第12話
宴会の翌日、昨日と同じくサクラによるアルダの治療が行われていると、今日は家にいたポーラが来客を告げに来た。
なお、コリンはアンディーと共に狩りに出かけた。ポーラはまだ早いと止めたのだが、アンディーは許可した。どうやら徹がワイバーンを倒したことが彼らを燃え上がらせてしまったようだ。
「私に客? いったい誰だい?」
「ラーダの方です。お義母さんにお話があるそうです。構いませんか?」
「あの町の連中か……。気がすすまないけど、そうは言ってられないねえ。サクラ、すまないけど治療は後から頼むよ」
「うん、わかった」
アルダは嫌々であることを隠そうともせず、億劫にベッドから立ち上がると寝室から出ていった。後ろにポーラも続く。
部屋に残された徹とサクラは、顔を見合わせた。
「なにか、お婆ちゃん嫌そうだったね」
「そうだな」
ラーダの町という名前には心当たりがあった。事前に調べた上世の街道沿いにある町のひとつだ。
この上世の街道を行き来する旅人がよく訪れるようで、予定ではこのラーダの町に宿泊を考えていた。
このミゼレ村からだいぶ東で、ガロキア地方の中部に位置する。先日までいた山向こうのネイジャの町から歩いて七日ほどかかるという話だ。
わざわざそのような遠方な町から、どういった用で訪れたのか。気にならないといえば嘘になる。
ちょうど隣の部屋から男の声が聞こえてきた。ラーダの町からの客だろう。挨拶をしたようだが、意識を向けていなかったので内容は頭に入ってこなかった。それでも名前だけは聞き取れた。
カルス。それが男の名前だった。
徹は隣室へのドアをほんの少しだけ開けた。サクラがなにか言いたそうだったが、唇の前に指を立てることで意図を伝える。
(ちっ、イケメンだな)
カルスは美形の男だった。細身で、サラサラした金髪が輝いている。耳が少し長いように思えた。エリーシアたちと同じエルフだろうか。だが、彼女たちよりも短い。もしかしたら、ハーフエルフというやつかもしれない。
着衣の仕立ては良く、生地も上質だ。村長であるアルダより良い服を着ている。これはミゼレ村とラーダの町の経済力の差が原因だろうか。
他に目に留まるのは首飾りだ。銀細工の開かれた扉。あれは確か、自由と革新の神のシンボルではなかっただろうか。
この世界には多くの神がいる。その中でも最も多くの人々から信仰されているのが光の最高神である『ル・ディーオ』と闇の最高神『ノグヴェルト』だ。主に西方諸国では光の神々が、魔王国では闇の神々が信仰されている。
また、この神への信仰によって発動する魔法を『神聖魔法』といい、神聖魔法の使い手は神官と呼ばれる。ただし、普通の教会関係者も神官であるので、より正確に言うなら、神官の一部に神聖魔法が使える者たちがいるということになる。
テーブルを挟んでアルダとカルスが向き合っている。ポーラは台所でお茶の用意をしているようだ。
「で? 用件を伺おうか。無駄な時間を使う必要もなかろう?」
「フッ、では早速ですが。予想はついておられるでしょうが、以前にも我らの使者からお伝えした同盟の件です」
「やはりか。まだあんな下らないことを夢見ているのかい? 国づくりなど……」
「下らなくはありませんよ。このガロキアの地に暮らす多くの者達に、安全と幸福を与えることになる」
カルスは誇るように言った。声には強い意思が感じられる。
(国づくり?)
