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ナツキトリコ  作者:
第一部
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第4話 ラブテロリスト

 第4話 ラブテロリスト


「来ちゃった、ついに……」


 決戦の月曜日。

 私は今日から沢北君との距離を縮めるための作戦を実行しなければならない。

 未来と穂奈美にもらったアドバイスを参考に沢北君とお近づきになるプランを自分なりに色々と考えてみたんだけど、結局何もいい案が浮かばないまま今日を迎えてしまった。


 ……というか本当は沢北君との会話を想像するだけで恥ずかしくなって、計画を練るどころじゃなかったのだけど。


「はぁ……でも未来や穂奈美ちゃんが応援してくれてる分、私も頑張らなきゃなぁ……」


 昇降口で靴を脱ぎ、ロッカーから上履きを取りだす。

 始業時間まではまだ大分時間がある。

 今日は緊張して早く目覚めてしまったので、いつもより早く学校に来てみた。

 みんなが来る前にちょっとでも作戦を考えておかないと……って、ええ!! 沢北クン!?


「ああ柊さん、おはよう」


 私の隣でロッカーへ靴をしまう沢北春。


「ええっ!? あ、あぁぁああ、お、おは、おはようっ!!」


 何、この不意討ち!? 急だよ、急すぎるよ沢北クン!

 私まだ何も考えられてないのに……!


「ハハッ、柊さんは朝から元気いっぱいだなぁ」


 のーん! 沢北クンに笑われてしまった!

 駄目だ、私はもうこんな恥を背負って生きていけない……いっそここで潔く腹を切った方が……

 いやいや! と、とりあえず何か話しかけなきゃ……!


「あ、あのねっ! 沢北クン……」

「ん?」


 彼は教室へ向かおうとしていた足を止め、もう一度私の方に向き直ってくれた。

 その立ち姿に私はまたうっとりしてしまう。


 あ、あれ、こういう時はなんの話をすればいいんだっけ?

 昨日のテレビが……お弁当の話をしてて……それはもうストロベリー・ラブ?

 あれ? なんか違う! ストロベリー・ラブってなんだ!?


「そ、そのね? あ、えっと……」


 駄目だ、何も考えられない! 何も浮かばない!

 私は何の話をしたらいいの!?

 助けて! 誰か! 溺れる者はファラオも掴む……ってなんか掴む物間違ってるし!


「?」


 沢北君はなかなか話の続きを切り出せない私にとうとう首をひねってしまった。


「おい、沢北何やってんだ! 行くぞー」


 彼の友人が廊下の方から呼ぶ声がする。


「ああ! ……ごめん、柊さん。何か話あるならまた今度聞くよ」


「じゃっ」そう言って沢北君は友達のところへ行ってしまった。


「……はぁ」


 どうしよう、最悪だ……。

 自分から呼び止めたくせに、結局何も話題を見つけられなくて沢北君を困らせてしまった。

 私、沢北君に変に思われたかな?

 そんなつもりじゃなかったのに……ただ普通に話がしたいだけだったのに……。


「私……全然駄目だ」


 徐々に賑やかになってくる朝の喧騒が、一人昇降口にとり残された私の胸に痛いくらい重く響くのだった。


 ********


「未来、穂奈美ちゃん、私もう駄目だよぉ……沢北クンと会話なんてやっぱり無理だよぉ……」


 その日の昼休み、案の定私は二人に泣きついた。

 事情を聞いた彼女達もまさかそんなに早く事が起こるとは思ってなかったようで、これには少々戸惑いを隠しきれない様子だった。


「ま、まあまあ! 梨子、ほらでも沢北君と挨拶は出来たんだし……」

「そうよ、梨子ちゃん。一歩前進、一歩前進」


 精一杯のフォローで、慰めようとしてくれる二人。


「違うの、全然前に進んでなんかない。挨拶してくれたのも沢北君の方からだし、私は頭の中真っ白になっちゃって返事すらまともに出来なかった……」


 ああ……私の声裏返ってなかったかなあ?

