村長
沈みゆく日を背中に、2人は金色に輝いている野原を進む。
緩やかな下り坂を下り、30分ほど歩いたところにある村へと到着した。
日頃、子どもたちが駆け回っている道は鎮まりかえり、ぽつりぽつりと畑の間に立っている家の曇りガラスには、柔らかな光が灯っている。
2人ひっそりと村の中心に位置している村長の家へと向かった。
村長の家に辿り着くと、2人は扉の横に吊るされているベルの紐を引っ張った。
カーン、と遠くまで響く音を聞き、年をとってはいるがまだまだ元気な村長が扉を勢いよく開いた。
「お、アルとシーじゃないか!よくきたな、ふたりとも。今日はどうしたんだ?カコの実のジュースでも貰いにきたのか?」
意地の悪そうな笑顔を浮かべた村長はそう言って、扉の前に立っている2人を交互に見比べ、2人の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜた。
「私たちはもうそんなに小さくないのよ」
「それに、ジュースもいりません。まったく俺らを何歳だと思ってるんですか。成人したんですよ」
「ん?そろそろ18だろ。まだまだ子供じゃないか」
「18は大人よ!」
ムキになった2人にひとしきり笑ったあと、ふと真顔で聞いた。
「ところで今日はどうしたんだ?なにか用があるんだろ」
「お話があるのです」
アルも表情をあらため言った。真剣な2人の眼差しになにか事情があると察した村長は、
「わかった、なかにはいるといい」
と家の中へと促した。
数年ぶりに入った村長の家は、近頃では珍しい旧式ランプと暖炉の温かみがある光で照らしだされている。長椅子に座るよう、村長は指し示した。
「今日は、レノはいないんですか?」
「いつも私達が遊びにきたらかならず寄ってくるのに」
「息子はいま、夜の見回りに出かけていてな、いつも昼遊んでいるぶん夜に働いて貰わないとな」
「そうなんですか」
「君たちが来たことは伝えておくよ」
「「伝えなくていいです」」
「そういわずに、な」
そういって村長は、長椅子にすわる2人の机を挟んだ正面に座った。
ぱちりと暖炉で静かに燃えている薪が微かに音を立てた。
村長はまっすぐに2人を見据え、口を開いた。
「さて、話を聞こう」
セシリーとアルは頷き、懐から例の手紙を取り出した。
「まず、これを読んでみてください」
「これは?」
「私達に宛てた手紙です」
父からの手紙を渡す。
その手紙を受け取り、ひと通り目を通すと頷いた。
「この手紙のとおりに旅にでるのか」
「ええ」
「明日の朝にでも旅立とうと考えています」
「また、えらく急だな」
「なにか、急がなければならない気がして……」
「それに、思いついたら即行動が家訓ですから」
「くくっ、あの摩訶不思議な家訓の1つか。だが、シーはもう少し考えて行動したほうがいいぞ」
「……はい」
アルに小突かれたセシリーは渋々と返事を返した」
「まあ、気をつけていってきなさい」
その言葉に、2人は顔を明るくし、はい、と見事なユニゾンで返事を返した。
読み終えた手紙を、セシリーに手渡した。そのとき目に入った封筒に違和感を感じる。
「なあ、その封筒、見せてもらってもいいか?」
「ええ、いいですよ」
なぜそんなことを、と疑問に思いながらも封筒を差し出した。
封筒を受け取った村長は中を覗き込む。何かに気づいた村長はすっと立ち上がり、すこし離れたところに設置されている暖炉に向かった。セシリーのちょっと待ってくださいという言葉を無視し、懐に入れてあったナイフで封筒を切り広げ、それを暖炉の火にかざす。すると、封筒にじんわりと文字が浮き上がってきた。封筒に何か香料を浸していたのか、鼻を刺激するスパイシーな香りが部屋の中を漂う。
「それは……」
と、アルは村長の行動に言葉をこぼす。
「俺に宛てられた手紙だ」