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浮遊世界のホワイトノート  作者: 久保日
6/8

この展開、なろうで見た

「イセ!イセ!ここが街なのね!」


 浮遊都市に降り立ったサマは、何が楽しいのか弾んだ声を上げた。


「街……街なんだろうなあ」


 みっしりと詰まった建物だけを見れば、街と言っても問題はないはずだ。

 しかし人通りが、ほとんどなかった。

 空を飛んでいた関係上、どうしても人の目から隠れる事は出来ない。

 警備をしていた兵隊をサマが吹き飛ばしてしまった以上、俺達は追われる身になっているだろうから、なるべく目立たないようにと色々考えていたのだが、その全てが無駄になるくらいには人がいなかった。

 建物に備え付けられた観音開きの木で出来た窓は、どこも固く閉じられていて、中に人の気配があるのかないのかすらわからない。

 丸一日動き回っていた身としては、そろそろ何か食べないと不味い気がしてきたのだけど、飲食店どころか食料を売っている店すら見付からないでいる。

 建物自体も激しく壊れているわけではないが、あちこちに痛んでいる様子がいて、地方都市の潰れた商店街を思い出す光景だ。

 大きなチェーン店が出来て、そっちに吸い取られたあれだ。

 結局の所、義理やら人情やらよりも、人間は楽で便利な方を選ぶといういい見本である。

 かと言って義理人情に縋って何の営業努力もしません、というのもどうかと思うが。

 それはともかく、


「まぁ少し歩いてみるか」


「そうね、ウィンドウショッピングね!」


「店も金もないけどな」


 財布はあるけど、まさか日本銀行券が使えるはずもないだろう。

 どこに行くというアテもない俺は、ふらふらと飛び始めたサマの後を追うようにして二、三人がすれ違うのがやっとな狭苦しい道を適当に歩き始めた。

 剥き出しの尻が目の前をふらふらしているけど、肝心な部分は長い髪に覆われて見えない。

 ……いやまぁ、若い男の性だという事で、ついつい目で追ってしまうのは仕方ないだろう、誰に言い訳してるのか知らんが。


「いっそ山にでも飛ばされた方がマシだったな……」


 街中だと金が無くても食事にありつく方法が、ほとんどない。

 山なら給料日前に鳥を捕まえたりして食ってたりしてたから、少しは慣れてるんだけど。

 開いてる店があれば、必死に土下座して一食くらい何とかならないだろうか。


「ロハス?」


「なんでそんな言葉は知ってるんだよ」


「さあ?」


 小首を傾げるサマは、如何にもあほっぽくて表情が幼気だ。

 サイズ自体は小さいけど、スタイルの比率はとても……認めるのは本当に癪だが、スタイルだけはとてもいい。

 そのくせ空中でくるくる回っていても、肝心な所は髪に隠れたり、光が射し込んだりして見えないんだが。

 神様パワーか、これ。

 この短い付き合いでわかったサマはあまりにもガキっぽくて、"そういう"対象として見るのは妙な罪悪感を抱いてしまう。

 好き勝手されて、ひどい目に合わされているのに、どうも怒りが続かないのはその辺りもある気がした。

 大人の悪意ならともかく、ガキの悪戯に真剣に怒るのはなかなか厳しい。

 やられている事は、ガキの悪戯ってレベルじゃないが。

 異世界か。


「こういう時、あれだよな」


「どれかしら」


「異世界に辿り着いた主人公がうろうろしてると、悲鳴が聞こえてきて」


「私、知ってるわ!ヒロインが山賊に襲われてるのね!」


「きゃぁぁぁ!」


「マジかよ」


「やったわね、イセ!お約束ってやつね!」


「何がやったんだ、何が」


 しかし、これはチャンスだ。


「助けて恩売って、飯だ!」


「やり口が一周回って無個性ね!」


「なんだよ、被害者を倒せばいいのか」


 個性を求め過ぎて、迷走しても仕方ない。

 これまでやられていない事は、大抵やらない理由があるのだ。

 