「朝から元気いっぱい」だなんて……もう死にたい、私もうお嫁に行けないよ……ごめんね、お母さん……。


「それは準備不足よ、ね、梨子ちゃん? あなたはよく頑張ったわ」

「穂奈美ちゃん……」


 私を慰めてくれる彼女は本当に優しさの権化のよう。

 その胸に飛び込んでいきたい。

 こんなお姉ちゃんが柊家にいたならば、きっと私はお姉ちゃんのことを愛し……危ない危ない。


「しっかし梨子のあがり症もここまでとはねぇ……挨拶もできないとなると、正直私達どう手助けをしたらいいかわかんないよ」

「そんなぁ……」

「ちょっと、未来……! 梨子ちゃんまた落ち込んじゃうでしょ?」

「あぁ、ごめん」


 未来はペロっと舌を出して、もう一度「ごめん」と。


 駄目駄目っ、こんなの……!

 いつまでも二人に迷惑をかけていられない! 私は自分の力で変わらなきゃっ……!


「未来、穂奈美ちゃん! 私……もうちょっと頑張ってみるね!」


 席から立ち上がり、固く握ったこぶしを胸にあてる。

 これは私が始めた戦争だ。


「そっか、頑張れ!! ……と言いたいところだけど……」

「どうするつもり、梨子ちゃん?」

「え……それは……」


 とりあえずまずは会話を成立させないと駄目なんだよね……。

 なんかこう、自然に話題を振れるといいんだけど……そう、ドラマや小説みたいに――


 ん、小説? ……そうか!


「未来! 穂奈美ちゃん! お願い、ちょっと手伝って!」

「手伝うって……何を?」

「人探し!」


 ********


「ねぇねぇ梨子! 名前の他、本当に何も情報無いの!? 何組かとか、部活何やってるかとか、せめて何年生かくらい……」

「ごめん! でも絶対にこの学校の生徒なの!」


 私達はある人物を探して、文字通り校内を駆け回っていた。


「梨子ちゃん、その人を見つけて一体どうなるというの?」


 いつもと変わらない調子で穂奈美が問いかける。

 彼女は走っても息が切れないのだろうか? お嬢様とはどこまでも非科学的な生き物だ。


「穂奈美ちゃんもごめん! 事情は……ちょっと訳あって話せない……でも、これが私の今思いつく唯一の方法なの!」


 そう、彼の事は他の人には話せない。あれだけ他言しないよう強く言われたのだから。


「わかったよ梨子! 乙女には人に話せない事情の一つや二つくらいあるものよ! ……もうお昼が終わるまであまり時間がないね……よし、梨子! 穂奈美! 手分けして探すよー!」

「うん!」

「私は1〜4組の教室! 穂奈美は9〜12組! 梨子は5〜8組でお願い! 1年生の教室がダメだったら2年、3年と階を降りて行こう! 見つかったら梨子に連絡! キーワードは……梨子、なんだっけ?」


 テキパキと指示を下す未来。彼女はこういうときに本当に頼りになる。

 未来、穂奈美、本当にありがとう!


