1-7 療養と顛末
「知らない天井だ…。」
『!! ミズキ様! 気が付かれましたか? お身体の方に異常はありませんか? 腕の傷は教会の癒師が処置して下さっているので、もう痛みはないかと思いますが…。』
……俺はどうやら助かったようだ。運が良かったのか悪かったのか迷うところだが。心配そうにあたりを飛び回るタクトに問題ないと告げ、傷の確認をする。左腕は爪で抉られてかなり悲惨なことになっていたはずだが、特に傷跡もなく綺麗に治っている。軽く腕を動かしてみるが、問題は見受けられない。よほど腕のいい癒師だったのだろう。
『ミズキ様。危険な目に合わせてしまい、大変申し訳ありませんでした。まさか中層にあんな深層の魔獣が出現するとは思わず…。周囲の警戒をミズキ様に任されていたにも関わらずあんな失態を……。』
俺の身体に異常がないことが分かると、不安気な様子から一転して土下座する勢いで謝り始めた。今回の失敗はタクトの忠告を聞かなかった俺に責任があるんだから、そこまでされると心苦しい。
「いや、タクトのせいじゃない。むしろタクトの忠告を聞かずにいた俺の責任だからそんなに謝るなよ。」
『しかし…!! …いえ、申し訳ありません。次回からはこのようなことが起こらないようにいたします。』
さらに言い募ろうとしたタクトを手で制する。
しかし、どうして俺は助かったのか。意識を手放す直前のことを思い出してみると、優しそうな青年の顔が浮かんできた。
「ところで、俺は誰かに助けられたと記憶しているけど、誰だかわかるか?」
『近くにいた冒険者の方でございます。詳しくはわかりませんが、どうやらブラッディウルフを追ってきたようでございました。』
ふむ。ブラッディウルフが手負いだったこととなにか関係があるのか…?奴と出会った場面を詳しく思い出そうとしていたら、部屋の扉が規則正しく叩かれ、お盆を持った人が入ってきた。
「あら~? やっとお気づきになられたんですね。気分はいかがですか??」
「シスターか。問題なさそうだ。」
「それはよかった。治癒で多少は回復しているとはいえ、大量の血液を失っているんです。体調の変化に気をつけて、今日明日位は良く食べて安静にしていてくださいね。」
どうやら思った以上に出血がひどかったらしい。ゆっくりと立ち上がるが軽く眩暈がする。これは貧血だな。なんとかふらつかずに歩くことはできそうだ。
「体調に問題がなければ、一度ギルドに顔を出して下さい。職員の方から話を聞きたいと伺っています。」
「ん。わかった。世話になったようだな、ありがとう。治療の代金だが…。」
「お気になさらずに。もういただいています。詳しい話はギルドでされると思いますよ?」
シスターに再度礼を言って教会を後にする。なぜか治療の代金は支払い済みらしい。なんにせよ、一度ギルドに顔を出すか。体調に気を配りつつ、ゆっくりギルドへと向かう。
■■■
ギルドに入り受付に声をかけると、慌てて奥へと走って行った。…俺は放置か? しばらく受付で待っていると奥からギルドマスターが出てきた。
「ミズキじゃな? 怪我はもういいんかの? 病み上がりで悪いんじゃが、少し話を聞かせてもらいたくてのぅ。こっちじゃよ。」
ギルドマスター自らの案内で奥へと進む。裏庭へ出る手前に2階へと続く階段があり、それを登った脇の部屋へと入っていく。さらっと顛末を聞かされるだけだと思っていたんだが、違うのか?
ギルマスに続いて部屋に入ると、そこにはすでに数人の冒険者が待っていた。おそらく、獣魔の森で俺を助けてくれたパーティなのだろう。あの時の青年も見受けられた。
「待たせたの。適当に座ってくれんか?」
そう言ってギルマスは手近の椅子へと腰掛ける。俺も近くに椅子へと座ると、はからずも相手パーティと向かい合う形になった。なにやら明らかに不機嫌そうな人もいる。
「さて。まずは互いの紹介からかのぅ? こっちは時駆ける風の面々じゃ。深淵にも行けるパーティじゃな。こっちはミズキ君。駆け出しの冒険者というところじゃ。」
「改めて、初めまして。僕は『時駆ける風』リーダーのロンドです。どうやら具合はよさそうだね? よかったよ。」
「あぁ、おかげさまで。」
「ちょっとっ!! 助けてあげたんだからお礼くらい言いなさいよねっ!!」
ロンドさんと言葉を交わしていたら、少し喰い気味に相手側の少女が叫ぶ。入室した時からひとり不機嫌そうにしていた人だ。お礼も何も、まだ話の途中なんだが…。ロンドさんに諌められていたが、こちらを見る目は未だに厳しい。
「それで。そろそろ何故ここに呼ばれたのか、説明してほしいんだが??」
「そう、それよ! なんで依頼達成の受理がされないの!? こっちは殲滅帰りに人命救助までしたって言うのに……。」
俺がギルマスに説明を求めると、先ほどの少女もギルマスに抗議を入れる。そんな姿にリーダーのロンドさんは苦笑し、他のメンバーは呆れ顔だ。少し黙っていられないのかと半目になりながら視線をやると、思いっきり睨まれた。気が強い女って怖い。
「まぁまぁ。少し記録のすり合わせをしようとおもっての。ギルドカードを貸してもらえんか? ほれ、そっちのメンバーも全員分じゃ。」
俺の要求も、少女の抗議も軽く受け流し、ギルマスはカードを回収していく。皆から回収したカードは、部屋の隅に置いてあった水晶板の付いた機械へと次々と嵌めこまれていく。最後の1枚が嵌められたところで、板に光る文字列が表示された。
