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図書館及び『僕』を名乗る女性について2

 二人が電車に乗って二駅ほど移動するとG大最寄りの駅に着いた。G大のキャンパスが立地している場所はG県の商業地域の中心として大いに栄えているが、キャンパス自体は大学所有の広い林によって囲まれているので近隣の喧騒から隔絶されていた。


 入り口ではコーラス部が並んできれいな声で校歌を歌っている。休日だからかキャンパス内は閑散としていた。遠くの運動場からかけ声とボールをバットで叩く音が微かに聞こえる。二人が校門をくぐって少し歩くと、バニーガールの格好をした屈強な男たちがスキップをしながら車道を行進しているのを中晴は発見した。信号が赤になると男たちは横断歩道の前で止まって体育座りをする。信号から響くひよこの声を聴きながら、中晴は車いすを押してその横断歩道を渡った。


「大学って変わったところだね」

「すぐに慣れますよ。私は一週間で慣れました」

「図書館ってどこにあるの?」

「あっちです」


 外雨が遠くにあるタージ・マハル風の建物を指さす。中晴は車椅子を押して指を指した方向へと進んでいった。



 ************************



 図書館の見た目はタージ・マハル風であったが、建物の内装は非常に落ち着いていた。中晴は入り口で安心感を覚える。そして次に、その見た目から想像できるように広すぎる図書館のロビーに驚いた。


「わあ!凄い図書館だなあ」

「でしょう?G県で一番大きい図書館らしいですよ」


 子供のような正直な感想に外雨はまるで自分が褒められたように嬉しそうに同意をする。そして彼女は何か思い出したように突然人差し指を挙げた。


「そうだ、中晴君。ここに来る前に言っておきたいことがあったのですが」

「何?」

「もしもここで私の知り合いに会っても、私の手足のことについては喋らないでくださいね」

「どうして?隠す必要なんてないでしょ」

「私にかかっている呪いについて説明すると、必然的に私がダンジョンハンターをしていることを話す羽目になるのです」


 中晴は車椅子を押すのをやめて、右手で顎を撫でながら宙を見つめる。


「ああ……そっか。違法な職業だから大っぴらに話せないんだよねえ」

「ええ。それに、友人にいらぬ心配をかけたくありませんしね」

「わかったよ。でも車椅子に座っているのはどう説明……」

「あっ、外雨先輩!?」


 中晴の言葉が言い終わる前に、二人の後ろから女性の驚いた声が聞こえてきた。中晴は言葉を中断して眉間にしわを寄せる。


「さっそくか……」

「私に話を合わせてくださいね」


 外雨が念を押す。中晴は無言で頷いて、そして車椅子をその場で回転させて、外雨と後ろの見知らぬ知人が相対できるようにした。そして同時に自分も相対する。彼の目の前にはボーイッシュには見えないボーイッシュな女が驚いた顔で立っていた。


 ボーイッシュと表現されるような女性は一般的に短髪であるが、その女のダークブラウンの髪は肩まで伸びていた。そしてその中でもかわいらしいリボンで束ねられたポニーテールはいかにも女性的だが、それが逆にボーイッシュな雰囲気を漂わせている。胸は小さくなく、身長も高いわけではないのだが、普通にボーイッシュな雰囲気を感じる。量産型大学生のようなブラウスとやや短めのゆるふわスカートを履いているが、やはりその程度の隠蔽では隠し切れないほどのボーイッシュな雰囲気を放っている。


「明ちゃんではないですか!こんなところで会えるとは嬉しいですね、お久しぶりです」


 外雨はどうやら思いがけない相手に会ったらしく、まず最初に驚いた後に嬉しそうに話しかけた。あきらと呼ばれる女は心配と尊敬が混じった複雑なトーンで返事をした。


「お久しぶりです……でも、その車椅子はどうしたんですか?まさか事故に……」

「お久しぶりです、明ちゃん。これは持病のぎっくり腰がちょっと悪化しただけで、大したことではありませんよ」

「えっ、ぎっくり腰……?」


 中晴は思わず外雨の後ろで頭を抱える。


(なんでそこでギックリ腰をチョイスするんだ外雨さん……他にもっとそれっぽい病気とかあったでしょ……)


 明は少し反応に困ったが、平静を装って極普通の反応をした。


「僕としたことが、外雨先輩に持病があったなんて知りませんでした。お大事にしてください。大学の図書館に来ている、ということは復学したんですか?」

「いえ、今日はこの子の勉強の付き添いに来ただけですよ」

「この子……?」

「うっす。中晴っす。よろしくっす」


 何故かやる気のない野球少年のような挨拶をする中晴。彼を訝しい目でしばらく見つめていた明だったが、これまた平静を装って挨拶を返した。


「よろしく。外雨先輩とはどういう関係かな?」

「うっす。朝から晩までずっと一緒にいる関係っす」

「えっ!?」


 ババーン!

