1-6 油断
先日ランクアップした俺は、クエストボードでEランクの依頼を吟味していた。そろそろ野営込の依頼を受けてみようと思うのだが、なかなか良い依頼が見つからない。Eランクにもなるとパーティ前提の依頼が多いんだよな。ソロの俺には少し悲しい現実だ……。
そろそろ本気でパーティメンバーを探さないと駄目かもしれんな……。
「ん? これは……香草の採取依頼だ。」
諦めてパーティ用へと向かおうとした俺の目に、一枚の依頼書が飛び込んできた。普段薬草採取している場所よりも少し森の奥、中層と呼ばれる場所に自生する香草の採取依頼だ。たしかそこは虫よけの香草の自生地域でもあったはず。この依頼受けよう。
依頼書を剥がし受付へと向かおうとすると、タクトが引きとめる。
『ミズキ様、そこは少し深淵に近すぎではございませんか? 確かにEランクの採取依頼ですが、ここの森は獣魔の森。奥に行けばいくほど強力な魔獣が跋扈する土地でございます。ランクアップされたばかりですし、もう少し街道に近い場所の依頼の方が……。』
「……そうか? 今まで何度か中層に入ってるが、そう強力な魔獣には会わなかったぞ? ハニービーのときもそうだ。それに……この依頼のほかはソロでは無理だ。」
タクトの心配もわからなくはない。香草の自生地域は確かに森の奥に位置するが、中層のしかも辺縁部に近い場所だ。何度か足を踏み入れているし、警戒をしていればそんなに危険はないだろう。
依頼を受理してもらい、ギルドを後にする。森の中層にいくなら早めに出発しないと夜までに帰れなくなる。タクトの忠告は心にとめ、森へと出かけた。
■■■
街道からそれて森に入る。タクトには周囲の警戒を指示し、俺は鑑定スキルを発動させて周知を探知していく。進むたびに薄暗くなっていくなか、周囲を探しているが目的の香草はなかなか見つからない。何度かタクトが魔獣を感知したので、無駄な戦闘は避けて進んでいく。
しばらく進むと、木々がなく、そこだけぽっかりとひらけた場所に出た。中央には小さな泉があり、周囲には目的の香草が群生している。
「ふぅ。やっと見つけた……。タクトは引き続き周囲の警戒を頼む。」
グルカナイフを取り出し、香草の採取を始める。ちょうどいいことに虫よけの香草も少しだが生えていた。二つの香草が混ざらないように別々の小袋へと分けながら採取して行く。もう少しで必要な本数を採取し終えるといったその時……。
ゾクリッ
どこからか“視られている”といった感覚に、肌が粟立つ。すぐに視線が外されたようで、肌が粟立つ感覚は無くなった。周囲を見渡してみるが、視線の主らしき影は見えない。タクトの魔力感知にも何も引っかからないようで、何も言ってこない。
気のせい……か? どこか釈然としないが、先に採取を済ませてしまおう。すぐに必要本数を集め終え、ヒップバックへ収納する。
『ミズキ様! 12時の方向! グレイウルフです!!』
ガサガサガサッ
タクトの声と同時に、森から影が飛び出してきた。くすんだ灰色の毛並みに鋭い爪…グレイウルフだ。
タクトの魔力感知をすり抜けただと!? 慌ててシミターを構えて迎撃の姿勢をとるが、すぐに襲いかかってくるわけではなく、身を低くして唸りながらこちらの様子を窺っている。その姿勢に僅かな疑問を覚えるが、先手をとれるなら好都合だ。
「ツインブレイク!!」
グレイウルフに駆け寄り、アーツを使用する。一撃目は避けられたが、間髪をいれず放たれる二撃目が直撃する。致命傷には至らなかったが、深手は与えられたようだ。悲鳴を上げて後退するグレイウルフにさらに追撃を入れようとした所にタクトの声がかかった。
『ミズキ様! さらに2体追加でやってきています! 下がって下さい! このままでは挟まれてしまいます!!』
寸での所で踏みとどまり、後ろへと下がる。怪我をしたグレイウルフをかばうかのように、新たにやってきた2体が陣取る。3対1か……。やってやれないこともないが、連携を取られるとこちらが不利だな。じりじりと後ずさり、距離を取る。
まずは確実に1体を倒す!
