プロローグ
『ぱんぱかぱーん! ようこそ狭間の世界へ!! 選ばれた不幸? な君に、親切にも説明しに来てあげたよ!!』
突然の大声に俺の意識は浮上する。
「…誰だお前。」
目を開けた先には、どう見ても子供としか思えない風貌の見知らぬ誰かが椅子の上でふんぞり返っていた。周りを見渡すと、つい先ほど就寝した自分の部屋…のはずだが、どこか違和感を覚える。
『むむむっ! 口の聞き方がなってなぁ~い! 親切にも君の状況を説明しに来てあげたこの僕に向かって! もっと感謝して!! もっと敬えよぅ!』
まだボーっとする頭で違和感の原因を探っていたが、先ほど大声をあげた子供がさらにわめいている。あと少しでわかりそうだったのに・・・忌々しい。
「人の部屋でうるせぇぞ、ちまいの。何の用だ?」
『あぁっ! またっ! もっと敬ってもいいと僕は思うんだけど!! なんの説明もなしに放り出してやってもいいんだぞっ!!』
椅子の上で真っ赤になって地団太を踏む子供。煩い。さっきから状況だの説明だの敬えだの騒いでいるがなんなんだ?
…そう言えば狭間の世界とかなんとか言っていたような…。
「煩い。何の用だと聞いている。用がないなら人の部屋から出ていけ。」
『用ならあるよっ! とーっても親切な僕が、君に状況説明と今後のアドバイスをしに来たんだよっ! すごいでしょ! 偉いでしょ!!』
褒めてくれと言わんばかりに椅子の上で跳ねているが、全く説明になってない。でもまぁ、俺に用事があるというのは確かなようだ。この自分の部屋のようで自分の部屋じゃない感覚の事も含めて、話を聞いてやるとするか。
「だから喚くな煩い。さっきから何の説明もしてないだろーが。」
『はっ!? そう言えば!! …こほん。失礼。では改めて…ぱんぱかぱーん! ようこそ狭間の世界へ!! 神に選ばれてしまった不幸? な君に、親切にも説明しに来てあげたよっ! 感謝するように!! って痛いよ!?』
改めても何も情報量が一切増えていないことにイラっときてつい手が出てしまった。落ち着け俺。相手は子供だ、…たぶん。気になるワードもあるし、ゆっくりと情報を聞き出すんだ。
「すまん、ついな。…で? その狭間の世界とか、俺の状況とか、詳しく聞かせてくれるんだろう?」
『まったくもう、ひどいよっ!! まぁ、君も混乱しているだろうし、今回は大目に見てあげるよ! じゃぁ気を取り直して説明ねっ! …えーっと。まず、不幸? にも君はうちの神様の代理プレイヤーの一人として選ばれてしまいました! 残念ですが、元の生活には戻れません! ごめんねっ! でも、それだけじゃ可哀想なので、担当の僕、コピシュが直々に説明と特典を渡しに来たよ! 感謝してよねっ!!』
「……は?」
理解不能な言葉並べたてられ、気の抜けたような音しか漏れなかった。何を言ってるんだこのガキは。いや、そもそもなんで俺の部屋にこいつが? …いや、そもそもここは本当に俺の部屋か…? …なにかがオカシイ…?
『ふんふん。やっと理解が追いついてきたかなっ、水城誠一郎君! ここは狭間の世界だよっ! 僕が君に色々説明するのに便利だから連れてきたのさ! 君の部屋にそっくりだろう? この方が最初の混乱が少ないと思ったんだけど、どうかなっ?』
「ここは俺の部屋じゃ…ない?」
一向に進まない時計の針、窓から見える不自然な光景、…違和感の正体はこれか。そして、俺の部屋にはないはずの木の丸椅子。その椅子に腰掛けて左右に揺れながらにこにこと俺に話しかける子供…。
なんですぐに気が付かなかったんだろうか。これは…好きで読み漁っているライトノベルによく出てくるある状況に、とてもよく似ている。
……しかし、はて? 俺は死んだ記憶はないんだが…?
『あれあれ~? なんか勘違いしてるかなっ? 君は死んでないよ?? …というより向こうの君は今もぐっすり就寝中だよっ! 代理プレイヤーに選ばれた時点で、こうスッパーンって半分こになってるから、大丈夫っ!』
「はぁぁっ!?」
慌てて色々確認するが、いや、五体満足だった。人がパタパタ確認しているのを見て笑い転げてるやつが一名。こいつ、真面目に説明する気あんのか??
そもそも、これは所謂異世界転移物のパターンによく似てるんだが、違うのか??
『くくくっ。はぁ、面白いなぁ君はっ! そんなに慌てなくても、ちゃんと説明するから! んんっ…。えーっと、君はゲームに耐えられるようにすこーし身体とかいじられてるけど、基本元のままだよっ! あとはねぇ…』
それから、コピシュは身ぶり手ぶりを加えながら色々と俺にわかるように説明をしてくれた。
まとめると、俺はどうやら神の代理人として異世界へと行き、そこでゲームに参加させられるらしい。すでに神の手によって魂が2分割され、こっちの俺の身体は異世界仕様にカスタマイズされていて、拒否は不可能。向こうの俺は、何も知らず、何も変わらずにそのまま人生を過ごしていくらしい。俺は所謂魂も同じクローンってやつかな。
『君の他にも同じ神様の代理プレイヤーはいるんだけどね? 担当のフォローが雑すぎたり、逆に細やか過ぎたりしてなかなかうまく行ってないみたいなんだよねぇ。君の参戦は少し遅いけど、この僕が担当したからには是非いいところまで行って欲しいんだなっ! そのためにはバックアップも出来る限りするつもりだよっ!』
拒否権なしでサクッと異世界へ送り込まれ、右も左もわからないっていう状態よりは待遇はいいのかも知れない。なにより、剣と魔法の世界で神々のゲーム!! 妙に心躍るワードだ、これは。元の世界に未練がないわけではないけれど、元の世界にも俺がいるわけだし。ゲームの世界に入り込めるみたいでワクワクするな。
『さてさて、お待ちかねの特典の発表ですっ! 僕が君にしてあげられる事なんだけど……実はそんなに多くないんだ。サポート役を一人付けるのと、ここに書いてあるスキルから4つだけ授けてあげる。あ、でも不死とか全属性魔法とかって言うチートはないからごめんね! でもこれでも多い方なんだぞっ!』
そう言いつつコピシュは一冊の薄めの本を渡してきた。パラパラとみてみると、確かにチートと呼ばれるような強力なスキルはない。だが、割と使えるスキルがいくつか見受けられた。
「ふーん…。ま、いくつか使えそうなものはあるか。拒否権もないし、やれるだけやってやろーじゃねぇか。コピシュ」
『呼び捨てはやめてって言ったでしょっ! やる気になってくれたのは嬉しいけどさぁ。あ、あと同じ神様の代理人によろしくね? 出来れば協力して頑張って! それじゃ、いってらっしゃーい!』
「ちょっ! まっ! コピシュてめぇ!!」
そう叫ぶ俺に、これは餞別だよーと腕に何かを嵌めたコピシュ。その光景を最後に、俺の意識はブラックアウトしていった。
■■■
転移の光が鎮まった水城の部屋。打って変わって表情をなくしたコピシュが、先ほどまで水城がいたベッドをなでる。
『本当は君が頼りなんだよ、水城君。どうか……。』
そんなつぶやきを残して、コピシュも消える。
無人となった水城の部屋は、狭間の世界へと飲み込まれて、消えていった。
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