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浮遊世界のホワイトノート  作者: 久保日
8/8

最初は勢いで、後も勢いで

 どたどたと踏み込んでくるチンピラ達を見て、ふと気付いた事がある。

 人間は世界が変わった程度では、大した差はないらしい。

 日本では使い込んだ雑巾か、それとも中世の山賊のコスプレか。

 荒縄をベルト代わりにした小汚ない男達からは、暴力の臭いと風呂に入ってない体臭が漂っていた。

 ファッションとしての髭ではなく、手入れ一つしない粗暴な自分を見せるための"ファッション"としての髭を生やした彼らは、意外な程に非個性的だ。

 勿論、チンピラという枠の外から見れば個性的というか珍妙というか、そういうものだろうけれど、枠の中だけを見れば画一的とは言わないまでも、大した差はありやしない。

 纏う空気だってそうだ。

 確かに彼らは暴力に慣れているのだろう。

 ただそれは数を頼んでの、自分より弱い相手に振るう暴力でしかない。

 店内にまで踏み込んできたチンピラの数は四人、その誰もが後ろから入ってくる仲間のために場所を空ける事しか考えていなかった。

 そりゃあそうだ。囲んで殴るのは楽だろう。

 そういう動きをしたいなら、こうするべきだという動き方だ。

 しかし、


「舐め腐るなら、こっちを見てからにしようぜ」


「なっ!?」


 入口に飛び込もうとしていた五人目の懐へと、俺は潜り込んだ。

 スキルを使うどころか、腰の物に手を伸ばしもしないチンピラの急所は上から下までがら空きで、どこも狙い放題のボーナスステージ。

 まぁ身長的に一番打ちやすい所にしておこう、下半身とか。

 入口は人一人が入るのがやっとのスペース、つまり店内に入るには股間を抑えて踞る男を何とかしなければならない。

 振り返ってみれば、まだ何が起きたのかわからずきょろきょろしている奴やら、まだ何も気付いていない奴もいて、何とも言えないくらいにただのチンピラでしかなかった。

 まぁ宮本武蔵でもあるまいし、普段から気を張っていられるような人間はなかなかいない。

 のんびり風呂にも入りたいし、飯はゆっくり食べたいのが人間だ。

 とはいえ、もう少し気合いを入れてきて欲しいものである。

 仕事は真面目にするべきだ、それが暴力であっても。

 身体を振り回しながら店の中を駆け回っている中で視界に入ったサマは、空中でぷかぷかと浮かびながら、何やらニヤニヤと笑っていた。

 手伝う気なんて、これっぽっちもないツラはわかってはいても腹が立つ。

 まぁ手伝われる事もないんだが。


「卑怯だぞ、てめえ!」


 入口で踞っていたチンピラをどかした男の目には、恐らく股間を抑えて踞る仲間の姿が映っている事だろう。


「お前もこうなる」


「お前にゃ人の心はねえのか!?」


 他人の痛みを理解出来ても、人は優しくなれない……なんて悲しい話なのか。


「だが、くたばれ!」


「――――」


 同時に沈んだ数は四人、無駄に固まっているから悪い。

 全員が股間を抑えて踞っているのは、見ているだけで痛みを感じそうな光景だが、まぁ負けたら俺の方がボコボコにされるのだから仕方ない仕方ない。

 残りは三人。

 扇状に並んだ三人の視線が踞る仲間に向かい、そして左右の二人の視線が中央の一人に向かう。

 中央の男はと言えば、他の連中がチンケなナイフや鉈程度なのに対して一人だけまともな鉄剣を腰からぶら下げている。

 が、抜けなればどんな武器だろうと意味はない。


「っ」


 ひゅっ、と反射的に息を吸い込んだ音と共に、リーダーらしき男は崩れ落ちた。

 抜けなければどんな武器だろうと意味はないし、男の弱点を打てば大体は崩れる。


「さて、兄さん」


「……!?」


 脂汗を流し、言葉の出てこないリーダーに俺はにっこりと笑いかけてやった。

 どっちが上で、どっちが下か。はっきりとわかるように。


「ちょいとアーマラさんとやらのとこ、連れて行ってもらえるかね?」





「こ、ここだ。アーマラさんに失礼な口聞くんじゃねえぞ……」


「あ?」


「ひっ!?」


「イセ!イセ!これが躾ってやつね、私知ってるわ!」


「躾じゃありません、友達の作り方です。な?」


「ひぇっ……も、勿論です」


「ほらな?」


 それはともかくチンピラ達に案内されて来たのは……なんだろう、周りの基準からすれば多少マシな程度な建物だった。

 スイングドアの入口は多少は広いが、二人並んでは入れはしない程度か。

