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ナツキトリコ  作者:
第二部
29/41

第28話 七夕祭り(2) 祭りの夜は…

 第28話 七夕祭り(2) 祭りの夜は……


『思う存分祭りを堪能し、一同の興奮も少し落ち着きを見せ始めた頃、柊梨子はそっと沢北春を誘い出した。』


 つまりはそういう事だ。

 どういう流れにせよ、その後私は沢北君と二人きりになるために何か手を打たなければならなかったわけで、こうして彼と並び歩いている今の状況も、いずれは迎えるはずの局面だったのである。

 予想外にイレギュラーな展開ではあったが、彼を誘い出すための策を講じる手間が省けたと考えると、私としてはこれはむしろ好都合な結果であったのかもしれない。 


 名倉君達を見送った後、私と沢北君は周囲に散らかったゴミを片付けると、彼らの後を追うようにしてお祭りの方へと戻った。


「こうしてみると、まだ回ってないところもたくさんあるね」


 広い境内に立ち並ぶ屋台の列は幾筋かに別れており、その全てを合わせると店の総数はざっと50はあるだろうか。さすがは街一丸となって取り組んでいるイベントだけある。なかなか気合いが入っていて、規模が大きい。

 さっき食べ物を集めて回った時に一通り会場全体をさらったつもりでいたのだが、もう一度ゆっくりと歩いてみると、その時は気づかなかった看板の文字に次々と目が留まる。


 輪投げ、ヨーヨー釣り、お面、くじ引き……


 どこもかしこもお客さんでいっぱいで、人の声が途切れる事はない。

 お小遣いを握り締め、縦横無尽に駆け回る子供達。大きな声を張り上げ、威勢良く客引きをする店のおじさん、おばさん、それからお兄さん、時にお姉さん。

 みんな、みんな笑ってる。

 笑って、心からこのお祭りを楽しんでいる。

 そんな彼らにつられて、私もまた笑顔になれる。

 それを目にした沢北君が、私の隣で笑ってくれる。

 そんな風に、ずっと繋がって行くんだ。ずっとずっと。

 どこまでも続いて、きっとまた戻ってくる笑顔の連鎖。

 ソフトクリームを落として泣いたあの子も、あと数分後にはきっと笑顔の華を咲かせてる。

 理由なんかない。理屈なんかじゃない。そういう風にできている。

  

「イテッ……!」


 周りの様子に気を取られ注意の疎かになっていた私は、石畳の窪みに見事にはまってしまった。


 あっ……


 慣れない下駄のせいでただでさえおぼつかない足元が、僅かの段差に躓きバランスを崩す。

 大きく揺らいだ上半身は、簡単に重心を外に投げ出してしまい、私はもう踏みとどまれない事を悟って、


 駄目、倒れる……


 咄嗟に目をつむり衝撃に備えようとしたその時、


 パシッ!


 横倒しになりかけた私の手を沢北君が素早く捉えた。そして片手とは思えぬ力で一気に引き上げてくれる。


「大丈夫?」


 間一髪のところでなんとか転倒は免れたが、反動で私は沢北君の胸へと飛び込んでしまった。


「ご、ごめん!」


 抱きとめられた彼の身体は見た目以上にずっとがっしりしていて、その感触に驚きながらも私は慌てて後ろに飛び退いた。

 しかし、


 えっ……?


 彼は私の手を離してくれなかった。


「駄目だよ。柊さんがまた躓くと心配だから」


 そう言って私の手を握り直す。今度はもっと優しいやり方で。

 いつかと同じようなセリフを吐いて、いつかと同じように手を繋いだ私達。

 前と少しだけ違うのは、二人はちゃんと恋人同士だという事。

 繋いだこの手は意味がある。想いがある。好きという気持ちが(かよ)ってる。

 だから余計に熱くなる。

 身体の内から燃え上がる。

 どうしようもなくたまらない。

 震えは一向に止まらない。


 彼氏彼女になったところで意識しなくなるなんて事はなかった。むしろ相手の想いがわかるからこそ、今まで以上に私は彼を感じてしまう。

 緊張で堅くなった私の足取りは、さっきよりよっぽど怪しくなる結果。

 何も見えない、何も聞こえない、何も話せない。眩暈がし、気を失いそうになるほどの三半規管の痺れを覚えながらも、そんな窮地から私を救ったのは、前方二時の方向に微かに浮かんだ「わたがし」の文字だった。


 あれは……!


