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大学受験

 ベリアル王のダンジョンの入り口は中晴の家にあるタンスに繋がっていた。


『なぜ?』と読者は不思議に思うかもしれないが、悪魔は基本的に世間知らずであり、センスのそれも人間とは大きく異なっている。ならば、悪魔がその辺の家のタンスにダンジョンを作っても不思議ではないだろう。加えてベリアルは悪魔の中の王の中の王であるので、多少傲慢な所があるのは想像に難くない。あえて誰も気づかないような場所にダンジョンを作ってダンジョンハンターの質を絞っているのかもしれない。


 何はともあれ、ダンジョンを脱出した二人は中晴の自宅に出た。車椅子は室外用なので、外雨は車椅子に乗らずに座っている。二人は履いている靴を脱いで床を汚さないように注意した。


「中晴君、申し訳ありませんがこの車椅子を玄関まで運んでくれませんか」

「あいよ。ついでに外雨さんの靴も玄関に運んでおくよ」


 中晴は車椅子を持って玄関まで運んでいく。ダンジョンの階段の昇り降りに比べればどうってことない。その間、外雨は四つん這いになって台所に向かう。台所に着くと、そこにあった椅子に腰掛け、目でヤカンを探す。ヤカンを見つけると立ち上がり、手にとって蛇口をひねって水を入れる。その間に椅子に座って、出来るだけ長い間立たないようにしていた。ヤカンに水を入れ終わると、コンロの前まで少し歩いてヤカンを火にかける。戻ってきた中晴がその姿を後ろから眺めていた。


「それぐらい、言ってくれれば俺がやるのに」

 バチン、とコンロに火がつく。すぐに外雨は後ろの椅子に座った。

「自分で出来ることは自分でやります。何でも他人に任せっきりだと老後にボケるようですし」

「へえ、その身体のままで老後を迎える気なんだ」

「十分にあり得る未来ですからね」


 このように、実は外雨は数秒程度なら立ったり歩いたりすることが出来る。機械化した足は全く役に立たないわけではないのだ。


 人型ロボットは二足歩行の機能の実装が大変と言われている。立ったり歩いたりするには足の動かし方やバランスの取り方が重要で、ロボットにその動きを計算させて動かすのは難しいからだ。外雨はロボットではないが、立ったり歩いたりするのは同じくらい大変なようだ。


 機械化した足はある程度動かすとだんだん動きが悪くなり、そうなると外雨もバランスを取るのが大変になる。そんな足で外やダンジョンに出かけるのがどれだけ大変かは容易に想像できるだろう。だから外雨はやむなく車椅子に乗っているのだ。ちなみに、足と比べて両手はもう少し自由が効くらしい。これも長時間でなければ、コップを持ったりペンを持って文字を書くことも出来る。



 ************************



 その後、二人は居間で座ってくつろいだ。お湯が湧いたので二人でお茶を飲んでいるようだ。


 二人はダンジョンで着ていた冒険者風の服から現代的な普通の服装に着替えていた。中晴は自宅にいるのだから着替えるのは当然であるが、外雨もどこかの部屋で着替えたのだろうか?たとえ仲が良いとはいえ、女が男の家で着替えるとは何を意味しているのだろう?二人のただならぬ仲が窺える。


 中晴はお茶を飲みながらそれとなく外雨に話しかけた。


「そういえば、外雨さんは大学生なんだよね。確かG大……だっけ?」

「ええ。といっても入学してからずっと休学中ですが」

「G大の入試って難しい?」

「普通に勉強していれば大丈夫ですよ」

「ハハ……。その普通が難しいパターンだそれ」


 中晴は両手を絨毯につけて姿勢を楽にする。彼の唐突な質問に合点がいかない外雨は首を傾げた。


「……中晴君は何歳でしたっけ?」

「ひどい質問だな。俺は17歳だよ」

「今年で18歳?」

「そうなるね」

「……まさか、大学に行くつもりなのですか?」

「そのまさかさ」

「ええと、中晴君は高校には行っていないですよね?大学受験を受ける前に高卒認定試験を受けないと駄目ですよ」

「えっ!?」


 中晴は驚いた声を出したが、すぐに落ち着いて取り繕った。


「おっと、聞きなれない単語が出てきても俺は臆さないよ。とにかく行くと思ったからには絶対に行くからね!」


 そう言って中晴はちゃぶ台の前から立ち上がり、出かける準備をする。


「どこへ行くのですか?」

「本屋」


 玄関に向かう中晴を四つん這いで這って追う外雨。中晴は玄関で座って靴紐を結びながら尋ねた。


「外雨さんも一緒に本屋に行きたい?」

「もちろん!」


 たとえ中晴が尋ねなくても、外雨は一人で車椅子を漕いでついていこうとしただろう。



 ************************



 二人は外へ出ていた。時刻は昼過ぎだろうか?


