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ナツキトリコ  作者:
第二部
40/41

第39話 フラワーパウダーシンドローム

 第39話 フラワーパウダーシンドローム


「おっけ。ありがとな、福田」

『名倉君頼んだよ。じゃあね』


 通話を終え、俺は手にした携帯を机の上に置いた。福田に教えてもらった、柊家の住所のメモの上に重ねて。

 絵里と別れた後、俺は一度家へと戻って来ていた。この汗まみれの制服を着替えたかったのもあるし、他に用意しなくちゃいけないものもあったから。


 予想以上に時間食っちまったな……


 夕飯も適当に済ませ、慌てて準備に取りかかったのだが、それでも帰ってから優に二時間は経っている。


 ……ま、これでも頑張った方か。


 洗濯したての硬くなったジーンズに足を通し、まだ一二度しか着た事のない、おろし立てのTシャツを頭から被る。姿見なんて便利な物は無いから、窓に自分の姿を映して、それで服装にどこかおかしな点が無いかもう一度念入りにチェックを済ます。

 何が正解かもわからない暗中模索のトータルコーディネートに、それでもなんとか自分の中で折り合いをつけると、携帯に財布に鍵にメモにそれからもう一つ、俺は必要最低限の装備でもって部屋を飛び出した。


「あれ、にーちゃんまた出るの?」


 玄関で靴紐を結び直していると、何やら慌ただしい気配を察したのか、リビングから秋が顔を覗かせる。


「ああ、ちょっと行ってくる」


 行き先までは告げない。夜に異性に会いに行こうとする兄の存在が、妹に及ぼす教育上の悪影響を懸念して……いるわけではもちろんない。

 ただ単純に、俺が梨子の家に行くと知ったら、秋は絶対ついて来ると言って聞かないだろうし、さすればもう俺が頭を悩ませ、心血注いで必死に練り上げた計画は全て水の泡だ。実の妹の見ている前で、どうして想いを寄せる女に告白めいたセリフを吐けよう。

 それ以上の追求を恐れた俺は、返事もそこそこに逃げるようにして外へ出た。


「もう……慌てすぎ」


 秋は呆れた溜息を一つ吐き、開けっぱなしになった玄関の扉をいかにも大仰そうに閉める。


「あのノート……なんだったんだろ?」


 そして兄の右手に握られた、やけに使い古されたノートの姿を思い出し、小さく首を傾ぐのだった。


 ********


「さて、と」


 車庫から自転車を引っ張り出してくると、俺はもう一度携帯で時間を確認する。


「21時前か、ちょっと急がないとマズイな……」


 年頃の女子の家に訪ねて行こうというのに、あまりに遅い時間の訪問は親御さんの反感を買いかねない。本来ならば既に出直した方が良い時間帯なのかもしれないが、生憎俺にはもう改めるべき日が残されていなかった。

 それでもなんとか警戒を緩めてもらおうと、さっとシャワーを浴びて汗だけは流し、小ざっぱりとした服装を心がけ、身だしなみには最大限気を遣ったつもりだ。後はもうこれ以上遅くなってしまわないよう、一刻も早く柊家に辿り着く努力をする事である。


「……よし!」


 自転車にまたがり、ペダルにかけた足に体重を乗せる。


 右、左、右、左……


 すぐさま身体は風を切るように加速し、外灯と月明かりに照らし出される中、俺は無心で路地を駆け抜けた。


 ********


「こ、これか……」


 漕ぎ始めて15分。福田に教えてもらった住所のあたりで自転車を降り、注意深く一軒一軒見て回ると、すぐにそれは見つかった。表札に記された『柊』の文字。

 道の脇に邪魔にならないよう自転車を止め、後はインターホンを鳴らすだけというところまで来て、しかし俺はすっかり腰が引けてしまっていた。


「な、なにビビってんだ……」


 特に豪邸というわけでもない。名倉家とも来栖家ともそう大差ない、ごくごく普通の一戸建て。

 ただ、この門の先に柊梨子が、はたまたその両親がいるのかと思うと、ボタンに重ねた親指はその表面をなぞるだけで、なかなか奥に押し込んではくれない。

 もちろん梨子の方に外まで出て来てもらう事も考えなかったわけではない。しかしさっきから何度電話をかけてみても、彼女は一向に応じてくれる気配も無く、結局俺は相手の本丸に正面切って乗り込んで行く以外に策の講じようがなかったのである。