 突如視界はクリアーになる。ふらついた足元も、息を吹き返したかのようにしっかりと地面を捉え、彼の手を握り返す力も少しだけ強くなる。


 冷静なる柊梨子カムバック!

 アサルトモードの私は伊達じゃない。


「あ、綿菓子! ねえねえ沢北君、私あれ食べたい!」


「二人で一つでいいよね?」と、神をも驚く変貌ぶりを見せつける柊梨子だった。


『ふと目に留まった綿菓子の屋台。幼い頃に覚えた甘く懐かしい香りに誘われ、自然とそちらの方へ足が向く。「はいよ、坊ちゃん落とすなよ!」前に並んだ5つか6つくらいの男の子の前に、彼の顔ほどもある特大サイズの綿菓子が差し出された。彼は右手にそれを受け取り、左手に繋いだまだうんと小さい妹と二人で仲良く一つを分け合う。それを目にした柊梨子は、隣りに立つ沢北春に、自分も自分も……! とちょっとだけ甘えてみせるのだった。』


 ********


 そんな風にしばらく歩いて回る内に、あるお店の前に何やらかなりの人だかりが出来ているのを発見。


「なんだろう、あれ……」


 ちょっと気になった私達は、少し歩調を緩めて横目に様子を窺う。

 その中心ではキャラクター物のお面をかぶった不思議な四人組が、半狂乱とも思えるテンションでバスケットボールのフリースローゲームに興じていた。シュートが決まる度に獣のような咆哮をあげ、謎の踊りを披露し、挙げ句の果てに何事かと集まってきた野次馬達に問答無用のハイタッチを強制する始末。

 そんな彼らの姿を見て、まさかそれが自分の知り合いだと思う人はいないだろう。


 ……いや、本当は気づいていたのかもしれない。ただ心のどこかでそれを事実だと認めるのを無意識の内に拒んでいたのかもしれない。

 次に待つ子供達がぶーぶー不平を言っているのにも構わず、夢中でバスケットボールを放り投げ続ける彼らがまさか私達の友人であるはずがない……と。


 面白い人達もいるもんだね。あはははは。お祭りって素敵だね。あはははは。さあ早く行こうよ。あはははは。一刻も早く次へ行こうよ。あはははは……


 そういう具合に通り過ぎようとしていた。

 だから、


「いっけぇー! スーパーミラクルウルトラメガトンシュート!!」

「あ、入りました!」

「うおおっ! さすが現役バスケットボーラーは違うね!」

「もう一本! もう一本!」


 ……だからそんな声が耳に届いた時、私は初め幻聴を聞いているのだと思った。

 これはきっと沢北君の隣りにいるせいで、緊張して精神が錯乱してしまっているんだ。

 いけないいけない、もっとしっかりしなくちゃ……!


 頭を二度、三度大きく振り、意識の覚醒を試みたのだが……


「うわあ! また入った!!」

「すごい! すごい!」

「おっちゃん! 今の3ポイントシュートでしょ!?」

「いや……フリースローに3ポイントはねえから……ってか兄ちゃん達そろそろ代わってやってくんねえかな……」


 幻聴は消えるどころか、次第に鮮明さを増してくるのだった。


「ねえ……まさかとは思うけどあれって……」

「うん……まさかとは思うけど福田さん達みたいだね……」


 そうと分かれば、私達はもうただひたすら前に突き進むのみ。ただの一度も後ろを振り返る事はなく。

 風よりも速く! 鳥よりも遠くへ!

 彼らに気づかれるのを恐れ、どちらからともなく始めた駆け足だった。


 彼らをやり過ごした後も私達はしばらく会場を見て回ったのだが、遂に名倉君達に会う事はなかった。

 これだけ大勢の人でごった返す中、見落としてしまってもそう不思議な話ではないと言われてしまえばそれまでなのだが、名倉君はともかく来栖さんのあの金髪はすぐに目に付きそうなものなのに。


 あの二人どこ行ったのかなあ……?


 ********


「ほらよ」


 自販機で買ってきた缶ジュースの一つを絵里に手渡す。


「悪いな」


 プシュッ……!


