34:「もう一人の私」
その子はある日、疑問に思った。
どうして私は生まれてきたのだろう。だから、その子は知っている限りの言葉で問いかけた。
どうして、私はここにいるの?
それを聞くと、母は困ったように答えた。
私がここに連れてきたからよ?
私は、質問の趣旨がずれていることには触れず、納得したような振る舞いをしていた。
私はまだ幼く、この疑問を人に伝える術が無いのだと、自分自身に納得させるように決心をしていた。
早く大人になりたい、と。この日から、その子の記憶は続いている。
私は、食事をしながら当然のように聞いていた。
「高瀬さん、帰ったら映画見に行きましょう!」
「え? いや、俺は……良いかなぁ。せっかくの感動が薄れるかもしれないし……」
私は、それを聞いて笑顔を作った。
「……そうですか」そして、そうですよね、と肯定的な言葉を並べ、本当は私が一緒に行きたかったことと、帰ったら確実に行こうと思っていたこととが両立できなかったことに、密かに落胆しながら、それを悟られないようにと、私は笑顔を見せて話題を変えていた。
「そういえば、……!」
食事から帰ってきた次の日の9/1は、映画のファーストデイなるものだった、とインターネットを通して私は知った。絶対に映画に行きたいと思っていた私は、前日に映画館のオススメ場所、その理由、交通の利便性、公開時間と、その日の天気などを調べている途中での情報だった。息を飲んだ。こんな金額で映画を見られるなんて、これは高瀬さんに連絡をするしか! と、携帯を手に取った時点で頭をよぎったあの言葉。「俺はいいかな」そこで、私の手は止まり、少し考え、携帯を置いた。
もう、誘っていたではないかと、私は自分に言い聞かせる。
そういえば、一緒に行きやすい映画を調べていた自分にも私は気がついた。
そして、ため息をついて、笑う。映画館なら、もっと近くで良いところがあるのにと、それでも一緒に行こうとしている自分自身の無意識の感情に気が付き、そんな自分に少し同情のようなものを抱いていたのだった。
それを振り切り、私は映画館に行く準備を始めた。誰かと一緒に行きたかったなと、私は心中を一人打ち明けていた。
次の日の夜、高瀬さんから電話がかかってきた。
「映画、見に行かない?」
私の中は、一緒に行きたかった感情と、それを諦めた時の失望感に、もう一度誘おうとしていた自分自身がそれを躊躇してしまった後悔に、一人でもう行ってしまった罪悪感に似たものが一気に押し寄せ、そして戸惑った。一瞬の無言。これ以上待たせてしまったら、相手を不安にさせてしまうかもしれないし、なにかあったのかと疑われてしまうかもしれない。だから私は、電話越しに言った。
「良いですね」それが、相手を傷つけない最良の選択だと、その先の会話を予測をして私は呟いていた。「私も、行きたいとちょうど思っていたところでした」
「でしょ? えーとなんて言ったかな、今日行くと、なんか映画が……」
「ファーストデイですね。毎月月初め、映画館の上映料が安くなるもの、ですよね。」
「そうそう、それそれ。本当に……」と、高瀬さんは、私の名前を呼び、続けた。
「なんでも知っているんだな」
私は携帯越しに、返した。
「いえいえ、偶然ですよ。」これで、良いのだと私は自分に言い聞かせる。こうやって、思ったことと言うことが異なるのが大人になることなのだろうかと、私は私自身に返ってこない質問を投げかけていた。
後日、私はほかの面白そうな映画を見に行きたいと思い、高瀬さんを誘った。
映画を見ながら、やっぱり一人で行くのは少し寂しいや、とか、誰かと行くから何か変わるわけでもないのだけど、と私は一人言い訳をする。
そして映画を見終えて、隣の高瀬さんに言う。
「面白かったですね!」
「だな、予想以上だった」
その感想に私は、上機嫌になり、笑顔をつくる。たぶんきっと、これは嘘じゃないだろう。あんなに面白かったんだ。私だって引き込まれた。別に私がたくさん映画を見ているような人でもないのだけど、面白かった。面白かったといえる。……そう、面白かったと言える。お互いのそれぞれの感想を確かめ合える、たったそれだけで、……。
となりを歩く気配に向かって、私は安心して、心の中で確かめたのだった。
今日一日が、とても有意義なものだったのだ、と。
//おまけ的あとがき2「作品公開の経緯」
ある音楽家の人が言っていました。偉大な作曲家の人というのは、数えきれないほどの曲を書いていて、死後にその人が作った曲を整理する人がいるのだと。そういう人というのは、本当に一生をかけて番号を振っていったりだとか、もしくは何人かで分担したり、下手すると何世代かにわたって整理したりするのだと。
そして言われたことは、そういう人はすごい有名になれたから整理してくれる人がいるのだけれど、有名じゃなければ、誰も整理をしてくれず、気が付けば永久に日の目もあたらずに消失してしまうのだということ。
そして、それから、毎日一作品ずつ公開していこうと決めたのですが、それがなかなか自分自身書いた作品がどこにどれだけあるのか把握しきれていない現状……。死んでもいないのに、すでに消失しかけているものもいくつかある始末。そういう意味で、この場所に作品をあげられ、あわよくば人に読んでいただき、何かしら心に残るもの、高望みするならば琴線に触れるものがあればいいのかな、というスタンスで日々少しづつ作品を書いてあげております。
ちなみに、この場所にこういう作品をあげるということは、どういうことなのかも重々承知です。ジャンプにマガジンの漫画を載せるようなこと、剣道の選手がフェンシングの試合に出るようなこと、……つまりは、場違いだということなのですが、それでも作品が多くの人の目に触れられ、読んでいただければ幸いです。欲をいうなれば、評価やコメントを書いていただければと、すごく喜びます。すごく頑張ります。大切ですよね、そういう気持ちの燃料。
長くなり脱線もしましたが、これからもいろいろな作品を書いていきます。もし、それぞれの作品を最後まで読んでいただいた人がいるならば、心から感謝します。読んでいただき、本当にありがとうございます! 毎回毎回はなかなか書けませんが、機会があるごとに一人一人に直接でもお伝えしたい気持ちです。
まだまだ未熟者ですが、これからも末永く作品たちと付き合っていただければ幸いです。(2016.10.26自宅の机にて)