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明房高校の恋物語

プロポーズは六年後?

作者: こまこ

幼なじみに彼女ができた。

・・・ううん、まだ彼女じゃないか。厳密に言えば、放課後に一緒に過ごす女の子、ができた。


私が住んでいるマンションは、私が生まれる少し前にできた。両親が何となく寄った不動産屋さんで、ちょうど一部屋キャンセルが出たことを知った両親は、グッドタイミング!と勢いで両親が購入したらしい。考えてみれば、車の購入とか色々、私の家族は未だに勢いで実行することが多い。まあ、それは別に良いとして。

マンションに移ってすぐ、私が生まれた。そして三つ隣の家には数ヶ月前に生まれたばかりの男の子がいて。自然と、私の母親とその男の子の母親はママ友になり、仲良くなった。私とその男の子も、物心がつく前からずっと一緒にいたから、兄弟のように仲良く育った。

その男の子、内海結とは、保育園も一緒だったし、もちろん学区だって同じだから小学校も中学校も一緒。学力的にもそれほど差がなかったから二人とも地元の高校に進学した。そんな感じで、ずうっと一緒。保育園から高校までずっと同じって、かなり珍しいと思うんだけど、どうかな。


16年間も近くにいたから、私は結の色々なことを知ってるんだ。

よく見れば、ちょっと目が茶色いところとか、無口なように見えて、一回口を開けば結構饒舌なこととか、無表情と思われてるけど、よく見れば笑ったり怒ったり、すごく分かりやすい表情をしていることとか。辛いものが好きなのに、実は苦手なところとか。甘いのは苦手のくせにあんこは大好きなんだとか。

運動だってそれなりにできるけど、常に被写体を探しているからか不注意が多くて、よく怪我をしていた。この前の体育だって、サッカーしてる最中にボールに自分から突っ込んでいって、完全に顔面パスだよ。心配になって駆け寄ったら、やっぱり思った通り鼻血を出していて。でも負けず嫌いなもんだから、真っ赤にして絶対痛いだろうに、全然痛くないとか強がったりしていた。いつもは素直なのに、そんなところはなぜか意地っ張りだ。

あ、それに・・・前髪を少し長めにしているのは、中学校の時にカメラをのぞきながら歩いていて、つまずいて顔面から転んだときの傷がまだあって、気にしているから、とか。あれからカメラをのぞきながら歩くなんてことはなくなったから、まあ怪我もそんなにひどくなかったし、結にとってはいい勉強になったんじゃないかと思う。ただ、カメラをかばわなければ手をついて怪我をすることはなかったんだけど。あんな瞬間でも、反射的にカメラをかばうのには、もう呆れを通り越して感心してしまった。

もっと、もっと、たくさん知ってる。それくらい一緒にいたから。それくらい・・・ずっと、見てきたから。


小学校の時は、本当に兄弟のようだった。けんかもしたし、とっくみあいだってしたことがある。毎日一緒に学校に登校して、片方がいじめられたら片方がかばって、一緒に悪ふざけをして二人のお母さんに怒られて。

だけど、中学校の時に思春期を迎えて、男の子たちに私と結の仲をはやしたてられたことで何となく隣を歩くのが恥ずかしくなって、ちょっとだけ結を避けた時期があった。そうして、ずっと一緒にいた結と少しだけ離れてみたら、なんだか寂しくて。ずっと隣にいたからかと思ったけれど、それだけじゃない。女の子に話しかけられてるのを見たり、一緒に係とか日直とかしてるのを見ると、胸がズキズキとした。体育とかで走っている姿は、なんだかドキドキして直視できなかった。そんな気持ちを抱いて結を見るようになって、自分でもおかしい、おかしいと思い始めた。そして、帰り道でカメラで何かを撮ろうとしている結を見つけた時。


(レンズばっかりじゃなくて、私を見てくれればいいのに。)


なんて。思った瞬間、自分で思ったことが恥ずかしくて、信じられなくて、無我夢中で家に走り帰って。

私は自覚した。私は、結が好きなんだって。

今更、と自分の気持ちを伝えられずにいたこの二年間。伝えた方がいいのかな、とか、伝えてこの関係が壊れるのが怖い、とか、色々考えた。そして、結局私は伝えることはしなかった。