「ストロベリー・ラブ! それだけ言えばきっとわかるわ!」

「了解!」


 ********


「……ってな話だ」

「ほぉ〜遂にお前の趣味を知る人間が私以外にも現れたか。しかもそれが女とはな、ケケケ……」


 ケケケ……こんな邪悪な笑い方の出来る女子を俺は他に知らない。

 俺は先週末に本屋で起きた事件の一部始終を絵里に話して聞かせていた。


「チッ、人の不幸を笑いの種にしやがって……おい絵里、ボンにも言うなよ」


 ボンはまだ俺の本の趣味を知らない。だからわざわざボンがトイレなんかに行っている隙を狙ってこの話をしている。


「わかったわかった」


 絵里は大袈裟に手を振ってみせる。もういい加減そのセリフは聞き飽きたという感じなのだろう。


 本当にわかってくれてるのだろうか? 今までその信頼が裏切られた事は一度も無いのだが、たまに不安にもなる。

 普段の絵里はどうしてこうもまあ適当で、フワフワ生きているような気がするからだ。


 ま、俺も人の事言えたもんじゃないが……


 一息ついた絵里は気持ちを落ち着けるように一度ゆっくりと目を閉じて、今度は真っ直ぐに俺の目を正面から見据えた。

 何か真剣な話をするときのこいつのクセだ。


「……でもお前、アレはまだバレてないんだろ?」

「ああ、大丈夫だ。そんな数分対峙しただけの初対面の女に、なんでもかんでも俺の事を見破られてたまるものか」

「全部お前が勝手にベラベラ喋ったんだろが、この馬鹿者」

「いてっ」


 絵里に頭を殴られた。

 何すんだよ! って言おうとして、言おうとしたんだけど……結局言えなかった。

 絵里の目は笑っていた。よかったな、ってそう言って微笑んでいる、そんな優しい目をしていた。


 ……ったく、お前は俺の母親かよ。


 少し照れ臭く、背中のあたりがむず痒くなるのを不機嫌そうに鼻をこすって誤魔化す。


「とにかくもう危機は去った。なぜかはよく分からないがアレは俺にかなり恐怖していたようだし、あの様子だとそう周りに言いふらすこともないだろう。会うことも二度と無――」

「い、居たっ!!」


 だからこの時の俺の身に走った戦慄は、マグニチュード9レベルの激震であり、視界が完全にブラックアウトしてしまうほどの目まいを覚えた事も理解出来よう。


 ********


 5〜7組にはいなかった。後は8組の教室だけか。他の二人からもまだ連絡は無いし、そもそも一年生じゃなかったのかなぁ……


 正直半分ダメ元で私は8組の扉を開けた。

 ぐるりと室内を見渡す。

 教室の前の扉付近から廊下側の席、教壇の前へと視線を移して、窓側の席へと目を向ける頃にはもう大方の希望はついえていた。

 もし私がこれほど真面目な性格で無ければ、窓側の一番後ろの席とその前。教室の隅っこで談笑する男女一組の存在を認める前に教室を後にしていたことだろう。

 そう、目下捜索中であったところの人物、名倉という男がそこに居た事を。


「い、居たっ!!」


 私はあまりの驚きに自分の声をフィルターで絞るのも忘れ、コンサートホールでのオペラ公演を思わせる大音声を教室中に幾重にもこだまさせてしまっていた。


「お、お前! 何しにきた!」


 どうやら驚いたのは彼の方も同じだったらしく、椅子を跳ね飛ばし、顎をガクガクと震わせながらその場に立ち尽くす。


「な、名倉君! ちょっと、話が……」

「ねぇねぇあの子だれ?」

「ちょっと可愛いな、名倉の知り合いか?」


 私はその時になって初めて自分がクラス中の関心を集めていることに気づいた。


 え、な、なんか注目されてる!?


 私の中の恥ずかしさゲインは高度経済成長期並みに急上昇し、一気に耳の先まで真っ赤になる。


 ダメだ! こんなにたくさんの人が見てる前じゃとてもじゃないけどあんな話は出来ない!

 名倉君も誰かと話し中みたいだったし……あれ? あの女の子すごくキレイ……じゃなくて! とりあえずここじゃないどこかに呼び出さないとっ!

 えっと……こういう時どこに呼び出したらいいんだろう……えっと、えっと……!


「ほ、放課後! た、た、体育館裏で待ってますっ!!」


 …………………………


 その瞬間、教室中の空気が凍りついた。


 あ、あれ? 私また何か変なこと言っちゃった?

 と、とりあえず用件は伝えたし、もうお昼も終わっちゃうし帰らなきゃ!


