露バエの墓
ジャンルはSSとして見ていただければ幸いです。
灰色の雲がまだ消えない空を見上げ、今日も独り言を漏らす。
「ああ、つまらないな、今日という日も。どうせ明日もロクな日にはならないんだ」
その青年でも中年でもない男は、一人で帰路につきながらぼやいた。
その男はこれといって特徴のない男だった。
仕事でもプライベートでも目立ったことはないし、
プライベートと言おうにも、仲の良い異性がいたわけでもないので、
退屈ここにきわまるといった状態だった。
どこに行けども際立った特徴や特技がないので、
仕事探しに奔走していたが、こう不調続きでは気も萎える。
頭の中には、暇に飽かした考えがぐるぐると渦を巻いて
何度も繰り返されていた。
生きる為に仕事をするのが前提だ。何故今の自分は
仕事を探すたためにあくせくしているのだ。
こんな大人になるくらいならいっそ死んだほうがよいと。
鈍い緑色をしている排水溝と化した川を見て、男は行動に出た。
高さも深さも十分だろう。
なに、俺がいなくなったところで誰も困りはしないさ。
お役所の連中が書類の整理が滞って困るくらいのもんさ。
身投げを案じて戸惑う人など周囲にはいなかった。
その男の躊躇のない動きも、それを助長したのかもしれない。
川を見て、手摺を身体が越えるまでには1秒もかからなかった。
誰も見ていない川の真ん中で、男はしりもちをついていた。
高さは十分だったが、深さは濁った水で見誤ったようだ。
世をはかなんで痛んだのは右の足首だけだった。
何をしても、何を思ってもうまくいかない。
川岸まで、水を吸って重くなった服を引きずって這い上がった。
ほとんどコンクリートで固められた川岸だが
わずかに土らしきものと、草らしきものがある場所に手が着いた。
ふと目をやると、小さな棒に文字を書いたのが地面に挿してある。
そこにはこう書いてあった。
(はえのおはか)と。
蝿は、今俺が膝まで浸かっている、生臭い川の周辺を好む。
お墓どころか、ここは蝿の格好の住みかだ。
仲間のところに返すなら墓標はたてないだろう?
どうでもよいことなのに、腹から笑いがこみ上げてくる。
頭をぐるぐるまわっていた台詞も完全に吹き飛んだ。
結局こういうことだ。
何も意味などない。
蝿が蝿としてもがいても、家を墓をにされるんだ。
俺も蝿と変わりはしない。
家を墓にされて当たり前なんだ。
とりあえず、家の冷蔵庫にはまだ食えるものがある。
とりあえず、家に帰ろう。