港町と船乗りと
トナルフ・ニーグと呼ばれる大陸の北西には小さな小島がある。この小島には、小さな村と大陸側に渡る港以外なにもない。それ以外は、人の足が及ばず、西には薄暗い森、東には草原が広がっていた。
双子の兄弟である、アルとセシリーは大陸に渡るため、港町「エルムス」に来ていた。着いたばかりの行商人たちがいるお陰で市場には、いつもより活気があった。色とりどりの果物や野菜、この島では手に入らない装飾品などが所狭しと並んでいる中を2人は品揃えを眺めながら歩いていた。
ふと、セシリーがある店の前で足を止めた。
「おじさん! これ1つください」
透明な袋に入れられた焼き菓子を持ち上げ、商人に金を渡した。
「あいよ」
商人は、セシリーの差し出したお金を受け取ると、頷いた。
セシリーはすぐに袋をあけ、焼き菓子を口に詰め込むと呆れ顔のアルに1つ差し出した。
「アルもいる?」
「いや、いらないよ。それより、なんで今それを買うんだ。金は節約しなきゃならないのに」
「いいじゃないの。私ずっと我慢してたのよ。どこを歩いても美味しそうな匂いだらけなんだもの」
「よくないよ、まったく……。買うのならああいうのじゃないと」
そういってアルは、指で示した店で地図を購入した。
「結構高いわね。地図ってうちにあるのじゃだめなの? 居間に飾られているじゃない」
「あれも一応持ってきてあるけど、新しく地形が変わったところもあるかもしれないだろ」
「って本に書いてあったんでしょ。とりあえず、どこに最初にいくか決めて船を探しましょうよ」
そう言って地図を広げようとしたセシリーを、アルが制した。
「広げるなら落ち着いたところで広げよう」
「それもそうね。じゃあ、ミリアの店に行きましょう」
ミリアの店はエルムスにある数少ない飲食店だ。食べ物が頭から離れないセシリーに呆れつつアルは頷いた。
そんな2人の耳にあるやり取りが飛び込んできた
「兄ちゃんこれ安いよ! 仕入れたばっかだ。大陸に持って帰ってもしばらくはもつよ」
「かわいい花だな」
「そうだろう。そうだろう。どうだ好きな娘さんにでも」
買おうかどうか迷っている茶髪の男に近づくと男の手元を覗きこんだ。
「あら? これ花が咲いてしまってるわ。大陸に持っていくなら買わないほうがいいわよ」
「本当か?」
怪訝な目を向けてきた男にセシリーは頷いた。
「この花は確かに長持ちするわ。けどそれは蕾の時だけで、花が開いてからだとそんなに持たないの」
セシリーを止めようと思って遅れて覗きこんできたアルも、摘んでから10日は経ってるなと呟いた。男はしばらく手元の花とセシリーを交互に見ていたが、商人に花を返した。
「おやっさん悪いな、これ買うのはやめとくわ。代わりにこの髪飾りをくれないか」
生花の隣に並べてある色とりどりの髪飾りの中で、薄ピンク色の造花のついたものを指さした。
「まいどあり! まいったな、姉ちゃんたちなかなか目がいいな」
「まあね」
「これは、エマルファの職人が作ったもので、なかなか手に入らないから大切にしてくれよ」
商人は髪飾りを丁寧に布で包むと男に手渡した。男は肩にかけていた袋に丁寧に仕舞いこんだ。
商品を受け取るのを確認したアルとセシリーは頷き合い、ミリアの店に向かって歩き出した。
「ちょっとまってくれ」
背後からかけられた声に2人は同時に振り返った。
「さっきは悪いな、花のことなんてよくわからなかったから助かったよ。あんたらはここらの人?」
「ああそうだ、この島の育ちだ。さっきの花をそのまま買っていたら大陸に着く前に枯れていたはずだ。セシリーは花を見る目だけは確かだからな」
「花のことなら誰にも負けないわ! でも、代わりにいいもの買えて良かったじゃない。さっきの髪飾りに使われてた花は私も見たことがないわ」
「ああ、ありがとう。いま、妹の誕生日プレゼントを探していてな。いいものが見つかってよかったよ。俺はトレア・スティーグランあんたらは?」
「私はセシリア、彼は弟のアーノルドよ」
「セシリアにアーノルドか。ありがとう。何か礼をさせてくれないか」
「いいえ、気持ちだけでいいわ」
「通りかかっただけだから」
トレアは残念そうに肩を落としたが、通りかかったという言葉に顔を上げた。
「へえ、通りかかったということは港に行くのか。ということは友人が船に乗っていたのか?」
「いや、私達がのる船を探しに来たのよ」
「珍しいな。あんたたちは商人じゃないだろ」
アルとセシリーは頷いた。
「ああ、大陸に用があってね」
「旅に出るのよ」
「珍しいな」
軽く目を見張ったトレアは少し考え、言った。
「なあ、ちょっと取引しないか? このあたりのこと、教えてくれよ」
「観光か?」
アルはなにか珍しいものがあっただろうかと首を傾げた。しかし、この島には思い当たるものがなかった。島の端まで見渡せるような草原と、小さな森だけだ。
「いや、ちょっと面白い話を聞いてな。代わりと言ってはなんだけど、大陸に渡る船に乗せてもらえるようかけあってみるぞ」
「あなた船乗りなの!?」
「ああ、まだ下っ端だけどな。これが証拠だ」
トレアは腕に結んでいた布を広げると、船員の証である紋章を見せた。
それを見たセシリーとアルは、互いに頷き合った。
「取引成立だ!」
「これから港の近くの店で食事をするところだったの」
「どこに行くかの相談だろ! そこで話をしないか?」
「ああ、了解だ。よろしくたのむ」
「こちらこそ」