「そ、それだけっ!」


 私は大急ぎで8組の教室を後にした。


 発つ鳥、後を濁しまくり。


「神速のラブテロリスト」

 もちろん誤解が誤解を産んで一人歩きし、それこそ地球を七周半してしまいそうな勢いで勝手に猪突猛進してしまった訳だが、その後しばらく8組の教室ではちょっとした伝説として語り継がれる事になる。

 ――もちろんその伝説の中心たる柊梨子本人はそんなこと全く知る由も無い。


 ********


 嵐の前の静けさという言葉があるなら、これは嵐の後の静けさとでもいうべきか。8組の教室では未だ誰も言葉を発する事が出来ないでいた。

 その重々しい沈黙をようやく絵里が打ち破る。


「……なあ、まさかアレがお前の言ってた女か?」

「そのまさか……だ」

「つまりお前に気がある、と」

「……いや、それは断じて違う……と、信じたい」


 並大抵の事では動じない超合金級の度胸を備えた絵里でさえも、あまりの出来事に言葉を失っていた。


 お前は相当に大したフールだよ、女。

 だが、もしテイク2が可能なのだとしたら、次はどうかもう少し誤解を招きにくい表現を頼みたいものだ。お願いします。


 かくして俺は人智を超えた奇想天外かつ荒唐無稽なトンデモ女に呼び出された。


 しかし、どうして俺の周りにはこうも変わった女ばかり集まる?


 前の席に腰掛けた絵里に目をやる。


 まあ、コイツの変人、奇人ぶりに比べたらまだマシか……


 そんな俺には全く気づかない様子で、絵里はさっきの女が出て行った扉をじっと見つめていた。


「……なんだあの女……」


 そんな呟きと共に。


 ********


「で、何の用だ?」


 放課後、律儀にも俺は言われたとおり体育館裏へと足を運んだ。

 時間はとられるわ、クラスメイトには冷やかされるわ、で正直全く気が進まなかったのだが、何しろコイツは俺の人生を大きく揺るがしかねない重大機密を握っているのだ。

 下手に刺激して騒ぎ立てられたらたまったもんじゃない。


「あ、な、な、ネクラ君! ちゃんと来てくれたんだ!」

「訂正する。俺の名は名倉だ」


 どうして「な」から始まった言葉が「ネクラ」になる?

 こんなにも偶然の悪意に満ち満ちた噛み方をされたのも、もちろん人生初の事である。


「話ってのはなんだ? 教室で人を待たせてるから早く言ってくれ」


 分かっているとは思うが、俺を待つ人などもちろんいない。

「この女に長く関わるのは危険」

 本屋での一件からそう学んだ俺がその場の思いつきで口にした一言だったが、そんな口実がこの女に見抜かれようが見抜かれまいが正直どうでもいい。

 要は俺が一刻も早くこの舞台から退場したがっているという事実さえ伝われば、それで十分なのだ。


「きゅ、急に呼び出したりして本当にごめん! ただ、そ、その、みんながいる前で話すのは名倉君が嫌がるかな……と思って……」


 一応コイツなりに俺の口止めは守ろうとしたわけか……ただアレは違う意味でもっと痛いぞ。


「それで? さっさと用件を……」

「ス、ストロベリー・ラブ!」

「は?」

「その……わ、私も読みたいな! ……って思って……」


 ********


 よ、よし! ここまでは計画通り。

 まずは相手が確実に興味のある話題を提供することで私への警戒を緩めてもらう……!

 午後の授業時間全部を使って必死に考えたシナリオだ。頭の中で何度も練習したセリフ……。


「名倉君が買おうとしてたのを思い出して実はちょっと調べてみたの。あらすじだけしかわかんなかったんだけど……うん、そのすっごい面白そうでっ……! その、だから……な、名倉君が読み終わったら貸してもらえないかな?」


 出来てる!? 私、演技上手く出来てる!?


「……買えよ」

「え?」

「なんで俺がお前に貸さないといけない。自分で買え」


 ちがーう!! どうして!? そこはあっさり了解を得て、少し和やかになったところで本題に入るつもりだったのに……!


 柊梨子、予期せぬアクシデントに大きく取り乱す。


 こ、こうなったら単刀直入に言っちゃえ!




 そして二人の物語は今一つに重なる。


「私の為に小説を書いて下さい!」

「……はぁ?」


 全てはここから始まったのだ。



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