2-2過去を見つめて
「ほれほれ、ちょいとほこり臭いが立ち話よりはなんぼかマシじゃろうて」
社務所と呼ばれる建物に案内されて戸を開いて貰うと埃が舞う。
朽無博人が此処で絹姉ちゃんと隠れんぼをしたっけなんてのほほんと思っているのに対し、絹姉ちゃんとやらは埃舞う光景を見て顔をしかめた。
「いや、コレはむしろ外で立ち話する方が健康的じゃな。ちょいと外で待て」
そういって絹姉ちゃんは土間の片隅に立て掛けてあった箒を片手に持って、社務所の奥へ行って和室と何ら変わらない部屋の押入にあった割烹着に着替えると社務所内を掃除し始めた。
それを黙って待つのが朽無博人的には性分でなかったようで、申し訳無さから「オレも手伝うよ!」と言って静止する絹姉ちゃんを押し切って掃除の手伝いを始めるのだった。
掃除の最中に朽無博人のポケットから振動が発生し『ねえ、もしかしなくても誰かと喋ってる?』と尋ねる声が発せられる。
「あっ」
「むっ? 誰かと電話でもしとったか?」
朽無博人はバツが悪そうにしながらポケットから板状の携帯端末を取り出し、液晶である一面を絹姉ちゃんに翳す。
液晶には猫耳フードのワンピースを身にまとった銀髪のメディアムヘアとパッチリとした目の中には翠眼の瞳を持っている少女の小さなキャラが頬を膨らませているのが映し出されている。
「ニコ、こちらさっき話してた絹お姉ちゃん。絹お姉ちゃん、こちらニコ。AIってやつです」
朽無博人がお互いを紹介すると、絹お姉ちゃんは首を傾げて携帯端末の画面を凝視し、携帯端末内のニコは。ガラスの壁に手をつくような仕草をしながら見渡すような素振りをすると顔をしかめた。
携帯端末のカメラの位置から考えても背景には何があるかわからないくらいに顔を近づけている絹お姉ちゃんあ見えないのか『……どこにも居ないんだよ?』とニコの不可思議そうな声で訪ねてくる。
その疑問に覚えがあるのか絹お姉ちゃんは「ああ、儂は機械を通して認知できんぞ。なんなら生でも大概の人間にも認知できん」と何の気無しに返答する。
「儂は神であり。この世界に残った殆どの神を初め、妖怪やら妖精やら悪魔やらと同じように。
心の底から、それで居て純粋に存在を信じなければ認知できんのじゃ」
普通と呼ばれる多数派が想像する環境に身を置く人間ならば荒唐無稽でしか無いファンタジーな発言ではあるが、朽無博人は何の驚く様子もなく「ほえー、神様って機械には認識できないんだ。心霊写真とかそういうのは?」なんて呑気に尋ねる始末だ。
「あやつらは現世に干渉したいという思いが強い傾向がある故なあ。そこに全力を注いどるんじゃな。……ところで驚かんのか?」
「驚いては居ますけど見た目が昔と一寸違わず変わってない時点で。まあ……そういうこともあるのかあ。なんて思ったり」
どうやら朽無博人は遭遇時に驚く要素が多すぎて、何があってもさっきの驚きの要因はそういうことだったのかと腑に落ちる状態になっているようだ。
「軽いのぉ。もっとこう、神様ぁ!?的な反応が欲しかったような……いやしかし。変に目上の人間にするような気が引けた壁のある反応よりは……うーむむむ」
絹お姉ちゃんは何だかスッキリしない様子であるが。突然ニコがネットワークを通じて調べたことを口に出したことでそれどころではなくなっていく。
『荒泣神社。四結町四大神社の一つにして南区に建っている……。四大神社といっても唯一、一世紀と四半世紀前には廃神社同然となっていて、近年では子供も遊びに来ない場所となった。祀っている神様は絹纏童子荒泣神と言ってかつては───』
何かを朗読し切る前に朽無博人が「ストップ。ニコ、ストップ」と止めにかかる。
『うぇ?』
「絹お姉ちゃんが泣きじゃくってるから。見えないし声も聞こえないしでわかんないだろうけどさ。本当のことでもやめてあげ───あっごめんよ絹姉ちゃんそういうつもりじゃなくて……ほ、ほら廃れたって言われてても人が全く来ないわけじゃないし。何ならこれから毎日さ、絹お姉ちゃんが見えるオレが居るからさ? 泣き止んで?」
ニコの言葉が絹お姉ちゃんこと、絹纏童子荒泣神を傷つけて号泣させてしまったようだ。
こう激情家で泣きやすい面が荒泣と呼ばれる所以だろうか。
朽無博人はそんな彼女を宥めながらも、数年経った今でも感じられる変わらぬ彼女に安堵を覚えるのだった。