経つうち、毎日のように黙って地球を眺めて涙ぐむようになった。本来、憎しみも悪も虚偽も争いも無く、地上の百倍も幸せな月の世界にいるかぐや姫が、毎日、悲しむようになってしまった。

 月の世界を運営している四人の如来、釈迦如来と薬師如来と阿弥陀如来と大日如来は、かぐや姫の心を救う方法を考えた。そして、月の世界で最高の地位にある阿弥陀如来が、かぐや姫と面談する運びとなった。阿弥陀如来が暮らす宮殿の蓮の華が咲き誇る池の前の縁側で、阿弥陀如来とかぐや姫は向かい合って座った。

「かぐや姫。お前は、喜びが溢れる幸せなこの素晴らしい月の世界で、なぜ憎しみと悪と虚偽と争いなどの罪が満ち溢れていて、苦しみや悲しみを味わうことが多い地上の暮らしを思い出して悲しんでいるのだ?」と阿弥陀如来は不思議そうな顔をした。

「阿弥陀如来様。私は、地上の人々の優しさが忘れられないのです」とかぐや姫は潤んだ瞳で悲しそうに阿弥陀如来を見つめた。

「私は、地上で暮らすお前を見ていた。お前は、幼い頃から木地師の息子の捨丸に恋心を抱いていたが、お前を育てた翁と媼はお前の純粋な恋心を理解していなかった。そして、一家で都へ上り、お前を貴族に嫁がせようとした。つまり『高い身分と裕福な暮らし』を『娘の幸せ』と考えた。これこそ、地上の人間達の罪深さであり、醜さなのだ。もう地上の人間達のことを忘れなさい」と如来は真剣な目で姫を見つめた。

 かぐや姫は、瞳を潤ませて悲しそうにうつむいた。

「父上は『高い身分に就いて裕福な暮らしをすること』を私の幸せと思いました。地上の親達の多くは父上と同じ思いを抱いています。確かにこの思いは地上の人間達の罪深さであり、醜い思いです。でも、父上は、私を可愛がり、優しく大切に育てて下さいました。私を深く愛して下さいました。私は父上を恨んでいませんし、軽蔑していません。私は今でも父上を慕い続けています。私は今でも父上が大好きです」と姫は潤んだ瞳を輝かせた。

「母上についてはどのように思っているのだ?」と如来は優しい目で姫を見つめた。

「母上は私の心の奥の『捨丸様への淡い思い』を理解していました。都で暮らし始めてからも、母上は私に寝殿の裏庭の畑を『古里の風景を再現する場』として使わせて下さいました。母上は私の『真の幸せ』を知っていました」と姫は潤んだ瞳で優しく微笑んだ。

「しかし、お前の母上は夫の『罪深い思いと行い』を改めさせなかった。つまり、お前の母上も罪深い人間なのだ」と如来は真剣な目で姫を見つめた。

「はい、如来様のおっしゃるとおりです」と姫は悲しそうにうつむいた。

 しばし沈黙の時が流れた。突然、姫は顔を上げて瞳を輝かせた。

「如来様。確かに如来様がおっしゃるように、母上が私の『真の幸せ』を知りつつ、父上の思いと行いを止めなかったことは罪深いことです。でも、母上は私を可愛がり、優しく大切に育てて下さいました。父上よりも私を深く愛して下さいました。私は今でも母上を慕い続けています。母上が大好きです」と姫は瞳を輝かせた。

 阿弥陀如来は真剣な眼差しで頷くと、しばらく考え込んだ。如来はかぐや姫との会話と彼女の眼差しから、彼女が、ほんの少し地上の人間の「心の性質」を心の奥に染み込ませてしまったことを悟った。

「なるほど。姫、お前の心には、お前の地上の両親である翁と媼の『罪深さを含んだ愛』の中の『純粋な愛』だけを受け入れ、両親を慕い、深く愛するような『人間の心の性質』が芽生えているようだ」と如来は優しく微笑んだ。

「はい、如来様。確かに地上の人間の父上と母上は、私の結婚について大きな罪を犯しました。しかし、私は、地上で私を可愛がり、優しく大切に育んでくれた父上と母上を今でも慕い続け、深く愛しています。私は、今でも父上と母上が大好きです」と姫は瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

「うん。そうか」と如来は温かい眼差しで頷いた。

「はい、阿弥陀如来様」と姫は潤んだ瞳で微笑んだ。

「お前と地上の両親に血の繋がりはない。つまり、翁と媼はお前の里親なのだ。しかし、お前が地上にいたときのお前と両親の様子及びお前の話からわかったことは、お前の両親は里親であるが、お前と両親は心と心が固い絆で結ばれた『真の親子』だということだ」と如来は真剣な目で胸を張って姫を見つめた。

「はい、おっしゃるとおりです。私は父上と母上を『真の両親』だと思っています。月と地上で遠く離れていても、私は今でも『私と両親は心も体も固い絆で結ばれている親子である』と心底から感じています」と姫は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

「景教(キリスト教)では、血縁関係がなくても『神の愛』で結ばれた親子を『聖家族』と言うそうだ。お前と地上の両親も、血縁関係はないが『仏の愛』で結ばれた『聖家族』なのだ」と如来は優しく微笑んだ。

「わあ、嬉しいわ」と姫は瞳を輝かせた。

 阿弥陀如来は黙って静かに頷いた。

「父上と母上と私は『聖家族』なのね」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

 阿弥陀如来とかぐや姫は、しばし綺麗な蓮の華が咲いている池を見つめて心を休めた。やがて、阿弥陀如来はかぐや姫の光り輝くアーモンド形の目を見つめた。

「姫。お前は、今でも子供の頃に地上の古里の野山で遊んだ捨丸を慕っているようだな。お前と捨丸は小さな頃から相思相愛の仲であったのに、彼はお前を裏切り、別の娘と夫婦になった。喜びと幸せが溢れている月の世界では『男女の愛』や『結婚』や『裏切り』はないが、地上の人間の心には『男女の愛』と『裏切り』という『原罪』が息づいているのだ。お前は都に上ってから、捨丸への思いを抱き続けて苦しんだ。それでも、お前は地上の罪深い捨丸、つまり、お前を裏切った男を忘れられないのか?」と如来は真剣な顔をした。

「確かに、私は捨丸様に会えなくなってからも彼を慕い続けていたのに、捨丸様はいつしか私と夫婦になることを諦めて別の人と結ばれました。でも、私は彼を恨んでいません。今でも捨丸様を慕い続けています。地上の世界は月の世界と異なり、様々な困難があります。捨丸様は、父親の職を継いで一人前の木地師として生きて行くために、私への淡い思いを断ち切り、きっと素敵な娘さんと結ばれたのです。私は捨丸様と奥様の幸せを願っています。私は、今でも小さな頃に古里の野山で村の子供達から慕われていた捨丸様を心の奥で慕い続けています。私は、今でも、逞しくて優しい捨丸様が大好きです」と姫は瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

「なるほど。姫。お前は、お前を裏切った捨丸の心の罪深さを赦しているのだな。そして、捨丸と奥方の幸せを願っているのだな。捨丸に嫉妬と恨みを抱くのではなく、彼に赦しと幸せを願う『慈悲の心』を抱くとは、とても立派だ。まるで姫は聖人のようだ」と如来は優しい眼差しで微笑んだ。

「まあ、いやだわ、如来様。私を『聖人のようだ』なんて大げさだわ。でも、如来様に、今の私の『捨丸様への思い』をわかっていただいて嬉しいわ」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

 阿弥陀如来はかぐや姫の「両親と捨丸への思い」を知り、心を動かされた。姫が彼らの「罪深い心」を赦し、彼らの「愛と優しさ」に感謝し、今でも彼らと喜びや悲しみや悩みを共有した思い出を大切に心に抱いていることに深く感動した。

「かぐや姫。お前は立派な『慈悲の心』を持っている。お前も我々のような如来の一員に加えてあげようかな」と如来は優しい目で姫を見つめて微笑んだ。

「いいえ。私は、まだ如来にはほど遠い者です。私は、まだ『悟りの五十二位』の一つも体得していません。『仏の悟り』を体得するために、日々、修業している『菩薩様』にも及びませんわ」と姫は困惑した顔で如来を見つめた。

「うん。かぐや姫、謙虚な心だ」と如来は優しい目で姫を見つめて頷いた。

 二人は、しばらく庭の池に咲く綺麗な蓮の華を見つめていた。やがて、如来は真剣な眼差しを姫に向けた。

「姫。我々が暮らす月の世界は『極楽浄土』つまり『死後の世界』なのだ。もし何千年かのちに、地上の人間達が月に来られるようになったら、月にある我々の世界はもっと地球から離れた惑星へ移る予定だが、当分、彼らの知恵では月へは来られない。つまり、姫が慕っている地上の両親と捨丸は、地上で命ある限り、月へは来られないのだ。わかるか、姫?」と如来は真剣な目で姫を見つめた。

「はい、わかっています」と姫は静かに頷いた。

「だが、彼らが地上で命を失い、地獄へ落ちない限り、我々の世界へ来られるのだ。地上の人間の命は六十年ほどだ。つまり、翁と媼と捨丸は、あと何十年か経てば、月の世界へ来られるかもしれないのだ。そうすれば、姫は彼らと再会し、この月の世界で仲良く暮らせるのだ。あと何十年か経てば、大好きな彼らと仲良く暮らせる日が訪れるかもしれないのだ。その日を楽しみに彼らを待つのだ」と如来は優しい目で姫を見つめて微笑んだ。

 かぐや姫は暗い顔をしてうつむいた。しばし沈黙の時が流れた。やがて、姫は顔を上げて切ない目で如来を見つめた。

「いいえ、私は何十年も彼らを待つことはできません」と姫は瞳を潤ませた。

「うーん、困ったな。一度、我々はお前を地上へ行かせた。しかし、地上の両親を始めとする人間達は、心の奥に息づく『原罪』に基づく言動でお前の心を苦しめて不幸にした。そして、お前は月へ帰りたくなった。そこで、我々は迎えの一行を地上へ行かせてお前を連れ戻した。そうだな?」と如来は真剣な目で姫を見つめた。

「はい、おっしゃるとおりです」と姫は呟いて暗い顔でうつむいた。

「我々はお前を地上へ行かせて、再び不幸な目に合わせたくないのだ。地上の人間は命を失って月の世界へ来ると、心の奥に息づく『原罪』が消え去り、『慈悲深い平和な心』になるのだ。翁と媼と捨丸が地上で命を失い、彼らが月の世界に来るのを待つほうが、お前のためによいのだ」と如来は優しく微笑んだ。

「私、父上と母上と捨丸様が地上で命を失い、月へ来るのを待つのは嫌です。地上で父上や母上や捨丸様に会いたいのです」と姫は潤んだ瞳で寂しそうに如来を見つめた。

「そうか。何十年も待てないのか。姫。お前は、半年ほど前に我々が月から地上へ幼い娘を送ったのを知っているな?」と如来は真剣な目で姫を見つめた。

「はい、知っています。月の子ちゃんですね。私、彼女が天女様に連れられて地上へ出発した直後に、そのことを知りました。地上へ行って私の父上と母上に育ててもらえるなんて、とても羨ましかったわ」と姫は潤んだ瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「天女は我々の命じたとおりにお前の父親の翁に月の子を預けた。実は、お前の両親が、お前の心を傷付けてお前を失ったことを反省しているかどうかを確かめるために、月の子を地上へ送ったのだ。その日から、我々は、月の子をずっと見守ってきた。お前の両親が月の子をどのように育てるか見守っているのだ」と如来は穏やかな顔をした。

「私は地上で私の両親と暮らしている月の子ちゃんが羨ましくて、毎日、宮殿の濡れ縁から彼女を見守っています」と姫は瞳を輝かせた。

「そうか、姫。お前も、地上でお前の両親と暮らしている月の子を見守っているのか」と如来は瞳を輝かせた。

「はい。私は月の子ちゃんが私の両親と仲睦まじく暮らす姿を見て、毎日、涙が溢れてきます。父上と母上は月の子ちゃんを私だと思い、とても可愛がり、優しく大切に育てています。出来ることなら、私は、もう一度、地上で父上と母上と暮らしてみたいのです」と姫は一筋の涙を流して悲しそうにうつむいた。

「地上のお前の両親は、お前の心を傷付けて失ったことを深く反省しているようだ。彼らは、月の子を都の貴族に嫁がせようと思っていないようだ」と如来は優しく微笑んだ。

「はい、私もそう思います。きっと父上と母上は、月の子ちゃんの『真の幸せ』を思って育てているのだと思います」と姫は濡れた瞳で微笑んだ。

「うん、そうだな。私も、きっとお前の両親は月の子の『真の幸せ』を思っているのだと思う」と如来は優しい眼差しを姫に向けた。

「わあ、嬉しいわ。それでは、阿弥陀如来様は地上の私の父上と母上を赦して下さるのですね?」と姫は濡れた瞳を輝かせた。

「うん。お前の両親は、我々が月から地上へ送り出した大切なかぐや姫を苦しめたことを深く反省しているようだ。私は、過ちを深く反省して悔い改めたお前の両親を慈悲深い心で赦そう。月の世界で最高位にある私『阿弥陀如来』が、お前の両親を赦すのだ。私は、将来、お前の両親が地上で命を失ったときには、地獄へは落とさず、必ず月の世界つまり極楽浄土に招くことにしよう」と阿弥陀如来は笑顔で威風堂々と胸を張った。