このガロキア地方を含む大陸中央部には、国といえるようなものはない。多数の種族や
強力な魔物たちが入り交じり、小規模勢力がモザイク状に点在している。
そんな地を、一部の地域とはいえ国として統一するとなれば、相当な困難が予想される。本気で実行するなら争いは避けられないだろう。
「そのために、戦を起こすというのだろ? そして、私たちにそれに加われと」
アルダは吐き捨てる。
「ええ、そうです。我々はこの村の戦力を評価している。これまでも幾度と無く強力な魔物の襲来を退け、逆にそれらを駆逐して糧としてきた。他の地域では魔物によって滅ぼされた村や町とて珍しくないというのに、これは驚嘆すべきことです」
これは事実だろう。
つい昨日のことだが、ポーラは単独で巨大イノシシの魔物を倒してみせた。それも無傷で。あの魔物はエーレンの東の荒野にいた奴らと同等か、それ以上の強さがあるにも関わらずだ。
エリーシアたちより個人の実力では上かもしれない。また、あのような魔物を犠牲なく狩ることが可能なアンディー率いる村の男衆も、相応の実力があるのは間違いない。
この過酷な地での生活が、その力を養ったのだろう。逆にいえば、それだけの力がなければ生き抜けないということは、今のカルスの話からも分かる。
「そして、その力をあんたらのために使えっていうつもりなら、御免だね」
「私たちだけでなく、このガロキアに住む者たちのために、です。それに――お父上が果たそうとして、ついに叶わなかった夢ではありませんか?」
そのカルスの言葉に、アルダは舌打ちした。忌々しそうに睨みつける。
「言っとくが、父はあんたらみたいに戦を起こそうとはしていなかった。話し合いによる平和的な道を模索していたんだ」
「その結果、反対勢力によって命を奪われた。…………その後に復讐に奔ることなく、長の役割を引き継いで村を守ってこられた自制心と責任感には感服いたしますよ」
「フンッ、父がそんなことを望むはずがないからね」
「ええ、だからこそ、そんな貴方のことを尊敬し、慕う者達は少なくない。お父上の名声とも合わさり、ご協力いただけるなら、それも大きな武器になる」
「今までの話を聞いていたのかい? 戦なんてするわけないだろう」
「我らはお父上の件から学んだのですよ。やはり、話し合いでは解決しないことを。武力による統一のみが、このガロキアに秩序と平穏をもらたすと」
「…………これ以上は話していても無駄のようだね。そろそろお帰り願おうか」
疲れたようにアルダは嘆息すると、椅子の背にもたれかかって目を閉じた。もう話す気はないという意思表示だ。
カルスは微かに目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。ようやく用意できたお茶を差し出してきたポーラに礼を言い、一口だけ飲むと退席することを告げた。
「これで失礼します。御心変わりがありましたら、我らにはいつでも受け入れる準備がありますのでご連絡ください」
恭しく一礼するカルス。だが、アルダは彼が退去するまで視線を向けることもなかった。
「…………重い話だったな」
「そうだね」
好奇心から立ち聞きしたが、色々と衝撃的な内容だった。ついでに、いつの間にかサクラもドアの隙間から覗き見していた。
それはともかく、国づくりのために戦を起こすとか、アルダの父が殺されていたとか、何といえばいいか分からない。所詮は二十歳そこそこの若造の手には余る話だ。
「……まぁ、どっちの言い分も間違いではないな」
戦に反対するアルダ。戦を起こしてでも国を作るべきだというカルス。どちらの考えにも頷ける部分はあった。だが、そのいずれが正しいのかまでは判断できない。
「あ、お婆ちゃんが戻ってくるよ」
「おっと。覗いていたことは内緒な」
徹とサクラはパッとドアから離れ、元の位置に戻った。
ドアが開き、アルダが入室してくる。不機嫌そうな顔をしている。ジロリと睨みつけられた。
「覗いていたね?」
あっさりバレていた。よく考えたらドアが少し開いていたのだから、気づかれて当然である。
「ははは…………すいません」
「フンッ、まあ別にいいさ。つまらない話を聞かれても、どうってことはない」
イライラした仕草でアルダはベッドに腰掛けた。不機嫌オーラが全身から発散されている。
「えっと……、じゃあお婆ちゃん、治療を再開するね?」
サクラは恐る恐る尋ねた。
「ああ、お願いするよ」
苛立っているとはいえ、当たり散らすようなことはせず、アルダは頷いた。
