2-5 初トラップ
先日の魔術書閲覧でかなり懐が心もとなくなった俺たちは、ギルドでダンジョン内の依頼を探しに来ていた。新しく習得した魔術の調整も行いたいのだが、それはダンジョン内で試すことになるだろう。同じダンジョン内の依頼なら2つ受けてもよさそうだ。
「ミズキさ~ん! こんな依頼がありましたよぉ。」
「ミズキ! ミルキィの依頼に似た依頼があったぞ!」
アスタとミルキィがそれぞれ別の依頼書を持ってやって来た。2つとも前回行った街とは反対側にある街のダンジョンの納品依頼だな。1つはグレイトスタンプの肉の納品依頼で、もう1つはグレイウルフの毛皮の納品依頼か。どちらも1度狩った事のある魔獣だし問題はなさそうだ。
2つとも受注手続きをして、ダンジョンの情報収集を行う。今回のダンジョンはどうやらいくつかトラップが仕掛けられている階層があるらしい。今うちのパーティには斥候職が出来る人員はいないので、基本避けるか防ぐしか出来ない。致死性のトラップが出てくるのはもっと深い階層かららしいので、注意しておけば大丈夫か?
「グレイトスタンプのお肉はおいしいんですよねぇ……。ミズキさん! 少し多めに取って来て皆で食べましょうよぉ~!!」
「どっちもダンジョンの6階層から7階層に生息してるって。5階層にボス部屋があって、3階層から4階層にかけてはトラップ地帯だってさ。トラップかぁ……。」
「浅い階層だしそんなに危険なトラップはないだろ、たぶん。ボスはユニコーンとデュアルホーンピッグか。……ここは食肉系の素材を落とす魔獣が多いんだな。」
「おっにっく! たっくさん狩ってバーベキューにしましょぉ! ミズキさんの料理楽しみだなぁ~。」
若干ミルキィが食欲魔人になっている気がする。肉好きのエルフも珍しいと思う。ハーフエルフだけれども。依頼品まで食べ尽くされないように少し量を確保して要望通りにバーベキューでもするかな。
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王都の東門から約半日の距離にある街へと移動し、目的のダンジョンへとやって来た。以前の失敗を踏まえて、時刻がわかる魔道具を用意してあるので時間管理もバッチリのはずだ。今日は3階層まで潜ってトラップがどんな感じなのか確かめておこうと思っている。依頼品を集めるのは明日だ。
「おっにっく~。おっにっく~!」
食欲魔人に取りつかれているミルキィは鼻歌交じりにダンジョン入口へと進んで行く。ちょっと注意した方が良いかもしれない。
「ミルキィ、ダンジョンに入るんだ。気を引き締めて行けよ?」
「うっ……。わかってますよぅ~……。」
「今日はミルキィがマッピングしてみるか??」
「は~い、頑張りますぅ。」
索敵はタクトに任せてマッピング用具をミルキィに渡す。前回潜ったダンジョンとは違い、綺麗に整備されたレンガの通路が続いている。今回もアスタに地図を見てもらい、最短距離で階段を目指す。
ギルドが管理しているダンジョンは、低階層であれば簡易地図が用意されている。簡易なだけあって、階段のある広間までのルートが記載されているだけで、トラップの位置や魔獣の分布等は記載されていない。詳細な地図は自分たちで作っていくしかないのだ。
1階層ではホーンラビットとビックカウが出現した。両方とも素材は肉を残すようだ。たまに小さいが魔石を落とす。貴重な報酬以外の収入源なので忘れずに回収する。2階層はスパークメリノとホーンピッグが出現した。スパークメリノの素材は毛と肉を半々位で、ホーンピッグの素材は肉と何故かきのこを残した。良い香りのするきのこなので高い値段で買い取ってくれそうだ。ここでは魔石は回収できなかった。
今日の目的の3階層……ここからは通路にトラップが仕掛けられている。一応致死性のものはないという情報だが、気を引き締めていかないとな。
「うーんっと……そこを左だ。」
カチッ……ブワッ!
