いつも通りの、この感情。
即興小説トレーニングというサイトでのお題小説です。
甘い空気が場を支配していた。
いつも煌びやかな気配を纏っている青年が、いつも以上に輝く笑顔を浮かべる。
宮殿にいる他の令嬢が見たのならば、卒倒しそうな笑顔だと冷静に思いながらシルヴィアは彼の様子を観察する。
優雅にその長い指先がシルヴィアの頤にそっと触れた。
じわりと彼の指先から体温が移ってくる。
それを他人事のように感じながら、シルヴィアは彼の指先が暖かい事に少しだけ驚いた。
(指先までも冷たいのだと思っていたわ)
優しい指先がシルヴィアの顔を上げさせる。
青年の青い瞳が熱を持ってシルヴィアを射抜く。
慈しむような手つきは、けれど、どこまでも白々しく思えた。
「ねぇ、君はいつになったら私の思いに応えてくれるの?シルヴィア?」
甘く囁く声が愛おしげにシルヴィアの名を呼ぶ。
乞うような切ない表情を浮かべて、青年の顔が近づいてくる。
「……お戯れが過ぎますわ、殿下」
唇が重なり合おうとする瞬間、シルヴィアは彼を呼んだ。
青年の動作がピタリと止まる。
一瞬、その顔が不機嫌そうに歪み、けれど次の瞬間には笑みで塗り替えられている。
青年の瞳だけは、冷たい光を宿していたが、きっと他の誰にも分からないだろうとシルヴィアは思った。
「ねぇ、愛しいシルヴィア。そろそろ私の気持ちに、応えてくれてもいいんじゃないか?」
睦言を囁くかのように、切ない笑みを貼り付けて青年がシルヴィアの耳元で言う。
他の誰にも聞かせないであろう、低い声にシルヴィアは満足した。
「……そろそろ、騙されてくれてもいいんじゃないか?」
不機嫌な声のまま、睦言のように耳元に流された言葉に、シルヴィアは微笑んだ。
薔薇のような気品に満ちた微笑みは、とても幸せそうで。
けれど、彼女の瞳だけは、冷たい色を帯びていく。
ーーあぁ、ほら、やっぱり酷い方
こうやっていつも自分を弄ぶ青年を見つめながら。
それでも翻弄されそうになる自分を律しながら。
シルヴィアの胸中をいつも通りの失望が通り抜けていった。
✳︎
相変わらず凛とした空気を纏いながら、彼女は退屈そうに壁に寄り添っていた。
その姿を見た途端に、俺の心の中に甘くて苦い感情が広がっていく。
気がつけば俺は彼女の元に寄り添っていた。
自然と笑みが浮かぶのが止められなかった。
シルヴィアの碧い瞳が俺を映す。
それだけで眩暈がするほど幸せだった。
気がつけば指先が彼女の顎に触れていた。
その顔を上げさせると、シルヴィアが少しだけ驚くように碧い瞳を見開いて。
彼女が見せた珍しい表情が、俺を突き動かす。
「ねぇ、君はいつになったら、私の思いに応えてくれるの?シルヴィア?」
その薔薇色の唇に引き寄せられていく。
二つの体温が重なる瞬間。
「……お戯れが過ぎますわ、殿下」
いつも通り涼しい声でシルヴィアが俺を制止する。
その他人行儀な呼び方に、俺の機嫌は一気に下降した。
「ねぇ、愛しいシルヴィア。私の気持ちに、そろそろ応えてくれてもいいんじゃないか?」
低くなる声を抑えられないまま、必死に笑顔の仮面を貼り付けて。
それでも睦言を囁くと。
シルヴィアは満足そうに、その瞳を煌めかせた。
ーー良く出来ました、と褒めているかのように見えた
そんな瞳に、また彼女の心を溶かせなかったと切なくて。
悲しみが胸の中を侵食していく。
それなのに、そんな煌めく彼女の満足そうなその様が……嬉しかった。
「……そろそろ、騙されてくれてもいいんじゃないか?」
そうやって自分だけ翻弄されているのが癪で。
不機嫌な声を無理やり絞り出しながら、シルヴィアに囁く。
シルヴィアが微笑みを浮かべた気配がして、その動作にやっぱり全てを見通されている気がして。
それがやっぱり少し悔しくて、でも彼女が微笑んでくれた事が嬉しくて。
……その笑顔を、瞳を、直接見ることが出来なくて、残念だなと思いながら。
いつも通りの愛おしさが、俺の胸の中を支配していった。
お題は「マンネリな失望」でした。
失望を繰り返す令嬢と、それに気づいていない王子様のお話です。
王子の名前を出す暇が無かったです。