サクラによる治療が再開される。しばらくは全員が無言だった。だが、不意にアルダが口を開いた。
「どう思った?」
それが自分に向けての言葉だと最初は気づかず、徹は答えるのに数秒かかった。
「どう……とは?」
「あの男の話を聞いてだよ。戦をしてでも国を作るって考えをどう思う?」
突然の問に、徹は押し黙った。なぜ、そのようなことを尋ねるのか。何も言えないでいると、アルダは面倒くさそうに付け足した。
「思ったままを答えてくれたらいい。別にどうもしやしないよ。単にね、村の人間じゃないアンタの意見を聞いてみたかっただけさ」
「ああ、そういうことですか」
カルスの言葉に一貫して反対していたが、思うところもあるのだろう。村の人間ではない、部外者の徹になら聞けるということもある。
徹はザッと考えをまとめると、自分の意見を言った。
「俺としては、戦は望ましいことではないと思います。ただ、本当に統一して国を作るなら、戦は避けられないのではないでしょうか?」
特にアルダの父が平和的な手段による統一を図ろうとして、志半ばで失敗したという話を聞くとそう思う。
「簡単に言うねえ。戦になったら人が死ぬんだ。勝っても負けてもね。しかも、負けちまったら何もかも、守るべき家族や村人の命さえ失っちまう。それに例え勝てたとしても憎しみが残る。問題だらけさ」
「……でも、そういう犠牲を恐れていては、何も変えられないんじゃないですか?」
「若いねえ。その犠牲の重さは後になって思い知るんだ。決して取り戻せない、それがどれだけ尊いものであったかを」
アルダは遠い目をする。なにを思い出しているのか、それは分からない。話に出てきた父親のことかもしれない。
「アルダさんは、今のままの現状維持が良いって考えなんですか?」
それもひとつの道だ。間違ってはいない。だが、アルダは小さく首を振ると苦笑する。
「どうだろうねえ……? 認めたくないけど、あの男の言い分も少しは分かるよ。癪だけどね。私も同じ考えを抱いたこともあった……」
表情により苦味が増した。アルダは口の端を釣り上げて、それ以上は語ることなく黙り込んだ。
これで話は終わりなのだろう。結局、何かが決まったり変わることもない。ただ、話をしただけだ。
サクラが視線を向けてきたので、徹は眉をクイッと上げた。
それをどう捉えたのかは知らないが、サクラはふたたび治療に戻る。回復魔法の柔らかな光がアルダを包み込んだ。
数時間後。
アルダの治療も終わり、サクラによるともう一日か、二日で完治するとのことだった。この村への滞在もあと僅かだ。
だが、今日あんな話を聞いたせいでこれからの村の行く末が気がかりだった。何も知らなければ後腐れなく旅立てただろうに。
かといって、どうしようもない。まさか、戦を起こそうとしているラーダの町へ殴り込みをかけて、無理やり止めるわけにもいくまい。
借りているコリンの部屋で、そんな風に悩んでいる時だった。
「ん? なにか外が騒がしいな」
「行ってみようか?」
気になって外に出てみたら、村長宅前の広場で頭から血を流した獣人族の男が疲労した様子で座り込んでいる。虎のような耳と尻尾がある。
アルダとポーラは、その男から話を聞いているようだ。周囲にも村人が集まっていた。
「……村の戦える者達が、魔物にあたっていましたが……ハアハア……今頃はどうなっているか……。お願いします……どうか、我が村への救援を……!」
苦しそうに息をしながら、男は絞りだすように頼む。それにアルダは難しそうな顔をすると、ポーラに言った。
「行ってやってくれるかい?」
「それは構いませんが、その間の村の守りはどうしましょう?」
「なんだったら私がやるさ。歳は食ったが、まだまだアンタに負けちゃいないよ」
「そんなっ! 無茶は止めてください。ただでさえ、ご病気だったんですから……」
ポーラは慌てて止めた。
どうやらアルダも戦えるようだ。おそらく魔法使いだろう。流石にあの老いと病で痩せた体で肉弾戦ができるとは考えられない。
それはともかく、自分たちだけで解決しようと考えているようだが、頼ってもらえれば力を貸すつもりだ。
「俺が手伝いますよ」
「トールさん?」
「いいのかい? 昨日もワイバーンを倒してくれたんだ、これ以上は迷惑をかけられないよ」
「気にしないで結構。で、俺はなにをしたらいいですか? なんだったら俺がそちらの人の村の救援に行きましょうか? 足の速さには自信があるんで、ポーラさんより早く着けると思いますよ?」
