2-20 ダンジョン攻略⑦
翌朝、軽く朝食を摂ってから6階層への階段を降りる。階段を降り切って部屋を出るとそこには広々とした墓地が広がっていた。墓地といってもその形式は様々で、盛り土に石が置いてある簡素なものから、立派な霊廟まで揃っていた。おそらく次の階段部屋は霊廟の中にあると思われるが、その霊廟もここから見えるだけでも数十個ほどあるだろうか。
「これは……不死種がたくさん出てきそうだな……。」
「それにかなりの広さですね。探索するにも時間がかかりそうです。」
「奇襲に気をつけつつ片っ端から見ていくしかないかなぁ??」
ポックルが言う方法以外に有効な方法も見つからないため、見える範囲にある霊廟を片っ端から開けていくことにした。霊廟の中には何もなかったり、宝箱が置いてあったり、ミミックがいたり、モンスタートラップがあっていきなり襲われたりと様々だった。時にはスピリットと呼ばれる魔獣が奇襲を仕掛けてきたりしたが、俺やアスタの魔術で危なげなく撃退して行った。
「なんか魔獣との遭遇率が多くないでしょうか??」
「今まで先行パーティがいたから少なかったんだよ。ダンジョンでの遭遇率はこれくらいが普通だよ~??」
「そうなのですか。不死種の割合が多いのはきっとこのダンジョンの特徴なのでしょうね。」
そんな雑談を交えながらも探索は進む。本日十何度目かの霊廟の前に到着したときにミルキィが霊廟内に魔力反応があると皆に告げた。魔獣の反応とも異なると言う事は先行しているパーティの可能性が高いか……? 不用意な接触は避けたいところだが、ここが階段部屋である可能性もあり得る為扉を開かないという選択肢はとることが出来ない。メンバーには充分警戒するように目配せをし、扉を開いた。
「ん~?? 後発組かな?? 残念ながらここは階段部屋じゃないよ~??」
中には6人組みの冒険者が休憩をとっていた。この地域では珍しい事に人族はおらず、獣人族と岩人族のパーティだ。こちらに声をかけて来たのは狐耳とふさふさ赤毛の尻尾を持つ獣人族の女性だった。おそらくこのパーティのリーダーだろうな。
「失礼、邪魔したようだ。」
「いーよいーよ、誰かいるとわかっていてもやっぱり1度は確認しなくちゃねー?? ところで、君たちは最奥を目指しているのかな??」
「……あぁ、そのつもりだ。」
一応今このダンジョンにいるパーティは攻略を目指して動いているはずなんだが……。そういえば職員の話では別の依頼も受けているパーティが1組いるとか言っていたな。このパーティがそうなのか? 見た限りでは俺たちよりもよっぽどいい装備をしているように見えるし、実力もありそうだ。
「なるほどなるほど。……ねぇ、君達? お姉さん達とちょーっと取引しないかなぁ?? スピリットの魔石はもちろん持ってるよね??」
そう言って狐耳の冒険者は俺たちに取引を申し込んできた。取引の内容はおおむねこんな感じだ。こちらはスピリットを倒して得た魔石をあるだけ渡す。狐耳の女性はここから先8階層までの情報を魔石の量に応じて提供すると言った感じだな。正直7階層以降の情報はほとんどないため、8階層までの情報は喉から手が出るほど欲しい。しかしその情報が正しいかどうかの判断はここでは付かないし、役立つ情報かどうかもわからない。魔石の量に応じてとあるが、それだけの価値があるかは、正直賭けの割合が大きすぎる気がした。
とりあえず、取引に応じるかどうかパーティ内で小声で話し合うが、上記の理由から意見が分かれてしまい収集が付かない。さて、どうしたものか……。スピリットの魔石は手元にいくらかあるが、これを換金しても特にうまみは無いので渡しても問題はなさそうに思える。ここで会ったパーティで2組目……もう1組先行しているパーティがいるはずで、ダンジョン攻略をするにはそのパーティを追い抜いて先にダンジョンコアへとたどり着かなくてはならない。そのためにも先の情報は必須か……。
俺の考えを一通り皆に伝えると渋々交渉に賛成してくれた。例のごとくポックルに交渉は丸投げだ。
「ふぅ……。なかなか手ごわい交渉相手だったよ。良い仲間を連れているねぇ?? さて、魔石分の情報を渡すとしようかな。ビット! 例の地図を!!」
狐耳の冒険者は仲間の兎耳の冒険者呼び、書類を2枚受け取った。こちらへとその紙を渡しつつ説明に入る。
「これがその情報さ。1枚目はこの6階層の地図で7階層への階段部屋の場所が書き込んである。まぁ、それを見なくても1番立派な霊廟を目指していけば迷うことなんてないと思うけどね。2枚目は7階層以降の情報だ。もちろん自分たちで体験した確かな情報しか乗せてないから安心していいよ。魔獣の情報もそこに書いてあるから確認してよね?」
そこで遠慮なく中身を確認すると確かに1枚目は地図で2枚目は細かな情報がある程度整理して描かれていた。魔獣の情報は8階層に出現するものまで記載されていた。地図はポックルへと渡し、情報は皆で回し読みをして共有する。薄々感じていたことだが、やはりこのダンジョンは不死種の魔獣の出現率が高いようだ。獣種もいないわけではないが、ネズミやコウモリなど小型獣種に限られている。