「……やるしかないよな」


 震える手を情けない思いで見つめながら、やっとの事で俺は呼び鈴を鳴らした。


 ピンポーン


 馴染み深いがどこか緊張感の無い、間の抜けた電子音が遠くくぐもって聞こえてくる。


 押した……押してしまった……


『はい?』


 しばらくして梨子のものとは違う、落ち着いた大人の女性の声が返ってきた。おそらくは梨子の母親であろう。


「あ、俺、いや、私……ぼ、僕!」


 究極にテンパってしまう俺。いや、僕?


 だぁぁ!! そんな事は今どうだっていいだろ!


「梨子さんの知り合いの名倉って言います! その……最近梨子さんが学校に来てないみたいなので、心配になってお見舞いに来ました!」


 何はともあれ、とりあえずはあらかじめ用意しておいた前口上を述べる。


 大丈夫だよな? 俺別に怪しまれるような事言ってないよな……?


『名倉……君? ちょっと待ってね』


 ガチャ……


 そこで言葉が切れると、今度はすぐに玄関の扉が開かれた。中から漏れ出た黄味がかった暖かい光と共に、玄関先に姿を見せたのは40前後の品の良さそうな女性。こちらに向かって軽く会釈すると、俺もそれに頭を下げて応える。


「さ、中に入って」

「え、いいんですか? 梨子さんは……」

「外で待たすのも失礼ですもの。とりあえずお上がりなさい」


 にこりと柔らかい笑みで、俺は柊邸に招き入れられた。


 ********


「おじゃまします……」

「こちらへどうぞ」


 玄関を上がってすぐ左手の居間へと通される。

 梨子の母親は少し真面目そうではあったが、とても穏やかな印象を受ける女性だった。眼鏡をかけていて、少しふっくらした丸顔。笑うと無くなるくらいに目を細める仕草は本当に梨子そっくりだ。


「あ、あの……」

「夫はいま書斎にいますので、お気になさらないで。さあ、そこへお座り」


 言われるがままに、俺は勧められたソファに軽く腰掛ける。

 相変わらず緊張はしていたが、門前払いされるという最悪のケースは回避出来た安堵感から、俺はふうと長い息を吐いた。この調子なら梨子と話をするという当初の目的も、なんとか無事に達せられそうだ。


「あの……梨子さんのお体の具合といいますか……その、お元気でしょうか?」


 慣れない言葉を使うため、どうもたどたどしい口調になってしまう。「梨子さん」という呼び方にもかなりの抵抗を感じながら、俺は目の前の梨子の母親におずおずと尋ねてみたのだが、


「それが……私にもわからないのよ」


 そう言って彼女は考え込むような仕草をした。


「本人は体調が悪いって言うんだけど……風邪じゃないみたいだし」


 やっぱりか……


 ただの風邪でそう何日も寝込むというのもあまり考えられない。おそらく理由は他にある……というか俺には大体見当がついているのだが。


「何かお話を聞いたりというのは?」

「そうね……私達の前にもあまり顔を出さないから。でもお友達が訪ねて来てくれたと知ったら、あの子きっと喜ぶと思うの」


 なるほど、家の中でも部屋にこもりきりってわけか……軽い反抗期でもやってるつもりか?


