選ぶがいい
「そんな感じで現在に至る」
「なんと、着衣からして一般人ではないと思っていたが、姫君であったか」
少女の話を聞き、リビングアーマーは驚きを顕にする。しかし、言葉とは裏腹にさほど驚いたという雰囲気ではない。無機質な鎧故感情の起伏が読み取りにくいのだろうか。
「姫君は辞めてくれ、魔物とは言えそう呼ばれるとむず痒い」
少女は少し身をくねらせ、頬を少し染める。姫と呼ぼれることにあまり慣れていない、と言うよりも初対面の相手に言われるのに歯痒さを感じているようだ。
「ならば、なんと呼べばいい?」
「私には……」
何かを言いかけていた少女が突然口を紡ぐ。
(待て待て待て、何故私はこうもすんなりと身の上話をしているのだ!それに今、私は自分の名を明かそうとしていた。それは余りにも軽率だ。今は大人しいが、この迷宮の魔物が突然襲ってこないという保証はない。それに、この魔物がオルキスオルのテイマーに使役された魔物の可能性もある。ここは慎重に行くべきだ)
少女はリビングアーマーを警戒する。既に王女という立場を晒している時点で手遅れの気もするが。
「どうかしたのかね?」
「いや、何でもない。私はアルトメリア、アリアとでも呼んでくれ」
少女改めアリアの名を聞き、リビングアーマーは首を傾げる。しかし、すぐに何か納得したように頷く。
「アリア殿だな。よろしく頼む」
「それで、私は君を何と呼べばいいんだ」
「・・・・・」
リビングアーマーは悩んでいた。これまでは鎧として生きてきたために、名前など必要としていなかった。呼ばれる時は『鎧』と呼ばれていたので、名を名乗ることなど考えつかなかったのだ。
これからは魔物とは言え生物(?)として生きていくには、名前が無いと不便なことも多いだろう。よって、これからは名前が必要になる場面が少なからずあるだろう。それが今である。
「ふむ……さし当たってはアルマトゥーラと名乗っておこう。長いのでトゥーラと呼ぶとよい」
アルマトゥーラとは、かつて滅んだ文明の言葉ー現在では古代語と呼ばれるーで鎧を意味する。捻りが何も無いのは、自分を表すのに分かりやすい言葉をチョイスした結果である。
「トゥーラか。それで、貴様の狙いは一体なんだ。私を助けて、何を望んでいる」
アリアはトゥーラを睨みつける。とは言え、トゥーラにとっては幼子に睨まれている程度に等しい。
「言ったであろう。私は元鎧
だ。それなら、人を助けるのは当然の帰結ではないかね」
「ぬぅ……確かに……」
トゥーラの堂々とした物言いに、アリアはたじろいた。これが中級以上の先導者であれば、人を欺く方弁でないかと疑う所である。
(王女にしては少々浅慮過ぎるきらいがあるな)
トゥーラは内心で溜息を吐いた。首を軽く振り、本来の目的に移る。
「では、お近付きの印と言うほどではないが、これを贈ろう。軽症ではあるが怪我をしているようだからな、ちょうど良い代物であろう」
トゥーラは先程作ったポーションを差し出す。アリアはそれを恐る恐る受け取ると、ビーカーを回してみたり、匂いを嗅いでみたりと警戒を隠しもしない。
「そう警戒しなくとも、ただのポーションである」
「む、そうか」
そうは言われても警戒するのは必定である。アリアは口を付けることなく、ただジッとポーションを睨みつける。
「ええい儘よ!!」
しかし、ただ睨みつけていても結果わ変わらないと思い、意を決して一気に煽る。ポーションを飲み干すと、アリアの身体を淡い光が多い、瞬く間に傷を癒す。
「これはもしや、疲労回復ポーションか!?」
アリアは自身の傷が癒されただけでなく、蓄積された疲労が消えた事を悟る。
疲労回復ポーションとは
骨折程度の傷を癒すポーション。同時に体に蓄積された疲労も消してくれる。荒野に生息する魔物の核を使っているため、市井に出回ることは稀である。作成難易度:B+
「見様見真似で作ってみたが、上手くいったようだな。では、そろそろ行くとしよう」
「は?……え?」
アリアはトゥーラがこれを作ったという事に一瞬思考が停止する。そんな状態であったため、トゥーラが続けた言葉の意味を理解出来なかった。
「君の護衛だが、まだ生きている可能性がある」
「ほ…本当か!?」
トゥーラの言葉に、アリアは思わず立ち上がる。
「本当にアイツらが生きているのか!?」
アリアはトゥーラに掴みかかる。そのまま肩をガタガタと揺する。
「落ち着きたまえ」
アリアの肩を掴むと、無理やり座らせる。アリアは、何とか立ち上がろうとするが、ビクともしない。
「落ち着きたまえ。あくまで可能性の話である。それも、運が良くて1人生き残っているかもしれない程度のものだ」
「その可能性があるなら、一刻も早く助けなくては!」
アリアは何としてでも助けに行く気のようで、必死に力を込めトゥーラの拘束から逃れようとする。例えそれが無駄だとわかっていても、抗い続ける。
「なればこそ、一度落ち着きたまえ。そのような格好で出ていったところで、何も出来づに死ぬだけだと思うがね」
「うぐ」
逸る気持ちはあるにせよ、トゥーラの言葉を正論として受け止める思考はあるらしく、アリアはその一言で抵抗を辞める。
しかし、ここでトゥーラが彼女の方から手を離せば、脱兎のごとくミノタウロスの群れに突っ込んでいくだろう。
「幸いな事に此処はダンジョンの隠し宝物庫だ。装備品なら彼処の宝箱に入っている。それを身につける時間くらいはあるだろう」
そう言われ良く見れば、壁際に金貨や銀貨が山のように積まれたものが幾つかある。トゥーラが目線を向けた場所、最初にトゥーラが腰掛けていた台座のようなものの隣には、宝箱が置いてある。
極限状態であったとはいえ、今の今までその事に気付かなかったアリアは、若干の目眩を覚えるのだった。
「さて、このまま無謀な突貫を敢行するかね?それとも装備を整え万全を期すかね?」
そんな事は聞かれるまでもない事だろう。彼女とて最善の手段があるのに、それを切り捨てるような馬鹿ではない。
「………貴様の言う通りだな。装備を整え救助に向かおう」
アリアは少し考える素振りを見せると、何かを吐き出すように息を吐き、トゥーラの目を見てそう言った。
トゥーラはアリアの瞳を真っ直ぐ見つめ、一つ頷くと彼女から手を離す。
「では、選ぶがいい。ここにあるのはアーティファクトにも劣らぬ逸品ばかり、その中から自分に合う装備を自ら見定めるとよい」
アリアを奥にある宝箱に誘導するように手を掲げる。それに従う様にアリアは宝箱の一つへと近づくと、ゆっくりとその蓋を開けた。
「っ!これは!?」
宝箱の中に入っていたのは、黒い鉄板とそれを繋ぐ革紐、俗にいうビキニアーマーであった。
「「・・・・・」」
宝物庫内に沈黙が訪れた。
ちょこちょこと更新してる間に2回もデータがぶっ飛ぶ事故に遭遇、バックアップの重要性を再確認しました。次はもう少し早く更新できればな〜と思います。
次回更新:三月中ないし四月頭を目標