「あっ、それから思ったよりも魔石が多かったからオマケ。未確認の情報だけどダンジョンコアがあるのは10階層って噂だよ。あと、コアの前にはすごく強い魔物が複数いるらしい。まっ、あくまでも噂だけどね?」
最後に不確かながらもダンジョンコアについての情報をくれた。対価の魔石を渡して狐耳の冒険者一行と別れた。
貰った地図を頼りにこのあたりで1番豪華な霊廟を目指して進んで行く。少しでも先に進みたいので出てくる魔獣はポックル、アーロン、アスタのだれかがほぼ1撃で沈め、最後尾の俺が魔石の回収を担当していた。最短距離を進んでいるはずなんだが、なかなか霊廟に辿りつかない。ポックルに尋ねると、霊廟付近はかなり入り組んだ構造になっているようだった。それでもなんとか次の角を曲がると目的の霊廟に着くと言う時だった。
「前方に魔力反応あり!! ……あ、でも魔獣じゃなさそうですぅ。先行パーティですかねぇ~?? それにしては反応が少ない気がしますぅ。」
ミルキィの索敵に反応があったようだ。各々が素早く警戒態勢をとるが、続く魔獣じゃないとの言葉に少し困惑気味だ。警戒は怠らずに少しずつ前進するように指示を出し、俺も前に出る。
「へへっ。ガキだけもパーティとはツイてるなぁ~?? まぁ、こんな奴らがここまで来るなんて俺たちだけでもここを攻略できそうだぜ。」
「いやいや、そろそろここから出たいっすよ兄貴ぃ! 物資を奪ったらささとズラかりましょうぜ!!」
前方から盗賊と見間違いそうな風貌の冒険者が3人、こちらを見て舌舐めずりしながら近づいてきた。話している内容からすると盗賊というのも間違いではなさそうだが。装備を見た限り全員前衛職のようだ。こいつらが先行しているパーティとは思えないし、おそらくは子爵家次男のパーティから離反したという冒険者だろうな。
俺たちのパーティの平均年齢が低いからと完全に舐めてかかっている。ここ6階層まで大した消耗もなく潜って来ているという事実には気が付かないらしい。視野が狭いというか、思い込みが激しいというか……。
「よぉ、お前ら。ちょーっとその荷物置いて行ってくれねーか? 大人しく荷物を置いていけば命だけは助けてやるぜ? そっちのオンナも可愛がってやるよ! ま、男はここに置き去りにするがなぁ!! ゲハハハハッ!!!」
下卑た笑い声をあげながら冒険者が言い放つ。面倒な手合いに絡まれたものだ。無視して進むのもいいが目的地はすぐそこだ。回り道をして時間を摂られるのも馬鹿馬鹿しいし、ため息をつきつつ応対する。
「はぁ……。お前らにかまっている暇はないんだがな。それでも邪魔するなら切り捨てていくぞ。」
「ガキが粋がっていられるのも今のうちだぞ!! 兄貴、やっちまいましょう!」
ガキの戯言とでも思ったのか、ニヤニヤした顔を隠しもせずに剣を構える。前衛職3人でここまで生き残ってきたのだからそこそこ腕が立つ見たいだな。だが、俺たちの敵じゃないことを思い知ることになるはずだ。
「ガキだからって舐めてると痛い目見るぞ? 裏切り者の冒険者さん?」
「なっ!? こいつ知って!!?」
「うろたえるんじゃねぇっ! どうせここで口封じされちまうんだからなっ!」
そういうと3人同時に斬りかかってきた。自分達のやったことが外部に漏れるとマズイという事は理解しているようだ。俺たちはここでやられるわけにいかないし、何より当事者の子爵家次男一行がダンジョンから帰還しているはずである。
坊賢者の攻撃は、アーロンの盾とアスタが作った土の壁に阻まれており、こちらには一切届いていない。逆にポックルが壁の後ろから投げナイフで冒険者の手首を狙い、武器を落としていた。攻撃後の隙を狙ったのだろうが、すごい腕前だ。
冒険者たちに動揺が走った所で俺とアーロンとで斬りかかる。うまく相手の隙をついたのが幸いしてか、大した抵抗も受けずに行動不能にすることが出来た。腰のバックからロープを取り出し冒険者たちを縛り上げていく。途中で気が付き何やら喚いているが聞く耳などは持ってやらない、先に仕掛けて来たのはそっちだしな。
仲間達と手分けして冒険者の装備を剥ぎ、荷物をまとめる。荷物からたくさんの魔石が出て来たが、食糧の類はもうほとんど持っていなかったようだ。これでは先に進むのもここから抜け出すのも難しかっただろう。
縛り上げた冒険者たちを手近の空いている霊廟に突っ込む。装備も荷物もない状態で脱出できるかはわからないが、運が良ければあの狐耳の冒険者たちに助けてもらえるかもしれない。せめてもの情けでポックルの使い捨て投げナイフを1本手の届くギリギリの距離に突き刺してその場を去った。とりあえず縛られたまま魔獣に喰われるのだけは免れるだろう。……直接手を下さなかったのは、まだ人を殺す事に戸惑いを覚えているからなのかもしれない……。魔獣相手なら冷酷になれるんだが……いつか経験する時が来るんだろうか……。
そんなことを考えている間に7階層への階段がある霊廟へと到着した。