「これはの、まぁギルドカードに記録されている情報を読み取る機械じゃよ。依頼の不正防止や依頼の重複、犯罪歴などを調べるのに良く使われるので、あまり公にはされとらんがの。…さて、ミズキ君は獣魔の森中層での香草採取の依頼。時駆ける風の面々はブラッディウルフの駆除依頼を受けていたので間違いはないかね?」
森へ入る前に受けていた依頼のため、間違いないと告げる。時駆ける風の面々も、受けた依頼に間違いはなさそうだ。
「そうよ。思っていた以上に群れが大きくなっていたけど、なんとか殲滅を終わらせて帰還途中にこいつが襲われているところに出くわしたから、助けてあげたってわけ。依頼にも、その内容にも何の不備もないでしょう?? な・の・に! なんで達成報告が受理されないの!?」
「……それって獣魔の森の深淵の群れか? 助けてもらったのには感謝するが、その群れ、本当に殲滅したのか? 取り逃がしなく??」
「はあぁっ!? なにこいつあたし達に喧嘩売ってるわけ!? ちゃんと取り逃がしがないように仲間が索敵してるわよっ!」
「……でも、俺が出会ったブラッディウルフは手負いだったぞ。取り巻きのグレイウルフも3匹ほどしか居なかったしな。あそこは中層でも深淵に近い場所だ。帰還途中に俺を見つけたと言っていたな? 当然俺のいた場所から群れの殲滅を行った場所までは近いんだろう?」
「今、なんて? ……ブラッティウルフが手負いだったですって?? 確かにあんたを助けだした時、あいつはかなりの傷を負っていたけど……あれはあんたが付けたんじゃないの?」
それまで散々怒鳴り散らしていたが、ブラッディウルフが手負いだったという事を告げると、怒気を収めて一転真剣な表情となる。しかし、いまいち信じられないのか疑いの目を向けてきた。
まぁ、ポッと出の新人の言う事よりもそれなりに長く組んでいる仲間の事を信用するのは仕方ないか。信用してもらえるかは別として、接敵した際の状況を詳しく説明する。
「取り巻きのグレイウルフを倒して少ししてから奴はこちらに襲いかかってきたんだ。その時にはもう身体のあちこちに赤黒い染みのようなものが付いていた。俺が付けた傷は左目のものだけだ。それも運が良かっただけの事。大体シミターと下級魔術のみで手傷を負わせられたのがびっくりだよ。」
「それは……本当に危ないところだったんだね。間に合ってよかったよ。」
俺の話を聞いてロンドさんがそうぽつりと漏らす。なんか引っかかる言い方だな。まるで俺が襲われているのがわかっていたかのような…?
「……でも、バニィは殲滅完了したって…。そうよね、バニィ?」
「ん? ……あ、あぁ。」
少女は困惑したように魔術師風の男に問う。答える男はいささか歯切れが悪い。なにか隠しているのか?
「ふむ、両者の言い分はわかった。じゃが、嘘をついている者がいるようじゃのぅ? ギルドカードの記録は誤魔化せんと登録時に教えているはずなんじゃが、忘れてしまったかの??」
今まで黙って話を聞いていたギルマスがそう切り出す。その眼光は鋭く魔術師風の男を射抜いている。ギルマスの視線に射抜かれて、魔術師風の男は目に見えて狼狽しだした。
「ちょ…バニィ? ……嘘でしょ? あたし達まで騙してたっていうの?」
「……ゴメン、ローラ。」
「バニィ…? まさか……中層で別個体を発見したんじゃなくて、群れの取り逃がしだったのか!」
顔は青褪め、がっくりとうなだれる男。ローラと呼ばれた少女は茫然と男を見つめ、ロンドさんは男へと詰め寄る。ギルドへの虚偽報告は罰則対象、しかも内容如何では資格はく奪もあり得る重罪だ。
「パーティにも言ってなかったか…。ふむ。今回は取り逃がしで重傷者も出てしまったからのぅ。本来ならパーティ全員資格停止で強制労働なんじゃが……。こ奴の独断と言うことと、人命救助の功績を加味して達成報酬の減額と奉仕活動1週間。というとこが落とし所かのぅ?? もちろんミズキの治療費もお前さん達が支払うようにな。」
「……ギルドマスターの寛大な処分、感謝いたします。ミズキ君も迷惑かけたね。本当にすまなかった。」
ギルマスの采配にロンドさんは深く頭を下げる。途中から当事者である俺が置いてきぼりなんだが。まぁ、治療費を払ってくれるなら俺に文句はない。今回の怪我は俺の判断ミスでもあるしな。
「あっ……。あのっ…そのっ……わっ…悪かったわね。色々と。」
ローラがしどろもどろになりながら俺に謝って来た。……ツンデレかっ!! まぁ、ちゃんと謝ったし水に流そう。気にしていないと告げると、多少の挙動不審は収まったようだ。
「ほっほっ。初々しいのぅ。ほれ、カードじゃ。そこのバニィ以外はもう帰ってもええぞ? ほれ、お前さんはこっちでみっちりお説教じゃ。二度と虚偽報告が出来んように報告の大切さを骨身に染みるまで教え込んでやるわい。」
ギルドカードが返却され、解散となった。バニィと呼ばれた魔術師風の男はギルマスに首根っこを掴まれ、別室へと連れ去られた。冥福を祈ろう。
ふらつきやめまいもだいぶ良くなったことだし、このまま依頼の達成報告をしてしまおう。グレイウルフは……今回はシェイドさんにお願いしようかな。あ、毛皮は売らないでとっておこう。