1-3 初採取、初討伐
ギルドに戻ってきた。初依頼だし失敗は極力したくないので事前準備だ。受付嬢に言われたカウンターで薬草が生えている場所や魔獣の分布などを確認しようと思う。村の周辺地図と薬草図鑑を探し出し、流し読みする。
今回探す薬草-エリン草は、近くの森の比較的浅い場所に自生しているらしい。森とこの村はそんなに離れていないようで、徒歩で1時間というところか。
『森の浅い地域でしたら、今のミズキ様の脅威になる魔獣の出現率は無視できるくらい低いものですね。依頼書にあったホーンラビットもここに生息しているはずです。』
薬草図鑑と周辺地図しか見ていなかった俺にタクトがそう告げた。モンスターに関する書物はまだ見ていなかったはずだ。
『随分と前のデータとなっているため、正確ではないのですが記憶しております。ミズキ様が見聞きしたものは、こちらで自動的に記録することが可能ですので、順次最適化出来ると思われます。この森周辺の魔獣ですが、浅い地域にはホーンラビット、悪くてもツインスネークがいる程度でしょう。両者ともEランクのモンスターです』
流石はサポート役と言ったところか。俺の前にもこういった事していたらしいな。改めて、図鑑を見ながらタクトの話を聞いていく。どうやら2種類とも小型の魔獣に分類されるようだ。素材の換金もできるらしいし、剣術スキルの練習にもなるから、見かけたら挑んでみるのも悪くないな。
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タクトと共に村から歩いて30分。身体の状態を見ながらすこし走ったりもしたが、息切れもしていない。以前の俺の身体より随分と動かしやすいな。これも異世界仕様にカスタマイズされた効果なんだろうか。
森までの道中、タクトからこの世界の種族や魔獣についての話を聞いた。この世界にはたくさんの亜人種が暮らしているらしい。俺と一緒の人族、獣人族、森人族、妖精族、小人族、竜人族などなど。他にもハーフリングや少数民族ならぬ少数種族がいるらしい。ややこしくて途中からほとんど頭に入ってこなかった。獣人はギルドにもいたな、
また、高ランクの魔獣ともなると、言葉を操る人型の種族がたくさんいるらしい。亜人と魔獣の境界はどこに引かれているんだろうか。疑問は尽きないが、森の入口に到着したようだ。ここまでは整備された道があったが、ここから先は獣道のような頼りないものがかろうじて見えるだけ。
鑑定スキルを発動させつつ森に分け入る。周囲を見渡すと、すこし入ったあたりに木がまばらで日当たりの良さそうな場所を見つけた。膝よりすこし下あたりまでの良く茂った草がそこここに生えている。
「ん、あのあたりにありそうだ。草が茂っているからツインスネークがいたら見つけられなさそうだな……。」
『このあたりはツインスネークの生息域とは異なっているため、まず大丈夫でしょう。ですが、警戒するに越したことはありません。』
タクトにも周囲の警戒をお願いし、俺は繁みの捜索を優先する。鑑定スキルを使うと、同じように見える草でも名前が違っており、かなりの種類が自生していることが分かる。
しばらく周囲を探していると、目当てのエリン草を見つけた。
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エリン草
主に葉が傷薬の原料となる薬草。茎や根、花には神経毒があるため、取扱に注意が必要。
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鑑定結果に物騒な記載がある。必要物品に手袋も追加しておくべきだったか。しばらく考えたが、素手で茎やらを触っても安全という確証が持てなかったので、葉の部分を持ちってグルカナイフで葉の根元を切るという方法で採取した。目に入ったエリン草から少しずつ採取していき、依頼に必要な枚数を確保する。雑貨屋で購入した小さめの袋につめて、ヒップバックへと収納する。
次の依頼のホーンラビットを探しながら、森のほうへと進んでいく。しばらく進むと視界の端に何か動くものが映った。
『ミズキ様、2時の方角にホーンラビットがおります。おそらく食事の最中でしょう。まだこちらには気が付いていないようです。』
ふよふよと漂うタクトが指した方角へ視線を向けると、額に角の生えた小型犬位の大きさの兎がもしゃもしゃと草を食んでいた。思っていたよりも大きいな。…こいつ草食なんだよな?口元や角に着いている赤黒い汚れはなんだよ……意外と凶暴なのか??