「ツイン=ウインドアロー!」
新手の2体を牽制しつつ、深手を負った1体にとどめをさすべく下級風術を唱える。避けられることも想定して2本、軌道をずらして風の矢を打ちこんだが、そこまでの余裕はなかったようで地面へと沈む。残りは2体。
「タクト! 俺は右の相手をするから、もう1体の注意を逸らして足止めを頼む。」
『了解しました。』
タクトに指示を出し、右のグレイウルフへと切りかかる。2体で連携されると厄介だから、先に叩かせてもらおう。もう一体はタクトがうまく翻弄してくれているようだ。
初撃は避けられ、反撃とばかりに迷いなく俺の急所である首筋を狙って噛みついてきた。かなりのスピードだったが、なんとか反応して噛みつきから身体の軌道をずらしてかわすことができた。ちっ、読まれていたか。
再び距離があいたため、今後は初級水術を唱える。
「フォース=アクアショット!」
拳大の水球を4つ、時間差で放って逃げ道を塞ぎつつ、再度切りかかる。水球に気を取られていたためか、今度は避けられることなく後足を切り裂く。
グレイウルフも反撃をしてきたようだが、先ほどのようなスピードや鋭さがない。噛みつきに合わせるようにシミターをふり、首筋を切り裂いた。瞳から光が消えるのを確認し、タクトが相手をしているもう1体へと向かう。
『ウインドショット!』
ひらり、ひらりとグレイウルフの攻撃をかわしながら、隙を見せると初級魔術を使って少しずつダメージを与えている。相手のグレイウルフは一向に攻撃が当たらないためもどかしそうだ。
「待たせたな、助かったよ。」
そう声をかけて、グレイウルフと対峙する。2対1と不利を悟ったのか、攻撃をやめてじりじりと後ずさっていく。そのまま逃がして仲間でも呼ばれたら大変だ。
「ピアッシング=ウインドアロー!!」
『マッドショット』
手持ちの魔術では一番の威力である下級風術を唱える。同時にタクトも土の初級魔術を唱えていたようだ。グレイウルフは手前に着弾した土球に気を取られ、俺の風術には反応出来ずにそのまま眉間を打ち抜かれて倒れた。
「……ふぅ。なんとか倒せたな。同時に3体はきつかったぁ。」
『怪我などございませんでしたか? ……しかし、グレイウルフが魔力感知をすり抜けるのは妙でございますね?』
戦闘が終了し、少し気を緩める。確かにタクトの魔力感知が働かなかったのは妙だが、今はこの素材の処理を優先させよう。帰り血をかなり浴びていたので、『クリーンナップ』を唱え、3体のグレイウルフを回収する。流石にここで解体は無理だろう。
ゾクリッ
再び何かに“視られている”という感覚と共に肌が粟立つ。先ほどとは異なり、長い間“視られている。”
『っ!? これはっ……! ブラッディウルフ!? 深淵の魔獣が何故こんな場所に!!』
タクトの叫びとほぼ同時。妙なプレッシャーがかかり嫌な汗が噴き出してくる。森へと振り向くと、紅く光るナニかと視線があった。“視て”いたのはこいつか……。
知らず、じりじりと後退していた。今すぐに逃げたしてしまいたいような感覚に陥るが、それをすると危険だと本能が訴えかける。圧倒的な力量差に笑いだしたくなるな。
森からゆっくりと出てきたそれは、グレイウルフに良く似ていた。しかし体躯は倍近く、紅く光る特徴的な瞳からタクトの言うとおり、ブラッディウルフなのだろう。見事な毛並みにはところどころに赤黒いしみのようなものが見受けられる。……こいつ、まさか手負いなのか??
グルルル…
不可解な状況に多少困惑しながらも、生き残るために油断なくシミターを構え、必死に頭を働かせる。先ほど襲ってきたグレイウルフは、こいつの配下か何かだったのだろう。つまり手駒は倒してあってもういない、残るはこいつだけ。手負いらしき姿から近くに他の冒険者がいないかタクトに探らせる。
「タクト、近くに冒険者はいるか?」
『申し訳ございません。ブラッディウルフの魔力が強すぎて、正確な探知は不可能です。先ほどグレイウルフの接近を許したのもそれが原因かと……。』
「そうか……。……やれるか?」
『手負いのようですので、ある程度のダメージを与えられればあるいは……。』
タクトも言葉を濁す。そういうこと、か。だが、望みがないわけじゃない。やれるだけやってやろうじゃないか!! そう自分自身を奮い立たせる。希望はあると思いこまないと心が折れそうだった。
「グルアァッ!!」
痺れを切らしたブラッディウルフが襲ってくる。グレイウルフとは比較にならないほどのスピードで首筋を狙ってきた。シミターでいなし、なんとか身をひるがえして避けて直撃は免れたものの、左腕に爪が掠り、防具があっさりと削られ、その下の肉までが抉られている。
「っづあぁっ!!!」
思わず声が漏れる。左腕から流れ出た血が俺の足元を濡らしていく。シミターを構えてはいるが、足や手が震えて剣先が定まらない。挫けそうな心に自ら喝を入れて反撃の機会を伺う。
気がつかぬうちにじりじりと距離を取っていたようで、背後には巨木がせまってきておりもう後退することはできそうにない。ゆっくりと距離を詰めてくる相手に、覚悟を決めて魔術を放つ。
「フォース=ウインドアロー! ……っもひとつピアッシング=ウインドアロー!!」
風の矢を4つ、軌道を変え時間差で牽制目的に放ち、本命の風の矢の命中を少しでもあげる。ピアッシングが効かなければもう接近戦しか手がないが、この怪我で接近戦は無理があるだろう……。そうなれば詰みだ。
「ギャウン!!」
よしっ!うまく左目に命中したようだ。嫌々をするように顔を左右に振っている。もう少し深く突き刺されば脳まで達していたかもしれないが、威力が不足していたようだ。片目となったことで諦めてくれればいいのだが……。
ガルルルッ!!
……どうやら諦めてはくれないらしい。傷口からの出血が多く、目が霞み、手足の震えは収まらない。それでもなんとか剣を構え、気力を振り絞って相手を睨みつけているおかげか、じりじりと距離を詰めてくるもののまだ襲ってはこない。あるいは片目で距離感がつかめないのか……?
再度魔術で応戦しようとしたときだった。
「ふせろっ!!」
どこからか突然声が聞こえ、その指示に従って俺はとっさに身をかがめる。何かが風を切る音がし、魔獣の悲鳴が上がった。とっさに顔を上げると、目の前には炎の壁が出現していた。状況の変化についていけず、座り込んだまま茫然と炎の壁を眺めていると、何の前触れもなく壁が消失し、視界が開ける。
そこにはもう魔獣の姿はなく、代わりに数人の冒険者の姿があった。
「大丈夫か!?」
そういって手を差し伸べる人のよさそうな青年の顔を見た俺は、緊張の糸が音をたてて切れるのを感じた。
「……だいじょうぶ…だ……。」
大丈夫だと、そう答えようとしたのだが、極度の緊張からくる精神的疲労と、左腕からの出血も相まって途中で意識を手放したのだった。
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