2-19 ダンジョン攻略⑥
階段部屋に着いた俺たちの行動は早かった。ポックルは階段前の場所をキープし、アスタが護衛を集めてミルキィが範囲回復をかける。アーロンは子爵家次男が余計なことをしでかさないように見張り、俺は付き人から階段部屋までの護衛と護衛達への治療の代金、しめて金貨4枚を受け取った。金貨を支払う時に子爵家次男が何か言いたそうだったが、俺たち全員が無視…というか視界に入れないようにしていたし、唯一見張るために視界に入れていたアーロンが長剣を抜いたため口を噤んだようだ。
きれいさっぱりと関係を清算して階段を降りようとしていた時、子爵家次男が俺たちにむかって叫んだ。
「貴様らっ! このダンジョンから出てきた時に後悔するんだな!! この事は父上にきっちりと報告させてもらうぞっ!!」
「はっ……ご自由に。」
最後の一言も父親頼みか……。縋れるものがそれしかないっていうのも案外哀れなのかもしれないな。子爵家次男の最後の嫌みを気にも留めず、というか奴らと離れて若干雰囲気がよくなった俺たちは5階層へと降りていく。
5階層側の階段部屋に着いた俺たちは一様に深いため息をついた。やっと精神的な重荷から解放されたようだ。もう2度とあんな貴族とは関わり合いになりたくないものだ。
「今回は、私のミスで皆さんに大変に負担をかけてしまいました。本当に申し訳ありませんでした。」
一息ついたところでアーロンがそう切り出し皆にむかって頭を下げる。まぁ、きっかけはアーロンの一言であったかもしれないが、決定したのは俺だし、異論をはさまなかったのはメンバー達だ。メンバー全員がそんなに気に病むことはないと告げるとどこかほっとしたような顔をしていた。本当真面目だなアーロンは。
5階層はボス部屋になっているはずだった。ここまで来てあの貴族のパーティにしか出会っていないところを見ると他の2パーティはボス部屋を突破した先にいるんだろう。ここは少しでも早く突破したいが、皆の精神的疲労もあるだろう。万が一……は無いとは思うがボスに挑むのだから万全な態勢で臨みたい。そう皆に告げ、長めの休憩を取ることとした。
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充分に休憩し精神的ダメージもだいぶ和らいだところで5階層のボスに挑む。仕入れた情報によるとこの階層のボスはスケルトンで、それも様々な職種でパーティを組んで襲いかかってくるのだとか。一番多いのはスケルトンウォリアーでスケルトンソルジャーの上位版という感じだ。次にスケルトンメイジ、下級魔術を使ってくる魔術師らしい。最後にスケルトンアーチャー、弓で遠距離攻撃を担当しているようだ。これがランダムで5~8人ほどでパーティを組んでいるらしい。単体ではそこまで脅威となるものではないが、パーティを組まれると途端に厄介になる。再度メンバー内で情報を共有し合い、どんな構成のパーティが出てきても対応できるようにしていく。
ボス部屋の扉を開けると、そこは楕円形の壁に囲まれ石畳の広間……中世の闘技場を彷彿とさせるホールだった。むろん、観客などはいないが。俺たちのいる場所のちょうど反対側にはおそらく6階層へと続くだろう階段部屋の扉が見える。
奇襲を警戒しながらホールの真ん中へと進んでいくと、俺たちが入ってきた扉が自動的に閉まる。……なるほど、ボス部屋からは逃がさないってことか。更に中心へ向かって進んで行くと俺たちに相対するように床から黒い靄が立ち上る。最大限の警戒を向けつつ事態を見守っていると靄が晴れた後に6体のスケルトンが各々の武器を掲げて暗い眼窩に灯る赤黒い光をこちらへと向けていた。
スケルトンたちの構成はウォーリアー3体、メイジ2体、アーチャー1体だ。アーチャーが1歩下がり、ウォーリアー達が前へと出てメイジ達後衛を庇うそぶりを見せる。魔獣のくせに連携はしっかり取るってか……面倒なことだ。
「来るぞ!」
「まずは先制ですぅ!……『ホーリーアロー』!」
「『ツイン=ロックアロー』!」
俺の掛け声に反応してミルキィとアスタがそれぞれ魔術を飛ばす。スケルトンたちも1拍遅れて応戦する。ミルキィが放ったホーリーアローはアーチャーに命中したが、その前に矢を放たれていた。こちらへと飛んできた矢はアーロンが盾で受けて処理する。アスタの放ったロックアローはメイジの唱えていたロックウォールに阻まれてしまった。アスタが軽く舌打ちをしているが、2人がかりで唱えたロックウォールをロックアロー2発で粉砕してしまえるんだから凄いものだ。
とはいえ、メイジを初手でつぶせなかったのは少し痛いか。ウォーリアー達を後衛にむかわせるわけにもいかないのでアーロンと共に前へと出る。流石にソルジャーと違い力も強く剣の扱いも巧みだ。1人1体相手取るとしても1体余ってしまうな……。ウィンドウォールでは牽制にもならないし……どうしたものか。
「ちっ……『ロックウォール』! ポックル頼む!」
「あいあいさー! 僕に任せなさーい!」
思案中にアスタの声が聞こえた。ロックウォールでウォリアーの進行を止め、ポックルが投げナイフで牽制して足止めをしている。投げたナイフの何本かは撃ち落とされているが、後衛に行くことがないならそれでいい。
「良いぞアスタ! そのままバインドで縛ってしまえ。そしてミルキィと連携してメイジを始末しろ! ポックルはそのまま、倒せて余裕が出来たらこっちの援護に回ってくれ!」
