3-3:誘い尋ねられ
大沢先生がパシンと両手を叩いて話が切り替わることを合図する。
「さて、住むところの話が終われば次はどうやって生活の糧を得るかの話になるんだが。
一般的な生活なら支援から得られる糧でどうにでもなるが、1人で生きていけそうかどうかの能力を見込まれたり、あまりに支援抜きで生きようとする姿勢が無いと額が下がったり打ち切られてしまうものだ。満額でもそんなに贅沢できないしな。
ここで出てくるのがチャバネの目的とは関係なしにやってきた私達の方の目的の話が出てくる」
文月見世の表情に少し影が落ちる。
「私たちは村上病院を調べるにあたって君の能力を知り。
仕事の仲間として勧誘しに来たわけなんだけれども。
先ずは私たちの仕事がなんであるかを説明しよう。
大前提の知識としてこの世界は異常に満ちている。
この世界は空間に多数の孔が空いては、世界そのものの修正力、生き物で言えば自然治癒能力だな。それによって閉じるなんて現象を繰り返しているんだ」
大沢先生はトンチキな事を語り始めるがそれを否定する者は何処にも居ない。
なにせこれを聞いているのは異能を持った中身が少年の青年とAI、神様である。
「その孔の向こうには異世界が広がっていやがってな。
世界そのものがこっちの世界に影響を与えてきやがったり。
向こうの世界のものがこっちに入り込んできたり。
逆にこっちのもんがあっちに行って行方不明になったりと基本的には悪いことになる。
実物を見せよう」
説明している大沢先生の横で木下芳奈が大沢先生の横にあるアタッシュケースから青い四角形の物体と小さな三脚の台座を取り出し、大沢先生と朽無博人の間に三脚の台座を設置すると、四角形の物体を卵を割るように三角の台で小突いてから台座の上に置いた。
暫く経つと皿を叩き割るような音と共に、四角形の物体は液体のうねりを思わせるうねるような動きで膨張していき透明感を帯びて行く。
そして大沢先生と朽無博人の間にあるちょっとした空間には、別の光景が浮かび上がっていた。
形状はガラスの一部が割れて穴になったような定まった形状がなく、大きさは頭がギリギリ入るかどうかくらいだ。
その孔の中には赤紫に光る森のような光景がある。
異質感。そこには幼児が描いた微笑ましい絵に一枚だけシールを貼ったようなどうしても拭えない異質感があった。
流石に信じがたい光景だったのだろう。
朽無博人は生唾を飲んだ。
「さっきのは空間の物体化及び固体化、圧縮したものだ。
まあ、それはさておいてコレが異世界に繋がる孔だ。今回はこっちの世界に近い近いもので小さいものだな」
孔は広がるのを止めると今度は縮んでいく。
「面白いだろ? 360度見る角度によって形が変わる立体的な空間の孔がこれだ。
それで、だ。基本的にはこうやって世界の修正力が働いて閉じられようとする。
だけど孔によっては閉じるのがとんでもなく遅いものだったり、何だったらそのままになっちまったやつ。最悪なことにむしろ広がっていくやつが居る。等と色々あるときた。
私達がやるのは発生した孔、もしくはその穴からこっちに入って来た異物、加えてこれによって発生した異常の対処をする日雇い派遣みたいなものだ」
「危険ではないのか」
絹纏童子荒泣神は神妙な面持ちで大沢先生に尋ねる。
「おお、【神】やら【妖怪】やらが居た世界から来た神は思うところがありますか」
「……知っとるならそりゃ儂等が見えるわな。
じゃなくて、どう考えても危険じゃろその仕事。
人間を見て好奇心で殺そうとする鬼や妖怪のような奴らが出たらどうする。生き物を玩具としか見ないような奴らだったら? この世の常軌を逸する獣だったら?
訪れるのはほぼ間違いなく死だ。
そんな事を博人君にさせるわけにはいかない」
空気が重くなっていく。
そんな空気を重くするような圧を発する絹纏童子荒泣神に苛立ちを覚えたのか木下芳奈が「はあい。いい加減にしなよカミサマー」と、ビリリと電気のような閃光を身体から発し始める。
その空気感に朽無博人はなぜか背筋を伸ばして姿勢を正し、文月見世は床におろした大きな自身のリュックの影へと避難する。
「落ち着け、木下。 まともな装備が無ければお前だと万が一もなく塵になる。
それと神様も落ち着いて。これは博人くんへの勧誘ですし、本人を差し置いて決めるとか子供に嫌われる保護者の典型ですよ」
「きらッ!? だ、だが……」
大沢先生の一声で木下芳奈は何か言いたげに閃光を引っ込め、さらにもう一声発せれば絹纏童子荒泣神は喉に言葉をつまらせた。
「危険。まあ危険ではある。
神様が言ったように異世界から入ってくる異物を駆除することになったり、確保して元の世界に帰すなんて事もする。
最悪な時は逆に異世界に迷い込んだ奴を連れ戻すために異世界に突入なんて事もある。
だけれどね博人君。とても大きな利点はあるんだ。
まず第一にこの仕事は危険ではあるがその分沢山稼げる。
お金があればこの神社を色々きれいにできるし、朽無家の生活を助ける事ができる」
朽無博人の微妙に定まっていなかった視線が大沢先生に固定された。
「そして次に君なら問題なく生きて帰ることができる。 どうしてかはわかってるね? 君には力があるからだ。
その力を使って君が生き残るほどに、力を尽くすほどに。
世界の異常を知り、乗り越え方を学び、君が守りたいものをちゃんと守れるくらいの力が身についていく。
君が体験した異常な存在や事態から家族や友人の守る術を学べる。
腹が貫かれる痛みや実験の素材にされる苦しみを身内には経験してほしく無いだろ?」
守りたいものがある人にとっては卑怯な言い回しだ。
「踏ん切りがつかないなら一度体験するのもいい。
気に入れば続けてもいいしその一回限りでやめてもいい。
その後続けてふとした日にやめたくなったらやめてもいい。
定期的に続けるかどうかを訪ねよう。そこで私が君に選択をさせにくいような環境を生み出したならば、それ以前に君が生きて変えることができなければ。絹纏童子荒泣神と誓約を交わそう。
私は命を消失させると。それに加えて君が生きて帰らなければ根の国に赴いて君を連れ出すと」
「ちょっと!! そこまでするって聞いてないよ先生!」
「言ってないからな。ッウ゛」
背中を木下芳奈になかなかの威力で叩かれる大沢先生に絹纏童子荒泣神に「正気か? 誓約を破ったのであれば貴様のあらゆる力が儂に流れ、拳を作るようにたやすく貴様の命を握りつぶせるようになりかねんのだぞ?」と問いかける。
「正気ですとも。それで……今ちょっと話についていけなかったかもしれないけどどうする博人くん? 一回くらいは体験してみるかい?」
大沢先生はただ訪ねてくるだけだった。