 プルトップを引き起こす音。絵里の大好きなダイエットコーラだ。


 俺達は神社から少し歩いた所にある静かな公園で休憩していた。

 元々人混みの嫌いな俺と絵里は、あの空間の息苦しさに耐え切れず、早々に祭りを抜け出して来ていたのだ。

 一応梨子達にも一通り付き合った事だし、そろそろいなくなっても文句は言われない頃合いだろう。


「足、大丈夫か?」


 相当に歩き回ったもんだから、絵里が足の痛みを訴えだしたというのもある。

 骨格まで日本人離れした絵里の足にはやはり下駄は馴染まないらしく、石組みで少し高くなった植え込みの縁に腰掛けた今はすっかり下駄も脱ぎ、素足を宙にブラブラさせている。


「大丈夫じゃない、と言ったらお前は私をおぶって帰ってくれるのか?」

「それは……」


 いくらなんでも無理だ。とはさすがに言えず、そこから言葉が続けられなくなってしまう。

 そんな困り果てた俺の様子の見て、


「安心しろ。そこまでひどくはない」


 絵里は穏やかに目を細める。


 外灯と自販機の明かりに魅せられ、大小様々な大きさの虫が集まってくる。

 気持ち悪いわ、鬱陶しいわで、正直全く好きにはなれないのだが、そんな光景を見ていると「ああ……もう夏なんだな」と改めて実感させられる。段々夜も蒸し暑く、寝苦しい季節になってきた。


「絵里、今日はもう七夕だって知ってたか?」

「……お前今まで自分が何の祭りに興じていたと思ってるんだ」


 呆れた。を通り越して、正気か? の目を向けられる。

 そうだった……七夕祭り。すっかり忘れてた。


「それにしても相変わらずの馬鹿共ばかりだな。こんな祭り如きで浮かれ騒ぎするとは」


 絵里も梨子以外の5組のメンバーと会うのは旅行以来だった。およそ二ヶ月ぶりの再会になるというのだが、特に感慨に浸っているという風にも見えなかったので、彼女は本当にそれほど彼らの事が気になっていたというわけでもないのだろう。やっぱり絵里に真の友人が出来るまでにはもう少し時間が必要か……


「かく言うお前も散々食い漁ってたくせに……」


 結局絵里は今日の屋台の食品群を全制覇してしまった。一口食べて気に入らなかったものは、全て俺が処分しなければならなかったので、付き合わされた俺はどれだけ大変な思いをしたか。もちろん絵里の食いさしなんかで今更ドキドキするような俺ではない。


「それに、衣装もばっちり決めてきたんだろ?」


 自分の持った缶の底をコツンと軽く絵里の額に当てる。


 絵里の大人っぽさが一層際立つ今日の黒の浴衣。柄に描かれた白やピンクの小ぶりの花は、派手過ぎず、適度なアクセントとして浴衣の上品さを引き立てている。

 トレードマークの金髪は銀色の髪飾りで結わえられ、白く覗いたうなじからはほのかに甘い香りが漂う。

 小さな唇が心持ち赤く、目元もいつもよりくっきりとして見えるのは、薄く化粧も施しているからだろう。


「どうだ? 似合うだろ?」


 そんな絵里が笑って訊くのだ。


「ああ、お前に似合わないもんなんてないよ」


 否定するのも馬鹿らしい。美しくないわけがない。


 ふん、と満足そうに鼻を鳴らし、絵里はしばし目を閉じる。 


 空を見上げると星が綺麗だった。

 この辺りは少し高台にあたるため、空気が澄んでいるのだろうか。街に比べると明かりの数も少ない。今宵ははっきりと天の川の流れまで見る事ができた。


「なあ夏樹……」


 声をかけられ絵里の方を見やる。彼女もまた俺にならって天を仰いでいた。


 二人して星空を眺む。

 蠍座……射手座……鷲座……白鳥座……

 幼い頃覚えた星座の名を、声に出さず心の中でそらんじてみる。


 大丈夫、まだ忘れてない。


 星と星とを見えない線で繋いで行く、そんな作業が昔から好きだった。

 そうする事でただ光点がばらまかれただけの何でもない夜空が、一枚の秩序だった壮大な絵画に生まれ変わる。新しい星座を覚えれば覚えるほど、そのキャンバスには一つ、また一つと新たな絵が描き加えられるのだ。


 この星空は良い。俺の住む家からは見えない星が沢山見える。もっと色んな絵が描ける。


 また覚え直さないといけないな……


 小学校に上がる時に買ってもらった星座の本を思い出す。あれはまだ家にあっただろうか?


