1-2 初依頼への準備
翌朝、すっきりと目が覚めた。意外と疲れていたらしく、夕飯も食べずに寝こけていたようだ。凝り固まった身体をほぐすためにストレッチをしていると胃が空腹を訴えるように鳴った。腹減ったな。1食抜いているし、当然か。
ふわりと腕輪からタクトが俺の方へと飛んでくる。
『おはようございますミズキ様。身体の調子はいかがでございますか? 一晩寝たことでスキルも完全に身体に同調しているようですね。本日のご予定はいかがいたしましょう? 私としましては、教会で魔法の適性試験を受けることをお勧めしたいところです。』
「ん、おはようタクト。とりあえず飯だな。それから教会に行って、そのあとは依頼でも受けてみるか? 早く身体を慣らしたい」
『それでは、そのように。あぁ、依頼は教会へ行く前に受けておいた方がよろしいと思いますよ? 報酬の良い依頼は競争率も激しいですから。』
タクトとそんな朝のやり取りをしながら階下へと降りていく。途中3泊分の追加料金を支払い、部屋をキープしておくことも忘れてない。着替えも何もないから、生活用品の調達もしないと。他にも色々と必要なものを揃えるとなると……初期資金で足りるかが不安だ。
タクトと共にギルドのクエストボードで依頼を確認する。朝一で来ているせいか、それなりに依頼は豊富であるが、ランクが低く受けられないものも多い。ざっと見た感じでは、常時依頼の薬草採取にホーンラビット討伐の割がよさそうだ。
『ミズキ様、こちらに薬草採取の依頼がございました。常時依頼の出ている薬草と同じような群生のはずですので、同時進行ができるはずです。』
「ん、これか。同時に受けられる依頼は2つまでだったな。じゃぁこれと討伐依頼を受けようか。期限もまだ余裕があるし。常時依頼の方は余裕があったら集めておこう」
ボードから依頼書を剥がし、受付へと並ぶ。早い時間であるはずなのだが、依頼受付には少なくない列ができていた。この村に滞在している冒険者も意外と多いようだ。
「待たせたにゃ、受注かにゃ? 依頼書とカードを渡すにゃ!」
列が進み、俺の番になったところで耳慣れない語尾が耳に入った。慌てて顔を向けると、猫耳の女性が受付に座っていた。獣人か! この世界に来て初めての亜人だ。手は猫の手なのに顔は人間に近いんだな…興味深い…。
猫耳がいるということは、他にもいろんな種族がいる可能性が…!
「にゃ? 何ボーっとしてるにゃ! 早く出すにゃ! 後ろが待ってるにゃ!!」
「…あ、あぁ悪い。これだ、よろしく頼む。」
つい想像が膨らみすぎて現実がおろそかになっていたようだ。気をつけなければ。猫耳受付嬢に依頼書とギルドカードを渡し、受注処理をしてもらう。肉球がある猫の手なのにどうやって物を持っているんだろう??