「フム……、まあそう言ってくれるなら、ありがたく手を貸してもらおうか。だが、村にはポーラに行ってもらう。アンタは場所を知らないだろう? それに、ポーラは飛行魔法が使えるからね、アンタがどれだけ足が速いかは知らないが、そうそう負けちゃいないはずだよ」
「へえ、飛行魔法を。分かりました、それならお任せしますよ」
飛行魔法まで使えるとは驚いた。ポーラの実力を知っているつもりだったが、予想よりも上なのかもしれない。
「ポーラもそれでいいね?」
「ええ、分かりました。トールさん、申し訳ありませんが、村の守りをお願いします」
ポーラは頭を下げてきた。
「任せてください。どんな魔物が来ても村には手出しさせませんよ」
これだけの大口を叩いた以上は、必ず約束を果たさなければいけない。状況によってはサクラの手を借りることも考えておこう。
「では、早速行きます。――――あ、サクラちゃん。できたらこちらの方の治療をしてもらえます?」
「もちろん」
サクラが請け負うと、ポーラは安心したように笑い、飛行魔法を発動させた。小柄な体が宙に浮き上がる。
「それじゃあ、行ってきます」
そして、かなりの速度で空へと昇っていく。シェーラに比べたらだいぶ劣るが、それでも自動車よりずっと速い。もしかしたら、第二次大戦時の戦闘機並の速度はあるかもしれない。
すぐにポーラの姿は見えなくなった。
「村長、ポーラさんは大丈夫かの?」
老人が不安げにアルダに言った。彼以外の村人たちも表情を曇らせている。
「フンッ、あの娘は至らぬところも多いが、このぐらいはやってみせるさ」
アルダはそんな村人を心配を鼻で笑ってあしらうと、サクラに向き直って治療を頼んだ。すぐに頷き、サクラは回復魔法を使う。柔らかな光が男を包むと、血を流していた傷が瞬時に塞がった。
「これは……」
救援を頼みに来た男は、傷が跡形もなく消えたことに驚愕している。萎れていた耳が立ち上がり、虎縞の尻尾がピンと伸びた。
「今のはこの使い魔がやったのですか? もしやこの子は村長の?」
「違う違う。この子はそっちの男の使い魔さ。わが家の客人だよ」
「そうなのですか。お陰で助かりました、礼を申します」
男は徹とサクラに頭を下げた。そして、アルダに向き直ると、今度は救援要請を受けてくれたことへの礼を言う。
「改めて感謝いたします。あの高名なポーラ殿が赴いて下さったなら、村もきっと助かることでしょう」
「そんな立派な人間でもないけどねぇ。ま、責任感はある奴だから何とかするだろうさ。それより、魔物の襲来は最近増えているのかね?」
「例年よりは多いように思えます。これまでは我々だけで対処できていたのですが、今回はとうとう我らの手に余る強力な魔物がやってきまして……」
男は悔しげに歯噛みした。自分たちの力で村を守れず、他人の力を借りることを恥じているようだった。
「この地に暮らす以上は仕方のないことだと分かっているのですが……家族や仲間に犠牲が出てしまうことを思うと、もっと平穏な暮らしがしたいものですね……」
うなだれる男に、周囲の村人からも同情の視線が集まる。ヒソヒソと会話している者達もいて、会話の中には『ラーダの町』という単語も混じっていた。当然ながら、村人たちもラーダの町を中心とした勢力が、ガロキア統一を目標に掲げていることを知っているのだろう。ラーダの町としても隠す必要はないだろうから。
アルダに目を向けると、眉間にシワを寄せ、口を固く結んでいた。何を考えているのだろうか。
徹はこれから先、このガロキアの地に大きな変化の波が訪れるという予感がした。
彼らの行く末がどうなるのか。これだけ関わってしまっては、無関係と切って捨てることはできない。
(もう少しだけ滞在期間を延ばしてみるか?)
おそらくアルダに言えば可能だろう。徹とサクラの力は認められているのだから、村にいてもらって損にはならない。
だが、この決断は大きな意味を持ってくる。村に協力すると決めたなら、途中で放り出すことはできない。せめて、状勢が一段落するまでは関わることになる。
自分ひとりで決めることはできない。サクラとも相談してよく考えることにしよう。
それから十日余りが過ぎた頃。
ガロキア中部でラーダの町を中心とした勢力――ガロキア統一軍――が挙兵し、近隣の反対勢力との戦端の幕が切って落とされた。
次話からガロキア地方の戦争になります。
ただ、細かなところが煮詰まっていないので、もしかしたら
修正が必要になり、今回の話も内容を変更するかもしれません。
なるべくそんなことはないようにするつもりですが、シナリオを
変更したらその旨をお知らせしますのでご了承ください。
次話は少し遅れるかもしれません。