「わあ、嬉しいわ。父上と母上は月の世界に来られるのね」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「お前の両親だけではない。お前が捨丸を赦すなら、私も慈悲深い心で彼を赦そう。捨丸が地上で命を失ったときは、私は必ず彼を月の世界へ招く」と如来は優しく微笑んだ。

「わあ、嬉しいわ。捨丸様も月の世界へ来られるのね」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「うん」と如来は明るく頷いた。

「私は、たとえ父上や母上や捨丸様の心に罪深い『原罪』が潜んでいても、彼らの優しさが大好きなの」と姫は優しい夢心地の眼差しで微笑んだ。

「地上の人間達の心が罪深くても、私は彼らと喜びや悲しみを共にしたときに『命の輝き』を感じたの。私は、人間の心に潜んでいる『原罪』より、人間の心の中に生きて続けている『優しさ』と『良心』が大好きなの」と姫は瞳を輝かせた。

「なるほど、お前は罪深い人間達が好きなのか。何十年か経てば、彼らは必ず月へ来る・それまで、お前は、お前の両親と月の子が仲睦まじく暮らす様子を、月の世界から眺めていなさい。月の子を自分だと思って眺めるのだ」と如来は優しい目で姫を見つめた。

「はい、如来様。でも、私、妹が両親と幸せに暮らす姿を眺めているだけでは寂しいわ」とかぐや姫は、寂しそうな目で遙か彼方に見える蒼い地球を見つめた。

「うーん、困ったな」と阿弥陀如来は困惑して考え込んだ。

 庭の池に浮かぶ深緑の蓮の葉の上に色鮮やかな鳥達が止まり、美しい声で楽しそうにさえずり始めた。すると、青い空から一筋の明るい光が射し込み、二人を明るく照らした。かぐや姫と阿弥陀如来は、鳥の美しい歌声と明るい光に照らされて沈んだ心を和ませた。

第6章.地上の三人の思い

 古里の山は夏を迎えた。月の子は村の子供達と仲良くなり、週に五日ぐらい野山で彼らと遊び、村の幼い子供達から好かれる優しいお姉さんになった。彼女の身の丈は三尺五寸に成長していた。いつも、月の子は幼い子を背負い、胸に抱き、優しい目で幼い子を見つめて微笑みながら子守歌や童歌を歌っていた。その姿は、まるで母親のようであり、少女の頃の竹の子(かぐや姫)と瓜二つであった。月の子は、幼い子供達から「月の子お姉さん」、「お姉さん」、「お姉ちゃん」と呼ばれる優しいお姉さんになり、年上の子供達からは「月の子」と呼ばれる素直で献身的な妹になり、村の子供達から信頼され、愛される娘に成長していた。翁と媼は、月の子が村の子供達から好かれ、信頼され、野山で彼らと仲良く遊ぶ姿を見ると、誇らしく思うと同時に、彼女が竹の子と同じ喜びを全身で感じていることを悟った。翁と媼は、成長した竹の子を苦しめてしまった苦い経験から、月の子には幸せな人生を歩ませてあげたいと思っていた。二人は「月の子ちゃんをずっと野山で村の子供達と仲良く遊ばせてあげたい」、「月の子ちゃんに村の子供達との心の繋がりを持たせてあげたい」、「月の子ちゃんを意中の人に嫁がせてあげたい」と思い、いつも彼女に優しい眼差しを向けていた。

 きょうも月の子は野山で村の子供達と楽しく遊んでいた。丘の上で、彼女は捨丸の二人の姪、二歳のお鈴を背負い、三歳のお菊を両腕で胸に抱き、優しい目で二人を交互に見つめながら子守歌を歌っていた。その美しい歌声は周囲の野山に響き渡り、その歌声に子供達は魅了され、彼女の周りに腰を下ろし、耳を澄まして聴いていた。月の子が歌い終わると、子供達は丘の上の木に生る山葡萄を採り始めた。彼らは、家に持ち帰るために採った山葡萄を籠に入れていた。月の子は胸に抱いていたお菊を下ろして隣に立たせ、山葡萄を採って籠に入れながら、時々、背中のお鈴と隣に立つお菊に優しい眼差しを向けて山葡萄を食べさせていた。彼女は、いつも幼い子に慕われる優しいお姉さんであった。

「月の子、まるで優しい母親のようだな」と爽やかな若者の声が響いた。

「わあ、捨丸様!」と月の子は瞳を輝かせた。

「月の子。お前には深く感謝している。お前が幼い子供達の世話をしてくれるから、俺達は仕事に励むことができる。お前も竹の子のように子供達に優しく、子供達から慕われ、野山の動物達と仲良くなれる不思議な力を備えている。俺は、時々、『竹の子と月の子は、血が繋がった姉妹かもしれない』と思うことがある」と捨丸は優しく微笑んだ。

「まあ、嬉しいわ。私も、時々、父上と母上からそのように言われて、竹の子お姉様を血の繋がったお姉様だと思うことがあるの。私はお姉様を家に飾ってある姿絵でしか見たことがないけれど、きっと素敵な娘だったのでしょうね」と月の子は瞳を輝かせた。

「もちろん。村にいた頃の竹の子は、可愛らしい顔のしなやかな姿をした清楚で美しい娘だった。都に上り、竹の子は光り輝くような美しい姫に成長したようだ。俺は都で一度だけ竹の子を見かけたことがある。やはり、噂どおりの美しい姫に成長していた、それ故、『光り輝くお姫様』という意味で『かぐや姫』と命名されたようだ」と捨丸は懐かしそうに月の子を見つめた。

「お姉様と捨丸様は互いに淡い恋心を抱いていたのに、お姉様は遠い国へ嫁いでしまったわ。捨丸様、ご免なさい。どうかお姉様を赦して下さい」と月の子は潤んだ瞳で捨丸を見つめて丁寧に頭を下げた。

「月の子、謝らなくてよいのだ。俺も他の娘と結ばれてしまった。俺が都で竹の子を見かけたとき、彼女を奪ってこの村へ連れ戻して妻にするべきだった。俺に勇気がなかったから、俺と竹の子は結ばれなかったのだ。全て俺が悪いのだ。しかし、竹の子は、遠い国の素敵な殿方に嫁いで幸せに暮らしているようだ。竹の子が幸せになってよかった」と捨丸は嬉しそうに微笑んだ。

「捨丸様に、そのように思っていただけると嬉しいわ」と月の子は輝いた瞳で微笑んだ。

「うん」と捨丸は優しく微笑むと、少し寂しそうにうつむいた。

 月の子の腰に付けた籠に山葡萄が溢れた。月の子は、最後に採った二房の山葡萄の一房を捨丸に渡し、もう一房を背中のお鈴と隣に立っているお菊に優しい眼差しを向けて食べさせた。捨丸は、寂しそうな眼差しを丘の向こうの深緑の山々に向けた。月の子は、捨丸の寂しそうな顔を見て、きっと彼が竹の子との楽しい出来事を想い、愛しい彼女と結ばれなかったことを悔やんでいるのだと思った。捨丸は山葡萄を食べ終えると、お鈴とお菊を優しい目で見つめて頭を撫でると、森の中へ消えて行った。月の子は羨望の眼差しで彼の後ろ姿を見つめていた。月の子は、日射しが傾くまで村の子供達と丘の上や森や竹林で楽しく遊んだ。彼女はお鈴を背負い、彼女の周りには幼い子供達が集まっていた。そして、リスや兎や狸などの動物達も月の子の周りに安心して集まって来た。彼女は子供達と一緒に可愛い動物達と遊んだ。月の子は村の子供達や山の動物達の優しいお姉さんであった。

 夕暮れ時、月の子は山葡萄が溢れそうな籠を腰に下げて我が家へ帰った。彼女が入口の戸を開けて土間に姿を現わすと、翁と媼が、「お帰り」と目を細めて優しく迎えた。

「父上、母上。丘の上で山葡萄を採って来たの」と月の子は可愛らしく微笑んだ。

「まあ、たくさん採ってきたのね。美味しそうだわ」と媼が目を細めて微笑んだ。

「いつのまにか、お前も、村の子供達と遊びながら食べ物を採って来るようになったな。我々が命じなくても、家族の暮らしを案じてくれる感心な娘だ。お前は、まるで幼い頃の姫(かぐや姫)のように優しい娘だ」と翁は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「父上、母上。私もお姉様のように家族の暮らしに役立つ娘になりたいの。お姉様のように優しい娘になりたいの」と月の子は瞳を輝かせた。

「月の子ちゃんは、もう充分に優しいわ。竹の子ちゃんと同じぐらい優しくて、家族思いの娘だわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、嬉しいわ」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 翁と媼は、月の子の明るい笑顔を見つめて目を細めて嬉しそうに微笑んだ。月の子は腰に付けた山葡萄が入った籠を土間に置くと、媼がいる炊事場のほうを見つめた。

「母上。私、手伝うわ」と月の子は媼を見つめた。

「ええ。月の子ちゃん、お願い。助かるわ」と媼は微笑んだ。

 月の子は、毎日、媼が行なう食事の支度を手伝っていた。彼女は、媼から習った様々な料理を作れるようになっていた。媼が機織りや針仕事で忙しいとき、或いは媼の体の具合が悪いとき、月の子が独りで食事を作ることもあった。月の子は、子供ながらも、まるで一人前の嫁のようであった。

 やがて夕食が出来た。媼と月の子は、竹の子ご飯の鍋と惣菜を板の間に運び、床に食器を並べた。そして、月の子は竹の子ご飯を三つのお椀に盛ると床の上に整然と並べた。

「父上、晩ご飯よ!」と月の子の元気な声が響いた。

「うん、そうか。今行く」と翁が嬉しそうに微笑んだ。

 一家三人の楽しい夕食のひと時が始まった。翁と媼は、月の子が作った料理を食べることがとても嬉しかった。彼女の料理は、かつて竹の子が作ってくれた料理と同じ味がするのであった。翁と媼は月の子が作った料理を食べるたびに、竹の子の優しく可愛い笑顔を思い出して瞳を潤ませていた。

「この竹の子ご飯の味、姫が作ってくれたものと同じ味だ」と翁は瞳を輝かせた。

「このひじき煮と蒸し野菜も、昔、竹の子ちゃんが作ったものと同じ味がするわ」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「まあ、父上、母上。嬉しいわ」と月の子は瞳を輝かせた。

 翁と媼は、月の子の光輝くような笑顔を見つめてかぐや姫を思い出して瞳を潤ませた。

 いつものように夕食は和やかな雰囲気に包まれていた。やがて、月の子が真剣な眼差しを翁と媼に向けた。

「父上、母上。きょう、私達が丘の上で山葡萄を採っていたら、捨丸様と会ったの。私と捨丸様がお姉様の話をしていると、彼が涙ぐんだ寂しそうな顔をしたの。捨丸様は素敵な奥様と結ばれて幸せに暮らしているのに、今でもお姉様と結ばれなかったことを後悔しているのかしら?」と月の子は悲しそうに翁と媼を見つめた。

「うん、おそらく別の理由だろう」と翁は真剣な眼差しでうつむいた。

「月の子ちゃんには、まだ話していなかったわね。昨年の暮れに、捨丸さんは奥様と幼い息子を高熱と咳が続く咳逆しはぶきで亡くしたの。それで、彼は冬の間ずっと悲しみに暮れていたそうよ。可愛そうに。だから、今、捨丸さんは独り身なの。きっと、遠い国で幸せに暮らしている竹の子ちゃんを思い出して、懐かしくて涙ぐんだのよ」と媼は少し潤んだ瞳で月の子を見つめた。

「まあ、そうだったの。それで、捨丸様は、お鈴ちゃんとお菊ちゃんを優しい目で見つめて頭を撫でていたのね。天へ旅立った奥様とお子様を思い出していたのね。捨丸様が可哀想だわ」と月の子は瞳を潤ませて悲しい顔をした。

「うん、きっとそうだろう。気の毒に」と翁は悲しそうにうつむいた。

「捨丸さんは、竹の子ちゃんの話をしているうちに、きっと天へ旅立った奥様と幼い子を思い出して悲しくなったのよ。もうしばらく捨丸さんの悲しみは癒えないわ」と媼は瞳を潤ませて悲しそうな顔をした。

「ねえ、父上、母上。月にいるお姉様は嫁いだのかしら?もしかしたら、まだお姉様は嫁いでいないかもしれないわ。もし嫁いでいないのなら、お姉様は捨丸様に嫁ぐことが出来るわ。私、二人を添わせてあげたいの。月からお姉様を呼び戻せないかしら?毎晩、供え物をして家族でひれ伏して月にお願いすれば、一年ぐらいで、月の阿弥陀如来様がお姉様を我が家へ帰して下さらないかしら?」と月の子は真剣な目で翁と媼を見つめた。

「まあ、月の子ちゃんたら。そんな無理なことを言わないで。月から竹の子ちゃんを呼び戻すなんて無理よ。でも、竹の子ちゃんが今の話を聞いたら、きっと喜ぶわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「月の子。お前は実に面白いことを言うな。月の世界は、おそらく極楽浄土だ。だから、月で一番偉い方は阿弥陀如来様だ。お前の言うように、毎晩、供え物をして家族でひれ伏してお願いすれば、阿弥陀如来様が姫を我々のもとへ帰してくれるかもしれないな」と翁は真剣な眼差しを月の子に向けた。

