2、地獄
凡夫は、地獄について仏僧にたずねた。
「悪人は死ぬと地獄へ行くのでしょう。どの程度の悪人から、地獄へ行くのでしょうか?」
仏僧は答えていった。
「仏教には、五戒というものがある。不殺生戒、不偸盗戒、不邪淫戒、不妄語戒、不飲酒戒だ。生き物を殺したもの、盗んだもの、交尾をしたもの、嘘をついたもの、酒を飲んだもの、これらのものたちは地獄へ落ちる。お主は、何か隠れて悪いことをしてはおらんだろうか。どんな悪さも、閻魔帳に書き記されているのだから、決して逃れることはできない。少しでも、悪いことをした覚えがあるなら、急いで仏教寺院に財産を寄付することだ。できるだけ多額の寄付を行ったものは、それだけ悪行を許され、地獄へ落ちることなく、天国へ行けるだろう」
「しかし、まったく生き物を殺さず、生きていけるものがありましょうか?」
凡夫が疑問に思ってたずねると、仏僧は答えた。
「然り。まことに信心深く、修行に励み、高い法力を手に入れた者は、まったく生き物を殺さずに生きていける。決して、修行を侮ることなかれ。拙僧は、この通り、もう十年は生き物を食料とせずに生きている。決して、殺すなかれ。決して、盗むなかれ。決して、交尾することなかれ。決して、嘘をつくことなかれ。決して、酒を飲むことなかれ」
「いや、でも、さっき、あなたが焼き鳥を食べていたのを見ましたよ、わたし。お酒も飲んでおられたような」
「喝! 幻覚である。修行が足りぬゆえにそのような幻覚を見るのだ。これは、悪魔がお主を地獄へ落とすように、誘惑しているのであり、決して聖者の功徳を疑ってはならん」
凡夫は自分が悪魔にたぶらかされていたのだと知って、がたがた震えて答えました。
「ああ、わたしのなんと愚かなことでしょう。聖者がありがたい教えを説いてくださっているのに、邪な疑いをかけるとは。わかりました。わたしは、もう、食べ物を食べません。断食します。盗みもしません。妻との交尾もしません。嘘もつきません。酒も飲みません。禁酒します」
「うむ。そうすれば、汝は天国へ行けるだろう。しかし」
「しかし、なんでしょう」
「どうして、地獄へ行くことを恐れるのだ。生きるも死ぬも、一切皆苦。六道輪廻、人間界も、地獄界も、輪廻して行き来するが凡夫のありえるべき姿であろう。どうして、地獄へ落ちてはいけないのだ。なぜ、地獄を恐れる。どうせ、生きるも死ぬも、一切皆苦。天界へ生まれ変わった神ですら、輪廻からは逃れられぬ。例え、神だろうと地獄へ落ちる。殺し、盗み、交尾し、嘘をつき、酒を飲むのが、あるがままの世界ではないのか」
凡夫は、はっとして聞いた。
「そうでございました。地獄を恐れるのは、先入観でございます」
すると、仏僧はいった。
「ここはどこだ?」
「宇宙」
「宇宙とは何だ?」
「一切皆苦」
「ならば、どう生きる?」
「地獄もろとも、さすらい歩むのみ」
「その通りじゃ」
この教えは、わたしの個人的信仰であり、仏教ではないらしいです。