ずっと一緒だった。伝えなくても大丈夫。どこから来るのか分からない自信があったんだ。

幼なじみ、という関係に甘えていたんだと思う。私たちは特別な関係だと、勘違いしていた。


『俺、一緒に帰る友だちができた』


朝、たまたまエレベーターで一緒になった結。開いたドアから外側に出た時、突然そう言った。

いきなりなんのことだと思ったけれど、顔を見てすぐに分かった。好きな人ができたんだ。

結の表情は分かりやすいんだってば。だってそんな、顔をゆるめて嬉しそうにして。

結は嘘はつかないから、友だちというのも本当なんだろう。でも、学校での結の噂はあまり良くないらしいから、それでも一緒に帰る女の子なんて、結に気があるか好奇心があるか、どちらかくらいしかないと思う。まあ、普通に考えれば前者だ。

一応、私の早とちりかもしれないと思って、女の子かと聞いたら、そう、と頷いた。私はそれに、良かったねと一言返してから、忘れ物を思い出したと言ってもう一度エレベーターに飛び乗った。

あんなこと聞いて、あんな声聞いて、あんな顔見て、一緒に学校に向かうことなんてできなかったから。


告白するまでもなく、私はふられた。後悔したって遅い。それこそ、今更、だ。




それが今日の朝。部活中に結が女の子と一緒に座っているのを見て、帰りにも二人で歩いているのを目撃してしまった。これまで部活中にも帰りにも見たことないのに、なんで今日に限って。しかも二人って。


夕焼け空を仰いだ。あーあ、とため息をつく。失恋したんだ、私。

私は結のこと、何でも知ってるのに。誰よりも、もしかしたら結よりも色々知ってるのに。

結だって、きっと私のこと、一緒に過ごしてきたんだから私ほどでなくても知ってるはず。

お互いに相手のことを色々知ってるのに。そのことと、幼なじみなこと、それが二人で恋に落ちることとイコールではないらしい。


失恋の気持ちを一人寂しく癒そうと、帰り道に土手に座ってみた。前に漫画で、失恋した女の子がこんなところで落ち込んでるシーンを見たんだ。私も、その女の子のように一人、ひっそりと過ごしたくて。誰にも知られない場所で、泣きたくて。

なのに。

未だ落ち込むことができていない。


「聞いてるのかよ、千佳」

「・・・・・・」

「おい!聞こえてるんだろ!返事しろよ!」

「・・・聞こえませーん」

「聞こえませーんって・・・小学生かよ」

「あんたがでしょ」


私を失恋の余韻に浸らせてください。お願い。

だけど、この気持ちはなかなか相手に届かない。

さっきからわんわんぎゃあぎゃあと横で騒いでる男の子。そう、男の子、だ。

ランドセルを背負った、見るからにやんちゃ盛りの小学生。小学生にしては結構背が高くて、私が小柄だからっていうのもあるけど、もう少しで追いつかれてしまいそうだ。

切れ長の目をしていて、少し大人っぽいようにも見えるけれど、頬を赤くして騒いでいるのを見ればやっぱり小学生だと思う。

その小学生がどうして私に話しかけてるのかって?

・・・それは。


「空」

「なんだよ」

「あんたもう帰りなさい。何時だと思ってるのよ。おばさんも結も心配するわよ」


結の、弟だから。

もうすぐ中学生にあがる空。空は、結と私が4歳の時に生まれたんだ。赤ちゃんの時から見てきているから、もう中学生かあと感慨にふけってしまう。まあ、そんなこと言ってる私もまだ高校生なんだけどね。結と一緒に過ごしてきた分、四年間分少ないけれど、空とも一緒に過ごしてきた。生意気も言うけど、強がったり威張ったりもするけれど、実はすごく優しい、私にとっても可愛い弟だ。

でも、ここ二年くらいは空が部活に入ったらしく、今までみたいに会うことがなくなった。たまにエレベーターで一緒になっても、そんなのとっても短い時間で、ゆっくり話なんてできないし。だから、今日は久しぶりに話してる、って感じ。久しぶりだから、また前みたいにいっぱい話したいなと思ったり、辛いから一緒にいてほしいと思ったりする反面、やっぱり今のこんな失恋してすぐの心理状態じゃ話すのも辛いから、一人にしてほしい、早く帰ってほしいというのもある。もう遅くて心配だから、早く帰ってというのも本当の気持ち。