「わあ、ほんとう!父上」と月の子は瞳を輝かせた。

「うん、そうなるかもしれんぞ」と翁は真剣な目で月の子を見つめた。

「まあ、爺さんたら。大げさだわ」と媼は呆れた顔で翁を見つめた。

 月の子は、少し困惑した顔で翁と媼の顔を見つめた。

「でも、月の子ちゃん。もし月にいる竹の子ちゃんがまだ独り身ならば、毎晩、供え物をしてひれ伏して真剣に月にお願いすれば、何年かのちに、阿弥陀如来様が竹の子ちゃんを我が家へ帰してくれるかもしれないわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ!母上もそう思うの。嬉しいわ。私、父上も母上も大好き」と月の子は瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 翁と媼は、月の子の眩しい笑顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。二人は、月の子の笑顔を竹の子の笑顔と瓜二つだと思った。

「ねえ、父上、母上。もし月からお姉様が帰って来なかったら、私が捨丸様のお嫁さんになってもいいかしら?」と月の子は恥ずかしそうに頬を紅く染めた。

「まあ、月の子ちゃん。あなたも逞しくて優しい捨丸さんに淡い恋心を抱き始めているのね。竹の子ちゃんと同じ殿方に思いを寄せているのね」と媼は優しく微笑んだ。

「うん」と月の子は瞳を輝かせた。

「姉妹で同じ殿方に思いを寄せたのか。血は争えないな。月の子、捨丸は逞しくて優しい男だ。一度、妻を持った男だが、立派ないい男だ。もし月から竹の子が帰って来ないときは、お前と捨丸を添わせることを考えておこう」と翁は笑顔で胸を張った。

「うん」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 しばし静寂な時が流れた。月の子は竹の子と同様に体の成長が速く、半年ほどで十歳ぐらいの背丈に成長していた。翁と媼は、月の子は心身ともに成長して異性に淡い恋心を抱く年頃になったことを悟った。

 楽しい夕食が終わると、三人はさっそく「願い事」の準備を始めた。翁は、濡れ縁の前の板床に三枚の矩形の筵を並べた。媼が都にいた頃に使っていた二枚の綺麗な陶器の皿を用意すると、月の子が各々の皿に山葡萄と団子を山盛りに盛りつけて運び、濡れ縁に丁寧に置いた。媼は、急須と綺麗な陶器茶碗と三つの素焼き茶碗を運んだ。三人は、月の子を真ん中にして濡れ縁の前の筵の上に外の暗闇を向いて仲良く並んで座った。夏の夜の満月を見つめながら、翁と媼は竹の子(かぐや姫)の姿を懐かしく思い出していた。月の子は「まだ見ぬ姉」の竹の子(かぐや姫)への憧れを膨らませて心を弾ませていた。翁と媼が優しい目で月の子を見つめると、月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「さあ、月にお願いするぞ」と翁は真剣な目で媼と月の子を見つめた。

「は~い」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 三人は、真剣な目で暗い夜空に浮かぶ満月を見つめて合掌した。

「月の世界の阿弥陀如来様。もし姫が独り身でいたら、我々のもとへ帰して下さい。我々は姫の帰りを心から待ち望んでいます。どうかお願い致します」と翁は真剣な目で明るい月を見つめた。

「阿弥陀如来様。もし竹の子ちゃんが独り身でいたら、私達家族のもとへ帰して下さい。竹の子ちゃんの妹の月の子ちゃんが、竹の子ちゃんに会いたがっています。ぜひ、月の子ちゃんを姉の竹の子ちゃんに会わせてあげて下さい。私と爺さんも、もう一度、竹の子ちゃんと暮らしたいと思っています。以前、私達夫婦は竹の子ちゃんを無理に貴族の殿方に嫁がせようとして苦しめてしまいましたが、今度こそ、竹の子ちゃんを幸せにしてあげたいと思っています。竹の子ちゃんを意中の人に嫁がせて幸せな人生を歩ませてあげたいと思っています。どうか寛大な心で、竹の子ちゃんを私達家族のもとへ帰して下さい」と媼は潤んだ瞳で明るい満月を見つめた。

「阿弥陀如来様。もしお姉様が独り身でいたら、ぜひ、私達のもとへ帰して下さい。私はお姉様に会いたいの。お姉様と一緒に暮らしたいの。私達三人はお姉様を捨丸様に嫁がせて、今度こそお姉様を幸せにしてあげたいの。お願いです。お姉様を私達のもとへ帰して下さい」と月の子は輝いた瞳で月を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

 翁と媼は、月の子の眩しい笑顔を見つめて目を細めて微笑んだ。

「阿弥陀如来様、薬師如来様、大日如来様、釈迦如来様。お願いです、私をお姉様に会わせて下さい」と月の子は満月を見つめて瞳を輝かせた。

「月の子ちゃん!」と媼は驚いて目を丸くして月の子を見つめた。

「月の子!」と翁は驚いて大きく目を見開いた。

 翁と媼は、月の子が阿弥陀如来の他に三名の如来の名を唱えたことを不思議に思った。月の子は阿弥陀如来以外の如来を知らないはずだからである。二人は、「この子を自分達に預けた貴婦人は天女で、この子は月の世界から地上に送られたお姫様なのかもしれない」と心の奥で悟った。

「月の子ちゃん。なぜ阿弥陀如来様の他の三名の如来様を知っているの?」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「母上、私にもわからないの。私が月にお願いしているときに、突然、三名の如来様の名が私の口から出てきたの。突然、心の奥から湧いてきたの」と月の子は不思議そうに媼を見つめた。

「月の子。お前は阿弥陀如来様の他の三名の如来様の名を知っている。お前も姫と同じように『月から来たお姫様』のような気がする」と翁は真剣な目で月の子を見つめた。

「そうよ、月の子ちゃん。きっと、あなたも竹の子ちゃんのように『月から来たお姫様』なのだわ」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「わあ、嬉しい!私もお姉様のように『月から来たお姫様』なのね。とても嬉しいわ」と月の子は明るい満月を見つめて満面の笑みを浮かべた。

「月の世界で最高位の阿弥陀如来様。月の子も竹の子のように『月から来たお姫様』なのですか?」と翁は真剣な瞳で光り輝く満月を見つめた。

 すると、一瞬、夏の夜空に浮かぶ満月は眩しいほど光り輝いた。月の光を浴びた三人の顔は光り輝いた。三人は月に自分達の願い事が届いたことを悟り、全身が不思議な感覚に襲われた。翁と媼は腕を伸ばして真ん中に座っている月の子の小さな肩を抱いた。月の子は翁と媼を見つめて嬉しそうに微笑んだ。しばらく、三人は優しい目で夜空に浮かぶ明るい満月を見つめていた。

第7章.夢

 それから毎晩、翁と媼と月の子は夕食後に濡れ縁に供え物を並べ、濡れ縁の前の板の間に並んで座り、月を見上げて阿弥陀如来様に願い事を唱えていた。やがて、三人が夜ごとに行う「かぐや姫を家族に帰してもらうように月に願う行為」は竹取り一家の大切な儀式になった。月の子がその儀式を「お姉様を迎えるお祈り」と名付けた。

 夕食後の儀式を始めてから一月ひとつきが過ぎた。少しずつ涼しい日が訪れる季節を迎えた。八月十四日、明日でかぐや姫が月に帰ってから一年を迎える。夕食後、三人はいつものように「お姉様を迎えるお祈り」の儀式を始めた。

「阿弥陀如来様。もし月にいる姫が独り身ならば、我々のもとへ帰して下さい。私は、昔、竹林で姫を手の平に載せたときの、姫に触れたときの喜びを今でも憶えています。今度こそ、姫を意中の人に嫁がせて、幸せな人生を歩ませてあげたいと思っています。どうか、姫を我々のもとへ帰して下さい。お願い致します」と翁は合掌して真剣な目で夜空に浮かぶ満月を見つめた。

「阿弥陀如来様。月で幸せに暮らしている竹の子ちゃんが、もし独り身でいたら、彼女を寛大な心で私達のもとへ帰して下さい。今度こそ、私達夫婦は、竹の子ちゃんを村にいる『幼い頃から相思相愛の仲の逞しくて優しい若者』に嫁がせて、幸せにしてあげたいのです。妹の月の子ちゃんも姉の竹の子ちゃんに会いたがっています。どうか、竹の子ちゃんを地上の私達家族のもとへ帰して下さい。阿弥陀如来様、お願い致します」と媼は合掌して潤んだ瞳で月を見つめた。

 二人の願い事を聞いて、月の子は寂しそうな顔をした。

「阿弥陀如来様。お願いです。もし竹の子お姉様が独り身でいたら、私達のもとへ帰して下さい。私はまだお姉様にお会いしたことがありません。一度でいいから、お姉様にお目にかかりたいと願っています。私は優しいお姉様と一緒に野山や森や竹林で楽しく遊びたいと思っています。村の子供達や野山の動物さんたちも、きっと優しいお姉様と遊びたいと思っているはずです。そして、私は、父上と母上とお姉様と四人で楽しく幸せに暮らしたいと思っています。お姉様も、きっと優しい父上と母上のもとへ帰りたがっていると思います。阿弥陀如来様、お願いです。お姉様を地上の私達家族のもとへ帰して下さい。私、お姉様に会いたいの」と月の子は合掌して潤んだ瞳で寂しそうに明るい月を見つめた。

 翁と媼は寂しそうに月を見つめている月の子に優しい眼差しを向けた。そして、二人は腕を伸ばして真ん中に座る月の子の小さな肩を抱いた。月の子は二人に肩を抱かれて潤んだ瞳で嬉しそうに二人を見つめた。

「明日で姫が月へ帰ってから一年が経つ。明日の夜は盛大な供え物をして『お姉様を迎えるお祈り』を行おう」と翁が瞳を輝かせた。

「そうね。竹の子ちゃんが月へ帰ってから、もう一年が経つのね。時の経つのは速いものね。明日の夜は、竹の子ちゃんが大好きな竹の子ご飯に山菜をたくさん入れるわ。月にいる竹の子ちゃんにお腹一杯食べていただくわ。そうだわ。まだ、森に桃と梨が実っていたわ。竹の子ちゃんが大好きな桃と梨も備えましょう。月の子ちゃんも大好きよね。きっと月にいる竹の子ちゃんは喜ぶわ」と媼は潤んだ瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「わあ、美味しそう!私も竹の子ご飯と桃と梨が大好き!」と月の子は満面の笑みを浮かべて翁と媼を見つめると、羨望の眼差しを月に向けて合掌した。

 しばらく三人は、夜空に浮かぶ明るい満月を優しい目で見つめて静かに合掌していた。やがて、夜空から爽やかな涼しい風が吹き抜けて三人の心と体を涼ませた。

「ねえ、父上、母上。月の世界にいる年頃の娘は嫁ぐのかしら?」と月の子は不思議そうに翁と媼を見つめた。

「月の世界のことは私達にはわからないわ」と媼は少し困惑して月の子を見つめた。

 夜空に浮かぶ満月が、一瞬、眩しいほど光り輝いて三人を照らした。三人は、「月の世界で最高位の阿弥陀如来様が、自分達に何かを伝えているのかもしれない」と感じた。しかし、彼らにはその内容はわからなかった。夜の暗闇の中で、静寂な時間だけが静かに流れていた。月の子は姉のかぐや姫を思い、しばらく羨望の眼差しを月へ向けていた。

 その夜、三人はいつもより早く床に就き、長い時間、深い眠りの中にいた。三人は同じ夢の中にいた。暗い竹林の中に三人は立っていた。夜空に小さな満月が輝いていた。三人は光り輝く綺麗な一本の青竹の前に立っていた。その青竹は天に向かって真っ直ぐに伸びていた。その青竹がわずかに光り輝き始め、その先端の彼方に浮かぶ小さな満月もわずかに光り輝いた。月の子が少し驚いた顔を見せたので、翁と媼は腕を伸ばして真ん中にいる月の子の小さな肩を優しく抱いた。すると、暗い夜空から爽やかなそよ風が舞い降りるように吹いて来た。三人は思わず身を寄せた。すると、そのときである。

「父上、母上!」と澄んだ高い声が爽やかに暗い夜空に響いた。

 三人は思わず夜空を見上げた。

「姫!姫なのか?」と翁は大きく目を見開いて小さな満月を見つめた。

「竹の子ちゃん?」と媼は潤んだ瞳で小さな満月を見つめた。

「お姉様?」と月の子は輝いた瞳で小さな満月を見つめた。

「父上、母上!こんばんは。お久しぶりです。月の子ちゃん!初めまして」と澄んだ高い声が暗い夜空に響いた。

 三人が暗い夜空に浮かぶ小さな満月を見つめていると、小さな満月が少しずつ大きくなり始め、やがて明るく輝き始めた。すると、満月の中に、幼い頃の竹の子(かぐや姫)が質素な着物を着て四つん這いで可愛らしい顔でこちらを見つめる姿が浮かんだ。

「姫!かぐや姫!竹の子!」と翁は大きく目を見開いて瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃん!竹の子ちゃんなのね!」と媼は潤んだ瞳を輝かせた。