『ホーンラビットは雑食の低ランク魔獣で、攻撃特徴と弱点の把握さえしてしまえば今のミズキ様でも十分倒せる範囲に収まります。素材も肉から毛皮、角まで買い取り対象となっているようですよ?』
「そうか。依頼には角の事しか書いてなかったよな? そのほかの素材はこちらで換金してもいいということか…。」
『おそらくは。ホーンラビットは体躯の割に俊敏で、その脚力と角を利用した突進攻撃が特徴となります。弱点は負荷がかかりやすい角の根元で、角さえ折ってしまえば普通のラビットとなんの変わりもございません。』
突進攻撃か……それに対応するのはカウンターを待つのが確実か。以前より身体能力は上がっているし、剣術スキルもある。十分やれる…はずだ。
この世界に来てゲームに参加するということは、つまり俺の手で魔獣を倒す必要があるということ。わかっている、戦闘が……生き物を殺すことが避けられないことは。もう向こうの世界には帰れないし、この世界に順応しなければいけない。賽は…投げられているんだ。
「よしっ。タクト! ホーンラビットの注意を引けるか??」
ショートソードを構えて、タクトに指示を出す。タクトは何かを呟くと、手をホーンラビットの方へと向けた。パシンと小気味いい音が辺りに響き、ホーンラビットはこちらへと顔を向けた。
「きゅるぅ? ……きゃぅ!!」
どうやら俺たちを認識したようだ。油断なく様子を伺っていたが、その場から動く気配はない。草を食むことはやめたようだが、蹲ったまま。…なんでだ??
『ミズキ様! 貫通攻撃の溜めに入っています! お気を付け下さい!!』
タクトの一言で疑問は解決する。攻撃前の溜めかっ! ならば俺のすることはひとつ。剣を構えて、ホーンラビットの攻撃に合わせて素早く反撃できるように神経を研ぎ澄ませていく。
「きゅるぁ~!!」
ホーンラビットが鳴き声と共に突進してきた。その突進をかわしつつ、剣を思いっきり相手に向かって振る。一瞬の後、ギィンという甲高い激突音が鳴り響いた。
「くるるる~…。」
ちぃっ! 仕留めそこなったか!
後ろを振り返ると、その特徴的な角が根元で断たれたホーンラビットが目を回して倒れていた。頸動脈付近を切り裂いてとどめをさす。そのまま逆さ吊りにして血抜きをする。肉を食べるなら必要だろう。
そこまで作業して初めて、生き物を殺したというのに何の抵抗もなかったことに驚きを感じた。…これも異世界仕様にカスタマイズされた効果か…。
自分の変化に少しさびしいものを感じながらも、血抜きが終わったホーンラビットの足をくくり、大きめの袋へ入れてヒップバックへ収納する。不思議なことに、明らかに鞄よりも大きいものが吸い込まれるように収納されるし、中に入れると重さも気にならなくなる。さすがはマジックアイテムというところか。
身軽になったところで帰路に着く。ふと見上げると空が茜色になり始めていた。
「もう暮れ始めている。早く帰らないとまずいな…。タクトは周囲の警戒を頼む。走って帰ろう。」
帰りは終始走り通したせいか、行きの半分の時間で村に帰ってくることができた。戦闘後に走り続けたにもかかわらず、息ひとつ乱れない自分の身体に少し困惑しつつ、薄暗い道をギルド目指して歩いた。
ギルド内では依頼の完了報告や、明日の依頼を吟味する人などでまだ賑わっていた。丁度受付が空いていたので依頼の完了報告を行う
「依頼の完了報告に来た。素材の買い取りもお願いしたい。」
「にゃにゃにゃ! 無事に帰ってきたかにゃ! 依頼品とギルドカード、買い取りする素材を出すにゃ~。」
対応したのは偶然にも朝にいた受付嬢だった。カウンターにカードとエリン草とホーンラビットの角、ホーンラビット本体を乗せる。依頼完了の処理を行いながら、受付嬢はホーンラビットを見て言う。
「んにゃ? 解体はしてないのかにゃ? こっちで解体すると買い取り額から1割を解体料としてもらうことになるけど、よいかにゃ?」
「ん、問題ない。」
「初依頼達成おめでとうだにゃ! 達成報酬と素材の代金にゃ。」
ギルドカードと共に小袋が置かれる。中には銅貨が17枚入っていた。初報酬の重さに自然と頬が緩む。
素材の代金は手数料を引いて銅貨7枚分か。素材にならない部分を持ち運ぶのも手間だし、解体するモノが多くなると解体料も馬鹿にならない金額になりそうだ。これは早めに解体の仕方を覚えなくてはな。…ギルドで斡旋とかはやってないんだろうか。
「少し聞きたいことがあるんだが、いいか? 解体作業を教えてくれるところはこのあたりにあるか?? 有料でもいい。」
「うーん、解体を覚えたいのかにゃ?? 一応解体のできる冒険者に依頼を出す方法と、ギルド所属の解体屋に頼む方法があるにゃ。でも、どっちも受けてもらえるかはわからないにゃぁ~…。どうするかにゃ?」
「受けてもらえるかわからない…か。仕方ない、まずギルド所属の解体屋を紹介してほしい。駄目だったら依頼をだすよ。」
「んにゃ、それがいいにゃ。明日の朝ギルドに来たら会えるように手配しておくにゃ。受付に声をかけるといいにゃ。」
受付嬢に礼をいい、ギルドを後にする。少し資金に余裕ができたので、今日の夕食は少し豪華にいくとするか!