 とてもいい天気だ。道行く人々は普通の格好をしている。二人が冒険者風の格好のまま外出しないで本当によかった。もし二人が着替えてなかったら道行く人々は奇異の目で二人を眺めていただろうし、いたたまれない読者は目の前のディスプレイを手元にあったハンマーでぶち抜いていたかもしれない。二人がただならない仲であったことにただただ感謝するばかりである。


「外雨さんがついてきてくれるなんて嬉しいね」

「中晴君が本屋に向かう姿など二度と見れないかもしれませんからね」

「いやいや、俺が漫画を買いに行く姿を何度も見てるくせに……」


 中晴が車椅子を押しながらしばらく歩くと本屋についた。見るからに現代的な本屋であった。なぜならば店前の看板に『HONYA』と書かれていたからである。アルファベットの文字列が人々に与える西洋感は筆舌に尽くしがたいが、中晴たちは看板に目を向けることすら無く店内へと入っていった。これでは本屋の店長も浮かばれまい。


 店内は広かった。中晴はストレスを感じること無く車椅子を押しながら移動することが出来た。本屋に入るといつも漫画コーナーに行く中晴であったが、今日は大学受験コーナーに置いてある本に用があるようだ。中晴はずらっと並んでいる本を見て感嘆した。


「受験勉強といえば参考書と問題集だ。うわあ、たくさんあるなあ。受験生はこの本を全部読んで勉強しているのか」

「冗談で言っているんだと思いますが、この棚に並んでいる本を全部買っていくような受験生など日本全国探しても一人も居ませんよ」

「わかってるよ、わかってるよ。もちろん冗談だとも。あっ、見てよ外雨さん。これ一冊で数学の勉強範囲は網羅できるんだって。表紙もクールだなあ。決めた、これを買おう」


 そう言って中晴は手にとった数学の参考書を車椅子に座っている外雨に見せびらかした。見せびらかす中晴は少し楽しそうで、若干の無邪気さを感じる。外雨はニコニコとしながら無言で中晴を見つめていた。


「……」

「何か言いたそうな顔だね。何でも言っていいんだよ、外雨さん」

「いえいえ、たまには黙って見守ることも必要ですよね」

「やだなあ、外雨さん。そんなこと言われると不安になっちゃうじゃないか」


 レジに並ぶ前に値段を確認しようと、本を裏表紙を見てぎょっとする中晴。


「問題集って高いな……。蛍を明かりにして勉強するのが尊ばれるのも納得だ」


 本屋で問題集などを買った二人は店を出た。そのときも二人は『HONYA』の看板に目を向けることは無かった。たとえ目を向けたとしても、それはありふれた看板の一つでしか無いので、二人が何かしらの特別な感想を抱くことは決して無いだろう。


 本屋の店長は何故看板に『HONYA』と書いたのだろうか?もしや店名がHONYAなのだろうか?もしくは、外国人向けの看板なのかもしれない。いずれにせよ、既に二人は本屋を出て遠くまで歩いてしまっている。おそらく、この看板について触れることは二度と無いだろう。


 二人はその後ケーキ屋に寄った。確信はないが、外雨が誘ったに違いない。ケーキ屋で二人が買ったものは何だろうか?当然ケーキである。ケーキ屋を出た後はまっすぐ中晴の家に帰った。


 そろそろ昼の三時である。おやつが欲しくなる時間帯だ。



 ************************



 外雨は居間にいた。居間のちゃぶ台にはケーキが入った箱と紅茶が置いてある。


 ちゃぶ台の前に座っているのは外雨のみで、中晴は襖一枚隔てた隣の部屋の勉強机の前で準備運動をしている。ケーキの箱を開封しながら、外雨は気になっていた質問をついに中晴に投げかける。これ以上は我慢できないようだ。


「それで、どうしていきなり大学に行こうって思ったのです?」

「そこに大学があるからさ」

「答えになっていませんよ」

「ふっふっふ」


 中晴は外雨に向かって人差し指をチッチッチと動かし、腕を組んでこう言った。


「俺のプライベートな動機を、外雨さんに教える気はないかな」

「……なるほど。誰もがそれぞれの夢を抱いて大学に行くものですからね。中には誰かに話したくない者もいるでしょうし、余計な詮索でした」

「そうそう。さて、さっそく勉強をするかな!」


 意気込んだ中晴は机に座り、買った問題集とノートを開いた。これで姿だけなら立派な受験生だ。その姿を眺めながら、外雨はケーキを少しずつ食べていた。しばらくすると紅茶を飲む音が聞こえてくる。


 外雨がカップを皿に置くと、中晴に話しかけた。


「……中晴君、あなたが大学に行きたいと言ったとき、私は嬉しかったですよ」

「ダンジョンハンターは危険ばっかりで儲からない仕事だからね。やっぱりこれからは堅実なサラリーマンだよ。サラリーマンといえば大卒だよ」

「もちろんそれもありますが、何かを学びたいと思うことは人間が生きる上で一番大切なことですからね。中晴くんには狭い世界で一生を終えるよりも、もっとたくさんの世界を知ってほしいと思います」

「ふーん。大学って楽しそうな世界なんだね。ちょっとわくわくしてきたよ。それはそれとして、外雨さん」

「何ですか?」

「家庭教師を雇いたいんだけど、誰かいい人を知らないかな」


 中晴は外雨の方を振り向くこともなく、じっと鉛筆を握りながら外雨に話しかけていた。


「家庭教師の料金は高いですよ。仮に一年間雇うとしたら、中晴君の貯金では賄えないでしょうから、バイトもしないといけないでしょうね。でも、バイトの分だけ勉強が出来なくなりますから、合格の可能性もぐっと落ちてしまうでしょうね」