「心境の変化……とか、あったか?」


 そんな穏やかな気持ちになっていたとき、急に改まって何を言い出すかと思ったら……何だそれ?


「どういう意味だ?」

「いや、まあその……」


 珍しくはっきりとしない絵里。

 話をしているのに俺の方を見ようとしない彼女の態度を少し怪訝に思ったが、しばらく考えてみて、


 ……ああ、そういう事か。


 その理由がわかった。

 そして俺はなるべく絵里に気を遣わせないよう、何でもない風を装って言ってみた。少し苦笑を混ぜたりしながら。


「まんまだ。俺は相変わらず筋金入りの恋愛小説オタクで、三次元の女に興味が湧かないただの変態だ」


 少しやり過ぎたか……? かえって自嘲気味に聞こえたかもしれないが……まあいいか。

 とにかく絵里がこんな風に俺を気にかけてくれる事といえば、きっとその話題に違いない。


 生憎俺は一向に成長してない。

 旅行の晩、あれだけ絵里に泣きついてしまったというのに、未だ何の進歩もみられない。

 というか何の努力もしていない。そもそも何をどうすればいいのか……それすら見当もつかないのだ。


 本当にみっともない……


「そうか……」


 絵里はそれっきり口を閉ざしてしまった。

 俺の返事が悪かったのだろうか? 駄目な俺に呆れられてしまったのだろうか?

 なんとなく重い雰囲気になってしまったので、俺は彼女にも話を振ってみた。


「お前はどうなんだ、何かあったのか? 心境の変化とやらは」


 特に何か深い考えがあったわけではない。聞かれたから同じ事を聞き返した、ただそれだけのつもりだった。


「私は、…………」


 いつもみたいに軽口を叩くような調子で何かを言いかけた絵里は、しかしすぐに口を(つぐ)んだ。

 そして少し目を伏せる。


「?」


 その表情からはいつもの傲慢な態度が消え、代わりに思い詰めるような、どこか儚げな横顔が現れる。


「私は昔からずっと一緒だ……ずっと変わらない……」


 そして絵里は星を見る。

 無数に(またた)宇宙(そら)の中で、ただ一つ、ずっと遠くの星に狙いをすまして。

 どれだけ手を伸ばしても絶対に届かぬ事を知りながら、何万光年も離れた星をそれでもずっと、ずっと見つめる。


「そうか? 俺には随分と変わったように見えるけどな」


 ジョークのつもりで俺は両手の親指と人差し指で作った四角い枠から片目を瞑って絵里を覗き込んだ。

 しかしファインダーに収まった絵里の姿はどこか病的な美しさを湛えていて、俺は本当にその画を切り取りたい衝動に駆られた。


「お前はよく笑うようになった」


 俺の言葉に絵里は少し驚いたような顔をして振り返る。

 空想カメラ越しに絵里と目が合い、笑うか? と思ったら……


「そういう意味じゃない、馬鹿者」


 殴られた。


 くそ……褒めてやったつもりなのにどうして殴られる。


「…………鈍いんだよ……」


 痛む頬をさするのに必死で、溜息と共に漏らされた絵里の呟きを、俺はこの時全く聞いちゃいなかった。


 耳元で鳴る虫の音と、遠くの祭りの喧騒が妙に心地良い七夕の夜だった。


 ********


「今日は楽しかったね」

「うん、すごく楽しかった!」


 終演の八時が近づき、そろそろ周りのお客さんが帰宅の途につき始めるのに合わせて、私と沢北君も神社を後にした。

 未来達にも声をかけようと思って探したのだが、なかなか見つからず結局二人で出てしまう事に。


「みんなに連絡しとこっか」


 私は携帯を取り出し、未来に私と沢北君が先に帰った旨を伝えるメールを打つ。


 さっきはあんなに目立ってたのに……

 あの不思議戦隊は一体どこに消えてしまったのだろう?