「お姉様!かぐや姫お姉様なのね!」と月の子は円らな瞳を輝かせた。

「は~い。私は、父上と母上に優しく大切に育てていただいた竹の子です。私の声を憶えていて下さるなんて嬉しいわ」と幼い竹の子が無邪気に微笑んだ。

「姫、我々がお前の声を忘れるはずがないだろう!」と翁は潤んだ瞳で満月を見つめた。

「私達は、今でも竹の子ちゃんの声を憶えているわ」と媼は濡れた瞳で満月を見つめた。

「お姉様。お姉様はとても綺麗な声をしているのね。それに、月に映っている幼い頃のお姉様はとても可愛いわ」と月の子は瞳を輝かせて幼い竹の子を見つめた。

「ありがとう、月の子ちゃん。月の子ちゃんは、早春に月から地上の私の両親のもとへ送られた私の妹なの。私、月からずっとあなたのことを見守っていたの。私、父上と母上から可愛がられて優しく大切に育てられているあなたが羨ましかったわ。私も山奥の竹林に囲まれた我が家で、父上と母上に可愛がられて優しく大切に育てられたの。あの頃が懐かしいわ」と幼い竹の子は瞳を潤ませた。

「姫。姫は月の羽衣を着せられたとき、地上の『我々との思い出』を全て忘れたのではないのか?月に帰った姫は、我々や我々との楽しい暮らしを全て忘れたのではないのか?」と翁は不思議そうに首をかしげた。

「はい、確かに私は天の羽衣を着せられたとき、地上の全ての思い出を忘れたわ。でも、月へ帰る途中で、雲の上から遙か遠くに小さく見える蒼い地球を見たとき、なぜかわからないけれど涙が溢れてきたの」と幼い竹の子は潤んだ瞳で悲しそうに三人を見つめた。

「私達のことを心の奥で憶えていたの?」と媼は優しい目で幼い竹の子を見つめた。

「そのときは、なぜ涙が溢れたのかわからなかったわ。その後、月の宮殿で暮らし始めて三ヶ月ほど過ぎた頃、宮殿の中庭にある山と池を眺めていたの。その山には、森と竹林と野原が造られているの。私は竹林を見つめていると、急に心の中に懐かしい思いが込み上げてきたの。そして、心の中で村の子供達が歌う童歌が聞こえ始めて、古里の山の景色や父上と母上の顔が脳裏に浮かんできたの」と幼い竹の子は無邪気に微笑んだ。

「まあ、嬉しいわ。竹の子ちゃんは、心の奥で古里や村の子供達や私達のことを憶えていてくれたのね」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「ほう、そうだったのか」と翁は目を細めて微笑んだ。

「お姉様は父上と母上のことを大好きだったのね。それに古里の野山や村の子供達のことも大好きだったのね。それで、古里の野山や村の子供達や父上と母上のことを心の奥で憶えていたのね」と月の子は輝いた瞳で幼い竹の子を見つめた。

「ええ、そうよ。古里の野山と村の子供達、そして、父上と母上が私に『生きる喜び』を教えて下さり、私の命を輝かせてくれたの。それで、私の命が古里の野山や村の子供達や父上と母上を憶えていたの。父上と母上と古里の野山と村の子供達は、私の『命の記憶』なの」と幼い竹の子は瞳を輝かせた。

「まあ、竹の子ちゃんの命が私達を憶えていてくれたの」と媼が瞳を輝かせた。

「さすがは姫だ!命が我々を憶えているとは。姫が、月に帰ってからも我々のことを憶えていてくれたとは光栄だ」と翁も瞳を輝かせた。

「父上、母上。私の『命の記憶』の中で、今も父上と母上はずっと生き続けているの」と幼い竹の子は瞳を輝かせて無邪気に微笑んだ。

「わあ、素晴らしいわ!お姉様の『命の記憶』の中で、父上と母上が今も生き続けているなんて。素敵だわ!」と月の子は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

「うん」と幼い竹の子は可愛らしく頷いた。

 しばし静寂の時が流れた。三人は月の中に映る幼い竹の子の姿を見つめていた。竹の子も潤んだ瞳で三人を見つめていた。

「竹の子ちゃん、今、独り身なの?」と媼は優しい目で幼い竹の子を見つめた。

「ええ。月の世界では男女が添うことはありません。月の世界では、全ての生ける者たちが独身で永遠に仲良く幸せに暮らしているの。月の世界には喜びと幸せが溢れているの」と幼い竹の子は寂しそうに微笑んだ。

「よかったわ。竹の子ちゃんが月で幸せに暮らしていて。私、母親として安心したわ」と媼は優しい目で幼い竹の子を見つめて微笑んだ。

「ほう、そうか。私も、姫が月で幸せに暮らしているのなら安心した」と翁は目を細めて笑顔で幼い竹の子を見つめた。

「父上、母上、ありがとう。でも、私……」と幼い竹の子は寂しそうな顔をした。

「どうしたの?竹の子ちゃん」と媼は心配そうに幼い竹の子を見つめた。

「お姉様、どうしたの?」と月の子も心配そうに幼い竹の子を見つめた。

「私、戻りたい。父上と母上のもとへ帰りたい。私、もう一度、父上と母上と古里の竹林に囲まれた懐かしい我が家で暮らしたいの。もちろん、月の子ちゃんとも暮らしたいわ」と幼い竹の子は寂しそうな顔をした。

「わあ、嬉しい!私もお姉様と暮らしたいわ。楽しみにしているの。お姉様、早く私達が待つ古里の我が家へ帰って来て。お願い」と月の子は瞳を輝かせて甘えた顔をした。

「竹の子ちゃん、帰って来られないの?」と媼は寂しそうに幼い竹の子を見つめた。

「もう戻れないの。私、父上と母上のもとへ帰れないの……。私、戻りたい。父上と母上のもとへ帰りたい」と幼い竹の子は寂しそうに三人を見つめた。

「姫、もう戻れないのか」と翁は潤んだ瞳で竹の子を見つめた。

「竹の子ちゃん、幸せに暮らしてね」と媼は悲しそうに幼い竹の子を見つめた。

「お姉様。私、諦めないわ。毎晩、お姉様が我が家へ帰れるように阿弥陀如来様にお願いするわ。必ず懐かしい場所で会えるわ」と月の子は輝いた瞳で幼い竹の子を見つめた。

「うふふ」と月の中に映る幼い竹の子は無邪気に微笑んだ。

 満月の中に映る幼い竹の子は、可愛い笑顔で三人を見つめていた。三人も優しい眼差しを幼い竹の子に向けていた。やがて、満月の中に映る幼い竹の子の姿は消えた。満月は、一瞬、光り輝くと小さくなった。暗い夜空に浮かぶ小さな満月は地上を照らしていた。

第8章.満月の夜

 朝早く、三人は快く目覚めた。媼と月の子は庭の井戸で顔を洗うと、いつもより早く、炊事場で朝食の支度を始めた。翁も井戸で顔を洗うと、青竹で籠を編み始めた。

「父上、朝ご飯よ!」と月の子の明るい声が炊事場から響いた。

「よし、わかった」と翁は微笑んだ。

 媼と月の子が、温かい卵入りの山菜粥と惣菜を炊事場から運んで来た。そして、三人の楽しい朝食が始まった。翁と媼は笑顔で月の子を見つめた。

「私、昨夜の夢の中で竹の子ちゃんとお話をしたの。満月の中に幼い竹の子ちゃんの四つん這いの姿が映ったの。そして、夜空から竹の子ちゃんの声がして、私達三人とお話をしたの。月の子ちゃんも私と同じ夢を見たかしら?」と媼は優しい目で月の子を見つめた。

「うん、私も母上と同じ夢を見たわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「実は、私も同じ夢を見たのだ」と翁は大きく目を見開いて二人を見つめた。

「竹の子ちゃんは私達のことを憶えていてくれたわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「お姉様の命が父上と母上を憶えていたの。お姉様の『命の記憶』の中で、父上と母上はずっと生き続けているの。素敵だわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃんは、もう私達のもとへは戻って来られないようだけれど、私達はわずかな望みに期待して、しばらくの間、満月の夜に『お姉様を迎えるお祈り』を続けましょう」と媼は優しい眼差しで微笑んだ。

「は~い、母上。私も続けたいの」と月の子は瞳を輝かせた。

「今年の師走の大晦日まで続けましょう」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん、そうしよう」と翁は笑顔で二人を見つめて頷いた。

 三人の朝食を食べながらの団欒は、和やかな雰囲気の中で続いた。三人は、昨夜の夢の中でかぐや姫と会話を交わしたことで、「かぐや姫の帰還」にわずかな望みを賭けて心を躍らせていた。朝食がまもなく終わる頃、突然、媼が瞳を輝かせて翁と月の子を見つめた。

「朝食が済んで少し休んだら、三人で裏の竹林へ行きましょう。爺さんは青竹を伐採し、私と月の子ちゃんは山菜と豆を採りましょう」と媼は優しく微笑んだ。

「わあ!父上と母上と三人で竹林へ行けるなんて嬉しいわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「うん、そうしよう。昔、私が小さな可愛い姫を見つけた場所に、姫と阿弥陀如来様への供え物を捧げよう」と翁は神妙な眼差しを二人へ向けた。

「そうしましょう。月にいる竹の子ちゃんが喜ぶわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「わあ、素敵だわ!お姉様と阿弥陀如来様へ供え物を捧げるなんて」と月の子は瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

 楽しい朝の食事が終わると、媼と月の子は炊事場で食器を洗い、翁は深緑に染まる山々を眺めながら竹細工の作業を始めた。三人は、竹林でかぐや姫と阿弥陀如来様へ供え物を捧げることを想いながら心を躍らせていた。やがて、二刻(にこく、約一時間)が過ぎた。

「父上、出かける用意をしてね!」と月の子の明るい弾む声が爽やかに響いた。

「うん、わかった」と翁は、編み終えた上等の笊を片手に持って立ち上がった。

 月の子は背中に果物を入れた小さな籠を背負い、媼は三本の太い竹の水筒を手に下げていた。月の子が翁を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「よし、行くぞ!」と翁は勇ましく微笑んだ。

「は~い」と月の子が可愛らしく微笑んだ。

 三人は土間を通って家の入口から出ると、月の子を真ん中にして手を繋いで楽しそうに会話を交わしながら、家の裏の竹林に向かって歩いた。三人が竹林に入って五分(ごぶ、約一五分)ほど歩いたとき、先頭の翁が振り向いて足元の地面を指差した。

「昔、私は、この場所で、先端を広げた竹の子の葉の上に行儀良く正座している可愛い姫に出会ったのだ。姫の周りは眩しく光り輝いていた」と翁は懐かしそうな顔をした。

「わあ、素敵!やはりお姉様は月から舞い降りたお姫様だわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃんは眩しいくらい可愛らしかったわ。月の子ちゃんも同じぐらい可愛いわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、ほんとう!」と月の子は瞳を輝かせた。

「うん」と翁と媼は、月の子の眩しいほど輝いた顔を見つめて笑顔で頷いた。

「同じ場所に生えているこの綺麗な青竹の前に供え物を捧げよう」と翁は五尺ほどの丈の深緑色に光り輝く青竹の前にしゃがんだ。

「そうしましょう。綺麗な青竹だわ」と媼は笑顔で頷いた。

「わあ、綺麗な青竹だわ!」と月の子は瞳を輝かせた。

 月の子は背中の小さな籠を地面に降ろした。媼と月の子は、籠の中から二枚の上等な笊を取り出し、笊に桃と梨と林檎と竹の子を綺麗に盛った。そして、二人は光り輝く綺麗な青竹の前に供え物を盛った二つの笊、その両脇に二本の竹の水筒を備えた。三人は月の子を真ん中にして地面に正座すると、合掌して天を仰いだのち、綺麗な青竹を見つめた。

「姫。昔、私はこの場所で天から舞い降りたお前に出会った。私はこの場所でお前を天から授かったのだ。姫、私達夫婦に子を育てる喜びと幸せを与えてくれてありがとう。もし月の世界でお前が独り身でいるのなら、我々のもとへ戻って来て欲しい。万に一つの望みだが、我々三人は姫の帰りを待ち望んでいる」と翁は真剣な目で青竹を見つめた。

「竹の子ちゃん、元気。きっと月で幸せに暮らしているのね。竹の子ちゃん、私達夫婦に子を育てる喜びと幸せを与えてくれてありがとう。今、私達のもとには、あなたと同じように天から授かった月の子ちゃんがいるの。とても可愛くて、あなたによく似ているの。あなたが大好きな果物と冷たい井戸水を備えたわ。お腹一杯食べてお水も飲んでね。もし月の世界であなたが独り身でいるのなら、出来ることなら、私達のもとへ戻って来て欲しいの。私達、もう一度、竹の子ちゃんと仲良く暮らしたいの。私達三人は竹の子ちゃんの帰りを待ち望んでいるの」と媼は瞳を潤ませて綺麗な青竹を見つめた。

「お姉様。私もお姉様のように月から舞い降りたみたいなの。でも、私はお姉様を知らないの。私はお姉様に会いたいの。月の世界では若い娘が嫁ぐことはあるの?お姉様、お願い。もし月の世界でお姉様が独り身でいるのなら、懐かしい場所に舞い降りて来て。この場所に……」と月の子は瞳を輝かせて綺麗な青竹を見つめた。