「マジか……。タダで教師をしてくれるのは学校の中だけだったんだ。小中学校の先生にもっと感謝しておけばよかったな……」


 中晴は机の上で頬杖をつく。


「もし私でよろしければ、タダで家庭教師をしてあげても構いませんが」

「そうそう。そういう話に持って行きたかったんだよね」


 待ってましたとばかりに中晴はしたり顔で彼女の方を振り向いた。


「では、タダで家庭教師をする代わりに、中晴君が大学に行きたがる理由を教えて欲しいですね」

「そうかー、そういう話に持っていっちゃうか……」


 中晴が少し困った顔をする。外雨はニコニコと返事をした。


「当然ですとも」


 ************************


 ちゃぶ台に新しいケーキが並ぶ。どうやら中晴がケーキ屋で購入したチョコケーキのようだ。外雨が食べていたケーキは完食されて、皿だけがぽつんと残っている。中晴は勉強机に座るのはやめてちゃぶ台に移動していた。


「へっへっへ、ケーキといえばやっぱりチョコケーキだよね」

「私はてっきり勉強した後に食べるのかと思っていましたよ」

「問題集を開いた時は危なかったね。これは休憩を入れないと命にかかわるなと思った次第……」


 そう言って彼はチョコケーキにフォークを突き刺す。


「で、大学を目指す理由が仲間探しですか……。まあ、タイミング的にそうだろうなと予想していましたが、どうして大学なんですか」

「大学はいろんな人間が交差する場所だと聞いた。それに人も多いんでしょ?探せば、あの扉の鍵を作れる人間だって何人かいるはずさ。そういう人を四人集めることが出来れば、外雨さんのその身体の呪いを解くことが出来る!」

「確かに……。探せばそういう人間はいると思います。しかし、効率が悪いのでは?しかるべき場所で用心棒を雇ったほうがすぐに集まると思います」

「言うまでもないけど、そんな金はないんだよ、外雨さん。最終的には一人ぐらいは雇うかもしれないけど、四人全員雇うとなると、その金を稼ぐのに何年かかるかわからないよ」

「大学に行けば無償で働いてくれる人材が手に入るとでも?」

「大学生って特に目的もなくだらだらと授業を聞いたり、遊びみたいなサークルに熱中しているような暇人ばっかりなんでしょ?そういう人たちなら、タダで協力してくれると思うんだよね」

「あなたは大学生をなんだと思っているのですか……」


 外雨が呆れた顔で中晴を見つめる。中晴は既にチョコケーキを食べ終わっていた。


「俺の計画はあまりよろしくないかな」

「間違いなく失敗するでしょうね。何の得もなしにタダで働く人間がいるものですか。たとえそれが暇人でも」

「何にせよ、俺は大学に行こうと思うんだ。駄目そうなら何年か働いて用心棒を雇うよ」

「……そうですか。あなたがそう言うのなら、私も強く反対しません。あなたは自分勝手ですから、言ったところで聞いてくれないですからね」

「そうそう、外雨さんは黙って俺の家庭教師をしていればいいのさ」

「そんなこと言うのなら、私は手伝いませんよ」

「ごめんなさい!」


 そっぽを向いた外雨に向かって、中晴は両手を合わせて歳相応の謝罪をする。それを見た彼女は満足そうに表情を元に戻した。


「……不純な動機ですが、それでもあなたが勉強してくれるなら、私はそれで十分です。それに、失敗は良い経験にもなりますからね」

「うん。失敗なら失敗で、それでいいんだ。どうせ時間なんて腐るほどあるんだから」

「そういえば、G大に行きたいと言っていましたが、他の大学では駄目なのですか?」

「うんうん。どうせ行くなら外雨さんと同じ大学がいいな」

「そうですか……」


 外雨は中晴の横にゆっくりと移動する。少し呆れていた彼女の表情は真剣なものに変わっていた。それを受けて中晴も真面目な表情になる。


「中晴君、私の教え子になるにあたって、真っ先に学んでほしいことがあります」

「何かな」

「受験勉強とはとても辛いものです。恐らく、いや間違いなく、中晴君は途中で逃げ出そうとするでしょう」

「恐ろしい予言だ」

「ええ。ですから、そうなるまえに胸に留めて欲しいのです。『諦めなければ夢は叶う』ということを」

「それが真っ先に学ぶこと?」

「はい」

「それならもう学んでいるよ。ダンジョンハンターを通してね」


 中晴は真剣な表情のままニヤリと微笑んだ。


「そして大学でもまた学ぶことになると思う。何があろうと、俺は困難に対して背中を見せる気はないよ」

「良い意気込みです。流石は私の自慢の生徒」


 外雨は中晴により近寄って、満足気な表情で彼の頭を優しく撫でる。


「それではさっそく、勉強を始めましょうか」


 こうして彼の長い長い受験生活が始まったのである。


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