モヤモヤ
ーー紘が司に告白をしてから、二週間が経っていた。
「ただいまー!あーー疲れた!!」
紘はそう大きい声で言いながら、リビングのソファに勢いよくダイブする。
「おかえり。楽しかった?」
司はソファの後ろにあるテーブルで晩酌をしながら返事をした。紘は今日、大学の他の教授との飲み会で、夕食は外だった。
「楽しくねえよ!!みんな年上だし!気ィ使いすぎて肩凝った…なんで俺にも声かかんの」
「ハハッ、だろうな。職場の飲み会なんてそんなもんだ」
「あーでも医学部やってる先生が飲みながらなんか話してたの覚えてる。先週生徒を一人退学させたんですよ〜とかなんとか」
「ほぉ」
「生徒が解剖してたご遺体でなんかギャグかましたらしくて。その場で退学させたんだって」
「えーヤバ、その生徒サイコパスかよ」
「な、やばいよな。今日の飲み会の話のハイライト、それ。むしろそれしか覚えてない」
「お前の大学の生徒ヤベェな」
「そいつだけだわ。しかも俺らも卒業生だろ」
そんな話をしながら、紘がソファから立ち上がる。
「俺シャワー浴びてくるわ〜。タバコくせえし」
「おー」
そう言って、紘は風呂場へ向かった。
☆
「あ、そうそうそういえば」
髪をバスタオルで拭きながら、紘がリビングに戻ってくる。テレビを見ていた司が紘に目を向けた。
「……いやお前さぁ…」
「ん?あ、俺の腹筋?いい感じに割れてるだろ」
「お前の腹筋なんて世界中誰も興味ねえ。そうじゃなくて…せめてパンツ穿けば?」
司の目に飛び込んできたのは、紘の全裸。腰にバスタオルを巻くとか、そんな配慮は一切ない。上半身裸で出てくる事は男ならよくあるが、さすがに全裸は司も引く。
「悪ぃ悪ぃ。パンツ持ってくの忘れちゃってさ」
そう言いながら、タンスからパンツを取り出し穿く。その様子を、ため息をついて司が見ていた。
「じゃあせめて腰になんか巻けよ。汚物を目の前にぶら下げるな。酒が飲めなくなる」
「たった今洗ってきたんだから汚物じゃねえし!デリカシー無い奴だな!」
「デリカシー無いのはお前なんだよ。…で、何?」
一通り紘を貶した所で、司に話しかけてきていた事を思い出し、話を戻す。
「そうそう、大学の文化祭の話あったじゃん。あれ再来週の日曜なんだけど、どう?」
「あ、ちょっとまって」
司は、会社用の鞄からスケジュール帳を取りだし、ペラペラとページをめくり予定を確認し、紘はパンツ一丁のまま冷蔵庫から牛乳を取りだした。残り少なかったようで、コップに移さずに一気飲みをする。
「うん、空いてる。行けるよ」
「よかった。じゃあその日だから空けといて」
「おう」
スケジュール帳に、『文化祭』と書き込む。紘はスマホのアプリだが、司は毎年スケジュール帳を買っている。理由は「スマホだとなんか予定入れ忘れる。あと書いた方が頭に入る」らしい。
「俺の講義取ってる子、タピオカ屋やるんだって」
「へー。飲んだことねえ」
「え?マジ?ほんと司って時代に乗り遅れてんなぁ…」
「俺らくらいの歳って飲まねえだろそういうの」
「結構うまいよ?ここら辺でも何店舗かあるじゃん、たまに買ってる」
「…お前一人でタピオカ屋入ってんの?……怖…」
「なんでだよ!いいだろ別に!…まぁ大学の近くにもあるけど、流石に生徒が来るような店では買わねえな」
「なんで」
「いややっぱ、キャラ崩れるじゃん。クールな俺がタピオカとかさ」
自分が思う一番クールな仕草なのだろう。紘が髪をかきあげる。その紘を、司は「ハッ」と鼻で笑った。
「フルチンでクールな奴なんていねえよ」
「だってスケジュール、思い出した時に言わないと聞き忘れちゃうと思って!パンツもないし髪も濡れてたし!」
紘の釈明の仕方があまりにも必死で、思わず虐めたくなってしまう。
「バスタオルもう一枚使えばいいだろ。バカだな」
「ごめんってぇ」
怒られた犬みたいに、しょんぼりしながら紘が謝る。実際には無いが、垂れ下がった尻尾と耳がついているようだった。その様子に、司は思わず吹き出しそうになってしまうが、堪える。
「…クッ……まぁ、男同士だしな」
司が笑いを堪えながらフォローを入れるが、紘の表情は晴れない。
「……いや、でも司の前で全裸は流石にデリカシーなかった。気をつける」
「………えっそれって…」
「ほんとごめんな!じゃあ俺歯ァ磨いて寝る!おやすみ!」
「お、おぉ。おやすみ」
意味深な言葉を言い残して、紘は洗面台に行き、歯を磨き終わったら自室へと入っていった。
(…………いや、なんだよ!!!!)
ゴンッッ
紘が自室に入ると、司は額をテーブルに打ち付けた。
(なんだよ今の!!ハッキリ言えよ!!!)
髪を両手でわしゃわしゃと弄り回し、悶える。もう紘が告白してから二週間。今モヤモヤしているのは司の方だった。
(もう俺の事好きとかじゃないのかな〜って思ってたけどさっきの多分そうじゃん!え?返事とかした方がいいの?でも返事とかまだなんて言っていいかわかんないし…)
グルグルと答えのないことを考える。二週間、告白なんてなかったかのように、ずっといつも通りの日常だった。その間で冷静になった司は、自分がどうしたらいいのかわからずにいた。
(………これはタイムリミット決めないといつまでもダラダラしてるな…うん、文化祭。文化祭の日までに)
スケジュール帳をもう一度取り出し、『文化祭』と書かれてあるすぐ下に『決断、ここまでに』と書き足した。
読んで頂きありがとうございます!!
紘は細マッチョです。家でも結構筋トレしちゃいます。司はそれを見て「その筋肉何に役立てんの?」と言ってます。司は筋肉はそこまで無いですが、食事管理もしているのでスタイルは良い方です。