 思いもよらない返事に驚いた明はハンドバッグを床に落としてしまった。平静を装ってハンドバッグを拾い直したが、明らかにその手はわなわなと震えていた。車椅子に座っている外雨は中晴のほうを振り向いて注意をする。


「こら!中晴君、そういう誤解を招くような発言は慎んでください」

「でも本当じゃないですか」


 中晴はケタケタと笑いながら後頭部に手を添えた。外雨は明に向かってとりあえずの弁解を始める。


「あのね、明ちゃん。私は中晴君の家庭教師をしているだけで、明ちゃんが想像しているような関係ではないんですよ」

「あっ、なんだ、家庭教師ですか。ビックリしました……」


 ほっと胸をなでおろす明。


「でもタダなんスよ」

「タダ!?」

(そこはそんなに驚くようなところでもないような……)


 中晴の発言に驚いた明はその場で不自然に転んで顔面を床にぶつけた。それを見た外雨が心の中で呟く。一方、明はうずくまりながらポケットから取り出したハンカチを取り出して歯を食いしばっていた。二人からはその表情は見えないがとても悔しそうだ。


(外雨先輩がタダで家庭教師?それも朝から晩まで付きっきりで?なにそれ凄く羨ましい……僕もレクチャーされたい……)


 明は噛んだハンカチを丸めてハンドバッグに押しこめながらゆっくりと立ち上がる。外雨はかなり困惑しながらも一応の弁解を入れる。


「えーと、なんでタダで家庭教師をしているのかというと、私が中晴君の育て親みたいなものだからです。もう一度言いますが、明ちゃんが想像しているような関係では決して無いんですよ」


 その言葉を聞いた明の顔がパッと輝く。


「あっ、そうなんですかー。それならタダでも納得……」


 その言葉は言い終わるまでに自らの驚きの声で塗り替えられた。


「外雨さんが育て親!?」


 明はその場でバク転して床に後頭部を思い切りぶつけた。


(アクションがオーバーな人だな……)


 心のなかでそう呟かずにはいられない中晴であった。



 ************************



 その後、せっかく会ったということで、三人は図書館を出て近くのキャンパス内の喫茶店で話すことにした。その喫茶店の名前はワシントン。入口の近くに中指を立てたジョージ・ワシントンの銅像が置いてあるのが特徴的だ。レジ前には背丈の高い聖徳太子似の店長と身長の低い双子のような女性の店員が二人立っている。その内の一人が三人の入店に気がつくと、近づいて席に案内した。


「三名様ですね。こちらへどうぞ」


 三人がメニュー表を見て飲み物を注文する。しばらくするとコーヒー一つと紅茶二つが運ばれてきた。その間に外雨たちは少し会話をしたようだ。入店前はそわそわしていた明は外雨の説明を受けて晴れやかな笑顔を見せていた。


「なるほど、そこの中晴君のお父さんが外雨さんの育ての親で、お父さんが亡くなった後は外雨さんが面倒を見ているんですね。それなら納得……」


 言い終わる前に沈痛な表情に変わる。


「……外雨さんって複雑な家庭事情を抱えていたんですね。僕は本当に何も知らなかったんだなあ、ショック……」

「いえいえ、それほど複雑でも無いッスよ」

「……中晴君のその語尾は何なのですか。全然似合っていないんですよ」


 外雨はどうやって彼女を慰めながら『複雑な家庭事情』に出来るだけ触れさせないようにすればいいのか考えていたが、話題を逸らすのが最善と考えたようで中晴に突っ込みを入れることにした。中晴は苦笑しながらコーヒーを飲む。