 自室でうずくまっている梨子の姿を想像し、心の中だけで密かに笑う。その時、廊下の方で誰かが階段を降りてくるような足音がするのに気づいた。


「あ、トイレかしら? ちょうど今あの子降りてきたみたい」


 梨子の母親は様子を確かめに、少し駆け足で居間の入り口へと向かう。それにつられて、つい俺もソファから腰を浮かす。


「何? ……こんな時間に誰か来てるの?」


 母親が開けた扉の向こうにチラと垣間見えた横顔は、ここしばらくご無沙汰の柊梨子当人であった。

 心臓がトクンと跳ね上がる。


「梨子、お友達がお見舞いに来てくれたわよ」


 母親は自分の体を少し脇にずらすと、奥に控えた俺の方を見て微笑んだ。

 それにならい梨子の訝し気な視線は滑らかに移動し、母親から俺に注がれる。


「お、おう、梨子」


 ふと目が合うと柄にも無くどきまぎしてしまった俺は、片手を上げ、なんだか間抜けな挨拶をする。


「な、名倉君!?」


 そして彼女のこの反応は至極当然だ。

 さっきまで表情の乏しかった梨子の目が驚愕に見開かれ、顔が俄かに紅潮していく。


「なっ、なんでここにいるのっ!?」

「いや、だってお前連絡つかないし……」


 連絡がつかないからといって家まで押しかけるのもどうかとは思うが、事情が事情だけに今回ばかりはそんな悠長な事も言ってられない。


 ……ってか十分元気だろ。やっぱ体調不良ってのは嘘か。


「お母さんも勝手に上げないでよ!」


 いつもと変わらない梨子の様子に、俺は自身の気苦労を顧みて、安心するより先に嘆息を漏らす。


「あら、でもせっかくお友達が訪ねて来てくれたのよ? それで梨子、こちらの方とはどういう御関係……?」


 そして寄越された意味深な視線。


 なるほど……母親ってのはどこの家でもこんなもんか。


 納得すると同時に俺はすぐさま梨子の母親から視線を逸らし、それに気づかなかったふりをして誤魔化す。


「バ、バカッ! そんなんじゃないからっ! とりあえず私の部屋に来て、名倉君! 今すぐに!!」

「お、おい……!」


 俺は梨子に腕を掴まれリビングから引きずり出されると、母親に見送られる形でそのまま階段を登らされた。そして梨子の部屋とおぼしきドアの前まで来て、


「……」


 なぜか無言で立ち尽くす梨子。


「……どうした?」

「や、やっぱここでちょっと待ってて! すぐ片付けるからっ!」


 そう言って梨子は薄く開けたドアの隙間から身を滑り込ませるようにして部屋の中に姿を消した。

廊下に放置された俺はただ突っ立っているわけにもいかないので、どうしたもんかと首を巡らすと、階下の母親ともう一度目が合ってしまう。さすがにこの時ばかりは他に誤魔化しようもないので、(こころ)みに色んな意味にも取れる苦笑を浮かべ軽く頭を下げてみると、事態の成り行きを気にしていたのであろう彼女はそれで満足したのか、一つ頷き、ようやくリビングの中へと戻って行ってくれた。


 はぁ……なんだか神経がすり減る。


 意気込んで家を飛び出したまでは良かったものの、こんな具合にすっかり勢いが削がれてしまい、今はもうただ疲労だけが蓄積された我が身であった。


 ********


「いいよ」


 たっぷり3分は待たされたであろうか。結局その場に立ち尽くす以外にどうする事も出来ず、交互に出す足を換え、角度を変え、退屈しのぎに続けていた究極の休めの姿勢の追求にもそろそろ飽きが来始めた頃、遂に開かずの扉は開かれた。