「本当に懐かしい。この場所で小さな可愛い姫を合わせた両手の平に載せたときが。今でも、姫に触れたときの喜びと温もりを、この手の平が鮮やかに憶えているぞ」と翁は瞳を潤ませて合わせた両手の平をじっと見つめた。

「竹の子ちゃん。裏の竹林から、爺さんが小さなあなたを合わせた両手の平に大切に載せて帰って来たときの『あなたの光り輝くほどの可愛い姿』が、今でも私の心の中に鮮やかに見えているわ」と媼は潤んだ瞳で綺麗な青竹を見つめて微笑んだ。

 すると、昼の青空に浮かぶ白い満月が眩しく光り輝き、月の子の顔を明るく照らした。月の子は何かに取り憑かれたように放心状態に陥った。やがて、月の子は我に返った。

「お姉様、父上、母上。必ずまた会えるわ、懐かしい場所で。この場所で……」と月の子は輝いた瞳で綺麗な青竹を見つめた。

 三人は、綺麗な青竹の前で地面に座ったまま合掌して無心で天と青竹を見つめていた。やがて、三人は立ち上がると、翁は周辺の青竹を伐採し始め、媼と月の子は竹の子と山菜と野菜を採り始めた。三人は作業をしながら、時折、供え物を捧げた綺麗な青竹を嬉しそうに見つめていた。

 昼になると、三人は媼と月の子が作った握り飯とゆで卵と蒸し山菜を食べて休み、再び作業を続けた。いつもと違い、不思議なことに三人は疲労感を覚えず、我を忘れて日暮れまで作業を続けた。ふと三人が空を見上げると、夜空に明るい満月が浮かんでいた。

「おーい、そろそろ家へ帰ろう!」と翁は月明りに照らされて輝いた顔で微笑んだ。

「もう夜になったのね。月の子ちゃん、帰るわよ」と媼は月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い」と月の子は無邪気に微笑んだ。

 綺麗な青竹と供え物の前に、三人は月の子を真ん中にして正座し、夜空に浮かぶ満月を見上げて合掌した。

「姫。きょうは八月十五日だ。一年前に姫が月へ帰った日だ。今夜は十五夜、綺麗な満月だ。姫、きょうも我々を見守ってくれてありがとう」と翁は満月を見つめて微笑んだ。

「竹の子ちゃん。今夜は綺麗な満月だわ。あなたは、綺麗な月の世界で幸せに暮らしているのね。あなたはいつも綺麗なお月様から私達を見守っているのね。竹の子ちゃん、ありがとう。いつもあなたに感謝しているわ」と媼は潤んだ瞳で満月を見つめて微笑んだ。

「お姉様。私、いつか必ずお姉様に会いたいの。必ず、また会えるわ。懐かしい場所で。この場所で……」と月の子は瞳を輝かせて満月を見つめた。

 三人は、地面に正座して合掌したまま夜空に浮かぶ満月を見つめていた。一分(いちぶ、約三分間)が過ぎた。一瞬、満月が眩しいほど光り輝き、三人の顔を照らした。三人は驚き、翁と媼は腕を伸ばして真ん中の月の子の小さな肩を抱いた。月の子は怯えた顔で翁と媼の顔を見つめ、再び明るい満月を見つめた。夜空から涼しい風が舞い降り、三人の体を吹き抜けた。すると、夜空に浮かぶ満月から、一年前にかぐや姫が月へ帰るときに流れていた異国風の明るく軽快な音楽が微かに聞こえ始め、辺りは不思議な雰囲気に包まれた。翁と媼は驚き、月の子の肩を抱いたまま顔を見合わせた。月の子は不思議そうに満月を見つめていた。すると、満月が鋭い光の筋を放ち、供え物の前に立つ綺麗な深緑色の青竹に突き刺さり、満月と青竹は光の筋で繋がった。青竹は光り輝き始めた。そして、五寸の丈の青竹がしだいに膨らみ始めた。三人は目の前で起きている不思議な現象を恐れながら、我を忘れて青竹を見つめていた。青竹は光り輝きながら直径一尺ほどまで膨らんだ。

「父上、母上」と光り輝く青竹の中から高く澄んだ綺麗な声が響いた。

 三人はその声を聞いて放心状態に陥り、青竹を凝視していた。月の子は、目を輝かせて無心で青竹を見つめていた。

「父上、私をここから出して!」と再び高く澄んだ綺麗な声が青竹の中から響いた。

「姫!姫なのか?」と翁は瞳を輝かした。

「竹の子ちゃん!竹の子ちゃんなの?」と媼も瞳を輝かせた。

「お姉様!」と月の子も瞳を輝かせた。

「父上、お願い、ここから出して!」と竹の子の綺麗な声が青竹の中から響いた。

「爺さん、早く竹の子ちゃんを中から出してあげて!」と媼は真剣な目で翁を見つめた。

「父上、早くお姉様を助けてあげて!」と月の子は不安そうに翁を見つめた。

「よし、わかった」と翁は立ち上がり、右手で鉈を持った。

「姫。今、お前の父上が青竹の中から出してやるぞ!」と翁は鋭い目で青竹を睨んだ。

 翁は青竹の前に勇ましく立つと、右手で鉈を持ち、鉈の刃を青竹に振り降ろした。翁は青竹の中にいるかぐや姫を傷付けないように、慎重に何度も鉈の刃を五寸丈の青竹の先端に軽く振り降ろした。やがて、青竹の先端が三寸ほど縦に割れると、翁は両手で青竹の先端を掴んで二つに引き裂いた。「バリッ!」と鋭い音を立てて青竹が縦に二つに割れると、中から身の丈四尺のかぐや姫が現れた。その姿は光り輝くほど美しくて可愛らしかった。かぐや姫は白い小袖と赤い袴を着た清楚な姿で行儀良く立っていた。

「父上、母上!」と姫は光り輝いた瞳で両親を見つめた。

「姫!よく帰って来てくれたな!」と翁は潤んだ瞳で満面の笑みを浮かべた。

「竹の子ちゃん!お帰りなさい。本当に帰って来てくれたのね。嬉しいわ」と媼は一筋の涙を流して嬉しそうに微笑んだ。

「父上、母上。私、父上と母上のもとへ帰って来たの。夢の中でお話ししたように、月へ帰ってからも私の命が父上と母上を憶えていたの。私の『命の記憶』の中で父上と母上はずっと生き続けていたの」と姫は潤んだ瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「竹の子ちゃん、ありがとう。私達を憶えていてくれて」と媼はまた一筋の涙を流した。

「私は、阿弥陀如来様に父上と母上に可愛がられて優しく大切に育てられたことや、古里の野山で村の子供達と楽しく遊んだことや、古里の野山の美しい風景を幾度も話したの。私は地上のたくさんの楽しい思い出を話したの。すると、阿弥陀如来様は月の子ちゃんを地上へ降ろして父上と母上のもとへ授けて、月の子ちゃんの育て方をずっと見ていたの。そして、阿弥陀如来様は、父上と母上が月の子ちゃんの『真の幸せ』を考えていることがわかったの。それから、阿弥陀如来様は、一家で阿弥陀如来様と私に供え物を捧げてくれたことをとても喜んだの。それで、阿弥陀如来様は、私が月へ戻ってから一年後の今夜、私を父上と母上のもとへ帰してくれたの」と姫は輝いた瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「うん、そうか。姫。我々は、これからもずっと満月の夜に感謝を込めて、月の最高位の阿弥陀如来様に供え物を捧げるぞ」と翁は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「そうしましょう。これからも満月の夜に、阿弥陀如来様に竹の子ちゃんを帰していただいた感謝の気持ちを捧げましょう」と媼も目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

 かぐや姫は、両親の真ん中に立っている月の子に優しい眼差しを向けた。

「月の子ちゃん、こんばんは。私が竹の子お姉様よ」と姫は優しく微笑んだ。

「お姉様!初めまして。私は月の子です。私、お姉様に会えるのを楽しみにしていたの。十五夜の満月の夜、お姉様にお会いできて嬉しいわ」と月の子は満面の笑みを浮かべた。

「私も可愛い妹にお会いできて嬉しいわ」と姫も嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「お姉様は光り輝くほど美しいわ」と月の子は羨望の眼差しを姫に向けた。

「月の子ちゃんも、とても美しくて可愛いわ」と姫は優しい瞳で月の子を見つめた。

 十五夜の満月に照らされた明るい竹林の中に、沈黙の時が流れた。二つに割れた青竹の前に立つかぐや姫と三人は向かい合って立ち、互いの顔を愛しそうに見つめ合っていた。

「父上、母上!」と姫は瞳を潤ませた。

「姫!」と翁は瞳を輝かせた。

「竹の子ちゃん!」と媼は瞳を潤ませた。

 三人は互いに歩み寄り、固く抱き合った。一年ぶりに、翁と媼はかぐや姫の清楚な香りと柔らかい温もりを感じ、かぐや姫は両親の温かい温もりを感じた。三人の心の中には、懐かしさと愛しさと温もりが溢れ出した。

「父上、母上。会いたかったわ」と姫は呟き、アーモンド形の目から透明な涙が溢れた。

「竹の子ちゃん。私も会いたかったわ」と媼の目から一筋の涙が流れた。

「姫!会いたかった。よくぞ帰って来てくれた」と翁は濡れた瞳を細めて微笑んだ。

 月の子は三人が固く抱き合う姿を見つめて、かぐや姫と両親が一年に渡り、月と地上で遠く離れていても、三人が「心と心が固い絆で結ばれた親子」であることを深く悟った。

 やがて、抱き合っていた親子三人は、名残惜しそうに離れた。すると、かぐや姫は優しい眼差しを月の子に向けた。

「月の子ちゃん!」と姫は両腕を前に伸ばして優しく微笑んだ。

「お姉様!」と月の子は瞳を輝かせてかぐや姫の胸に飛び込んだ。

 光り輝くほど可愛らしい姉妹は固く抱き合った。月の子は憧れていた美しく聡明な姉に逢えた喜びを全身で感じ、かぐや姫は可愛い妹ができた喜びを全身で感じた。こうして、月の世界から来た二人の姫は地上で姉妹となった。竹の子と月の子の姉妹は、山奥の村で老夫婦の子として暮らすこととなった。翁と媼は抱き合う姉妹に近づき、彼女達の両脇に立つと、両腕を伸ばして彼女達を優しく包むように抱いた。四人は一つになった。竹取りの家族は一つに結ばれた。四人は一つになったまま、しばしの時が流れた。四人は名残惜しそうに微笑みながら離れた。かぐや姫と月の子は仲良く手を繋いで両親と向かい合って立った。その光り輝く姿は、まるでかぐや姫が二人いるようであった。翁と媼は、輝いた瞳で二人の娘の光輝く美しい姿を見つめていた。

「月から来たお姫様が二人になったな」と翁は二人の姫を見つめて目を細めて微笑んだ。

「そうですね、爺さん。私達は月から来られた二人の美しいお姫様の親になったのね」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「うん」と二人の月から来たお姫様は可愛らしい笑顔で頷いた。

 そのとき、竹林の奥から月明りに照らされて動物達が近づいて来た。かぐや姫と月の子は怯えて両親のもとへ歩み寄った。翁と媼は彼女達を真ん中にして両脇から腕を伸ばして彼女達の小さな肩を抱いた。四人の前に、二頭の熊と三匹の兎と二匹の狸と三匹のリスが近づいて来た。動物達はかぐや姫と月の子の前に来ると、甘えた声で鳴いて正座した。

「わあ、可愛い!」と月の子は地面に座ると、熊の頭と顔と体を撫で始めた。

「わあ、可愛いわ!」と姫も地面に座ると、兎と狸とリスの頭と顔と体を撫で始めた。

 かぐや姫と月の子は動物達と楽しく戯れ始めた。動物達は甘えた声で鳴きながら、前足を動かして二人にじゃれついていた。翁と媼は、娘達が動物達と楽しく戯れている不思議な光景に優しい眼差しを向けていた。

「二人とも野山の動物達に好かれる不思議な力があるのね」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「うん。二人とも人知を超えた不思議な能力を持っているな。二人とも月から舞い降りたお姫様だからな」と翁は胸を張って満足そうに頷いた。

「父上、母上。供え物を動物さんたちにあげてもいいかしら?」と姫が優しく微笑んだ。

「ええ、いいわ」と媼が笑顔で頷いた。

 姫は二つに割れた青竹の前にある供え物が盛られた二つの笊を持って来ると、動物達の前に置いた。動物達は嬉しそうに姉妹の前に並んで正座して姉妹の顔を見つめていた。

「さあ、熊さん、兎さん、狸さん、リスさん。美味しい晩ご飯よ」と月の子は動物達を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

かぐや姫と月の子は二つの笊の中の果物を動物達に食べさせ始めた。動物達は、嬉しそうな顔で甘えた声を出しながら彼女達が与える果物を食べていた。翁と媼は娘達の背後に立ち、彼女達が動物達に果物を食べさせている心温まる和やかな光景に優しい眼差しを向けていた。やがて、二つの笊の中が空になった。

