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マトリョーシカな俺

作者: 冬月佐韋

ノリと勢いで書きました。

 わたしってば、乙女ゲーの世界に転生しちゃいました――但しモブとして!

 でも、この『大地の御子』は元々すごく好きなゲームだし、それにモブと言っても、わたしの役割はヒロインである巫女姫・フェイの侍女のエリスリーナ。俗世に汚されてない、その分ちょっとボケたところのある我らが巫女姫は、ユーザーからすごく愛されている。巫女姫エンドマジでくれ。

 だから! わたしも頑張っちゃうよ! 巫女姫可愛いし! ルートによってはひどい目にも遭うけど――

 ……エリスリーナは、巫女姫の苦難に巻き込まれながらも、ちゃっかり危険を回避してるし。

 巫女姫の近くでイケメンも拝めるしね! ひゃっほう!


 ……とか何とか冒頭で宣っていた小説の主人公は、後で自分の浅慮を後悔していたが。

 俺の後悔は――強いて言うなら、野球部の邪魔になったことか。今年は甲子園も狙えるほどだったのに、たまたまかっ飛ばした特大ホームランボールがこんなおっさんにぶつかって、しかも当たり所が悪くて、本当に、ごめんなさい。

 俺の後悔はまだある。

 たまたまその時、生徒から没収した少女小説を読んでいたことだ‼

 授業中にこっそり読んでたところを取り上げたから、少なくともあのクラスの奴等は、俺の私物ではないことは理解するだろうが……だとしても、三十路過ぎたおっさんが少女小説を読んでたなんて言われちゃあ、外聞が悪い。

 それに頭に衝撃を受ける直前までその小説を読んでいたせい、だろうか――


「そー言う真似は戴けませんねぇ、お坊っちゃま」

「何者だ、無礼者!」

 無駄にきらきらした赤毛のイケメンに睨まれる俺は、その蒼く鋭い眼光に肩を竦めた。

 国王の従弟に当たる、キリル・ヴァ・レドス侯爵――の嫡男であらせられるこの赤毛イケメンのロイス坊っちゃんは、腰の剣に手をかけて、今にも俺に斬りかからんばかり。怖っ。

 対する俺は完全な丸腰だ。いや、懐やら隠しポケットやらに護身用の薬物は入っているが、こんな所では使えない。

 ロイスに薬瓶をぶつけたら確実にとばっちりを受けるお姫様は、だが俺が考えている一瞬の隙に、侍女によって遠ざけられていた。

 ナイスだ、恵比寿(えびす)莉奈(りな)――いや、ここではエリスリーナだな。

 白を貴重とした裾の長い侍女服は、現代日本がイメージするメイドとは趣が異なるが、まあ、悪くない。

 小柄な17歳――もとい、ゲームの設定では21歳の童顔巨乳侍女は、背後に巫女姫を庇いながら次期侯爵を睨み付ける。

「無礼はそちらですわ、ロイス様! この地母神の神殿で――し、しかもあろうことか、女神の娘たる巫女姫様を、ご自分の、こ、後宮に加えようだなんて!」

 泣きそうだ。噛み噛みだ。可愛い。

 この世界では神聖な存在である巫女姫様――を口説こうとしている点は、俺としてはどうでもいい。どうでもいいっちゃいいんだが、その設定がなくても、ロイス、お前のしようとしていることは、俺もさすがにどうかと思うぞ。

 エリスリーナの背後で堅い表情を見せるのが、つまり巫女姫のフェイ。床まで届く黒髪は、だが肩に触れる辺りから茶色みを帯びる。その後もどんどん色が抜けて、膝から下なんて完全に金髪だ。

 白い薄衣はいかにもファンタジー世界の巫女っぽいし、華奢な体型もそれっぽい。だがちょっと教師っぽいことを言わせて貰えば、ちゃんと飯食ってるか? である。成長期の過度なダイエットは歳取ってからツケが回って来るからな。蛋白質はちゃんと摂れ。