「わけのわからない事言ってないで、早くしなさい!」


「あいよ」


 足場の石畳も修繕がされておらず、踏めばがたつく所や大きな穴になっている所も見える。 

 下手なはまり方をすれば、足くらい簡単に折りそうだ。

 あちこちに気を配りながら、俺は先行するサマの後を着いていく。

 ふわふわとしているくせに迷いなく進むサマは、やたらすばしっこくて走らないと置いていかれてしまう。


「いたぁ!」


「なんだ、てめえら!?」


 曲がり角の先は、むしろお約束と言ってもいい光景だった。

 尻餅を着いた幼い幼女と、震える身体のまま幼女の前に立つ少年。

 そして、子供二人を囲む如何にもチンピラといった風体の男が三人だ。

 チンピラどもは、子供達にちんけなナイフを抜いて脅していた。


「行きなさい、イセ!我が威光を示すのよ!」


「お前がやるわけじゃないんだ……」


 あれだけ急いでいたのだから、少しくらい手伝ってくれるのかと思ったけど、そんな気配はこれっぽっちもなかった。

 すれ違い様に横目で見るサマの表情は、子供が映画館にやってきたかのように楽しげだ。


「まぁ、ちょっと派手にやってみるかね」


 街を駆け抜けた勢いそのままに、俺はひょいっと石畳を蹴りつける。

 方向は何やら喚いてるチンピラども、ではない。向かう先は、建物の壁だ。


「おお」


 妙に嬉しげなサマの声、壁を足裏で叩くようにして一歩、二歩、三歩。

 誰かが走ってきて攻撃してくれば反射的に迎撃に動けるが、人間という奴は想像の範囲外にはなかなか動けない物だ。

 そういう意味では壁走りは一発芸としては、なかなか上等な部類に入る。

 手にしたナイフをどう振るか、それとも下がるべきか、という迷いが同時に生まれ、チンピラ達にその結論を出す余地を与えるつもりはない。

 四歩目を強く踏み込み、壁からチンピラ達の間に飛び込む。


「ひっ」


 背負いから刀を抜くのは馴れないが、それでもチンピラ風情に見切られる気はまったくしない。

 一振り目でチンピラの顎先を打ち、二振り目でもう一人の足を掬い、堅い石畳に頭を打ち付けさせる。


「峰打ちだ」


「言ってみたかったのか!」


 うるせえ、と思いつつ、俺は残った一人に向き直った。

 正直、ちょっと言ってみたかったんだ。

 残った一人の表情には怯えが浮かび、右手に握ったナイフに更に力が籠るのが見える。

 サマは魔法がある、と言っていた。

 出来る事なら、一度きちんと見ておきたい。

 主導権は、与えた。

 チンピラの体幹はブレにブレていて、到底鍛練を感じさせる物ではない。

 しかし、こうしてきちんと立ち向かってみると、何というか奇妙な何かを感じる。

 雑踏でふと目で追ってしまう知らない人のような、そんな何か。

 チンピラは俺を遠くにやりたいとでも言うように、右手に握ったナイフを右から左へと振り回そうと動き出す。

 そこに技術はなく、まるでだだっ子のような反射的な動きでしかない。


「な、なんだ、てめえ!?」


「さっき言ってただろ、それ」


 だから、それはあり得ない動きだった。

 見るべき所のない振り回しが、しゃがみこんだ俺の上を通り過ぎていき、


「双刃!」


 いっそ退屈とも言えるような、ふらふらとブレるナイフの軌道がチンピラの叫びと共に突然、真っ直ぐな綺麗な線を描いて戻ってくる。

 スキルもある感じかね、これは。

 とはいえ、最初から外れている所でどれだけ鋭く振り回された所で、何の意味もない。

 双刃という技名からして、二回攻撃だ。

 いかにも最下級の駆け出しが使いそうなスキルだし、身のこなし自体も見る物がない。

 まぁ見れただけマシか、と思いながら、踏み込んだ俺は膝を深々と男の腹に埋め込んだ。


「おげぇ!?」


 きっちり鳩尾に叩き込めば、子供の力でも意外と何とかなるもので、男はうずくまって胃の中をげろげろと吐き出す。

 

「なあ、兄ちゃん」


「なっ、なんなんだよ、てめえは……」


 そんなチンピラの首筋に刀を突きつけ、顔を上げさせれば誰が見ても明確な怯えが走っている。


「俺が誰か、よりお前のこれからの話をしようや。ちょっと俺の財布が軽くてなあ。貸してくれよ、無期限無利息で」


「お、俺を誰だと思ってやがる……俺らのバックにはアーマラさんが付いてるんだぞ!」


「おう、そんな話はいいから、自分で出すか、寝てから誰かに取られるか選べや」


「くそっ、わかったよ。持っていきやがれ!」


 投げ渡された財布は、巾着のような作りだった。

 中のちゃりちゃりとした感触は、まぁ大した金額ではなさそうだ。

 まぁこんな奴が大金を持っているとは思えないし、一食分くらいになってくれればいいだろう。


「ちくしょう、覚えてやがれ!」


「おう、また金運んできてくれや」


 きちんと、と言うのもおかしいが、男は倒れている仲間達に肩を貸して、よたよたと去っていく。

 感心なチンピラだ。

 最近のチンピラは、その辺りがいけない。

 それとも世界が変わると、チンピラの質も変わるんだろうか。


「さて」


 まぁチンピラの質が変わろうと、どうでもいい話だ。

 それよりも絡んでいたチンピラから助けたのだから、振り返ればきっと感激の涙に浸る少年幼女達がいるに違いない。

 いかにも金は持っていなさそうな風体だが、きっと感謝の気持ちを一食分くらいで表してくれるだろう。


「に、逃げろ、アンナ!」


「ふええええ……腰が抜けて立てないよう」


 大きな目からぼろぼろ涙を流して座り込む幼女と、俺の視界からそんな幼女を少しでも隠そうとする少年の姿があった。


「どういう事だ、おかしい」


「どう見てもチンピラの共食いだったものねえ……」


「颯爽と現れて、颯爽と助けたはずなのに」


「その後がダメだったんじゃない?」 


「あれは礼儀だ」


 これは正々堂々とした勝負の賭け金……!どこも汚なくない金……!

 まぁ金に綺麗も汚いもないと思うが。

 あちこち旅して回っていた時期は、あれが俺の金策の手段だった。


「それはともかく……やっと発見した第一異世界人だ。逃がさんぞ、お前らは……!」


「ふえええええ……」


 何がふええ、だ。幼女じゃなかったら、しばいてるぞ。

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