おきなさい。 おきなさい わたしの かわいい ○○や……
その日のことはよく覚えてる。
いいえ、その日というか、その瞬間のちょっと前。
私はとても眠かったのだ。
眠くてちょっと目を閉じた。直ぐに開くはずが、ちょっとの時間がいささか長かった。
運転中に目を閉じるなんて命取りだって分かってるのに…
本当に命とられてどうすんの!?
居眠り運転ダメゼッタイ!
そういう記憶はいわゆる前世のものだ。どうやら私は生まれ育ったこの世界とは別の世界から転生したらしい。
うん、ベタ過ぎてやんなるわ。
更にベタな事にこの世界、乙女ゲームの世界らしい。前の人生で私もかじったことのあるゲーム、「フォーチュン・マリッジ」
でも、ここがそうだと気づいたのは、私の記憶がぼんやりながら思いだされてからかなりたってからのこと。
気づかないのも無理は無い。
だってここ、ゲームのエンディングから20年も経ってるんだもの!
「おきなさい。 おきなさい わたしの かわいい ソフィーや……」
枕元で歌うような声がする。
「もう あさですよ」
ような、じゃない、実際歌ってる。変な節回しで。
「きょうは とても たいせつなひ」
今にも笑い出しそうなその声は、私が生まれたときから聞いてる声。
「ソフィーが はじめて おしろに いくひ だったでしょ」
初めてじゃない。言ってはなんだけど、年に一度は行ってる。
「このひのために おまえを ゆうかんな おとこのこ として そだてたつもりです」
「ドラク○3かよ!」
思わず突っ込んで起き上がる。枕もとの一人ミュージカルはまだまだ終わらない。
「さあ かあさんに ついて いらっしゃい。ここから まっすぐいくと おしろ です。おうさまに ちゃんと あいさつ するのですよ。 さあ いってらっしゃい~」
「気が済んだ? お母様」
「もうすこしね~」
「私いつの間に男の子として育てられたのかしら? あと、私まだ15歳よ」
16歳には後1年足りない。
「だって、16歳の誕生日はあなた王都のアカデミーに居るじゃない。お母様の楽しみを奪わないで」
「ディーンでやってよ! あの子はちゃんと男の子なんだから!」
弟のディーンは13歳。あと3年で勇者の16歳だ。
私の母、エレオノーラ・ローエンは、このゲームの世界「フォーチュン・マリッジ」における悪役令嬢だ。更に言うと転生者で、このゲームをやりこんでいたガチの人。
自分がゲーム世界の悪役令嬢だと自覚したとたん、主人公と友情を築き上げ、最押しを落として結婚し、見事破滅回避をしたひとだ。
私はそんな悪役令嬢の娘として、エンディングから後に生まれたわけだ。
転生の意味って何!?
何をなす為に私このゲーム世界に来たの!?
もろもろの事情がわかって、私はやさぐれた。
だって、ゲームに出てきたイケメンみんな、いまやただのおじ様。
いいえ、元が良いからイケおじだけど、申し訳ないが、私におじ様属性は無い。年上が良いなと思ってもせめて5つまでだ。
「だってディーンにはドラ○エネタは通用しないのだもの」
ふてくされる母の姿を父が見れば「なんと愛らしい僕の姫」とでもいいだすのだろうけど、あいにく私には通じない。これでルード辺境伯 女伯爵エレオノーラ・ルード・ローエンだなどという立派な肩書きを背負っているのだからこの国の未来どうなるの?ってもんだ。
実際、辺境伯の仕事をこなしている母の姿はお世辞抜きに格好いいと思う。
家族の前で見せるこのほにゃほにゃした姿とは正反対。
父はそんな母のギャップもたまらないのだと、いまだに盛大にのろけてくる。
……っていうか、父がそういうキャラクターだとは思っても見なかったけどね!
ゲーム画面であこがれたかつての姿はどこへやら、いまや妻にでれでれ子煩悩な父の姿も、私がやさぐれた原因の一つだ。
父親としては好きだけど! 大きくなったら私お父様と結婚するの!とか本気で思ってたけど! でもそういう感情とこれは別なの!!
「今日からソフィーはアカデミーの寮に入ってしまうんだもの。最後にこれくらい遊ばせてよ」
そうだ、今日は王都にあるアカデミーに入寮する日だ。あの「フォーチュン・マリッジ」の舞台だったアカデミーに私はこの春から通うことになっていた。
まぁ、何のイベントも起きない平穏な学園生活が待ってるだけなんだけどね。
このときは、本当にそう思ってた。