「さあ、二人とも我が家へ帰りましょう。動物さんたちにお別れのご挨拶をしなさい」と媼が優しい目で姉妹を見つめて微笑んだ。

「は~い、母上」と姫と月の子は可愛らしく微笑んだ。

「さあ動物さんたち、今夜はこれでお別れよ。あなたたちも山奥にある我が家へ帰って、ぐっすりお眠りなさい。お休みなさい」と姫は優しい眼差しを動物達に向けた。

「みなさん、また、遊びましょうね。お休みなさい」と月の子は無邪気に微笑んだ。

すると、動物達は姫と月の子の前に行儀良く正座し、二頭の熊が、「ウォ~、ウォ~!」と鳴き、三匹の兎が、「プゥプゥ」と鳴いた。二匹の狸と三匹のリスは何度も頭を下げた。さらに、動物達は嬉しそうな顔で一緒にゆっくり頭を下げた。そして、動物達は竹林の奥へ去って行った。家族四人は動物達を見送ると、月明りに照らされながら竹林の中の小道を我が家へ向かって歩き始めた。

「父上、母上。我が家が懐かしいわ」と姫は瞳を輝かせて両親と妹の顔を見つめた。

「竹の子ちゃんが我が家へ帰るのは何年ぶりかしら」と媼は優しい目で姫を見つめた。

「我が家で父上と母上とお姉様と四人で暮らせるなんて、夢みたいだわ」と月の子は瞳を輝かせて無邪気に微笑んだ。

「私は光輝くような可愛い二人の娘と暮らせて幸せだわ」と媼は目を細めて微笑んだ。

「うん。私は姫が我々のもとへ帰って来てくれたから満足だ」と翁は嬉しそうに頷いた。

 かぐや姫と月の子が仲良く手を繋ぎ、二人の後ろを翁と媼が並んで歩いた。翁と媼は、白い小袖と赤い袴を着た二人の娘の後ろ姿を幸せ一杯の親の気分で見つめていた。

「我が家には、月から来たお姫様が二人になったわ。爺さん、これからは『姫』ではなく『竹の子』と呼んであげてはいかがかしら?」と媼は嬉しそうに翁を見つめた。

「うん、そうしよう。でも私は竹の子を『かぐや姫』、月の子を『月姫』と呼んでみたい。時々なら、そう呼んでもいいかな?」と翁は少し照れながら媼を見つめた。

「もちろん、いいわ。『かぐや姫』と『月姫』。とても素敵な名前だわ。私も、時々、そう呼ばせてもらうわ」と媼は翁を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

すると、前を歩く娘達が後ろを歩く両親の話を聞いて、「うふふ」と無邪気に微笑みながら後ろを振り向いた。翁と媼は、娘達の純真無垢な笑顔を見て目を細めて微笑んだ。

「ねえ、今の竹の子ちゃんは何歳なの?」と媼は笑顔で姫を見つめた。

「父上、母上。今の私は十二歳です」と姫は振り向いて微笑んだ。

「まあ、十二歳なの。月の子ちゃんは十歳だから、竹の子ちゃんは二歳年上のお姉さんなのね」と媼は優しく微笑んだ。

「ふ~ん。竹の子お姉様は私より二つ年上のお姉様なのね」と月の子は姫を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「うん」と姫は優しく微笑んだ。

第9章.懐かしい場所と限られた命

 しばらく竹林の中の小道を歩くと、四人の眼下に我が家が見えてきた。

「わあ、懐かしいわ!昔、暮らしていた古里の家だわ!」と姫が瞳を輝かせた。

「お姉様の家よ!」と月の子は姫を見つめて微笑んだ。

 かぐや姫は、茅葺の古い我が家を輝いた瞳で懐かしそうに見つめながら家に近づいた。そして、二人の娘は手を仲良く繋いだまま、我が家の入口の前に立った。

「月の子ちゃん。戸を開けてあげなさい」と媼は後ろから静かに声をかけた。

「は~い」と月の子は明るい声を出して振り向いた。

 月の子が入口の戸を開けると、姉妹は手を繋いでゆっくり家の中に入った。二人が土間に入ると、かぐや姫は瞳を輝かせて家の中を眺めた。

「懐かしいわ!雨の日に父上と母上と三人で遊んだこの土間。母上と料理を作った土間の奥の炊事場。三人で楽しく食事をし、団欒を過ごした板の間。板の間では、父上から籠や笊の編み方を習ったわ。母上から機織りや針仕事を習ったわ。冬になると、家族で囲炉裏を囲んで食事や団欒を過ごしたわ。奥の寝間(寝室)で、父上と母上に優しく抱き締められながら眠ったわ。何もかも昔のままだわ」と姫は瞳を潤ませて満面の笑みを浮かべた。

「この家には、お姉様が父上と母上と暮らしていたときの『家族の楽しい思い出』がたくさん溢れているのね」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ」と姫は嬉しそうに頷いた。

「竹の子ちゃんはこの家で何年も暮らしていたから、楽しい思い出がたくさんあるのね」と媼は優しい目で姫を見つめた。

「は~い」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「お姉様、父上、母上。これから毎晩、私にお姉様の思い出を聞かせて下さい」と月の子は甘えた声で三人を見つめて微笑んだ。

「は~い」と三人は月の子を見つめて微笑んだ。

「二人が並んで歩く後ろ姿を眺めていたのだが、姫は月の子より身の丈が五寸ぐらい高いのだな」と翁は二人の娘を見つめた。

「は~い」と二人の娘は、手を繋いだまま並んで両親のほうを向いて行儀よく立った。

「まあ、こんな山奥の我が家の土間に、光り輝くほど美しいお姫様が二人もいるなんて、信じられないわ。とても嬉しいわ」と媼は目を細めて二人の娘を見つめて微笑んだ。

「うん、そうだな」と翁は目を大きく見開いて頷いた。

「うふふ」と姫と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 すると、突然、月の子は輝いた瞳でかぐや姫を見つめた。

「お姉様。今夜、私と一緒に晩ご飯を作りましょう」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ、いいわ」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「お姉様。母上から美味しい味付けを教えてもらいましょう。母上、お願い」と月の子は甘えた顔で姫と媼を見つめた。

「ええ、いいわ。今夜は遅くなるような気がしたから、朝、竹の子ご飯をたくさん炊いたのよ。それを温めるわ。今夜は三人で惣菜を作りましょう」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「わあ、嬉しい!」と月の子は瞳を輝かせた。

「母上と食事を作るのは久しぶりだわ。月の子ちゃんと食事を作るのは初めてね。嬉しいわ」と姫は優しい目で媼と月の子を見つめて微笑んだ。

「それでは晩ご飯ができるまで、私は板の間で満月を眺めながら、きょう、竹林で採ってきた青竹で上等な笊を編むぞ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「は~い。父上、精を出してね」と姉妹は翁を見つめて微笑んだ。

 媼が土間の奥の炊事場に向かって歩き始めると、姉妹は輝いた瞳で嬉しそうに仲良く手を繋いで媼のあとに続いた。翁は二人の娘の可愛い後ろ姿を見つめて微笑むと、板の間に上がり、濡れ縁の前で竹細工の作業を始めた。

「懐かしいわ。昔、この炊事場で母上からお料理を習ったわ」と姫は瞳を輝かせた。

「また、教えてあげるわ」と媼は優しく微笑んだ。

「は~い、母上。よろしくお願いします」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

かぐや姫と月の子は、瞳を輝かせて蒸し野菜と煮豆入りのヒジキ煮の細かい味付けを媼から教わっていた。その仲睦まじい光景はまさに母と娘の姿であった。翁は、時折、作業の手を休めて、三人が炊事場で楽しそうに料理を作る姿を眺めると、心が弾んで作業がはかどった。おかげで、翁は上等な笊を二枚も作ることができた。

「父上、ご飯ができたわよ!」と姫と月の子の明るい声が炊事場から響いた。

「うん、今、行くぞ!」と翁は目を細めて微笑んだ。

 媼とかぐや姫と月の子が土間から食事を運んで来ると、料理を綺麗に板の間に並べた。翁は心を弾ませて食事の場所へ歩いた。美味しそうな晩ご飯が床の上に並んでいた。

「父上、母上。いただきます!」と姫と月の子の明るい声が響いた。

「は~い、召し上がれ。竹の子ちゃんは、古里の我が家で久しぶりのお食事ね。月の子ちゃんは、お姉様とお食事をするのは初めてね。私と爺さんは、二人の娘と一緒にお食事をするのは初めてだわ。嬉しいわ」と媼は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。

「うふふ」と姫と月の子は円らな瞳で可愛らしく微笑んだ。

 かぐや姫は、古里の我が家で久しぶりに、可愛らしい妹も加わり、家族で食事をするのが嬉しくて堪らなかった。かぐや姫は地上の家族と暮らす喜びを全身で感じていた。

「私、父上と母上と懐かしい場所で逢えたわ。私にとって懐かしい場所は、竹林と我が家なの。竹林は父上が竹を取る場所で、我が家は母上が私を待っている場所なの。私、月に帰ってから、竹林にいる父上と我が家で私を待つ母上を思い出していたの。月の子ちゃんが地上に来てからは、毎日、三人を見ていたわ」と姫は瞳を潤ませて微笑んだ。

「まあ!竹の子ちゃん。月にいても、竹林と我が家と私達のことを思い出していたのね。嬉しいわ」と媼は目を細めて微笑んだ。

「ほう、そうか!竹の子。それは光栄だ」と翁は目を大きく見開いて微笑んだ。

「お姉様は、月から地上を眺めて両親を思っていたのね」と月の子は無邪気に微笑んだ。

「ええ」と姫は嬉しそうに頷いた。

 やがて、一年ぶりにかぐや姫がいる楽しい晩ご飯が終わった。媼と姫と月の子は土間で食器を洗い、翁は濡れ縁の前の板の間に筵を敷いて左端に座った。すると、媼がお茶を運び、姫と月の子が団子と山葡萄を盛った二枚の皿を運んで来た。姫と月の子は翁の右側に座り、媼は右端に座った。家族四人は、濡れ縁の前の板の間に夜空に向かって並んだ。

「竹の子を帰して下さったことを、月の阿弥陀如来様に感謝しよう」と翁は微笑んだ。

「は~い」と姫と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

姫と月の子は、団子を盛った皿と山葡萄を盛った皿とお茶を注いだ六つの湯呑み茶碗を濡れ縁に整然と供えた。そして、家族四人は正座して合掌した。

「阿弥陀如来様。竹の子を我々のもとに帰して下さり感謝しています。我々は、竹の子を愛情込めて育て、今度こそ、竹の子を幸せにします」と翁は真剣な眼差しを月へ向けた。

「阿弥陀如来様。竹の子ちゃんを再び私達へ授けて下さり、ありがとうございます。私達は竹の子ちゃんを愛情込めて優しく大切に育てます。そして、今度こそ、竹の子ちゃんを意中の殿方に嫁がせて幸せな人生を歩ませます」と媼は優しい眼差しを月へ向けた。

「阿弥陀如来様。私を大好きな両親のもとへ帰らせて下さったことに心から感謝しています。私は父上と母上に尽くし、姉として月の子ちゃんを可愛がり、仲良くします。どうか月から私達家族四人をいつも見守っていて下さい」と姫は崇拝の眼差しを月へ向けた。

「阿弥陀如来様。お姉様を両親のもとへ帰して下さり感謝しています。私はお姉様ができてとても嬉しいわ。お姉様を幸せにしてあげてね」と月の子は瞳を輝かせて微笑んだ。

 家族四人は顔を見合わせて嬉しそうに微笑むと、満月に向かって合掌したまま頭を深々と下げた。そして、十五夜に浮かぶ明るい満月を眺めながら、お茶を飲み、団子と山葡萄を食べ始めた。十五夜の明るい満月を眺めながら、一家四人の楽しい団欒が始まった。

「竹の子。月からずっとこの村を見ていたのか?」と翁は真剣な目で姫を見つめた。

「いいえ、父上。阿弥陀如来様の魔法で、私は父上と母上と月の子ちゃんのことだけしか見ることが出来なかったの」と姫は優しい目で翁を見つめた。

「そうか。それでは、お前は捨丸のことを知らないのだな」と翁は少し暗い顔で頷いた。

「父上、母上。捨丸兄ちゃんに何かあったの?」と姫は不安そうな顔をした。

「ええ。その後、捨丸さんは立派な木地師になったの。彼はしばらく竹の子ちゃんを忘れられなかったけれど、やがて良い娘さんと結ばれたの。そして、二人の間に可愛い赤子が生まれたの。でも、昨年の暮れに、捨丸さんは咳逆しはぶきで妻子を亡くしたの。それ以来、彼は沈んでいて元気がないの」と媼は悲しい目で竹の子を見つめた。

「まあ、捨丸兄ちゃんが可哀想だわ。私、近いうちに捨丸兄ちゃんを慰めに行くわ。そして、彼を元気づけてあげるわ」と姫は優しい眼差しを暗い夜空へ向けた。

「お姉様。私もお姉様と一緒に捨丸兄ちゃんを慰めて元気づけてあげたいわ。私も連れて行って。お願い」と月の子は切ない目で姫を見つめた。

「ええ、いいわ。ねえ、父上、母上。近いうちに、私達、捨丸兄ちゃんの家を訪ねてもいいかしら?」と姫は悲しそうな顔で翁と媼を見つめた。

「うん、いいだろう。きっと捨丸が喜ぶぞ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「ええ、いいわ。あなたたち二人が優しく慰めて元気づけてあげれば、きっと捨丸さんは元気になるわ」と媼は優しく微笑んだ。