・・・結局私、空にどうしてほしいんだろう。

そういえば、どうして空はここに来たのかな。小学校からの帰りに通るのは、もう少し先の大きな道のはず。ここは通らない道だと思うんだけど。

空がここに来たのは、私が土手に座って十分くらいぼうっとして、ようやく、さあ泣くぞと息を吐いた時。『千佳!』って大声で遠くから叫んだのが聞こえて、驚いて涙も引っ込んでしまった。もう、タイミング悪いよ、空。

だから、未だ私は泣けずじまい。心の中に溜まったもやもやした思いを早く涙で流してしまいたいんだけど、空がいるなら泣けないし。泣き顔を見られるのも嫌だし、落ち込んでるとか思われるのも嫌だし、何より・・・泣けば、きっと結に伝わってしまうだろうから。

結は心配するだろう。それで明日私に言うんだ。『昨日泣いてたらしいけど、どうしたの』って。結は優しいから。でも、今まで嬉しかったその優しさが、きっとそう言われたら私にとっては辛いものになってしまう。だから私は泣かない。


もう夕日も落ちてしまいそう。もうすぐ夜の闇が来る。

小学生には、とても遅い時間だ。内海家は門限とかないのかな。

ランドセルを背負ってるってことは、まだ家に帰ってないってこと。それなら、家の人は心配するに決まってる。


「もうじき真っ暗になるよ、危ないから帰りなさい」


きっとまた話す機会がある。春休みだってもうすぐだから、また家族ぐるみでどこかに出かけるだろうから。・・・私が、失恋の痛みから吹っ切れていれば、きっと私もそれに参加するから。

だからもう少し話したいとか、誰かにいてほしいという気持ちは押しのけた。これは、私の気持ちの問題だし。早く帰ってほしい、私の願いはそれだけだ。


「空、いい加減怒るよ」

「千佳が帰るなら俺も帰るよ」

「私はまだ帰らない。何で私があんたに合わせなきゃいけないのよ」

「じゃあ俺も帰らない」

「だから、何で」

「千佳だって暗い道一人じゃ危ないだろ、女なんだし。それに、俺が行ったら泣くに決まってる」

「・・・・・・は?」


泣く?え、どうして。


「空が行って、寂しくて泣くの?私が?まさか」

「馬鹿だろ。そうじゃなくて、ここで一人で泣くつもりだろって言ってんの」

「え、ちょっと、さっきから何言って・・・」


何言ってるの、空。何を。

空は真面目だ。表情も、口調も、笑ってない。さっきと同じ顔なのに、どこか大人びて見える。

空の顔から、目から、目が離せない。


「一人で泣くなよ。泣くなら、今俺の前で泣けよ」

「す、素直なのか気障なのか分かんないし。それに、な、何で泣かなきゃ・・・」


いけないの、と最後まで言うことはできなかった。だって、引っ込んだはずの涙がなぜかこみ上げてきてしまったから。

嗚咽とかは出てこなかったけれど、拭っても拭っても涙が流れ落ちてくる。やだ、空の前なのに。

馬鹿にされると思ったのに、空はぐしゃぐしゃのハンカチを差し出しただけで、冷やかしたりなんてしなかった。私は、ぐしゃぐしゃのハンカチをそのまま皺も伸ばさずに目元に当てた。鼻水はつけるなよと言われたから、馬鹿じゃないの、と返して。