「柊さん、まだ時間大丈夫?」


 送信が完了するまでのしばらくの間、ぼんやりと(くう)を見つめていた私に、突然沢北君がそんな事を聞いてきた。


「へっ? 時間!? あ、うん! 時間なら全然大丈夫だけど……?」


 今日帰りが遅くなる事はすでに親に伝えてある。お父さんには心配されたけど、友達と一緒だから大丈夫! とか言い張って。

「高校生にもなった事だし、ちょっとくらい外に出るのも経験よね」とか言って、私の肩を持ってくれたのはお母さん。さすがは同性! 頼りになるなあ! なんて。


 遅くなった事を心配してくれてるのかなあ……


 沢北君の質問の意図を考えていると、


「少し話して行こうか」


 彼は不意に立ち止まり、ちょうど通り過ぎようとしていた右隣の公園を指差した。


「え……」


 驚いた私は思わず彼の顔を見上げる。

 そして、


 それ、私のセリフだったのに……沢北君のバカ。


 今日は何かと調子が狂う。


 ********


「うわあ……夜の公園って怖いね……」


 公園といってもそれは街中で目にするような、お情け程度にシーソーやブランコ等の遊具が設置された公園とは違う。どちらかといえば休日の昼間にはジョギングをする人や、犬の散歩をする人達で賑わいそうな、ウォーキングコースまで設けられた木々の生い茂る森林公園であった。


 もちろん夜には人の姿など無く、当然の事ながら暗い。

 私達はあまり奥まで入らず、今歩いて来た往来から比較的近い位置にあるベンチに並んで腰掛けた。一応公園内は遊歩道に沿って夜間も外灯が点いているみたいだが、ここなら更に通りの明かりも届く。


「さあ何の話をしようか……」


 ベンチに座るなり考え込む彼。


 え……沢北君、何か考えがあって誘ったんじゃないの!?


 彼の方から話が振られるものと思って気を抜いていたので、これには少々面食らった。


 ま、まあ、元々は私から誘うはずだったし。

 でも本当はもうちょっと街の方に下りてからのつもりだったんだけどなあ……


 そう、名倉君に指示されていたのは学校の校庭だった。

 前にも述べたがこの七夕祭りの会場となった神社は私達の通う西高からそう遠くない。

 まず最寄駅から歩いて10分ほどの所に学校があり、またそこから15分ほど高台の方に登って行くと、私達がさっきまでいた神社に辿り着く。

 もちろん地図上でこの三点は完全に同じ直線上にあるわけではないので、ここから帰りに学校へ寄ろうとしたら駅へ向かうルートから少し道をそれなければならないのだが……

 まあそうでもなければ、お祭り帰りの人達で通りが溢れかえるこの時間帯に、二人学校に忍び込もうなんて考えに至るはずもないだろう。

 あ、ちなみに西高は現代に珍しくセキュリティがユルユルで、いつ何時、誰でも簡単に校庭には侵入出来る構造となっている。


「あ、あの、じゃあ前から聞きたかったこと聞いていい?」


 気を取り直し、私はいまだ思案顔の彼に声をかける。


 もはや場所なんて関係無いよね。校庭でするはずだった会話を、今ここで交わせばいいだけの事。


「ん、いいよ。何でも聞いて」


 こくりと頷いた彼の返事を聞いて、私は意を決した。


 よし、ここからは主導権を握らせて頂きます! 全ては崇高なる目的の為に!!


「よーし! じゃあ行くよ! 梨子の質問タ〜イム……」


 と、出だし好調、段々言葉に勢いが無くなってくる私。


 う、言ってる自分が超恥ずかしいんですけど……

 名倉君、これ私に恥かかそうとしてない……?


 しかし今更恥じらった所で何も生まれない。

 幸いにも沢北君は「おお〜」と感嘆の声を上げ、軽く拍手を交えて盛り上げようとしてくれている。彼の優しさに感謝。


 では行きます!


「質問その1、沢北君の好きな食べ物は何ですか?」


 ピッと人差し指を突き立て、何かのバラエティー番組の司会者然とする。こうなったらとことん役になりきってみた方がケガは小さくて済むというもの。


「うーん……肉じゃが……かな?」

「ほうほう、なるほど……肉じゃがですか……」


 うん! 肉じゃがなら私作れる!

 もしまた沢北君にお弁当を作ってあげれる機会があったら、絶対に肉じゃがは入れよう!


 心の中でガッツポーズ。

 

 質問内容は私が自由に選ばせてもらった。

「とりあえずお前の気になる事があったらこの際全部聞いとけ」昨日の最終ミーティングで名倉君からそのように説明を受けていた。


「はい! じゃあ……質問その2! 沢北君は兄弟がいますか?」

「うん、大学生の兄がいるよ」

「そうなんだ……知らなかった」


 言われてみればそんな気もする。なんとなく長男かな……と思ってはいたけど、上がいると言われたって不思議な気はしない。


「その3、サッカー以外で趣味はありますか?」

「読書……かな?」


 へえ……名倉君と一緒だ。

 まあ知能指数的に? イケメン度合的に? 読むジャンルなんて全然違ってそうだけど!