 翁が媼を真剣な目で見つめて頷くと、媼は嬉しそうに笑顔で頷いた。老夫婦は目で会話を交わした。そして、媼は優しい目で姫を見つめた。

「竹の子ちゃん。今でもあなたが捨丸さんを慕っているのなら、彼の許嫁いいなずけになりなさい。私と爺さんは、竹の子ちゃんの両親として、今度こそあなたを意中の人に嫁がせて幸せにしてあげたいの」と媼は優しい目で姫を見つめて微笑んだ。

「わあ、素敵だわ!お姉様と捨丸兄ちゃんは仲良しで子供の頃から相思相愛の仲なのだから、きっと二人は仲の良い幸せな夫婦になるわ。お姉様が捨丸兄ちゃんの許嫁になれば、きっと捨丸兄ちゃんは元気になるわ」と月の子は瞳を輝かせた。

 かぐや姫は、一瞬、嬉しそうに微笑んだが、すぐに寂しそうな目で翁と媼を見つめた。

「父上、母上、月の子ちゃん、ありがとう。私も心底からそれを強く望んでいます。でも残念ながら、それは無理なの」と姫は悲しそうにうつむいた。

「まあ、なぜ?どうしてなの?」と媼は不安そうに姫を見つめた。

「私はこのたび阿弥陀如来様の特別な御配慮で、月から地上の父上と母上のもとへ帰ってきました。しかし、今回の里帰りには条件があるのです。私が地上で暮らせるのは五年だけなの。五年後の八月十五日の十五夜の日、満月の夜に、私は月へ戻らねばならないの」と姫は潤んだ瞳で悲しそうに三人を見つめた。

「まあ、そうなの!せっかく私達のもとへ帰って来たのに、五年しかいられないの」と媼は悲しそうな目で姫を見つめた。

「竹の子、本当なのか?」と翁は驚き、目を大きく見開いて姫を見つめた。

「ええ。悲しいけれど、本当なの」と姫は潤んだ瞳で翁を見つめた。

「お姉様。五年後に、私は一人娘に戻るの?」と月の子は悲しい目で姫を見つめた。

「安心して、月の子ちゃん」と姫は潤んだ瞳で月の子を見つめて微笑んだ。

 翁と媼と月の子は「なぜ安心なのか」がわからなかった。わずかな沈黙の時が流れた。

「五年後に私が月へ戻るとき、私は父上と母上と月の子ちゃんを連れて戻るの。家族に悲しい思いをさせないために阿弥陀如来様がそう計らってくれたの」と姫は瞳を輝かせた。

「わあ、本当か!今度は我々も月へ連れて行ってくれるのか」と翁は瞳を輝かせた。

「まあ、家族みんなで月へ行けるの。嬉しいわ」と媼は瞳を輝かせて微笑んだ。

「わあ、嬉しいわ!お姉様と父上と母上と四人で月へ行けるのね。五年後に、喜びと幸せが溢れている素晴らしい月の世界へ家族みんなで行けるのね」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ、そうよ」と姫は優しい眼差しを三人に向けた。

 すると、月の子が不思議そうに首をかしげた。

「ねえ、お姉様。私、『月の世界は極楽浄土だ』と聞いたことがあるの。もしそうならば、五年後に私達家族四人は月へ行くときに、阿弥陀如来様から地上の命を奪われるの?」と月の子は不安そうに姫を見つめた。

「月の子ちゃん、安心して。五年後に私が月へ戻るとき、私達四人は月から迎えに来た雲に乗り、生きたまま地上から月へ行けるの。青い空の遙か彼方に広がる美しい景色を眺めながら楽しい旅をするの。やがて、月に着くと、四人は阿弥陀如来様の魔法で月の人になるの。そして、私達は月の世界でいつまでも幸せに暮すの」と姫は満面の笑みを浮かべて三人を見つめた。

「わあ、素敵だわ!」と月の子は瞳を輝かせた。

「うん、そうか。我々は苦しまずに、楽しい旅をしながら月へ行けるのだな」と翁は安心して目を細めて微笑んだ。

「まあ、そうなの。私達家族四人は、五年後に楽しい旅をしながら月へ行けるのね。とても楽しみだわ」と媼は嬉しそうに微笑んだ。

「そのようなわけで、私は大好きな捨丸兄ちゃんの妻になれないの。二人とも独り身なのに残念だわ。捨丸兄ちゃんに申し訳ないわ」と姫は瞳を潤ませて悲しそうにうつむいた。

「竹の子ちゃん、悲しむことはないわ。五年の間、あなたは友人として捨丸さんと仲良くお付き合いできるでしょう」と媼は優しい目で姫を見つめて微笑んだ。

「そうよ、母上の言うとおりだわ。お姉様は、これから五年も素敵な捨丸兄ちゃんと仲良くお付き合いできるのよ。羨ましいわ」と月の子は羨望の目で姫を見つめて微笑んだ。

「わかったわ。私、これから五年、昔のように大好きな捨丸兄ちゃんと友人として仲良くお付き合いをするわ」と姫は輝いた瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「でも、私、捨丸兄ちゃんの妻になれないことを、彼にどう話そうかしら?」と姫は不安そうにうつむいた。

「竹の子、安心しろ。私が捨丸に話してあげる」と翁は笑顔で堂々と胸を張った。

「そうよ。爺さんが捨丸さんに上手に話してくれるわ」と媼は優しく微笑んだ。

「父上、ありがとう。お願いします」と姫は輝いた瞳で微笑んで丁寧にお辞儀をした。

「ねえ、お姉様。お姉様が捨丸兄ちゃんとお会いするとき、時々、私も連れて行って欲しいの。お願い、いいでしょう?」と月の子は甘えた顔で姫を見つめた。

「ええ、いいわ。これから五年の間、私は捨丸兄ちゃんと友人としてお付き合いするの。だから、捨丸兄ちゃんにお会いするときは、いつも月の子ちゃんを連れて行くわ。三人で楽しく過ごしましょう」と姫は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、嬉しい!お姉様、ありがとう」と月の子は瞳を輝かせた。

 竹取りの家族四人は、十五夜の満月を眺めながら遅くまで楽しい会話を弾ませていた。竹取りの家で、こんなに遅くまで団欒が繰り広げられたのは初めてである。夜も更けてきた頃、四人は名残惜しそうに楽しい憩いのひと時を終えると、奥の寝間へ行き、三枚の並んだ筵の上の敷布の上に寝た。娘達を挟んで翁と媼が両脇に寝た。翁と媼は姫と月の子を優しく抱き締めて娘達の温もりを全身で感じ、親の喜びで満たされながら眠りに就いた。姫と月の子は両親に抱き締められ、親の温もりを感じながら幸せそうに安らかな顔で眠りに就いた。秋の夜長に、家族四人は微かな笑みを浮かべて深く快い眠りに吸い込まれた。

 翌朝、庭の鶏が元気良く鳴いて朝の訪れを知らせた。一家四人は快く目覚めると、庭へ行き、仲良く井戸水で顔を洗った。その後、媼と娘達は朝食用に庭の畑の野菜を採り始めた。すると、月の子が、鶏がいる大きな籠の穴に細くて白い指を入れて卵を取り出した。

「月の子ちゃん、その卵をどうするの?」と姫が不思議そうな顔をした。

「うん、食べるの」と月の子は無邪気に微笑んだ。

「月の子ちゃんの提案で、我が家では鶏の卵を食べるのよ。鶏の卵を山菜粥に入れると、とても美味しいの。それから、お湯で茹でて食べるの。『ゆで卵』よ。塩をかけて食べると美味しいわ。お弁当の惣菜にするのよ」と媼が優しく微笑んだ。

「月の子ちゃん、素晴らしい考えね。美味しそうだわ」と姫は瞳を輝かせた。

「うん」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 媼と娘達は、土間の炊事場で朝食の支度を楽しそうに会話を交わしながら始めた。翁は板の間で竹細工の作業を始めた。しばらくすると、炊事場から香ばしい朝食の香りが漂い始めた。翁はその香りを胸一杯に吸い込んで微笑んだ。

「父上、朝ご飯ができたわよ!」という可愛い娘達の声が炊事場から響いた。

「うん、わかった!」と翁は目を細めて微笑むと、作業を止めて立ち上がった。

 我が家にかぐや姫が帰ってから、初めての朝食が始まろうとしていた。媼の両脇に娘達が座り、翁は朝ご飯を挟んで三人と向かい合って座った。

「父上、母上、いただきます!」と姫と月の子の明るい声が響いた。

「は~い。どうぞ召し上がれ」と媼が優しく微笑んだ。

「二人とも、お腹一杯、食べるのだぞ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「父上、母上、月の子ちゃん。卵入り山菜粥、とても美味しいわ」と姫は瞳を輝かせた。

「そう、よかったわ。月の子ちゃんの提案なの」と媼は優しく微笑んだ。

「うん、美味しいでしょう。うふふ」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「今、卵を茹でているの。お昼に食べましょうね」と媼は優しい目で娘達を見つめた。

「は~い、母上」と姫と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 かぐや姫は久しぶりに母と作った料理を味わい、懐かしさと喜びのあまり、瞳が潤んできた。翁と媼と月の子も、かぐや姫と共に食事をする喜びが心に溢れていた。

「竹の子と月の子。お前達は山の動物達と仲良くなれる不思議な力を持っているのだな」と翁は真剣な目で二人を見つめた。

「本当に不思議だわ。二人とも、山の動物さんたちと通じる心を持っているのね」と媼は目を細めて笑顔で二人を見つめた。

「うん。私、動物さんたちの目を見ていると、動物さんたちとお話をしているような気になるの」と月の子は不思議そうな顔をした。

「私も動物さんたちの目を見ていると、彼らが、『こんにちは』とか『仲良くしてね』とか『遊ぼうよ』と笑顔で話しているような気がするの」と姫も不思議そうな顔をした。

「やはり、あなたたち二人は動物さんたちと心が通じる不思議な力を持っているのね」と媼は二人を見つめて優しく微笑んだ。

「やはり二人は天から授かったお姫様なのだ」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

「は~い、父上、母上」と娘達は瞳を輝かせた。

 翁と媼は娘達の笑顔を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「竹の子と月の子。食事を終えて少し休んだら、みんなで裏の山へ竹の子と山菜と果物を採りに行くぞ」と翁は笑顔で二人を見つめた。

「は~い、父上」と娘達は嬉しそうに微笑んだ。

 家族四人の朝食は和やかな雰囲気に包まれていた。四人とも、こんなに楽しい和やかな朝食は初めてであった。やがて、家族四人は喜びと感謝に満ちた朝食を終えた。

 朝食後、四人は濡れ縁の前の板の間に座り、野山から吹いてくる朝の爽やかな風を浴びながら、青い空と遠くに見える深緑の山々を眺めて過ごした。四人とも、朝の爽やかな風で心が洗われているような気がした。しばらく家族四人の和やかな朝の団欒が続いた。

最終章.新たな日々

「さあ、裏の竹林と森へ行くぞ」と翁が涼しげな眼差しを媼と娘達に向けた。

「は~い、父上」と娘達は嬉しそうに微笑んだ。

 翁は大きな籠を背負い、媼と娘達は小さな籠を背負って土間に集まり、翁の合図で入口から外に出ると、裏の竹林に向かって歩き始めた。四人が竹林の中の小道をしばらく歩くと、翁が立ち止まった。四人は背中の籠を下した。

「さあ、お前達に竹の子の採り方を教えてやる」と翁は真剣な眼差しを娘達に向けた。

「は~い」と姫と月の子は笑顔で翁の傍に歩み寄った。

翁は地面に座り、二人に教えながら一尺の長さの竹の子を鉈で丁寧に切り取った。娘達は翁の隣に座り、真剣な目で翁の巧みな技を見つめていた。媼は娘達の後ろに立ち、娘達が翁から教えを受けている姿を優しい目で見つめていた。

「わかったか?」と翁は真剣な目で娘達を見つめた。

「は~い、父上」と娘達は瞳を輝かせた。

 翁は、姫と月の子に一本ずつ鉈を渡した。二人はそれぞれ近くに生えている竹の子を鉈で丁寧に切り取った。そして、姫と月の子は、切り取った竹の子を両手で持ち上げて翁と媼に誇らしげに見せた。

「わあ、切り取ったわ!」と月の子は輝いた瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「父上、母上、切り取ったわ!」と姫も輝いた瞳で嬉しそうに微笑んだ。

「うん、よし。二人とも合格だ!」と翁は目を細めて笑顔で頷いた。

「竹の子ちゃん、月の子ちゃん。よくできたわ!」と媼は優しい眼差しを娘達に向けた。

「は~い」と娘達は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 その後、四人は竹林の所々に生えている山菜を採り始めた。そして、竹林の奥にある森へ向かった。四人が森に入ると、すぐ近くに梨と桃と山葡萄が実っていたので、みんなで果物を採り始めた。翁の大きな籠には五本の竹の子が入り、媼の小さな籠は山菜で溢れ、姫と月の子の小さな籠は果物で溢れた。

「二人ともお腹が空いたでしょう。ゆで卵を食べましょう」と媼が微笑んだ。

「は~い」と娘達は嬉しそうに微笑んだ。

 媼が翁と娘達にゆで卵を渡すと、姫は不思議そうにゆで卵を見つめた。姫は月の子からゆで卵の殻のむき方を教わり、丁寧に殻をむいた。すると、媼が姫の右手の上の白いゆで卵に塩をかけた。姫は右手でゆっくりゆで卵を口元へ近づけると、そっと一口かじった。次の瞬間、姫の顔が輝いた。

