船乗りの目的
市場から少し歩いたところに位置する料理店「ロロッカ」は、この小島にある数少ない料理店だ。遠方から立ち寄る商人などが多いこの町では、丁度食事の時間に行くと店に入れないほど混みあう。しかし、アル、セシリー、トレアの3人がこの店に入ったのは昼のピークが過ぎた3時ごろだったので、店はいくらか空いていた。
3人はセシリーの強い要望により、景色のよい窓際の席に座り、机の上に地図を裏返しに広げ、アルがこの島の地図を描いていた。
「できた! これがこの島の大まかな地図だ」
アルはトレアに地図差し出した。そこには、簡単にではあるが大体の位置が把握てきる程度に地図が書き込まれていた。
「よく出来ているじゃない!」
セシリーは目を輝かして地図を持ち上げた。
「簡単にしか描いてないよ」
アルは苦笑して、すこし視線を下に落とした。
「いや、どこに何があるかが下手な地図よりはわかりやすい」
トレアも感心して頷いた。アルは照れを隠すために急いで地図を奪い取った。
「ところでこの島でいったい何をするつもりなんだ?」
「ああ、妹の誕生日プレゼントを探しているんだ」
「え、さっき花飾りを買ったじゃない」
さきほど店で花飾りを買っているのを思い出し、セシリーは首を傾げた。
「買ったんだが、16の誕生日だからな、なにかもっと特別なものもあげたくて。数年前、本にこの地図が挟まっていたのを思い出したんだ」
トレアは袋から古びた地図を出し机の上に広げた。アルとセシリーは同時に覗きこんだ。
「この島に似てるわね」
そう呟いたセシリーは、アルに目を向けた。アルも頷く。
「たぶんこの島だな」
「なぜ、この島だと思うんだ?」
トレアは2人に問いかけた。セシリーの視線に頷いたアルは、地図に手を伸ばすとある一帯を指さした。
「この辺り、島全体に広がる草原に森がひとつ。この森が島の特徴だ。この辺りの島には丘はあっても森はない。周りより一回り大きいこの島だけに森がある。それにここ、港らしきものが描かれているだろう? この辺りで人が住んでいるのはこの島なんだ」
もしかしたら似たような島が他にもあるかもしれない。と続けたアルにトレアは真剣な面持ちで頷いた。
「同じことを船長にも言われた。おそらくこの島だ、と」
「この地図で気になるのはこの文章ね。ちょっと気になるわ」
セシリーは森の横に書かれている文字を指さした。その言葉を聞きトレアはセシリーを凝視した。
「これが読めるのか!?」
なぜ、そんなに驚くのかと不思議に思いながら、セシリーは答えた。
「読めるわよ。昔、勉強したから」
もしかして、とトレアはアルに視線を移した。
「一応俺も読める。そんなにめずらしいのか?」
絶句したトレアに大丈夫かと言いつつも、なぜ文字が読めることでそこまで驚かれるのかわからなかった。家族は全員、この文字が読めたし、日常でも使っていたのだ。
我に返ったトレアは勢い良く身を乗り出した。
「めずらしいなんてものじゃないぞ。普通は古代語なんて読めない! この地図を見せた人は誰もわからなかったんだ! 各地の商人に聞いて回ったのに」
机を叩きながら言葉を続けるトレアの勢いにアルはセシリーは身を寄せた。物言いたげな目でアルを一瞥したセシリーはトレアを見据えた。
「これ、古代語っていうのね」
「ああ、よく遺跡の石版なんかに使われているらしい」
「これを読める人は少ないのね?」
「ああ、少ない」
「…………わかったわ。トレア、あなた私達がこの文字を読めること内緒にしてくれないかしら? 私達はこの文字を読めることを隠すわ」
その言葉にアルは頷き、トレアに頭を下げた。
「俺からも頼む、これは多くの人に知られてはいけない気がするんだ」
知られちゃいけないの、と疑問を顔に浮かべ振り返ったセシリーに、頭を下げろと視線で訴えた。真剣だと感じ取っとセシリーは無言で頭を下げた。
「……あぁ、もう、わかったから頭を上げてくれ。代わりにちゃんと訳してくれよ」
2人の勢いに負けたトレアは茶色の癖のある髪をかき混ぜながら答えた。
「ありがとう。……さあ、アル読みなさい!」
取引を持ちかけたのはこの姉なのに、やっぱり俺が読むはめになるのかとチラリとセシリーを見たあと、地図を引き寄せた。
「自分で読むのがめんどくさいだけだろ、まったく……読むぞ。『森が涙を流すとき 花は満ちる』と、書いてあるな」
ゆっくりと古代語を読み上げたアルはどう思う、とトレアに問いかけた。
「森が涙を流す、か。森で涙といったら雨か滝のことか?」
「多分、雨じゃないかな。あの森には川も滝もないんだ。ただ問題は、俺らは1度もあの森で雨が降っているのを見たことがないんだ」
「えっ、見たことがないってどういうことなんだ? 森なんだろ」
「なんで雨が降らないのかはわからないけど、昔からあの森は呪われているから近づくなって言われているわ」
「昔話があるくらいだからな」
なるほど、とクレアは頷いた。
「昔話……そう、昔話じゃない? たしか『涙の花』という名前の話だったはずよ」
「そうか、その話か。たしか、乙女がこぼした涙から花が咲く場面があったはずだな。ほかにもいくつかあったはず」
ちょっとまて、とトレアは2人の話を止めた。
「その話、俺も知っているぞ。たしか花になって旅人が戻るのをずっとまっていた少女が、最後には約束の花を持って現れたその旅人と一緒に幸せになる話だな」
昔話のあらすじを聞いたアルはセシリーと顔を見合わせて首を傾げた。
「え、私達の知っている話とは違うわ。私が知ってる話の最後は、結局旅人は戻ることはなく、毒を持った花が森を侵すものから守るように一年中咲き続けているで終わるのよ」
「この昔話は、実際に咲いている紫色の花にうっかり子供が触らないようにって言い聞かせるためにある話として有名だな」
「実際に紫色の花があるのか!」
トレアはぱっと顔を輝かせていった。
「ああ、この港の近くの森に沢山生えている」
「実際に触ると手がかぶれるから触っちゃいけないのよ」
それなら,とトレアは期待に身を乗り出した。
「……あるかもしれないけれど1つ問題があるんだ」
「なんだ、それは」
「雨が降らない場所なのよ。絶対に」
「雨が降らない? ……どういうことだ? なんでそんな場所に森ができるんだ」
雨が降らない森をまったく想像することのできなかったトレアは首をかしげた。
「あそこにある植物は全て地下水で育っているんだ。だから、何もないかもしれない。それでもいく?」
「いく、そこに少しでも可能性があるのなら」
「なら、約束通りそこまで案内するよ」
アルとセシリーは頷き、地図を畳んだ。