「その4! ここ最近で一番楽しかった出来事を教えてください!」


 私は用意してきたメモをこっそり盗み見ながら、どんどん質問を投げかける。

 少し息をついたら、緊張してまた喋れなくなってしまうような気がしたから。


「んー……やっぱりGWに旅行に行った事かな?」

「あ、それ私も!」

「この夏祭りも楽しい思い出になりそうだね」

「だよね〜えへへ! じゃあ次、その5! またみんなで旅行行ったり、お祭り行ったりして遊ぼうっ!」

「それ……質問?」


 沢北君が苦笑いを浮かべる。


「いいからいいから♪」

「そうだね、また行こうか」

「うん! 絶対だよ!」


 沢北君の返事に満足した私は、次の質問は……と手元に目を落としたのだが、


「でも、柊さんと二人でもっと遊びたいな」

「え……」


 その一言に固まってしまった。

 

 な、なになになになに!? これってどういうこと!?

 私まだそういうのに耐性無さ過ぎて、上手くリアクション出来ないんですけど……!!


 予期せぬエラーで私の脳内はまさに混乱の極みにあったのだが、完全に沈黙する一歩手前のところでなんとか立ち直る。


「あ、あはは……沢北君突然からかわないでよお〜……」


 と、個人的にはエクセレントな回答でその場を取り繕ってみたのだが、


「ごめん、でもからかってないよ。本気」

「……」


 ぷしゅーと煙の音が聞こえてきそうな勢いで、柊梨子は見事にオーバーヒート。

 

 あ、ああ、あうあう……


「え、ええと……じゃあここらへんでちょっと質問の方向を変えまして……その6は、どういう女の子がタイプですか……」


 完全に機会音声と化してしまったおかしなトーンとイントネーションで、夜の公園は異質な空間へと妖怪変化。


「心の綺麗な女性が好きだね。そう、ちょうど柊さんみたいな」

「あ、ありがとう……」


 …………


 どういうこと、これ!!

 全然予想してた展開と違うんだけど!!

 プライベートを根ぼり葉ぼり聞いて、答えに困る沢北君をからかうはずの作戦だったのに、これじゃ辱められてるのは私の方じゃない!!


「じゃ、じゃあ……その7、女の子からどんな風にされると嬉しいですか?」

「なんでも嬉しいよ。こうして柊さんとおしゃべり出来るだけで僕は幸せだな」

「…………そ、そ、その8! 初恋のエピソードを……」

「柊さんだよ」


 私はもう限界だった。


 バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!

 絶対からかわれてるじゃん私!


 そして突如、生の梨子の声で叫びが飛び出す。


「ウソだっ!」

「ごめん、それはウソ」


 ほら、やっぱり……


 からかわれた恥ずかしさと少しの腹立ちとでちょっぴり拗ねていると、


「だけど、恋人は初めて」


 彼の言葉が私の脳を揺さぶった。


「え、ホント……?」


 思わず目を丸くして聞き返す。


「本当に」


 彼の言葉に、眼差しに、少しの揺らぎも無かった。

 きっと嘘は言っていない。


 ……驚いた。

 こんなに優しくてカッコいいのに、沢北君今の今まで彼女がいたこと無いなんて……

 信じられないくらい驚いた。


 外に伝え漏れてるんじゃないかって心配になるくらい、私の心臓は激しく大きく脈打ち、訳も分からず手足が震え出す。


 だけど、凄く嬉しかった。


「……最後の質問です」


 そしてここからは小説の台詞に戻る。


 私にとって彼が初めてであるように、彼にとっても私が初めて。


 そんな事実が、たったそれだけの事実が、私は今死にそうに嬉しかった。


 足並みを揃えて歩んでいける。

 二人で一緒に進んでいける。

 これからも、ずっと、ずっと、ずっと。


「私とキス……しませんか?」


 彼の顔をしっかりと見つめ、ゆっくりとその目を閉じる。

 私の声は不思議と落ち着いていた。


「喜んで」


 しばらくして、私は沢北君の唇が重ねられるのを感じた。


 火照った頬を夜風がそっと撫でてゆく。

 私の少し汗ばんだ体は、それでも心地よさを覚える、どこか幻想的な月夜だった。



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