「了解っ!……『ストーンバインド』!」
「りょーかい! 動けない敵なんて良い的でしかないよ! すぐに援護にむかうね!」
アスタのストーンバインドがウォーリアーの手足に絡みつく。最初は粘土のようだが時間がたつにつれて固まっていく代物だ。バインドによって動きを制限されたウォーリアーはポックルの投げナイフの良い的だ。投げナイフから双短剣に持ち替えて本格的に急所を狙っている。……っと、よそ見をしている場合じゃないな。
こちらへ向かって長剣を振り下ろしてくるのを半身になってかわし、すれ違いざまに相手の大腿骨を蹴り砕く。もちろん生身のままだとこちらが怪我を負いかねないので闘気というものを纏わせてだ。だてに格闘術のスキルを持っているわけではない。まぁ足癖が悪いのは元からだけれど。
スケルトンには斬撃が効き難い。単純に骨が硬いというのもあるし、斬撃程度の傷なら自動修復で無かったことにしてしまえるのだ。魔術は相性もあるが土術、火術などは普通に効く。逆に言えば打撃には弱いし、聖属性魔術なんて天敵といってもいいほどだ。現にミルキィのホーリーアローをまともにくらったアーチャーはすでに魔石と化している。
斬撃が効き難いと言っても戦い方はある。俺のように剣は相手の剣を受けるときだけ使い、格闘術で打撃を与えるのもよし。アーロンのように長剣の刃ではなく背の方を使って戦うもよし。ポックルのように相手の核を狙うもよし。……そう、スケルトンを代表とする不死種の魔獣には一部例外を除き存在するのに必要な核と呼ばれる部位がある。他の部位をいくら攻撃されても自動回復するのだが、核を破壊されると死ぬのである。不死種なのに……。
「くそっ! いい加減うざいぞ!! ……『ピアッシング=ロックアロー』!!」
「合わせますぅ~! ……『ホーリーアロー』!」
初撃のホーリーアロー以降、アスタとミルキィの放つ魔術はことごとく相手のメイジのロックウォールに邪魔されていたようだ。痺れを切らしたアスタが貫通性を増したロックアローで壁をぶち破り、それに合わせる形でミルキィがホーリーアローを放つ。高速回転するドリルのようなロックアローなんて見たことが無いぞ……。毎晩魔術の修業をしているだけあって成長が著しいな。
自慢のロックウォールを砕かれて防御のすべを失ったメイジ達は、それでも何とか回避しようとしていたようだがその努力もむなしく、ホーリーアローに貫かれて1体が魔石と化す。2体の連携に翻弄されていた2人だったが、1体となったら決着がつくのももうすぐだろうな。
ブォンッ!
こちらにむかって勢いよく長剣が振られる。先ほど大腿骨を蹴り砕いたはずなんだが器用にも片足でバランスを取りこちらに攻撃を仕掛けてくる。距離を取るように後ろに飛び退り斬撃をかわす。まさかあの状態から長剣での攻撃が来るとは思わなかったから少し胆が冷えたな……。なかなかに手ごわい相手のようだし、こちらも集中して相手をしなければいけないな。ちらっとアーロンの方を見るとポックルが援護に入ったようだ。あちらもそう時間がかからずに終わるだろう。
こちらも一気にカタを付けようか……そう思って闘気を足に纏わせる。先ほどより濃く強く闘気を纏わせると足が淡く発光し始める。ユラユラと揺らめく炎のような闘気が視覚できるようになった段階でこちらから仕掛ける。
「行くぞ!!」
闘気を纏う事で幾分上がった身体能力に者を言わせて片足のウォーリアーの懐へと飛び込む。すれ違いざまに長剣を持つ手の関節目掛けて剣をふるう。うまく関節に入ったのか長剣を持つ手ごと切り飛ばすことが出来た。それを確認したところで踵を返し、何が起こったのかまだ把握できていないウォーリアーの背後から残る大腿骨を蹴り砕く。
両足を砕かれた事によってウォーリアーは地面へと崩れ落ちる。それでもなお身体を引きずりながらこちらへとにじり寄ってくるのは闘争本能なのか、生へ渇望なのか……。地面へと倒れたことで狙い易くなった核へと剣を突き刺すと、その場で魔石に変わる。
「ふぅ……。流石に闘気を纏っての高速移動は足への負担が大きいな……。」
だれともなしに呟く。おそらく高速移動に耐えうるだけの筋力が無いんだろうな。少し鍛え直さないと……。周囲を見回すと丁度アーロンが最後のウォーリアーに止めを刺しているところだった。メイジはいつの間にか魔石になっていたようだ。まぁ1体じゃあの2人を前に数分も持たないか……。
足元に転がる魔石を回収し、メンバーに声をかける。残る魔石も皆が回収してくれたようだ。スケルトンは魔石以外あまり落とさないから実入りが無いのが難点だな。ボスとして出てきているならもう少しおとしてくれてもよさそうなんだが。
「なかなか相手の連携が崩せなくて苦戦しましたぁ~。」
「私もウォーリアー1体を受け持つのに必死で皆さんの援護も出来ずにすみません。」
「まぁ、でもそんなに時間をかけずに勝てたな。反省会は後でするとして、今日は6階層への階段部屋で休もうか。」
「賛成! 今晩はミズキの手料理が食べられるんだよね??」
「あっ! そうでしたぁ~! あの貴族と一緒だった時は2回とも携帯食で本当辛かったですぅ……。」
戦闘が終わった解放感からか、少し緩んだ空気で階段部屋へと向かう。今日はゆっくり休んで明日からまた探索に勤しむとしよう。




