離陸準備
「そうだ。あたし今から"飛ぶ"んだけど、背中にでも乗ってく? この前は景色とか見られなかっただろ」
「え、はい……?」
烏木から貰ったカカオシガレットの淡い味に気を取られていた雫が視線を烏木に移すと、その視界に上半身裸となり短パンにも手をかけている烏木の姿が映った。
「お゛あ゛あ゛ーーーっ!!?」
屋根の上から、周囲の森に向かって悲鳴とも叫び声ともつかないそれが響き渡る。
「なんだ大声出して、夜だから響くぞ」
烏木はするりと下着まで一緒に脱ぎながら横目で雫の顔を見る。長い黒髪が風になびいた。
「だって、か、烏木さんがこんな所でいきなり、は、裸にぃ……!」
雫は両手で顔を覆っているが、赤面した顔を隠しきれていない。
「今から空を飛ぶってのに、服脱がなきゃ破れて使いもんになんなくなるだろ。いちいち破いちゃ服が何枚あっても足りねえし」
「いや、それはそうかもしれないですけどここ屋根の上ですからね、周りから思い切り丸見えですからねっ!?」
「ここは町の外れも外れだし、見てくる奴なんていねえよ。雫も女の子だし、問題ないだろ?」
「いや……問題あり、ですが……」
月光の下で背中を向ける無駄のないしなやかな筋肉のライン。雫は指の間から、そんな一糸まとわぬ姿の烏木を見たり、見なかったりしている。
「ていうか、なんで雫の方が恥ずかしがってんだ?」
屋根の端に立った烏木は不思議そうな表情を湯気が出そうな雫に向けた。
「は、恥ずかしがってって……、そりゃあは、恥ずかしいに、決まってます……」
消え入りそうな声が漏れる。
「他にそんな顔真っ赤にしてるやついないからあんま分かんねえな……。まあすぐ纏うから、待ってろ」
そう言うと烏木の身体に影が落ち始めた……ように雫には見えた。しかしそれは影ではない。それは、黒い羽毛。
首から下、全てがきめ細やかな羽毛に覆われていく。指先まで黒く染まった腕を横に広げると同時に手が、腕が、膨張を始める。骨格が変わっている。植物の成長を早送りで見ているかのように、黒い鴉の風切羽が生え揃っていく。身体を覆う羽毛は密度を増しながら革のような質感へ変質しながらその身を覆っていく。肌から独立し丈となって伸びていくその"黒いコート"の腰部からは装飾かのような大きい尾羽が生え、コートの下では足が細く硬質化し、鱗に覆われながら怪鳥のようなそれへと変質していた。
雫はいつの間にか顔から手を離し、その光景をじっと見つめていた。
ばさ、と夜風を切り裂くように巨大な翼をはためかせた烏木は身体を屈めながら雫に投げかける。
「ほら、乗れよ。あたしの背中に乗れるなんて経験が出来るやつは今、世界で雫だけだぜ?」