「にゃにゃにゃ? 君は初クエストかにゃ~? 初めてで2つの依頼って…まぁ、採取と討伐なら大丈夫かにゃ。薬草採取は根ごと掘り起こすこと次が育たないからやめるにゃ。群生地で根こそぎ採取するのも駄目にゃ。あと、期限には余裕があるから無理はするんじゃないにゃ?」
「わかった。」
猫耳受付嬢からいくつか注意をうけ、依頼は無事に受注された。『わからないことがあればそこを見るにゃ。』と指された方向には本棚と小さなカウンターが設置されていた。あとで覗いておこう。
ギルドの隣にある酒場で軽く朝食を摂ってから、必需品の購入のため村にある雑貨屋へと向かう。
たどり着いた雑貨屋は、村の便利屋という名がふさわしい佇まいだ。さして広くはない店内に、武器や防具など冒険者に必要なものから、ロープや農具、果ては食料品などの生活必需品まで所狭ましと並べられており、奥の方から金属同士が打ち合う音が漏れ聞こえてくることから、鍛冶場も併設されているようだ。
「はぁ~、すごい量だな…」
『ミズキ様。ここは値段の割に良質な品が多く見受けられます。全て揃えられるのなら揃えてしまった方がよいでしょう。』
雑多な雰囲気にのまれていた俺と違い、ふわりふわりとあちこちを眺めていたタクトがそう進言する。試しに近くにあったナイフを鑑定してみると、切れ味補正の付いたものがあった。なるほど、確かにいい品を置いているようだ。色々と品物を眺めていると、カウンターから声がかかった。
「いらっしゃいませ、何のご用でしょうか?」
「ん? あぁ、店員か? 薬草採取用のナイフと保存用の袋、ロープなんかを探してるんだ。あと、出来れば着替えなんかも欲しい。」
「袋はこちら、ロープはこちらがおススメです。着替えは古着になりますが、こちらに。ナイフは…すみません。親方を呼んでくるので、そちらで対応しますね。」
若い店員はあちこちの棚から目当ての物を出してきてくれた。服は古着しかないようだが、贅沢は言えない。カウンターに出された品物を鑑定すると、どれもいい状態のものばかりだった。真面目に商売をしているらしい。好印象だ。
ほどなくして、若い店員の後ろからずんぐりむっくりひげ面のおやじがやってきた。
「ナイフが欲しいって言うのはお前さんか? 銀貨1枚もあればそこそこの性能のものが渡せるが、予算はいくらなんだ?」
「ちょっと待ってくれ。この袋をサイズ違いで3枚とロープを10Mほどで2本、古着を2セット買うとしてどのくらいになる?」
「全部で銀貨1枚と銅貨4枚になります。」
素早く計算して若い店員が答える。必要とはいえ、これを買うと残り銀貨2枚と銅貨3枚か。3泊分の宿は前払いしてあるし、依頼も受けてる。とりあえず銀貨1枚以下のナイフを見せてもらって決めよう。
「今言ったものは全て購入で。銀貨1枚以下のナイフをいくつかみせてもらえるか?」
「ちょっと待ってな。…おい、他の品物を包んでやれ。」
若い店員に指示すると、親父はカウンターの奥へと消えていった。残された店員は手早く先ほどの品物を包むとこちらへと渡してきたので、ヒップバックへと収納する。
そんなことをしている間に、親父が奥から戻ってきたようだ。手にいくつかのナイフを持っている。
「待たせたな。これがうちにある銀貨1枚以下のナイフだ。新品ばかりとは流石にいかねぇが、どれもちゃんと手入れをしてやればそうそう壊れねぇはずだ。見てみろ。」
カウンターの上にナイフを並べながら説明される。確かにいくつか中古品らしきものも混ざっているようだ。一つずつ手に取り、鑑定をかけながら見ていく。途中明らかに粗悪品なものも混ざっていたが、その中で一つ気になるナイフがあった。
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グルカナイフ
調理や木工等に使用できる。刀身が湾曲しているため、殺傷能力も高い一品。
切れ味補正+1
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これだけ他のナイフと比べると、性能がいい。切れ味補正も付いているし、色々な用途に使えそうだ。サブウェポンとしても機能しそうだし、この値段ならいい買い物と言えるだろう。親父にグルカナイフを差し出す。
「ほぅ……お前さん、いい目利きしてんなぁ。今出したナイフのなかで一番いいのを選んだんだぞ? 見ない顔だしルーキーか? 銀貨1枚でカバーはサービスしてやるよ。」
がははははという擬音が似合いそうなほど豪快に笑いながら、グルカナイフとそのカバーを一緒に渡してくる。カバーはベルトを通せるようになっており、革製で丈夫そうだ。これだけでも結構しそうだが、好意に甘えていただき、その場で腰につける。
