4月4日
4月4日
特に意味とかはないはずだけれど、こうして四が重なる日には少しだけ陰鬱なイメージを持ってしまう。
死を意味するとか、そういった意味合いに捉えてしまう自分が悪いのかもしれないけれど。きっと、同じことを考えている人は世の中にも沢山いるはずだ。
と、益体もないことを考えつつ今日も元気にこの場所までやってきていた。いわずもがな、俺だけの秘密の場所だ。
いや、既にそれは過去形で語られるべきものかもしれないけれど。
というかこんなモノローグ染みた一人語りは要らない気がするほどには、同じ時間を過ごしていた。
さてそんな俺の陰る思考とは裏腹に、今日は雨上がりの快晴だ。青い空が九割を支配していて、雲は遠くの方に欠片しか見当たらない。
青一色の、綺麗な空だった。
「あ、今日は早いじゃん。やっほーむつ」
「止めろ」
「睦人君っ」
「どうでもいいけどその跳ね上がった呼び方気持ち悪いな」
今日も彼女はここに来ていた。
上代景色。近場の高校に通っている女子高生、今日も制服であるらしい。こうして言葉にするだけなら響きだけは何となく良く感じたりもするのだが、「どうでもいいなら一々指摘しないで下さいー分かりましたかー? むっつりーむっつりーむっつりむっつりむっつり」と連呼している姿はまるで小学生のそれだった。
顔面を殴り飛ばしてやりたいが、ここは我慢するのが精神年齢年上の態度ってもんだろう。
「うるせぇよ」
とにかく。
俺は今日も景色を見に来ていた。
いや人名じゃなくて――ああ紛らわしい!
目の前の馬鹿ではなく、この場所から見下ろす景色の方を、だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ではでは今日の議題を決めましょうか」
「ここは生徒会じゃねぇぞ、帰れ」
「突っ込みが冴えてますなぁどうしたの? ツッコミ教室通った?」
「そんなもんはねぇ」
ニコニコ笑顔を振り撒きながら、隣で座る景色は電波なことを連打して俺の穏やかな心を阻害してくる。
こいつの生命の根元はきっとお邪魔虫に違いない。正義の味方に殴られる役目を負っているのだろう。
誰かタスケテ。
「えへへー。なんだか久し振りな気がするね、こういうの」
「どの口が言う。昨日もやっただろ、まさか忘れたとは言わせねぇぞポンコツ」
「あ、そうやって昨日傘に入れてあげた大恩を忘れて暴言吐くんだーへぇ」
「恩着せがましいなお前! じゃあ一人で走って帰るわ! 過去に戻せ今すぐに!」
「そんな無茶な……。あ、ていうか風邪引かなかったんだね。良かった。結局濡れちゃうから心配してたよ」
「お、おう……? すぐ風呂入ったからな。まぁ……お礼だけは言っとくよ。ありがとな」
「うん」
――またむっつりとか煽ってくると思ったのだけれど、予想外にしおらしい対応をしてきた彼女に少しどきりとしないでもなかった。
純粋に笑顔である彼女は、はっきり言って可愛い部類なのだと思う。
多分ってかそんなこと本人には絶対言わないけど。
つけあがられても困るしかといって引かれても困るし、本当にむっつり認定されても困る――いやもうされてそうだ……迷惑極まりない。
「どうかした?」
「いや別に……」
「え、いや絶対なんか考えてたでしょ、そういう顔してたよ? 睦人」
「いやしてねぇよ」
「鼻の下伸ばしてたよ」
「いやしてねぇよ」
「目もなんかエロかった」
「してねぇ」
「はぁんー? まあいいけど。ところで今日の議題は猫ランジェリーについて交わしたいと思います!」
何? 何だって?
「猫何?」
「猫ランジェリー。下着のこと」
「……へ?」
※知らない人は調べてみようね!
というわけで俺は携帯で半ば無理矢理調べさせられた。下着とか言ってる時点でもう嫌な予感しかしなかったけどアーやっぱり見なきゃよかったーーー露骨ーーー! あちゃーーー!
ちょっと待ってーーー! あちゃちゃーーー!
「……………………で。これを見せて何がしたいの?」
「実は私貯金叩いて買いました! 買っちゃったんです! どうですか?」
「見せるだけの胸あんの?」
「……は?」
「えっ。いやそのごめんなさい冗談です」
めちゃめちゃ低い声で唸ってきて思わず俺は謝った。彼女は冷えた目をしながら口元を横に引き裂き、邪悪な笑みを継続させている。
今の言葉に意味があるとは思わなかったんです……怖い。
逃げたい。
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるってことを、そのみにわからせないといけないみたいだね」
「ごめんなさい二度と言いません」
「もっかい言って」ピッ
「……ちょっと待って何録音してんだお前」
「言え」
「……ええぇ」
「言え」
「ごめん……ごめんって、ほんとに。あ、いや、ごめんなさい」
「何でもする?」
「なんでそうな」
――片手で両こめかみをがしりと掴まれた。あ、痛い痛いホントに痛い。
上代景色の胸はお世辞にも大きいとは言えなかった。洗濯板は言い過ぎかもしれないけれど、そう。慎ましい胸をしていたのは事実であった。
多分俺は、言ってはいけないナニカに触れてしまったのだ。
分かった今回は俺が悪い、それは認めよう……。
「分かった、分かったごめん本気で謝る――謝るからぁ!」
ピピッ。
手は離された。
「……言質は取った。今後睦人は私に逆らうことはできないね」
「なんで!? 謝ったじゃん!」
ピッ。
『……何でもする?』
『なんでそうな……分かった、分かったごめん本気で謝る……謝るからぁ!』
ピッ。
「はい言質」
「ダウトみてぇに言うなや!」
『謝るからぁ!』
「途中から再生すんな!」
『あや、あや謝るあや、謝るからぁ!』
「何でラップみたいにしてんだよ!」
「で、結局私の胸を見て鼻の下伸ばしていたわけだけれど。私の胸を小さいと断言出来るほどまじまじと見ていたことに何か弁明はありますか?」
「うっ……それは……ないです」
「セクハラですよね?」
「えっと、世間一般的にはセクハラであるのかもないかもわかりません」
「どっちなの? じゃあとりあえず私の胸は大きいって言って?」
「ごめんいきなり過ぎてびっくりなんだけどそれはちょっと……自分で言ってて悲しくならない?」
「悲しいから動画サイトに本名と学校名付きで流すね……」
『謝るからぁ!』
「陰湿過ぎるだろホントに止めて! 胸おっきい! おっきいよう!」
「うるさい!」
というわけで気が付いたら辺りは暗くなりかけていた。
知ってた。
終幕。
睦人「猫ランジェリーって時代遅れじゃね?」
景色「ほ、ホラ、まだ話題に上がってるし」
睦人「過去の絵が上がってるだけじゃね?」
景色「そうかも……しれない……」