サラリーマン兼、家政夫
「じゃあ、お先に失礼します。」
そう言って、定時ぴったりにパソコンを閉じ会社を出ようとする。
「一条!今日飯食いに行かね?」
そう同僚に呼び止められ、一条司は申し訳なさそうに振り返った。
「悪い、また今度誘ってくれ」
「そう言って毎回来ねえじゃんかよー」
ぶーぶー文句を言う同僚に苦笑いを浮かべ、悪い。ともう一度言い、そそくさと司は会社を後にした。
「...あいつ後輩のフォローもしてるのによく定時で終わるなぁ」
「最近付き合い悪いし、彼女でも出来たかもな」
「あいつ社内の女子からの人気もあって、おまけに彼女…許せねえ!」
最近の同僚達の話はもっぱら司の彼女(架空)についてだった。
✩
「はぁ…ただいま」
独り言のように小さくそう呟くと、リビングからやかましい声が聞こえてくる。
「おっせぇよ司!ハラ減ったんだけど!」
「これでも定時で帰ってきてんだよ!今から作るから黙ってろ!」
玄関から大声でそう言い返し、そのやかましい声のする方へ向かう。その同居人は漫画を読んでいた手を止め、司の方を向いてニコッと少年のように笑った。
「おかえり。俺ハンバーグ食いたい」
「ハイハイ…」
同居人の黒田紘はよっしゃーーと言いながら目線を漫画に戻す。司はスーツの上着を脱いでソファの背もたれに置き、ワイシャツ姿で腕まくりをしてハンバーグの調理に取りかかった。慣れた様子で調理を進めながら、司は紘に話しかける。
「お前またぐうたらして…ちょっとは部屋の片付けでもしたら」
「別にいいだろ〜?いっつもいっつも勉強して疲れてんだよ。家でくらいゆっくりさせろ」
絋は言いながらソファにダイブし、足をバタつかせている。
「お前がこんなだらしない奴だって知ったら、学生も幻滅するだろうな」
絋は俺の大学時代の同級生で、俺達が通っていた大学で教授をしている。大学にいる時は堅物な真面目キャラで仕事をしているらしい。理由は、フレンドリーだとモテすぎるから。絋が自分で言っているだけなので信じ難い。
「俺はオンとオフしっかり分けてるだけだよ。それに、この家の片付けすんのもお前の仕事だろ?」
ニヤニヤしながら絋が言う。
「…………」
「お前ん家が火事になってぇ〜俺の家に転がり込んできて〜家賃も光熱費も負担させずに住まわせてやってぇ〜…」
「わかってるようっせェな!!」
絋の言った通りだ。家賃も光熱費も出さない代わりに、身の回り家事や片付けなどは俺が担当している。家政夫みたいなものだ。絋は炊事、洗濯、掃除、家のことは何をやらせても全くできない。その代わり俺は家事は全般得意なためそこまで苦ではないし、その代わりにタダで住まわせて貰えるんだ。俺にとっても都合がいい。
「ほら、できたぞ」
司が作った2人分のハンバーグにサラダ、スープを絋がテーブルに運び、席につく。
「うまそう!いただきます」
ガツガツと絋がすごい勢いで料理を口に運んでいく。料理が冷めてしまうので、司も着替えは後回しにして食べ始める事にした。
「お前やっぱ料理上手いよな、いい婿になるよ」
「婿って誰のだよ…。こんくらい誰でも作れるから」
「俺の。引越し資金貯めんのやめてさ、ずっと俺んち住めばいいじゃん。」
「はぁ?何キモイ冗談言ってんだよ…俺は早く出ていきたいの。ガキみてえなやつのお守りもずっとしてられないしな」
「冗談じゃねえよ」
「…………あ?」
「俺、大学の時から司の事好きだったから」
真っ直ぐに見つめられ、思わず箸を落としそうになる。そんな重大な告白をサラッと飯食ってる時にするか普通。
「…何言ってんのお前……」
いつもの冗談を言っている絋とは明らかに違う。本気なんだと理解して、一気に顔が熱くなった。
「………そういうことだから。ご馳走様」
カチャカチャと食器をキッチンに片付けて、絋はそのまま自室に入っていく。
「いつもは自分の部屋なんて滅多に行かない癖に…」
(言い逃げかよ!!!!!)
司は赤くなった顔を誤魔化すように、ハンバーグにかぶりついた。