 日本で言えば廃墟よりはマシな雑居ビルと言った感じで、異世界情緒が感じられない。


「とりあえずお邪魔しまーす、と」


 スイングドアを勢いよく開いて中に入れば、アルコールと男達の体臭が混ざり合い何ともひどい臭いだ。

 内装は何とも乱雑で、床には酒瓶やら緑色の肉の欠片やらが落ちており、穴の空いたソファーでごろごろしている男が一人。

 酒に濁った目でこちらを見ると、のんきに話しかけてきた。


「なんだ、お前ら。早かったじゃねえか」


「アーマラさんいます?」


「ん?ああ、二階に――っ!?」


「ありがとさん」


「どうしてそこまで執拗にそこを狙うんだ、あんたは!?」


「いや、特に理由とかないんだけど」


 単純に狙いやすい高さにあるだけだ。

 同じ程度の身長が向かい合って股間を狙うなら、どうしても蹴りでも入れなければ難しいが、簡単に狙える高さに一撃必殺スポットがあるなら狙わなければ逆に失礼な気がする。

 なら、やるしかないという話だ。


「じゃあ、俺はアーマラさんに用があるから、お前らはここで待ってろよ」


「私は行くわよ!」


 割とどこも間取り自体は変わらないのか、奥にあった階段へと歩を進める。

 階段は狭く、埃っぽい。


「ところでイセ」


「なんだよ」


「そういえば聞いてなかったけど、ここには何しに来たの?」


「何ってそりゃ」


 ……なんだろう。

 ノリで流されるようにしてやって来たが、俺は一体ここに何をし来たのだろうか。

 チンピラどもに恨みがあるわけでもないし、俺自体もどちらかと言えばチンピラ側だ。

 人助け、というのも何か違う。

 街の人々がアーマラさんとやらに迷惑をかけられているからと言って、俺が彼らにほんの僅かでも恩があるわけでもない。

 一宿一飯の恩義でもあれば、何かをする理由になるのだが。


「実際、お前の言う通りだな」


「何が?」


「あれがしたい、これが欲しいが浮かびやしない」


 日本にいた時は、ただ虚しく死にたくはなかった。

 焦燥感にかられるように、色々な事に首を突っ込んで暴れていた。

 なのに、今はそれが驚くほどにない。

 これは不味いと思い、ひょっとしたらこの先に想像した事もないくらいに強い奴と斬り合えるかもしれない、と自分を鼓舞しようとしても、どうにも自分の中で滑っていく。

 異世界にやって来たからと言って、その先にいるのはただの人間だ。

 人間が作った世界に馴染めない人間が、異世界に来たからと言って変われるもんでもなさそうだと思うのは、まだ早いだろうか。

 まぁ深く考えず、とりあえずアーマラさんとやらをボコる方向で考えよう。

 世界は変わっても、先立つ物は必要だ。


「何かこうしよう、とかあるかね」


「神様はよっぽどじゃない限り、ああした方がいい、としか言わないわよ」


「役に立たんなあ」


 燃え尽きたってやつだろうかね。

 あんなにも輝いていた藤原さんとの立ち合いすら、いつか色褪せてしまうんじゃないかと思ってしまうくらいに心が動かない。

 

「仕方ないなぁ、イセは。私が一ついい事、教えてあげる」


「なんだよ」


「えっとね……ちょっと待ちなさい!」


 何一つ頭の中でまとまらない内に、短い階段はあっという間に終わってしまった。

 登り終えた先は一階とは明らかに雰囲気が違う。

 印象としては執務室、と言った様子か。

 ただ部屋の隅で重なっているのは、紙ではなく木簡……とも違う質感をした何かだ。

 教科書で見た木簡に似ているから、暫定的に木簡っぽい物と呼んでおこう。


「ん、なんだい、君は?」


「あ、どうも」


 サマが言葉を続ける前に、木簡っぽい物の山の間から顔を出したのは、今の俺の肉体年齢と大して変わらなそうな少年だった。

 細い肩口まで伸びた漫画のように真っ白な髪はぼさぼさで、如何にも神経質そうな顔付きをしている。

 恐らく中学生に入りたてくらいの年齢なのに、ひどく疲れ切った雰囲気を醸し出していた。


「あー、アーマラさんいる?ちょっと用があるんだけど」


「僕だが?どこから入って来たんだ、君は」


 ……子供をボコボコにして、カツアゲするのはなー。さすがにどうかなー……。


「そう、思い付いたわ、イセ!きちんと拝聴しなさい!」


「一体、僕に何の用かね?」


「あー……」


 どうしよう、今から帰ってもいいかな。

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