 中からひょっこり顔を出した梨子は、さっきまでのピンク色のパジャマをいつの間にか外着に着替え、綺麗に髪まで梳かしつけてあった。


 はあ……こっちはいつ父親と鉢合わせするか、気が気でならなかったというのに……


 と、嘆いてみたところできっと梨子には伝わらない。この思いは俺の胸の内にだけしまっておこう。


「そ、そこでいいかな? 座って」


 女の子らしい。一言で言うならそんな部屋だった。

 スタイリッシュな絵里の部屋よりも、どちらかといえば妹の秋の部屋に内装は近い。フローリングにはモコモコのカーペットが敷いてあり、布団もカーテンも壁紙も、全て暖色系の柄物で揃えてある。机の上には読みかけのファッション雑誌が開かれたまま置いてあり、棚の上にはなんだかよくわからないぬいぐるみとか、人形とか……。ふと目に留まった部屋の隅っこのゴミ箱は、丸められたティッシュで今にも溢れかえりそうになっていた。


 ん……ティッシュ?


「お前……泣いてたのか?」

「え? ああっ!!」


 梨子は俺の視線に気づくと、咄嗟にゴミ箱をベッドの下に隠した。


「ち、違うよ! 花粉症だよ、花粉症!」

「この時期にそんなに花粉飛んでないと思うけどな……」


 嘘をつくにももう少しまともな嘘があるだろ……


「そ、そんな事より名倉君! きょ、今日は何しに来たの?」


 見事なまでにテンプレ通りの話のそらし方をする梨子。ここまでわかりやすくはぐらかされると逆に清々しいものがある。

 余計にからかってみたくなった。


「お前、家では眼鏡してんだ?」

「えっ!? あ、あああ、ち、違うの、これは……そ、そう花粉症! 目を保護してるの!」


 今度は慌てて眼鏡を外す梨子。


「だから花粉は飛んでない。ってか別にそこは嘘つく必要ないから……」


 結構似合ってると思うけどな、俺は。


 ……なんて事は思ってはいても、もちろん口には出さない。


「……じゃなくてっ、質問に答えてよ! 名倉君は今日何しにここに来たのっ!?」


 徐々にいつもの落ち着きを取り戻し始めた俺とは対照的に、どんどんヒートアップしていく梨子の荒ぶる気性。


 あんまり大声出すなよ……親父さんに怒られても知らないぞ。


「お前の見舞いに俺が来ちゃ悪いか?」

「そ、そんな事無いけど……」


 梨子は俯いて、少し気まずそうに目を逸らす。


「沢北に振られて傷心中のお前が、どんなツラしてるか拝みに来たんだよ」

「……バカ……サイテー」


 小さく呟かれた言葉には、冷めた軽蔑が色濃く滲み出る。


「だけど意外と元気そうで良かった。いや、期待外れだった」

「何よそれ! バカにしに来ただけなら早く帰って!」


 怒鳴り声と共に飛来したビーズの枕は、しかしわざわざ避けるまでもなく後ろの壁に当たった。そして手頃な位置に落ちたそれを、俺は有難くクッションがわりに使わせて頂く。


 ……そして、深く息を吸った。


「来たのが俺でがっかりしたか?」

「え……?」


 ベッドの縁に腰掛け、手元にたぐり寄せたシーツを落ち着きなくいじくり回していた梨子の手が不意に止まる。


「来たのが沢北じゃなくてがっかりしたか?」

「な、なんで……」

「お前、もうあいつに会わないつもりか?」


 さっきまでとはまた違う、張り詰めた空気が漂い始める。吸い込むだけで胸が重くなるような、もっと質量感の増した空気。


 ……さ、冗談も終わりだ。


 そう、俺は梨子を気遣って見舞いにきたわけじゃない。むしろその逆だ。梨子をたきつけ、もう一度辛い現実に向き合わせようとしている。目を背けたくなる現実に、もう一度目を向けさせようとしている。