代金を支払い、雑貨屋を後にする。また来いと言って見送られたが、この村にいる間は贔屓にしてもいいくらいだ。上機嫌で次の目的地である教会へと向かう。
「村一番の大きさだけあって、壮観だなぁ……。」
雑貨屋から少し歩くと、目的の教会が見えてきた。この世界は神を信じる者たちが多いらしく、教会の勢力は強い。この村の教会も立派なものだ。魔法の適性試験は教会でしか受けられないというし、その権力は計り知れないな…。
扉を開けて中に入ると。数人の村人が祈りをささげている。辺りを見回すが、受付などなく、どうしようかと思案しているとこに声をかけられた。
「あらら? 冒険者さんでしょうか?? 教会になにかご用です?」
「ここで適性試験が受けられると聞いたんだが…。」
「あぁ、はいはい出来ますよ? こちらへどうぞー?」
少し間延びした話し方のシスターに促され、別室へと向かう。そこにはステンドグラスが綺麗な光をそそいでいる祭壇があった。祭壇の中央には、ギルドにあったものよりもやや小ぶりな水晶球が置かれているようだ。
祭壇の前まで進むと、シスターは歩みを止めてこちらに向き直る。
「さてさて。適性試験をご所望でしたね? 試験そのものと初期の属性魔法は無料となります。しかし、それ以上の応用魔術の記載されている魔術書の閲覧は有料です。あいにくこの神殿では下位魔術書の取り扱いしかありませんけれど。あともうひとつ、生活魔法ですが、必要でしたらその魔術書も置いていますよ? 有料ですけれどね?」
「…生活魔法?」
説明の中に聞いた事のない単語が出てきたため、思わず呟いた。さらっと聞いたタクトからの魔法講義にもそんな単語はなかったはずだ。語彙から察するに生活に密着した魔法なんだろうか。
「そうですよー? 例えば、身体や衣服などを綺麗にする魔法や、保存の魔法などがそうですね。ほかにもいろいろありますけど、日々の生活をちょっと便利にしてくれる程度のものです。無属性で、魔力さえあれば発動するので一般市民の方も扱えますしね。こんな感じで……『リフレッシュ』」
シスターが俺に向かって指を指すと、淡い緑色の光とさわやかな風が吹き抜ける。心なしか身体がさっぱりとした感じがする。何の魔法を使ったのかわからないが、身体に悪影響等はなさそうだ。余裕があったらいくつか覚えてみるか。
「さぁ、準備が整いました! こちらの祭壇の中央へどうぞ。こう、水晶に聞き手をかざして、手のひらに魔力が集まるように少し集中してください。」
シスターに指示されるままに水晶へと近づき、右手をかざす。魔力…が何かまだよくわからないが、意識を右手に集中させると徐々に右手が温かくなってきた。と同時に水晶球の中に水色と緑色の光の球がいくつか浮かび、くるくると回り始めた。
「あらあらあら?? これは2属性に適性がありますね! おめでとうございます。もう手を離しても大丈夫ですよ。」
そう言われて、水晶球から手を離す。手が離れると、水晶球の中で回っていた光たちも消えていった。適性があるのは2属性か。タクトの魔法講義では人の半数は適性属性なし。適性属性があっても1つが大半で、複数属性に適性があるのは珍しいってことだったな。選択肢が増えるということはいいことだ。
「あなたの適性は、2つで水と風になりますね。特に風の方は色鮮やかに強く出ていたので、上位魔術も扱えると思いますよ? では初期魔法の譲渡を行いますね。こちらのスクロールに利き手を乗せて下さい。」
いつの間に準備したのか2つのスクロールを手にしたシスターに促され、1つ目のスクロールに利き手を置く。
淡い水色の光が右手を包むと、頭の中に文字の羅列が流れ込んできた。結構な情報量に少し頭がくらくらするが、気合いで抑え込み、2つ目のスクロールも同様にこなす。こちらは緑色の光だった。
これは…すごいな。発動のキーとなる呪文や魔法の形態などの知識が教えられたわけでもないのに増えている。初期魔法だけあって威力はたいしたことなさそうだが、牽制目的等に使えそうだ。
「お疲れ様でした。これで適性試験は終了となります。下位魔術書と生活魔法の魔術書の閲覧はどうされますか?」
下位魔術も気になる所だが、そろそろ依頼の採取に向かわないといけない時間だ。閲覧は有料だというし、まず初期魔法の威力を確かめてからでも遅くはないだろう。生活魔法は…まぁ、追々考えるとするか。今はそんなに必要性を感じない。
シスターに今は不要と伝え教会を後にする。さぁ、初依頼に出発しようか。