「美味しいわ!」と姫は瞳を輝かせた。

「うん」と月の子は姫を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「ねえ、美味しいでしょう。これがゆで卵よ」と媼は優しく微笑んだ。

 翁は姫の輝いた顔を見つめて目を細めて微笑んだ。四人は美味しいゆで卵を食べると、竹の水筒の中の冷たい井戸水を飲んだ。しばし労働のあとの和やかなひと時が流れた。

「さあ、我が家へ帰るぞ!」と翁が爽やかな眼差しを媼と娘達に向けた。

「は~い」と娘達の可愛い声が森の中に響いた。

 家族四人は籠を背負うと、森の小道を我が家へ向けて歩き始めた。やがて、四人が竹林に入り、さきほど竹の子を採った場所に来たときであった。竹林の奥から、動物の気配がした。まもなく、四人の前に、二頭の熊と二匹の兎と三匹のリスが現れた。姫と竹の子は動物達を見て瞳を輝かせた。動物達は姫と月の子に歩み寄ると嬉しそうに正座した。

「わあ、可愛い!」と月の子は瞳を輝かせた。

「父上、母上。みんなに少し果物をあげてもいい?」と姫は輝いた瞳で媼を見つめた。

「ええ、いいわ」と媼は優しい眼差しを娘達へ向けた。

 姫と月の子は、籠の中の果物を取り出して動物達に食べさせた。動物達は美味しそうに食べていた。翁と媼は、娘達と動物達の仲睦まじい光景を不思議そうに眺めていた。やがて、動物達は二人の顔を見つめて笑顔で嬉しそうに鳴くと、竹林の奥へ去って行った。

「さあ、帰るわよ」と媼が笑顔で娘達を見つめた。

「は~い」と娘達の可愛い声が竹林の中に響いた。

 家族四人は再び竹林の小道を我が家へ向けて歩き始めた。四人がしばらく歩いたとき、突然、左側の暗がりから男の陰が現れた。姫と月の子は怖くなり、前を歩く両親の腕にしがみついた。翁と媼は怖がる娘達を抱き寄せた。四人は立ち止まり、男の陰を凝視した。

「こんにちは、竹取り一家のみなさん!」と爽やかな男の声が辺りに響いた。

「やあ、捨丸。元気そうだな!」と翁は大きく目を見開いて微笑んだ。

「まあ、捨丸さん。こんにちは」と媼は優しく微笑んだ。

 なんと、その男は捨丸であった。姫と月の子は安心して翁と媼から離れた。

「月の子、元気そうだな。光り輝くほど可愛いぞ」と捨丸は月の子を見つめて微笑んだ。

「は~い。ありがとう、捨丸兄ちゃん」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

 捨丸は月の子の隣にいる娘を見て驚き、端正な目を大きく見開いた。

「竹の子!」と捨丸の声が竹林の中に響き渡った。

「うん、そうなの。竹の子お姉様が我が家に帰って来たの。うふふ」と月の子は円らな瞳で捨丸を見つめて嬉しそうに微笑んだ。

「捨丸、落ち着いて聞くのだぞ。実は、竹の子は遠い国へ嫁いだのではなく、都で学問や芸事や礼法を学んでいたのだ。竹の子は優秀な成績で修了し、きのう一年ぶりに我が家へ帰って来たのだ。これから、ずっと我々と暮らすのだ」と翁は嬉しそうに微笑んだ。

「そうだったのか。竹の子、お帰り。久しぶりだな」と捨丸は笑顔で竹の子を見つめた。

「捨丸兄ちゃん、ただいま。お久しぶりです」と姫は瞳を輝かせて微笑んだ。

「捨丸さん。これから、暇なときに、竹の子ちゃんと月の子ちゃんと仲良く遊んであげて下さい」と媼は目を細めて微笑んだ。

「よろしくね」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「竹の子。お前、昔より少し幼くなったな?」と捨丸は不思議そうに首をかしげた。

「うん、そうなの。お姉様は都で勤勉に勉学に励んだから、月にいる阿弥陀如来様がご褒美として少し若返らせてくれたの。今、姉は十二歳なの」と月の子は無邪気に微笑んだ。

「ふーん、なるほど。不思議なことが起きたのだな。それにしても、二人とも光り輝くほど美しくて可愛らしいな」と捨丸は不思議そうに姉妹を見つめた。

「うふふ」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「捨丸兄ちゃんは、相変わらず逞しくて素敵だわ」と姫は優しい眼差しで微笑んだ。

「うん、かっこいいわ」と月の子は輝いた瞳で頷いた。

「それでは、お爺さん、お婆さん、お元気で。竹の子、近いうちに、また昔のように野山で遊ぼう。月の子も一緒に遊ぼう」と捨丸は爽やかな笑顔で姉妹を見つめた。

「は~い」と姉妹は輝いた目で嬉しそうに微笑んだ。

 捨丸は四人に向かって丁寧にお辞儀をすると、竹林の中へ去って行った。月の子は捨丸の後ろ姿に手を振りながら、「捨丸兄ちゃん、さようなら!大好き!」と瞳を輝かせた。

捨丸は振り向いて嬉しそうに微笑んだ。やがて、捨丸の姿は竹林の中へ消えて行った。

「父上、母上、月の子ちゃん、ありがとう。おかげで助かったわ。父上、月の子ちゃん。とても上手なお話を考えくれたのね。感謝するわ」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「月の子ちゃん。『阿弥陀如来様が竹の子ちゃんを若返らせてくれた』なんて、奇想天外なお話をよく思い付いたわね。凄いわ」と媼は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに頷いた。

 家族四人は、上手な作り話で捨丸を安心させたことに安堵していた。かぐや姫は、久しぶりに捨丸と再会し、再び昔のような淡い恋心が芽生え始めた。月の子は、姉の意中の人にほんの少し淡い恋心を抱いていた。翁と媼は、愛する娘達の心の中に捨丸への淡い恋心が芽生えていることを親の直感で悟り、娘達の淡い紅色の頬を嬉しそうに見つめていた。

 四人は我が家に向かって竹林の小道を歩き始めた。昼過ぎの青い空に、白い満月が浮かんでいた。やがて、彼らの眼下に我が家が見えてきた。四人は山で採った食物を庭の井戸水で綺麗に洗うと家に入った。翁は濡れ縁の前の板の間に座り、涼しいそよ風に吹かれていた。媼と娘達は土間の炊事場で果物を切り始めた。しばらくすると、彼女達は炊事場から皿に盛った果物と温かいお茶を運んで来た。

「父上、果物とお茶の用意ができたわ!」と姫の澄んだ綺麗な声が板の間に響いた。

「ほう、美味しそうだな」と翁は目を細めた。

「さあ、二人とも。濡れ縁の前の床に果物を囲んで座りなさい」と媼は優しく命じた。

「は~い」と姫と月の子は嬉しそうに微笑んで座った。

 一家四人は、濡れ縁の前の板の間に、果物が盛られた二枚の皿を囲んで座った。昼過ぎの一家団欒が幕を開けた。四人は美味しそうに梨と桃と山葡萄を食べ始めた。

「わあ、美味しい!労働のあとの甘い果物はとても美味しいわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「竹の子と月の子。お前達、よく働いたな。偉いぞ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「ほんとうに二人ともよく働いてくれたわ。ありがとう」と媼は優しく微笑んだ。

「は~い」と姉妹は嬉しそうに微笑んだ。

翁は、かぐや姫の横に琴が置かれていることに気づき、興味深く琴を見つめた。

「竹の子、久しぶりに琴を弾いてくれるのか?」と翁は目を細めて微笑んだ。

「はい、父上。私、久しぶりに琴を弾いてみたいの」と姫は優しい眼差しで微笑んだ。

「わあ、お姉様。琴を演奏してくれるの?」と月の子は瞳を輝かせた。

「ええ」と姫は優しい目で月の子を見つめた。

かぐや姫は優しい眼差しで微笑むと、琴を膝の上に載せて構えた。

「父上、母上、月の子ちゃん。私、地上の家族のもとへ帰って来た喜びを琴の音色で表します」と優しい眼差しを家族へ向けた。

 かぐや姫は膝の上の琴を演奏し始めた。家の中に美しい琴の音色が響き渡った。すると、野山から爽やかなそよ風が舞い込み、四人を優しく包んだ。翁と媼と月の子は、かぐや姫の奏でる琴の美しい音色に魅了された。やがて、琴の調べが終わり、拝聴していた三人は瞳を輝かせて拍手を送った。かぐや姫は嬉しそうにお辞儀をした。

「竹の子、相変わらず美しい音色だ。見事な演奏だ」と翁は輝いた瞳で微笑んだ。

「竹の子ちゃん。とても美しい音色だわ。素晴らしいわ。あなたの演奏には、純真無垢な綺麗な心が表れているわ」と媼は姫の演奏に酔いながら優しく微笑んだ。

「お姉様、とても美しい音色だわ。素晴らしい演奏だわ」と月の子は瞳を輝かせた。

「みなさん、ありがとう」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

「お姉様、お願い。私に琴の演奏を教えて」と月の子は甘えた顔で姫を見つめた。

「ええ、いいわ。明日から教えてあげるわ」と姫は優しく微笑んだ。

「わあ、嬉しい!」と月の子は瞳を輝かせて満面の笑みを浮かべた。

 翁と媼は二人の娘の可愛い笑顔を見つめて微笑んだ。

「よかったわね、月の子ちゃん」と媼は優しく微笑んだ。

「うん」と月の子は嬉しそうに微笑んだ。

「ねえ、お姉様。私に文字や絵や踊りも教えて」と月の子は甘えた顔で姫を見つめた。

「ええ、いいわ。私の習得した学問や芸事を月の子ちゃんに教えてあげるわ」と姫は優しい目で月の子を見つめて微笑んだ。

「わあ、嬉しい!」と月の子は瞳を輝かした。

「竹の子は、昔、地上にいた頃、都で幾年も学問や芸事を学んで、全て見事に習得したのだぞ。月の子、お前は優秀な師匠に教えてもらえるのだぞ」と翁は目を細めて微笑んだ。

「うん」と月の子は輝いた瞳で嬉しそうに頷いた。

 昼過ぎの青い空に白い満月が浮かんでいた。遠くに見える山々は深緑に覆われていた。かぐや姫は、古里の我が家で翁と媼と暮らす喜びを感じていた。そして、可愛い妹ができた喜びも感じていた。彼女の心には、地上の家族と暮らす喜びと幸せが溢れていた。

「父上、母上、月の子ちゃん。これから五年、地上で命ある限り、古里の山や我が家で、家族四人で仲良く楽しく幸せに暮らしましょう」と姫は嬉しそうに微笑んだ。

月の子が、「は~い」と嬉しそうに微笑み、翁が、「うん」と明るく頷き、媼が、「ええ、そうしましょう」と優しく微笑んだ。かぐや姫は、「うふふ」と嬉しそうに微笑んだ。

「みなさん。『私の古里への思い』を琴で表します。聴いて下さい」と姫は琴を構えた。

「わあ、嬉しい!」と月の子は瞳を輝かせた。

 かぐや姫が奏でる琴の美しい音色が、辺りの野山に響き渡った。すると、庭の木々の枝に鳥達が止まり、野山から獣達が庭に集まり、その美しい音色と旋律に耳を傾け始めた。板の間は舞台、庭は観客席と化した。庭に集まった動物達はかぐや姫を見つめて姫が奏でる琴のを静かに聴いていた。かぐや姫は琴を演奏しながら優しい眼差しを庭の動物達に向け、月の子は嬉しそうに庭の動物達を眺め、翁と媼はこの不思議な光景を夢のような気分で眺めていた。四人は、ふと青い空に浮かぶ白い満月を見上げた。すると、空から涼しい爽やかな風が舞い降り、四人と庭の動物達を優しく包み込んだ。老夫婦と月の子と動物達は、幻想的な雰囲気の中で、かぐや姫が奏でる琴の音色に酔いしれていた。

 その後、四人は庭で日が暮れるまで毬杖(ぎっちょう、羽根突きと似た遊び)をして遊んだ。木々の枝に鳥達が止まり、近くの森の木々の間から獣達が顔を出し、彼らが仲睦まじく毬杖を楽しむ様子を興味深く眺めていた。

 日暮れ時になると一家四人は家に入り、翁は板の間で竹細工の作業を始め、媼と娘達は土間の炊事場で楽しそうに会話を交わしながら夕食を作り始めた。やがて、あたりは暗くなり、暗闇に明るい満月が輝き始めた。

「父上、晩ご飯よ!」と姫と月の子の澄んだ可愛い声が炊事場から響いた。

 濡れ縁の前の板の間で、竹取り一家の楽しい夕食が始まった。暗闇に浮かぶ明るい満月が、食事をする四人を明るく照らしていた。彼らは楽しく食事をしながら、ふと、暗闇に浮かぶ満月を眺めた。すると一瞬、満月が眩しく光り輝いた。まるで満月が喜んでいるようであった。家族四人は、月の世界の四人の如来様に優しく見守られていた。(完)

(註:四人の如来様とは、阿弥陀如来、薬師如来、釈迦如来、大日如来)

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