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2-1:変わるモノ、変わらないモノ

 東西南北それぞれの四方に大きな神社が建っていることでそう名付けられた四結(よつゆい)町という町がある。


 その町の南区には年季の入った二階建ての一軒家が建っている。


 塀の拭いても取れなさそうな汚れや、細かな傷がこの家を舞台に積み上がった過去を語っている。


 朽無博人はそれらを指でなぞりながら、こんなにも馴染んでいたっけと。


 胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


 その家の玄関が開いたとき、運命のイタズラか、それとも要らぬお節介か。


 慌てて出ようとした学生服のサイドテールの少女は、我が家の塀に触れる朽無博人を見て、一歩引いて扉を盾にした。


 その様子から少女が自身を怖がっているのを感じた朽無博人は、再会の挨拶をしようと上げかけた手を下ろして、さっさとその場を後にするのだった。



 逃げるように足早に歩く朽無博人のポケットの中のものが振動して主張したので、それに答えるようにポケットに手を突っ込んでイヤホンを耳に装着する。


(サチ)と離ればなれになったのは昔なんだよ! あれくらいの子なら怖がっても普通なんだよ普通! 心なら正しくヒロを認識してくれて……』と、どことなく機械的な女性の声が心配そうに励まそうとするのだけれど。


 朽無博人は「良いんだ。幸ちゃんでも心お姉ちゃんでも、どっちかの反応が芳しくない時点であの家に兄ちゃんの居場所はもうないんだ。


 ……うん、兄ちゃんは、オレは……健やかそうに生きてそうならソレで、もう十分だ」と言って遮ろうとして、涙がにじむのを感じた。


 拭うと更にポロポロと零れる涙にイヤホンから『ヒロ……』と心配そうな声がまた漏れる。


「あんな大きくなって……心お姉ちゃんとお爺ちゃんとは仲良くしてるかな。


 友達、できたかな……病気とかしてなかったかな。


 ……ごめんなぁ、オレは側に居てやれんかった。


 幸に何もしてやれんかった。


 心お姉ちゃんにもお爺ちゃんにもその分苦労させただろうなあ」


 十分にあり得たはずの幸せなもしもを想って、そうならなかった現状を嘆く。


 当てもなく彷徨っていると寂れた様子の神社にたどり着いた。


 機械的なものを感じる少女の声が此処は何処なのかと朽無博人に訪ねる。


「ここは……荒泣(あらなき)神社といって昔、何かと足を運んでた神社なんだ」


 そこは四結町四大神社の1つだった。


 今では他3つと比べて人気も無く。


 己の声の方が煩わしく想われていることを自覚しない者によって姿を消していく公園に変わり、少数の子供達の拠り所となっている。


 朽無博人は慣れた様子で鳥居をお辞儀も無くくぐり、拝殿(はいでん)に続く石階段に腰掛ける。


「昔にさ、心姉ちゃんはオレにすっげえ当たりが強くてさ」


 父さんも母さんも仕事とか買い物で家に居ないときは心お姉ちゃんと家に居るのが嫌だった時期があったんだ。


 行くところも無くてひとりぼっちで歩いてたらさ。不思議な見た目のお姉ちゃんが───」


 腫れた目で遠くを見るように、朽無博人が語ろうとすると「けしからんなあ」と呟く声が背後から聞こえ、朽無博人は驚いて飛び上がり、背後を見た。



 振り返れば巫女服を身にまとった。黒い長髪の少女が居た。


 朽無博人以上に驚いたのだろうか、吸い込まれそうなほど黒い瞳を丸くしていて、四肢の内の右足を残して仰け反らせていた。


 咄嗟に食いしばったであろう口元からはチラリと牙が見えた。


「な、なんなんじゃ!?」


 その風采(ふうさい)は朽無博人が今し方まで脳裏に浮かべていた姉と姿とがおおよそ合致していて、そのことが朽無博人の頭の中を混乱させた。


「き、絹お姉ちゃん?」


 だがこの混乱が幸を成した。


 疑問を抱いたならば、素直に訪ねれば良いという人によっては歳を重ねるにつれて難しくなる事を朽無博人はしたのだ、


「な、何故その呼び名を……そもそもなんでお主くらいの歳の者に(ワタシ)が見えて……」


 反応が芳しくなくて不安の影が心臓を握り締める感覚に襲われるが、お絹姉ちゃんと呼ばれた少女はジッと朽無博人の顔を覗き込んで百面相を為した後に瞳を潤ませた。


「いや、いや覚えがあるぞ。その顔。傷は無いがその目つき。


 博人君か? 博人君なのか? 襲われたと聞いてから死んでしもうたとばっかり……。


 近こう寄れ。もっと顔を見せておくれ」


 少女は壊れ物を扱うような優しい手つきで朽無博人の頬に触れて、少しの間見つめ合って「生きとる」と呟くと。


 顔が赤くなっていって潤んだ瞳から雫がポツリポツリとこぼれ落ちて、そっと朽無博人の頭を撫でたかと思えば抱き寄せた。


「生きとったぁ。博人君が生きとったああ。良かったああああ」


 朽無博人が昔よく聞いた感情豊かな姉貴分の泣き声。


「護れんくって御免なあ。不甲斐ない儂で御免なあ」


 誰かが転んで脚を擦りむいたとき、怪我した人よりも泣くような人だった。


 そう思い出しながら。朽無博人は携帯端末から聞こえる『何してるの-?』と言う声に反応できず。ただ何もかも変わらぬ少女につられて声を震わせるのだった。


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