「いやー。敬語使うべきなのかなーと悩んでいたらこんなしゃべり方になってしまって。それで、誰なんですこの人は」

「そっか、中晴君には紹介していませんでしたね。この子は東秋明とうしゅう あきらちゃんといって、一つ下の後輩だった子です。高校時代はとても仲良くしていました」

「仲良くだなんてそんな……僕が一方的に世話を焼いてもらっていただけです」


 沈痛な表情だった東秋明はすぐに機嫌を取り戻して二人の会話に加わった。中晴は少し考え事をしながら外雨に視線を戻す。


「なるほど。俺と同じように、僕っ子さんにとっても外雨さんは育ての親みたいなものなんですね。それで他に子供は何人いるんですか?外雨さん」

「いえ、別に育ての親というほどでは……」

「育ての親なんかじゃなく、僕たちはそれ以上の関係ですよね?」

「以上?以上と言われても……」


 よくわからない方向に会話が流れていることに気づいた外雨は少し引きつった笑顔をする。表情を窺うにどう答えればいいかもわからないようだ。だからなのか、今にも思い出したように手を叩いて別の話題を持ちだそうとしたが、寸前で手を叩くことを思いとどまった。両手が金属で出来ているからだろう。


「あっ、そうだ。明ちゃんはG大に合格していたんですよね。祝いの言葉がすっかり遅くなって申し訳ありませんが、おめでとうございます」


 外雨はテーブルと平行になって彼女に向かって恭しく頭を下げる。東秋明は照れくささと嬉しさが交わった表情に変わった。


「ありがとうございます。でも、外雨先輩が休学したままなんじゃ、大学生活の楽しみが半減ですね。復学はいつ頃してくださるんですか?」

「そうですね……。一応、来年に復学することを考えてはいますが……」

「来年!その頃の僕は大学二年生ですね。外雨先輩は一年生のときに休学をしてからそのままだから、そうなると外雨先輩が僕の後輩になっちゃうのかな。なんだか不思議です」

「大学の中ではそうなってしまいますね。その時は何卒よろしくおねがいしますね、明先輩」

「明先輩!?外雨先輩にそう呼ばれちゃうと、なんだか照れちゃいます。テヘヘ……」


 東秋明は恥ずかしそうに頭をかいた。中晴はコーヒーを飲み干してテーブルに置くと口を開いた。


「へー、来年復学するんだ。それって俺が来年G大に入学するから?」

「それももちろんありますが、他にも理由はあります」

「ふーん」

「……!」


 外雨の言葉を聞いた東秋明は、照れくさそうな顔から一瞬で雷に打たれたように大きく目を見開いた。横に座っていた外雨は気づかなかったが 中晴はその変化に気づく。そして、おもむろに東秋明が立ち上がる。


「ちょっとお手洗いに行ってきますね……。おっと、中晴君もお手洗いに行きたそうな顔をしているね。一緒に行こうよ」

「いや、俺は別にトイレに行きたい気分じゃないけど」

「いいからいいから」

(何がいいんだ?)


 東秋明は促すように中晴の腕を引っ張って彼を椅子から立ち上がらせ、そのまま引き連れて歩かせる。しばらく歩いて外雨が見えない位置に差し掛かると、明は低いトーンで中晴に話しかけた。


「空気の読めないやつだな。ちょっとトイレで話しあおうって言っているんだよ。こっちに来い」


 彼女はさらに強く彼の腕を引っ張って中晴を女子トイレに連れ込もうとする。中晴は焦りながら踏ん張ってそれを静止させる。


「ちょっ、待て待て待て!そっちは女子トイレだ。男子トイレで話しあおうぜ」

「ふざけるな!女の子に男子トイレに入れと言うのか!」

「男が女子トイレに入ったら通報待った無しじゃねえか!男子トイレは清掃のおばさんがたまに入ってるからギリギリセーフだぞ!」


 男女トイレの分岐点で口論していた二人であったが、やがて東秋明がすぐそこにあるドアの存在に気づく。


「おっと、いいところに多目的トイレが。これって話し合いに使ってもいいのかな?」

「そもそもトイレは話し合うところじゃないよ……。仕方がない、多目的トイレで話すか」


 中晴は多目的トイレのドアを開けた。



 ************************



 多目的トイレの部屋は少し広く、右隅に手すりのついた高機能なトイレが一つ置かれていた。二人で話し合いをするには十分の広さがある。東秋明は部屋に入るなり壁をバンと叩く。中晴は身体をビクッと震わせた。


