表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Märchen

「此処で、一つお話をしてあげようか」






 そう、唐突に切り出した白衣の女性はマスクを下げて微笑みを浮かべる

 自分が捕虜として囚われて何日経ったかも知れないが、初めてみた彼女の素顔はとても美しかった

 陶器の様な肌というのだろうか、真っ白な肌に錆びた血の様な赤黒い髪が相反していて妖し気な美しさを醸し出している

 猛禽類の様なオレンジの目が天井のライトに照らされ金色に輝いた


「…話、ですか」

「うん。君は僕のタイプの顔してるからね。少し話したくなったのさ」


 にんまり、という表現が似合う笑みを浮かべて自分を見下ろす様に壁に背を預けた彼女は煙草を取り出して火を点ける

 今の自分に拒否権などあるはずもなく、どうぞ…。とだけ返してくゆる煙をじっと見つめた


「幸せな家族ってのは何だと思う?」

「……幸せな、家族…ですか」


 てっきり一方的に話されるのかと思っていた為、思わず素っ頓狂な声が漏れる

 その様子にも楽しそうに口元を緩めて紫煙を吐き出した彼女は繰り返すように、幸せな家族と呟く


「両親が居て、兄弟とかいて…笑ってる、ですかね」

「うんうん、実に一般的解答」


 なら、と彼女は煙草の灰を落として目を細める

 自分はただ彼女の言葉の続きを待った


「父親がいなければ、それは不幸な家庭かな?」

「…それは」

「お前さんの解答はなんだい?」

「……父親、がいなくても…幸せ、な家庭は幸せだと思います」

「なら、何で幸せだと思う?」

「…笑ってて、そこに、いる家族が…幸せそうにしていれば」

「なら、母親がいない家族は、不幸な家族かな?」

「…さっきと、同じ、母親がいなくても…幸せな家庭は、幸せだと思います…」

「なら、両親がいない家族は不幸な家族かな?」

「…苦労は多くなると思いますが…つまり不幸には、ならないと思います」

「理由は?」

「…先程と、一緒です」


 ふむ、と煙草を挟んだ手で口元を隠した白衣の彼女

 目は相変わらず細められ、表情から感情を伺うことはできない


「なら…とこれ以上仮定を積むのはナンセンスだね」

「…はぁ」

「確かに、お前さんの言う通り…両親、兄弟が揃っていなくても幸せな家族は幸せだ」

「……」

「幸せとは何か、そこまで話を深めるともう収集もつかなくなるし…さて、話を戻そう」


 独り言のようにつぶやかれた言葉に不思議そうな目を向けると

 気にしないで、と片手を振られる

 それに、曖昧な返事を返せばいい子だね、と笑顔が帰ってきた


「さて、…この話の登場人物をどう仮定しようか…。特に名称があるわけでもなし…エス、と名付けようか」

「エス、ですか?」


 イニシャルか何かではなさそうな名称に、気にするなとまた彼女は手を振る


「……エスの両親の話からしよう。エスの両親は少し若い年齢で結婚、そしてエスを身篭った…その頃は、いい夫婦だったそうだ。しかし、エスの父親は母親がエスを身篭った頃から博打にハマり、浮気を繰り返すようになった。そして母親がエスを出産後、父親からのドメスティックバイオレンスが始まった」

「…D、Vですか」

「そ、DV。エスの母親はその暴力に耐えかねて父親と離婚、父親はどこかに消えた。エスに父親の暴力の記憶はなく、小学生に上がるまで、母親の承諾の元、父親とは会っては遊んでいた。だが、父親とゲーム機を買ってくれるという約束を最後に、エスと父親の交流はなくなった」


 ふぅ、と白煙を吐き出して天井を見つめる彼女を不思議な眼差しで見つめる

 自分は比較的普通の家族だった為エスの心境は小説で読み知ったものでしか想像できない 

 だが、幼心にエスは寂しさを感じていたのではないか、そんな月並みな感想を抱いた


「エスは父親がいない事にコンプレックスを感じ、それを他人と比較し劣等感を抱いていた。そして、エスは父親は単身赴任していない、と思い込む事で寂しさを紛らわせ、 父親からの連絡を待ち続けた。ずっとずっと、待ち続けた。しかし、連絡は来るはずもなくエスが高校生になった時、母親から父親の真実を聞かされた。ずっと、いい父親の図しか知らなかったエスはショックを受けた。そして、父親を愛しながら同時に憎悪と殺意を抱くようになった」

「…当然、ですよね」

「そりゃそうだろうなぁ…今まで知らなかったものを知るのは、必ずしも衝撃を伴う」


 淡々と言葉を紡いでは短くなった煙草を捻り消し彼女は新しい煙草を取り出した

 もしかしたら彼女の話なんじゃないかと思いながら続きを待つ


「しかし、エスはいい子ではなかった。エスは、幼い頃から嘘を憎む母に嘘をつき重ね…次第に母親からの信頼をなくしていった。エスが母親に嘘をついた理由は二つ。自分の欲望を叶えつつ、母を怒らせないいい子でいるため。母に怒られたくないため。実に子供らしい理由だね。怒られたくないために怒られる事をする…実に子供臭い。エスの母親は嘘をつき続けるエスをそれでも信じた、何故か分かるかな?」

「…、なんで、ですか?」

「母親だからだよ。母親だから、子供を愛し信じる……だが、とある事件によって…その母親だからというものではエスを信じられなくなった」

「…事件?」

「これは、言う事は控えるけどね、それによって、母親からの信頼を失った。そしてやっとエスは気付いた、自分が今まで母親を傷付けていたか、母親を苦しめていたか…。それからさ、エスは人が変わったように自分を殺し始めた。自分の欲望を抑え始めた、そして変われなかった自分を憎み、自分を変えようと躍起になったそうだよ。でも、母親はそのエスを見て幸せそうだった、エスが母親を殺したいほどに思っているのにも関わらず。…さて、もう一度質問しよう。幸せな家族ってのは何だと思う?」


 射竦める様な鋭い言葉をかけられ思わず身を震わせる

 幸せな家族

 笑ってて、そこに、いる家族が…幸せそうにしていれば

 先程自分はそう答えた

 自分の答えは


「…変わりません」

「その心は」

「エスは…自業自得だと思います。だから、エスのその行動は当然、かと」

「…罰、とでも言いたいかな?」

「……はい」

「…そうか、さて…時間だよ」


 壁から背を離した彼女はマスクを戻して注射器を手に取る

 あぁ…死ぬのか、そう他人事のように脳裏に言葉が浮かぶ


「あ、の…」

「なに?」

「…エスは、貴女のことですか…?」

「…残念ながら僕の両親はもう死んでるし、小さい頃に死んだから記憶もない。長女とは憎み合う仲だったけど三女と義兄とはすっごく仲がいいし、大事な彼氏も大事な相棒もいる…幸せな家庭さ」

「…じゃぁ」

「言っただろう、特に名称がある訳じゃないって…エスの物語はフィクションさ。ただ、僕の興味がそそられたから聞いただけ」

「…そう、ですか」

「そう。だから、これで話も…君の命もおしまい」

「……少し、楽しかったです…お話できて」


 自分がそう言葉を紡ぐと、彼女は猛禽類の様な目を丸くしついで肩を震わせて笑いだした

 

「初めてだよ、実験体にされる人にそう言われたのは」

「…そうですか」

「あぁ、君が僕サイドだったらよかったのにね……実に、残念だよ」


 彼女のその言葉と共に自分の意識は暗闇へと落ちていった












Fin?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