涙を拭いながら考える。空は私が失恋したことなんて知らないはずなのに、どうして泣きたいことを知っていたんだろうって。

私が思いつくのは、たった一つ。


「・・・結に、何か聞いたの?」

「何も。ただ、・・・さっき、兄ちゃんが、千佳じゃない女の人と歩いてるの見たんだ」

「・・・ああ、そう。なんか、友だちができたって言ってたから、多分その子だと思うよ」

「それで俺、千佳の家に行ったんだ。だけど、千佳はまだ帰ってないって言われて」

「・・・私?」

「だから、探しに来たんだ」

「だ、だって私、部活でいつも遅いし・・・わ、私に会いに、家に行ったの?」

「行った」

「ど、どうして・・・」

「・・・・・・千佳、お前本当に誰にもばれてないって思ってんの?」

「え?」

「兄ちゃんのこと。好きなんだろ?」

「えっ?あ、・・・え、ば、ばれ」

「バレバレだよ。少なくとも、俺も母さんも知ってる」

「え、や、ちょっとま、・・・ええ?え、ゆ、結は?結も知ってるの?」

「兄ちゃんは鈍感だからなあ。分かってないと思う」

「そ、そっか・・・」


これはかなり恥ずかしい。知らなきゃ良かった。じゃあ、空も、おばさんも、結に彼女ができたら、私が失恋したってことは分かっちゃうんだ。


「え、もしかして、だから・・・?」

「そう。多分、兄ちゃんが女の人と帰ってること、もし千佳が知ってるんだったら大分落ち込んでると思った。家に行ってもいないし、もしかしてと思って、探しに来たんだ」

「・・・・・・」

「どっかで一人で泣いてるんじゃないかと思った」


だから見つけたときに泣いてなくて安心した、と空は笑った。

最近あまり話をしなかった空。前はあんなに仲良しだったのに、少しだけ距離が離れて寂しいと思っていた。だけど、空はちゃんと私のことを見ていてくれた。それが嬉しい。


「・・・結には、言わないでね」

「泣いたこと?」

「泣いたことも、好きだったことも」

「好きだって言わなかったんだな」

「言わなかったというか、言えなかったというか、ね。大人は色々考えちゃうのよ」

「四つしか違わないだろ」

「小学生と高校生じゃ大分違うわよ」

「うるさい。すぐでかくなるんだからな」

「はいはい」


ああ、この感じ、なんだか懐かしい。そう思っていたら、目の前に突然何かが差し出された。見ると、それは白い花だった。確か・・・。


「・・・スノードロップ?」

「俺、花は詳しくないから名前は分かんないけど」

「何よ、知らないで摘んできたの。どうしたのよ、これ」

「・・・女って、花をもらえば笑うって言うだろ、だから」

「・・・あまり聞いたことないけど・・・」


でも、受け取って花を眺めると、なんだか心が和んでくる。心の中のもやもやが少しずつ澄み渡っていく感じがする。不思議だ。

眺めながら、ふとスノードロップの花言葉を思い出した。


「スノードロップの花言葉って知ってる?」

「・・・花言葉?」

「ああ、花にはね、それぞれ色んな意味が込められてるの。知らない?例えば、赤い薔薇は情熱、とか。スノードロップは・・・」

「スノードロップは?」

「・・・・・・初恋のため息」

「・・・・・・」

「ため息っていっても、まあ、私みたいに失恋のため息とは違う意味かもしれないけど・・・」

「そ、それは、その・・・悪かったよ、そんなの知らなくて」

「いいの。花をもらえたの嬉しいから。それに、まだ花言葉はあるし。ええと、慰めとか、・・・・・・希望、とか。ほら、失恋を乗り越えて、希望をもって次に進め!ってことかもね。もしかしたら、結よりもっといい人が見つかる希望、かもしれないし、・・・なんて」


どうして突然、花、と思ったけれど、私が落ち込んでいたときのために摘んでくれんだろう。きっとそうだ。

まずいものを摘んできてしまった、という顔で、未だにアワアワとしている空。そんなに気にしなくていいのに。って、気にさせるようなこと言ったのは私の方か。

だけどね、本当に、そうやって気遣ってくれただけで嬉しいんだよ。


「本当だよ、すごく嬉しい。ありがとう」


女の子のために花を摘んでみたり、私の気持ちを考えて汗をかくくらい一生懸命探してくれたり、暗い道は危ないとか、さっきからずっと私のこと女の子扱いしてくれたり。いつの間にか、格好いい男の子になっていたんだね、空。

でも、それは昔からもっていた優しいところが少しずつ行動に表れてきただけ。本質は全然変わってない。そのことに、なんだか安心する。

空の成長と、私のことを大事に考えてくれたことが嬉しくて、ようやく流れ続けていた涙が止まった。

花と空を交互に見て、ようやく笑うことができた。


「ありがと、空。もう大丈夫、だと思う。結の顔を見る度に色々考えちゃうだろうから、完全に吹っ切れるのはまだ先だろうけど・・・だけど、落ち込んでばかりいないから。気にして暗い顔してたら、結にも心配かけちゃうしね」

「・・・うん」

「空こそ、心配してくれてありがとう。よし、そろそろ帰ろう」


そう言って、もう一度空に笑いかけて、手を差し出す。その手を立っている空が引っ張って起こしてくれるかと思いきや、ぎゅっと握ったまま。

空?