「君は一体なんなんだよ!」

「何なんだよって、その質問こそ一体何なんだよ」

「外雨さんに贔屓されすぎだろ。一体どんな弱みを握っているんだ!卑怯者!僕にも教えろ!」

「誤解だ。何も弱みなんか握っていないよ。贔屓もされていないと思うな」

「僕がG大に入学したのに外雨さんは復学しない。でも君が入学すると外雨さんは復学するんだよ?これが贔屓でなくて一体なんなんだよ」

「いや、別に大学でも面倒見てもらうって話じゃないから……。でもそういう話の流れだった気もするな?」


 中晴は顎に手を当てて口をへの字に曲げる。東秋明は恨めしそうに拳を強く握った。


「絶対そうだよ。君の面倒を見るために復学するんだ」

「マジか……それはびっくりだ」

「ただ育ての親ってだけで、付きっきりで家庭教師をしたり、大学の付き添いをしたりすると思う?」

「思わない。となるとこれは卒業したら心配だからって結婚する流れだよね」

「いや、それはないだろ。君、発想が気持ち悪すぎ」

「えっ……」


 中晴は自分に都合の良い未来を想像して目を輝かせるが、東秋明は若干引き気味に彼の発言を切り捨てた。そして彼女は苛立ちを表現するように狭い部屋の隅をぐるぐると歩きまわる。


「君は完全に子供目線で見られているんだよ。子供と結婚する親がどこにいる?」

「やっぱりそれかあ……。俺ってそんなに童顔なのかな?」


 中晴は伏し目がちに頬に両手を当てる。東秋明はトイレの壁に手を当てて思い悩んだ。


「かわいそうな外雨さん。君のお父さんが亡くなったせいで必要以上の義務感に囚われているんだね……」

「全くだ。はやく俺が一人の女として見てあげないと……」

「そうだね。何らかの方法で外雨さんの義務感を取り除いてあげないとね」


 彼女は今にも襲いかかりそうな目で中晴を睨んだ。中晴はそれを見て少し後ずさりをする。


「待て待て待て。殺人は犯罪だよ」

「はっきり言う。君を殺して入れ替わりたくなるほど、君が羨ましい。なんで君なんだ」

「運命、そして必然さ。俺か外雨さんのどちらかが欠けても成り立たない壮大なラブストーリーだからね」

「うわあ……。君、本当にさっきから言動が気持ち悪いな」

「頼むからそういう発言はやめてくれよ。衝動で自殺したくなるだろ……」


 会話の流れで自信満々に発言した中晴に対して、やはり東秋明は引き気味にばっさりと切り捨てる。自分が痛い発言をしたことに気づいた中晴は顔を赤くして両手で顔を覆った。呆れていた彼女であったが、何事もなかったように会話を進める。


「とにかく、外雨さんは僕のものだ。誰にも渡さない」

「ああ、わかってい……わ?んんん?」


 唐突な発言に中晴は頭がこんがらがる。今のは冗談だよなと期待するように東秋明を見つめたが、残念ながら彼女は笑っていなかった。


「僕は外雨さんが好きだ。君よりも、ずっとね」

「えーと、それは同性の友情的な話で、だよね?」

「性別なんて、僕と外雨さんの間では些細な問題だよ」

「よかった……。じゃあ、問題ないか」


 頭のなかで何か引っ掛かりを感じる中晴であった。東秋明は挑戦的な目で彼に近づき指を首に突きつける。


「というわけで、君は潔く身を引け。G大にも来るな、地球から出て行け。話は以上だ」

「話が飛躍し過ぎだよ。火星行きの電車なんてどこにもないぞ」

「地球から出る気はないんだね。ならば、その発言は恋の宣戦布告とみなしていいんだね?」

「だから飛躍し過ぎだって……」


 彼女をなだめるように両の手のひらを向けるポーズを取る中晴であったが、彼女の言葉は止まらない。


「君は外雨先輩が好きなんだろ?違うのか?」

「……違ってはないけど、まだ外雨さんにこの気持ちは伝えていないんだ」

「僕もだよ。それなら今のところイーブンなんだな。よかった」

「俺が外雨さんのこと好きだって、言うなよ」

「言わないよ。だから君も言うなよな」


 彼女は真顔で中晴を見つめる。二人はしばらく無言で見つめ合っていたが、やがて中晴がため息をついてポケットに両手を突っ込んだ。


「話が飛躍しすぎて途中からついていけなくなっていたけど、とにかくアンタの気持ちだけは伝わったよ。アンタは外雨さんを渡したくない。俺も外雨さんを渡したくない。確か不倶戴天の敵なんて言葉が辞書にあったけど、もしそんな存在が俺にもいるとしたら、アンタしかいないだろうね」

「その通り。君が地球から出ないというのなら、僕は君の存在そのものを許さない。戦争開始だ」


 東秋明は鍵を開けてトイレのドアを開ける。そして振り向いてこういった。


「僕が勝ったら、そこどいてね」


 かくして、一人の女性を巡る戦争が始まったのであった。

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