 琥珀色の冷めた視線をロイスに突き刺すその顔は――美人と言えば美人だが、俺の教え子達よりも幼いもの。

 ……14歳じゃしょーがねぇや。

 だがその14歳を口説こうとしているこのイケメンは、確かエリスリーナと同い年。

 犯罪だろ⁉

 だが俺が読んだあの小説によると、ロイスは攻略キャラの一人なのだそうだ。つまり巫女姫の行動如何によっては、「俺様だけど巫女姫しか目に入らない溺愛キャラ」になるのだそうだ。

 それでいいのか、乙女達。


 なんてツッコんでいる俺は、この世界の住人じゃない――少なくとも、俺の主観では。

 だが今のやり取りは、あの小説で主人公のエリスリーナ=恵比寿莉奈が遭遇した、ゲームの一場面と同じ。

 そして小説に書かれていたゲームのシナリオ同様、巫女姫からも退室を求められたロイスは、捨て台詞を吐いて去って行った。

 更に続くシーンも、俺は予測出来ている。

 安堵の吐息を漏らす恵比寿莉奈は、エリスリーナがゲームの中でしたように、巫女姫を気遣う。

 続いて俺を見て、こう言うのだ。

「助かりました、マトリ先生」

 だから俺も、こう返す。

「神殿内でのごたごたはごめんですよ」

 小説で出て来たゲームキャラ、マトリ医師の台詞。

 どうやらホームランボールでぶっ飛んだ俺の意識は、自分をマトリ医師に置き換えた空想世界を形成したようだ。いや、作中ゲームの世界に転生した、ってのは認めないから。臨死体験中の夢が少女小説ってのも情けないが、そっちのがマシな気がする。

 だってなぁ――もし仮に俺が本当にゲーム世界に転生した、なんてなってみろ。


 きゃー! マトリ先生、素敵ー!

 物憂げな紫の瞳も軽く銀髪をかき揚げるその仕草も、大人の色気に満ち満ちてるわ……あああもうっ、この隠しキャラめ!

 神殿付きの医者であるマトリ先生は、最初にいる攻略キャラ4人のラブエンドをすべて見ないと攻略ルートが現れない。ようやくルートが開いても、のらりくらりと逃げて焦らして、なかなかいい雰囲気にさせてくれないのだ。

 だがラブエンドのクライマックスでは、敵地に捕らえられていた巫女姫を抱き締めて「無事で良かった……」と、これまでの素っ気なさが嘘のような情熱的な瞳で愛を打ち明ける。決壊したダムって言うのかな、色々我慢してきた諸々を愛の囁きとキスの雨に変えて――ヤバい思い出すだけで鼻血が。

 バッドエンドもバッドエンドで、敵地から救い出したはずの巫女姫を、今度は自分が閉じ込めてしまう。

「女神の娘? はッ、あるわけないっしょ、生物学的に。どうせあの国にはもう巫女姫の居場所なんてないんだし、これからは一人の人間として――俺の女として暮らせばいい」

 はい、よろしくお願いします。

 一人の人間として、なんて言ってる割には巫女姫の人格無視してないか、ってツッコミもあるけれど。

 その執着は、逆にご褒美! マトリ先生になら飼われたい‼


 ……だったかな、確か。

 あの色好み権力指向のロイスじゃあるまいし、俺は14歳に手を出すつもりはない。

 逆に14歳から攻略されるのだって、真っ平だ。

 だからここは、ゲームの世界じゃない。

 俺は攻略キャラじゃない! こんなロリぃ巫女姫とは、絶対に妙なことにはならない!

 ……しかし童顔巨乳のエリスリーナは嫌いじゃない。

 嫌いじゃないが――中身が17歳の女子高生、しかも二次メンに鼻血を出すようなタイプとなると、話は変わってくる。

 だからここは、小説の世界でもない。

 いつか覚める夢だ。

 こんな夢になってしまった点、遺憾の意を表するしかないが――目が覚めてから更なる自己嫌悪に陥らないよう、無駄なフラグは立てないでおく。巫女姫エンドも侍女エンドも要らん。

 つまらんか? だがそれが俺だ。

小説の中のゲームの中、と言う入子細工のような設定ゆえのタイトルでしたが……解りにくいですね。

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