童話『穴掘り鬼』
そもそも「メルヘン」とはドイツ語で「童話」のことです。
昔々、まだ太陽が神も人間も分け隔てなく照らしていた頃のことだ。ある村に、一人の農夫とその娘が、二人で住んでいた。その娘は、一つ隣の町でも噂されるほど美しい娘であった。
娘は沢山の男達に結婚を求められたが、父の仕事を手伝えなくなると全てを断っていた。
村の近くの森に、小屋があった。その小屋には、人食い鬼が住んでいて、村人たちは皆近づかないようにと気を付けていた。
ある日のこと、薪集めに夢中になっていた娘は、その小屋のそばまで近づいていた。すると、小屋の中から鬼が現れ、娘を見つけた。
「何やら、いい匂いがする」
鬼は逃げる娘を捕まえると、小屋の中に閉じ込めた。
「若い人間の娘は久しぶりだ。綺麗に洗って、塩で味付けをして、茹でて食ってやる」
小屋の中で娘は泣いた。
「助けて、お父様」
娘の泣き声を、小屋の窓枠にとまって聞いていた小鳥が憐れに思い、父親の元へ届けた。
「農夫の娘、この国で一番綺麗な娘。人食いの鬼に捕まって、ご飯になって食べられちゃう」
「なんてことだ。娘が、食べられてしまう」
それを聞いた父親はすぐに、もし人食い鬼から娘を助け出してくれたら、娘を嫁にやると国中に知らせた。
知らせを聞いて最初に現れたのは、屈強な大男だった。大男は小屋へ向かい、扉を叩いた。
「やい、鬼。娘を返せ」
娘を綺麗に洗っていた鬼が言った。
「やなこった。返さなかったら、どうする」
「こうしてやる」
大男は中へ乗り込み、腕づくで娘を助けようとしたが、鬼に返り討ちにされて死んでしまった。
次に現れたのは、勇敢な若者だった。若者は小屋へ向かい、扉を叩いた。
「やい、鬼。娘を返せ」
娘を塩で味付けしていた鬼が言った。
「やなこった。返さなかったら、どうする」
「なら、代わりに僕を食べろ、その代わり娘を見逃せ」
「お前なんか食べても、美味しくない」
若者は、娘を調理する為の包丁の試し切りとなって死んでしまった。
最後に現れたのは、頭の良い、この国の王子だった。この王子も、村に綺麗な娘がいることを知っていた。王子は小屋へ向かい、扉を叩いた。
「やい、鬼。娘を返せ」
娘を茹でる為の湯を沸かしていた鬼が言った。
「やなこった。返さなかったら、どうする」
「返さなかったら、勿体無い。僕は娘を増やす方法を知っている。娘を増やせば、君はいつでも何度でも若い娘を食べることができるのに」
「それは、本当かい?」
鬼は初めて聞く耳を持った。
「本当さ。肉しか食べない君は知らないだろうけど、この世には芋という食べ物がある。その芋は、ただ地面に埋めておくだけで勝手に数が増えるんだ。だから、娘を地面に埋めておけばいいのさ」
「本当だろうな。嘘を言ったら、後でひどいぞ」
と、鬼が脅した。
「本当さ。だけど、娘は生きたまま埋めなくては駄目だ。それと、数が増えるまでしばらくの我慢が必要だね」
鬼は半信半疑ながらも、若い娘が増えるという誘惑に負けて、娘を小屋の外に埋めることにした。
鬼が娘を埋めて、小屋に戻ったことを確認すると、王子はすぐさまそこを掘り起こし、娘を助け出した。
「もう、大丈夫。安心をし」
「あぁ、王子様」
娘は自分を助けてくれた男の身なりで、それがすぐに名のある王子だということに気がついた。
しばらくして、鬼は空腹に耐えられなくなり、娘を掘り起こすことにした。
「随分我慢をした。きっともう、増えているだろう」
しかし掘っても掘っても、娘は増えているどころか、最初に埋めた娘さえ見つからない。
鬼は自分の身の丈の三倍の深さの穴を掘ったところで、王子に騙されたことに気がついた。
「騙したな。殺して食ってやる」
穴の中から鬼の声が聞こえると、王子はその上から娘を茹でる為に沸いていた湯を鍋ごと穴の中に落とした。最後には土で埋め、鬼はそのまま死んでしまった。
王子は約束通り娘を貰い、后として迎えると、末永く幸せに暮らした。
王子と后が幸せな限り、人食い鬼はもういない。
教訓
大事なのは、見てくれや勇敢さではない。
知恵と話術を備えれば、美人を射止めるのも容易いこと。
そのことに気付かない人が、知らず知らずに損をする。
もうひとつの教訓
うまい話には、必ず裏がある。
それを見極めることができなければ、
深い穴に埋まるのは鬼では無く貴方。
最後の教訓はグリムではなくペローのメルヘンをリスペクトしています。