4月1日
4月1日
「……おかしいな」
俺はベンチに腰掛けている一人の少女を見て、首を傾げた。
ここは俺が小学生位の頃から時々来ていた場所である。
隠れた名所。というか、本来は閉鎖されて誰も来るはずのない、寂れた山の休憩所なのだが。
そこに座っているのは、確かに知らない少女であった。勿論今日初めて見る顔だ。
今まで俺以外がここに来たなんてことは一度もなかった。そしてあろうことか、俺の特等席であるベンチには少女が座ってしまっている。
うーん。そんなこともあるもんなのかな。
そう思って、俺は帰ることにした。
夕暮れ時。この時間に見る景色が一番いいのだが、先客がいたのなら仕方ない。大人しく家に帰るとしよう。
と、踵を返そうとした時だった。
「あなたも景色を見に来たの?」
そう、確かに少女が俺に振り向き、そう言った。
「そうだけど。今日は先客がいるみたいだから、帰るよ」
どちらかと言えば、その台詞は俺が発するべきものだったのだけど。
「なんで?」
「……そこのベンチ、君が座ってるだろ」
「隣に来ればいいじゃん」
「……俺、君のこと知らないけど?」
「私も知らないから初めましてだね。いいよ、お隣どうぞ」
彼女は笑ってベンチの片隅へと移動する。
俺は一人で景色を見ようと思っていたんだけどな。
知らない少女と景色を見る。それはあまり気分が落ち着かないからやっぱり帰ろうと思ったのだけど、気付けばベンチへと歩いていた。
そうしてちょこんと端に座り、景色を眺める。
そんな、妙に距離の空いた俺と少女。
4月1日の、出来事である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅん。じゃあ、ここに来るのは二回目なんだ」
「そうそう、私が小さい頃一回だけねー」
「へぇ。じゃあ、俺の方が先輩なわけだ」
「何? 先輩って」
「いっぱい来てるから」
「何々、何回来たの? 十回とか?」
「覚えてないくらいだけど」
「それってもしかして、一人?」
「そうだけど」
「えぇー……。もしかして友達いないの? 俺は孤独が大好きだって感じの人?」
「……」
「あ、返事しないってことは図星なんだ」
「いや友達はいるし、孤独が好きなわけじゃないから。一人は好きだけど。ってかお前初対面の奴によくそんな失礼なこと聞くよな」
「へぇ」
「……え、反応それだけ? 聞いてきたのはお前だろ」
「……」
「ちょっと待って何で黙るの。いや嘘じゃないからな。確かにここにはよく一人で来るけど、別に俺友達とか普通にいるし」
「え、ごめん寝てた」
「おい」
「冗談だよ。いやさ、この前テレビで相槌だけ打ったりして最小限のことだけ返していると、段々相手が不安になってどんどん話してくれるっての見て実践してみたんだよね」
「あっそ。……俺景色見にきただけだから、もう話し掛けるなよ」
「そうやって必死になるってことは本当に友達いなさそうだね。だって一人で景色見に来るくらいだし」
「それブーメランじゃね? なぁそれお前も友達いないって言っているようなもんだぞ?」
「私は友達いないよ」
「え? え、ああ……うん、そっか」
「そこはもっと心配して同情した挙げ句の果てに『うん、ごめん。俺も友達いないんだ』って暴露するところじゃん? なんでそんな引いちゃうの、私友達いるけど」
「あの、もうこの話終わりにしない? なんだか不毛な気がしてきた。そもそも友達がいるいないってこの場において必要じゃないだろ。俺もいてお前もいてハッピーエンド、オーケー?」
「うん、オーケー」
「そりゃ良かった。じゃあ俺はそろそろ帰るとしよう。さようなら、同じ景色をたまたま同じ時間に見に来てしまってたまたま下らない会話をすることになってしまったベンチの端の人さん、もう会うことはないだろう」
「うっわ、そういうネチネチした言い方してると本当に友達いない人みたい。でもその話はしちゃいけないんだっけ? バイバイベンチの端の人さん」
そのまま、俺とこいつは別れた。
今日は景色を見に来たはずなのに、全然見れなかった。
まあいい、明日来ればいいさ。
流石に明日もこいつがいるってことはないだろう。
少女「最後、それフラグって言うんだよ?」
少年「ここでも喋るの!?」