不思議な生き物
2歩ほど離れたところに半透明な小さい人らしき生物がふわりと宙に浮かんでいた。背中には昆虫のような薄い羽が生え、ゆるやかに体を包む服を風に遊ばせている。薄い緑の髪から覗く、くりっとした目を二人に向け、興味津津と二人を観察していた。
「な、なにかしら。この生き物」
「い、いままで、こんなのいなかったよな」
いなかった、とセシリーは頷いた。
「ほかに……いないわよね…………」
そう言ってセシリーは周囲を見回した、驚きで硬直した。
世界が一変していたのだ。
小さい人みたいな者の他に、見たことのない獣の姿や、言い表すことができない奇妙な形をした生き物が、ちらほらと草の影や木の陰に見え隠れしていた。その生物はすべて半透明で、触れようと手を伸ばしてみても手で感じることができそうにない。
「そこら中にいるわ……」
「……本当だ。なんだこれは、魔物じゃ、ないよな」
「そうよね……」
アルは、目の前にも同じ生き物がいることを思い出し、小さな人に視線を戻した。こちらの視線に気づき、少し首を傾げた。
セシリーは、恐る恐る手をのばした。
しかし、ひらりとかわされた。
もういちど、ためした。
またひらりとかわされた。
「ねえ」
アルとセシリーはビクリと体を震わせた。喋ることができるのかと驚きで。この不思議な生き物は。ふたりは顔を見合わせた。
「ねえ、あなたたち。わたしがみえるの」
笑いが混じった声で聞いてくる問いかけに、おっかなびっくりと答えた。
「あ、ああ……みえる」
とっさに尋ねられすぐに言葉がでなかったアルに対し、セシリーはここぞとばかりにたたみかけた。
「ねえ、あなたは何? なんでいままで見えなかったの? 触れるの? 触れないの? いつからそこにいたのよ?」
なんでこんなことを聞くのだろうと首を傾げながら小さい人は答えた。
「なにって、わたし、《せいれい》よ。かぜよ。それいがいの、なんでもないわ。それよりもわたし、わたしたちのことをみることのできるにんげんをひさしぶりにみたわ」
答えになっていない言葉に眉を寄せながらアルは聞き返した。
「前にもいたのか。君たちを視ることをできる人間が」
「ええ、いたわ。いまはもういなくなってしまったけど…」
「誰なの? それは」
「それは…………あら、あそこにおもしろそうなものがあるわ。それじゃあね」
「あ、ちょっま…」
「ちょっともう少し話をきかせてちょうだい!」
2人は咄嗟に手を伸ばしたが、あっというまに興味の移った精霊は2人の話を聞かずふわりとほかの場所に飛んでいってしまった。
2人は呆然と精霊のいたところを見つめていた。
そのとき、どこからか声がした。
「おい、おい、きこえてないのか」
アルとセシリーは辺りを見回す。
しかし、誰もいない。
「おい、下だ、下。おぬし、聞こえているのだろう?」
アルとセシリーは声のとおりに下を見た。
「ようやくこっちを見おった」
フンと鼻息を荒くしゃべる猫がむっすりとこちらを見上げていた。
「え、ええぇぇ!フォルナが喋ってる」
「な、な、なんで!?」
驚きで硬直したアルを、アルはファルナを持ち上げる。
「……本当に喋った?」
「なんじゃ、目の前で起こっていることが信じられんのか。きちんと言葉は通じておろう」
セシリーは恐る恐ると手をのばす。いつもと変わらずふわふわだ。
「ファルナ、よね」
「そうにきまっておる。それよりもお主ら、そこに落ちている手紙が読みたかったのではないのか?」
そう言われて、存在を思い出した。
「そうだったわ。もう、変な光なんてでないわよね」
落ちていた手紙をつまみあげて、手紙を睨む。
「あれは、一度きりの魔法じゃろう」
ファルナはしたり顔で言った。
「そう。じゃあ、ひらくわ。アル、いいわね」
「あ、ああ……」
アルが頷くのを確認し、ファルナの魔法という言葉に首をかしげながらもセシリーは手紙を取り出し、読み始めた。