アスタの案内で通路を左に曲がって少し歩いた時だった。何かを踏んだ音がしたと思ったら、周囲から霧が噴き出してきた。とっさに口元を覆うが気休め程度の効果しかないだろうな。後続のアスタ達に影響が無いように『ウインドウォール』で空気を遮断し後ろに霧が流れないようにする。
こちらの通路に足を踏み入れないように手で制して霧が晴れるのをその場で待つ。
「ぐっ……ごほっ!」
咳を振ると口の中に鉄の味が広がる。目も霞んできたし、どうやら遅行性の毒が混ざっていたようだ。この程度ならミルキィの浄化でなんとかなる……かな? ぐっ……はぁ…毒をくらうのって結構きついんだな。なんにせよ嵌まったのが1人で良かった。全員で嵌まっていたらと思うとゾッとする。
霧が晴れると同時にアスタとミルキィが飛び込んでくる。見えているのに手出しが出来ない状況にだいぶ焦れていたようだ。先ほどと比べて見るからに弱っている俺にミルキィが早速浄化をかけてくれた。……ふぅ、少し楽になったな。
「大丈夫かミズキ!」
「とーっても心配しましたよぅ?? どんどん顔色が悪くなっていくのに手出しが出来ないなんて……。」
「2人とも悪かった。ちょっとトラップに嵌まったようでな……。即効性の毒じゃなくて良かったよ、本当。」
『やっぱり毒だったのですね? ミズキ様、あまり無理をなさらないでください。』
無理をしたつもりはなんだが、心配をかけてしまったようだ。だが、ミルキィがトラップに嵌まる可能性もあるし、全員に毒消しと下級ポーション位は常備させておくべきだな。
それにしても、トラップの場所なんて全然わからなかったな。まだ浅い場所のトラップだからと油断していたせいもあるか………。早めに斥候職を探して一緒にパーティを組まないとまずいかもしれない。とりあえず今回は長い棒かなにかで床を探って、わざとトラップを発動させて回避するしかないか……。
「それはすまなかった。浅い階層のトラップだからと油断していたんだ。一応4階層への階段を確認したいが……このまま進むのは危険だ。今日はもう戻って明日に備えて少し装備の変更をしようと思う。それでいいか?」
「仕方ないですねぇ。トラップの場所なんて全然わからなかったですしぃ……。」
「でも装備の変更って何をするんだ??」
「まぁ、それはダンジョンを抜けてからだな。さ、戻るぞ? アスタはまた案内を頼む。」
「りょーかい。」
■■■
ダンジョンから戻って来たその足でこの街の薬屋へと向かう。今まではミルキィの回復魔法や浄化に頼っていたが、やはり保険として解毒薬やポーションの類は準備しておいた方が良いだろう。神聖魔法はどうしても長めの詠唱が必要となるし、毒などで発声が出来なくなることだってあるだろう。本来ならダンジョンに入る前に準備するべき品物だ。
たかが低階層のトラップと舐めていた……というか、また知らず知らずのうちに慢心していたのだろうな。今回は失敗してもリカバリーがすぐに出来たから対応出来たが、本当常に気をつけないといけないな……。メンバーに被害が無かったのが救いか。
解毒薬と下級ポーションを予備も含めて1人3セットずつの9セット購入した。タクトは持てないから俺と一緒になる。先に自分の分として3セットを鞄に仕舞い、残りをアスタとミルキィに渡そうと手を伸ばしたが、不思議そうな顔をして遮られた。
「荷物が嵩張るので、ミズキさんが持っていてくださいぃ。」
「俺のも頼むよ~。」
「……はぁ。おまえらなぁ……。」
危機感ゼロの2人にため息を吐きつつ、何故必要かを噛み砕いて説明する。その過程で2人が持っている収納拡大の魔法具は容量がかなり小さい事が発覚した。……というか、腰に下げた袋は入っている携帯食料と、着替え数組、採取用の袋をいれると一杯になってしまうそうだ。少し値が張るがあとで新しい魔道具の鞄を買うか……。とりあえずの応急処置としてポーション用の小さな腰ベルトを買う事にした。ポーション用の小瓶が6つ収納できるから、ダンジョン探索では十分だろう。ベルトだから特に邪魔にもならないし、便利そうなので3つ揃いで購入した。応急処置用の薬だから取り出しやすい方がいいしな。
次に雑貨屋で1メートル半くらいの木の棒を数本購入した。接触発動系のトラップはこれで先に触れて発動させてから進むようにすれば危険も少ないだろう。これはまとめて俺の鞄へと仕舞う。
更に武器防具屋へ行き、安くても丈夫で大きめの木の盾を購入した。これは矢が飛んでくるトラップがあるようなので、その対策のためだ。普通の矢が刺さるだけでも機動力が損なわれるのに、トラップでは毒矢等もあるらしい。とりあえず一番先頭を歩く俺が使うため、これも鞄へと仕舞う。
一通りトラップ対策に必要なものを揃えてから、今日泊まる宿を探す。丁度持ち込み素材で食事を作ってくれる宿屋が見つかったため、そこに宿を取ることに決めた。早速今日の夕食用にダンジョンで集めた肉素材を数種類渡しておく。明日は依頼品を中心に集める予定なので、先に食欲魔人のミルキィの胃袋を満たしておかなくてはいけない。ついでに朝食と、昼食用の軽食の作製も依頼する。別料金となるが、携帯食料とドライフルーツだけでは少し味気ないから、必要経費としてお願いした。
「おっにっく~! ミズキさんはやっぱりわかってますねぇ!! はぅぅ~、おいしぃですぅ~……。」
「なんか、毎回ミルキィを見てるとエルフって肉食系だっけ? っていう疑問が沸き起こるな。」
『元々全く食べないという訳でもないでしょうが、ミルキィさんの場合は少し特殊ではないかと……。』
「どうしたんですかぁ?? 食べないんですか?? もらっちゃいますよぅ??」
「……いや、なんでもない。まだ食べるのか……。」
夕食時、案の定食欲魔人と化したミルキィは、出された肉の実に半分以上を1人でたいらげた。成長期であるアスタよりも食べるってどんだけ……。張り合ってがつがつ食べていたアスタは少し具合が悪そうに見える。食べ過ぎだな。
そんな2人をしり目にしっかりと夕食を摂った俺は、明日の予定をどうするか迷っていた。この間と同じように朝早めにダンジョンに潜り最短距離で目標の階まで行って戻ってくるか、時間に余裕を持たせて階段のある広間で1泊するか……。正直トラップのある階にかかる時間が読めないから1日で戻って来れる自信がない。時間の余裕がないと焦りが生まれ、焦りはミスに繋がりやすい……。とすると、やはりダンジョン内で1泊するしかないのか? 確か期限はまだ先だったよな……。
「明日の予定だが、正直目的の階層までにかかる時間が読み切れない。トラップもそうだが、ボス部屋もあるしな。幸い依頼の期限はまだ先だから、今回は余裕をもってダンジョン内で1泊しようと思っているんだが、どうだ??」
「問題なし!」
「いつもの野営とほとんど一緒ですよね?? なら問題なしですぅ!」
『特に問題はございません。』
「……なら決まりだな。明日は早めに出発するから、寝坊するなよ? じゃぁ解散!」