 そんな、ひどい事をしようとしている。


「だって私は振られたんだよ……? 沢北君も私に会いたく無いだろうし、私も……辛いよ……」


 梨子は下唇を噛み締め、苦しそうに顔を歪める。思い出したくない過去を思い出し、未だ治り切らないかさぶたを、再び抉られる苦痛を味わっている。

 だけど俺は言わなくちゃいけない。このまま梨子が逃げるのを手伝うのは本当の優しさなんかじゃない。思いやりなんて大層なもんじゃない。


「明日、沢北はアメリカに行く」


 沢北が隠した真実。言わない事が正しいのなら、正義なら、俺はそんなもの最初(ハナ)から願い下げだ。


「え、なにそれ……」

「明日終業式を終えたら、あいつはそのまま親父さんの車で空港へと向かう。そしておそらく数年は帰ってこない」

「嘘……」


 口元を両手で覆った梨子の顔は絶望に色を失っていく。


「いいのか? お前はこのまま沢北を行かせてしまっていいのか?」


 それでも俺は追求をやめない。心を鬼にしてでも梨子に決断を迫る。


「だけど沢北君は……」

「お前は信じてないのか、あいつの事を? 沢北が本当にお前を嫌いになった、お前はそう思うのか?」

「それは……」


 ふと、梨子の瞳に迷いが生じた。

沢北に会いたい。しかし会ったところできっと何も変わらない。そんな思いの狭間で彼女は葛藤している。

 確かに会ったところでどうにもならないかもしれない。そこから何も生まれないかもしれない。もしかしたら状況は今より悪くなるかもしれない。

 だけど……やって悔やむのはまだ良い。やる後悔は、やらない後悔よりずっと良い。ずっと報われるし、救われる。

 梨子が迷うなら、それを導いてやるのが俺の役目だ。たとえそれが正しくったって、間違っていたって、俺はいつだって梨子の想いを後押しする。

 ありがた迷惑で、大きなお世話で、押し付けがましい偽善かもしれない。だけどそれが俺に出来る唯一の事で、唯一俺にしか出来ない事なのだから。


「大丈夫だ、会えばわかる。明日絶対に終業式に来い。でないとお前はきっと一生後悔する」

「…………」


 梨子は口を噤む。そう簡単に返事の出来る話じゃないって事はわかっている。考える時間も必要だろう。


「これ、読んどけ」


 しかし構わず俺は持ってきたノートを梨子の手に押しつけた。二人の間でもう幾度となく交わされた、B5サイズのキャンパスノート。


「名倉君もう無駄だよ……私と沢北君は終わったんだよ。元通りになんてなれないよ、どうやったって……」


 梨子はそれを受け取るも、諦めたように首を振る。深い哀しみに暮れた梨子の眼差しに、俺もまた胸を締め付けられるような痛みを覚えた。


 駄目だ。もう二度と梨子にこんな顔をさせてはならない。

 そのために、梨子の笑顔を守るために、俺に出来ることがあるとしたら……!


「だけど、お前の物語はまだ終わってない」


 ああ、こんなところで終わらせてたまるか。いくら馬鹿だ鈍感だと罵られようと、自分の作品にまともな結末一つつけられない、三流作家の烙印を押されることだけはごめんだ。


「え……?」


 俺の言葉に梨子は弾かれたように顔を上げる。


「忘れたか? その小説の主人公はお前だ、柊梨子。お前の物語はまだ終わってない」

「どういうこと……?」

「頼む、俺が帰ったら必ずそれを読んでくれ。そして明日は絶対学校に来い」


 そうすればきっと……きっと何かが変わるはずだから。


「……沢北だけじゃない」


 間違いだらけだったこれまでが、それでも全部無駄にはならない方法だってちゃんとある……!


「俺も、待ってる」


 それは俺の中では半分梨子に想いを告げたのと同じ事だった。

 その意味が正しく彼女に伝わったかどうかはわからない。俺は梨子の反応を確かめる間もなく立ち上がり、「じゃあな」と一言だけ言葉を残して、すぐさま部屋を出た。

 後ろ手にドアを閉め、俺はそのままそっと隣の壁にもたれかかる。声を漏らさないよう慎重に吐いた溜息と、しばらくは収まりそうも無いこの胸の動悸は、今はもう紛れもなく彼女を好きな事の証明だった。



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