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ナツキトリコ  作者:
第一部
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第8話 男はつらいよ

 第8話 男はつらいよ


 そろそろはっきりと断っておくが俺は断じて同性愛者の類ではない。

 いや、何も彼ら彼女らの事を否定するわけではないが、大きく逸れつつあるこの物語の筋をこの辺りで修正しておかないと真に愛すべき読者が離れて行ってしまう様な気がしたからだ。

 これは学園ラブコメ小説である。そこのところもう一度ご確認願いたい。


 ――と、俺は一体誰の反応を気にし、誰に願っているというのだろうか。


 結果的にみて昨日一日を丸々費やした取材は、かなりの成果をあげたといって良い。

 俺と梨子それぞれが入手した情報を持ち寄ると、それで大体沢北の人物像が完成し、遂に俺は小説の執筆に手を付けられるようになった。


「おーっす」

「おお、今日も一段とキモいな。死ね」


 ……ま、まあ、よかった。いつも通りだ。


 昨日の事もあって実は少し絵里と言葉を交わすのがためらわれたのだが、何のことはない。

 口を開けば吐いてでるのは、気の小さな人間ならそれだけで十分自殺の原因ともなりうるクリティカルワード。いつもの来栖絵里だ。


 やっぱり昨日のアレは俺の思い過ごしだったのか? はたまた女子特有の……さすがにしつこいか。


「絵里、ほらお前が昨日言ってたやつ、なんだ? 今日ならいいぞ」


 とりあえずは絵里の用事に付き合っておこう。また今度俺が用事を頼むこともあるかもしれないしな。こういうのはお互い様、だ。


「ああ、別に大した用じゃないんだが……まあそうだな。じゃあ付き合え」


 言葉以上にずっと嬉しそうな声音で、絵里は少女のように笑った。


 ********


「結局今日はどこに行くんだ?」


 放課後、俺と絵里は珍しく無駄話をすること無く学校を後にした。


「服を買いに行く。高校生の雰囲気というのも大体掴んだしな」


 ボンも誘ったのだが、今日は塾があるから……という理由で断られてしまった。

 誘ったのはこっちで、断ったのは向こうなのだが、見るからに落ち込んでいたのが気の毒だったのでまた今度遊びにでも誘ってやるか。


「へえ、しかしそんなにお洒落してお前誰に見てもらうつもりだ?」


 絵里は中学の時から服や装飾品にはこだわりがあった。校内女子のファッションリーダー的存在だったともいえる。

 本人にその自覚があったかどうかはわからないが、密かに絵里に憧れている女子は少なくなかったという話だ。

 まああの顔で、あのスタイルの良さだ。喋りさえしなければ、それこそティーンズ向けファッション雑誌のモデルだと言っても十分に通用するだろう。

 あ、でも営業用スマイルはアイツには無理か。


「愚問、笑止千万、低俗な発想だな。私は誰かに見せるために服を着るのでない。自分を磨き、自分を高めるために、私は衣服を身に纏うのだよ」

「……はぁ、そうかい」


 じゃあなんだ、その理論でいくと、もし何かを契機に急に向上心を失ってしまえばお前はその日を境に服を着なくなるんだな。ああその日が来るのが楽しみだよ。

 ……いや、別に絵里の裸が見たいとかそういう話では無いが。


 前を歩く彼女の鼻歌が俺の知ってる曲で、なんだか心地良かった。


 ********


「ほぅ……なるほど……」


 女子高生の間ではかなり人気のある店らしく、平日だというのに店内はかなり混み合っていた。

 どうやら絵里はこの店の事を噂で聞いていたらしく、前から一度来てみたいと思っていたようだ。


 店に入ってもう15分近く経つ。そろそろ俺も退屈してきた。というよりこの女ばかりの空間に、居辛い。

 絵里は店内の色々な物を手に取っては難しい顔をしたり、時には小さく歓声をあげたり……。こんな風にしている限りは彼女も普通の女の子らしく見える。

 ああ、すっかり恐縮してしまっているクラスの奴らにもこの楽しそうな絵里の表情を見せてやりたい。きっと少しはいつもの横暴を許してやってもいいと思ってくれるはずだ。


「なあ、これとこれどっちが良いと思う?」


 絵里は俺に二つの服を差し出した。Tシャツよりは丈が長く、かといってワンピースほどではない、この何とも形容しがたい服。確かチュニックとか言ったっけ?

 一方は襟がシャツタイプで紺色の少しシックな雰囲気、もう一方は太目のボーダーの入ったボートネックタイプだ。

 まあ普段の絵里のイメージには前者の方が合いそうな気もするが……


「こっち」


 何となくいつもと違う服を着た絵里が見てみたかったので、俺はボーダーの方を選んだ。


「は? お前そのセンス正気か?」


 どうやらハズレだったようだ。……じゃあ俺に聞くな。


「……まあいい、聞いた私も私だ。お前に免じて今日はこっちを買ってやる。感謝しろ」

「はいはい、どうも」


 実際のところどっちも結構気にいってたんだろ。


 その後も近くの店に二軒付き合わされ、家へ戻った時はすでに20時を回っていた。


「ふぅ……疲れた」

「にーちゃん、今日絵里ちゃんとデートしてたでしょ?」


 一人遅めの夕食をとった後リビングのソファに埋もれていると、妹が俺の顔を覗き込んで来た。


「デートという表現が誤りであることは訂正しておくが、どうしてわかった?」

「『男が疲れた顔をするのは、女の買物に付き合った時だけだ。』って前にパパが教えてくれた」


 親父……。

 俺はそのとき初めて自分の父親と血がつながった気がした。


 ********


「さて……始めるとするか」


 次の日の予習を早々と片付けた俺は、そのまま今度は真っ新なノートを広げる。


 そう、第8話目にして遂に主人公は小説を書き始めるのだ。

 いや……ここまで本当に長い道のりだった。見離さずに読み続けてくれた読者の方々「どうもありがとう」と著者が感謝の言葉を述べたいらしい。


 なになに? お前に小説なんて書けるのかって?

 もちろん書いた事など一度もない。だが、恋愛小説を愛する気持ちだけなら絶対に誰にも負けない自信がある! 構想も大体頭の中に浮かんでる。後はそれを形にするだけだ。


「待ってろよ、梨子。俺が絶対にお前を幸せにしてやる……!」


 と、このセリフは昔から一度言ってみたかっただけ。


 織姫先生、どうか俺を見守っていてください……!


 本棚の最上段に綺麗に納められたストロベリー・ラブの背表紙が、今日は一際輝いて見えたのは彼の気のせいだったのであろうか。



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