「空、どうしたの?」

「俺がいる」

「・・・・・・うん?」

「ずっと見てた。千佳が、兄ちゃんを見てるみたいに、俺は、ずっと千佳を見てた」

「・・・・・・」

「兄ちゃんなら仕方ないと思ったけど、こうなった以上、俺が引く理由がないから」

「ちょ、え、空?」

「好きだ、千佳」


直球だ。直球ど真ん中だ。

びっくりして思わず手を離そうとしたけれど、空がぎゅうっと握ったまま。私の力じゃ離すことができない。空ったら、いつのまにこんなに力が強くなったの。

手のひらがじんわりと熱くなる。手汗をかいてきたみたい。もしかして、私、緊張してる?だって、相手は空で、小学生で。というか私は今日失恋したばかりで、他の男の子にドキドキするなんてそんなのするわけが・・・。他の男の子?違う、他の男の子、なんじゃない。空よ、空。男の子だなんて、恋愛対象みたいに・・・。


「ちょっと待って、だって空は・・・」

「小学生だし?」

「そ、そう、小学生だし・・・小学生と高校生、だなんて」

「この春には中学生だよ。さっき言ったろ?四つ差なんて、大人なんてよくある話だって。むしろ歳の差婚とか最近多いんだから、四つなんて小さい方だと思うけど」

「で、でも、それは、大人の話で、私たちはまだ」

「千佳が俺に振り向くまで、しつこくついて回るから、早くギブアップした方がいいと思うけど」

「そんな・・・」

「その花、花言葉だっけ、は、希望、なんだろ?兄ちゃんよりもっといい人が見つかる希望、なんだろ?そんなの、相手は、その花を摘んできた俺しか考えられないし」

「いや、さっきのはたとえ話なのであって・・・」

「六年後、俺は18歳になる。18歳になると結婚できるってこの前聞いたんだ」

「は?何をいきなり・・・」

「六年後にプロポーズするから。それまでに絶対好きって言わせてみせる。六年間かけて、絶対振り向かせるから。きっと、プロポーズの千佳の返事はイエスだ」

「はっ?え、ちょ」

「好きだ」

「・・・・・・」

「好きだ好きだ好きだ」

「・・・っきゃーーー!ちょっと空!やめて!恥ずかしいから!ストップ!」

「はは!これから毎日、好きだって言うからな!逃げるなよ!」


そう言って笑う空。さっきから本当に何を考えてるの、と思うけれど、その顔が本当に楽しそうだから。なんだか私もつられて笑った。



朝、失恋したことを知って。放課後にも失恋を実感して。一人で泣こうとしたのに、一人になれなくて、探しに来てくれた空の前で泣いて。その空に告白されて。

本当に色んなことがあった一日だ。悲しくて、寂しくて、びっくりして、ドキドキして、あたふたして。



18歳になってプロポーズするよ、なんて。あまりに突拍子がなくて、極端で、なんて可愛くて素直で夢のある子どもらしい発想。

六年後、空が本当にプロポーズするかは分からないし、私だって大学生になってまた好きな人ができているかもしれない。彼氏がいるかもしれない。でももし六年後、好きな人がいなくて、空が本当にこの言葉を覚えているなら。


プロポーズ、考えてあげてもいいかもしれない。だって、この空間はちょっと居心地がいいから。

そうして、私は空に手を引かれて、ようやく立ち上がった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] きゅんとするところ [一言] はじめまして。 明房高校シリーズ、すべて読ませていただきました。王道好きの私には、大変大好物なお話しかありませんでした。ご馳走様でした。
[一言] こまこさま 明房高校シリーズの新作読ませて頂きました~(^^) 今回の主人公千佳ちゃんは『放課後のスケッチブック』で結君に付き添ってた女の子ですね。 誰だろうなぁ~とは思っていたのですよ…
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