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ナツキトリコ  作者:
第二部
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第23話 プラム☆レイン

 第23話 プラム☆レイン


 月は変わり六月。

 ジューンブライドなんて浮かれた言葉もあるみたいだが、俺達高校生にはそんなもん関係ない。

 純プライドならいくらでも持ち合わせているぞ、なんて張り合ってみたところで仕方ない。


 というわけで、いよいよ日本列島にはあのジメジメ蒸し蒸しと不快指数たっぷりの梅雨の季節が訪れようとしていた。


「ああ、鬱陶しい!」


 絵里はこのところ毎日不機嫌だ。

「梅雨なんて死ねばいいのに」なんて無茶を言っては、お天道様と俺を困らせている。

 話を聞くに毎年この時期になると湿気のせいで髪が上手く纏まらず、その苛立ちは毎日駐輪場の自転車を全てなぎ倒してから登校したい衝動に駆られるほどだそうだ。


 そりゃ恐ろしい……

 梅雨よ、愛すべき全自転車通学民のためにいっそ死んでくれ。

  

 ……と願ったところで、にっくき梅雨前線は問答無用で俺達の頭上に留まり続ける準備を着々と進めているのだが。


 今でもうこの調子だと、本格的に梅雨入りした後の絵里の事は想像したくもない。

 自転車に留まらず教室の机までもが全てなぎ倒されていた、なんて事になったら俺はもう目も当てられない。幼馴染として。


 突然だが、部活の話をしよう。


 我が校ではGW明け頃から部活の本入部が始まり、その影響は確実に8組の教室にも現れていた。

 始業前や放課後は部活指定の練習着やジャージ姿の生徒をよく見かけるようになり、今までのようにのんびり教室でお喋り……と、のどかな光景を目にする機会もめっきり減ってしまった。


 面倒の嫌いな俺と絵里はもちろんどこにも入部しなかった。

 昨日までグータラしていたクラスメイトが一人、また一人と向こう側の人間になっていく様を、こうやって教室の隅から見届けてやるのが俺達の日課。みんな忙しそうだな……とか何とか言って。


 そんな俺達に付き合って帰宅部を貫くか、と思われたボンもなんてことはない。あっさりと生徒会に入部してしまった。なんでも中学時代からの夢だったらしい。

 まあ生徒会長の下でキビキビ働くボンの姿ってのも、それはそれでなかなか性に合ってるように思えたし、絵里に仕えているよりはずっと健全で生産的な事であろう。

 俺達としても生徒会にパイプが出来たというのは心強い。気に食わない校則があったらボンを通じて会長に進言……なんて具合にフル活用してやろうかと密かに思ったりもしている。


 意外だったのが加西だ。社会を舐め切ったダメな若者の典型のようなこの男に、およそ部活なんて似合わないだろうと(たか)(くく)っていた俺だったのだが、ある日突然奴はテニス部に入部届を出してきた。

 なぜ加西が……!? 多少なりとも衝撃を受け、思わず加西に詰め寄ったりもしたのだが、そこにはちゃんと入部の決め手がラクでモテそうだったから……というなんとも加西らしいオチがついていた。


 そんなわけで、


「また二人になっちまったな……」


 気付けばクラスのプータローは俺と絵里の二人だけになっていた。


「オンリーツーだな」


 そんな事一向に構わない様子で、なぜか誇らしげに胸を張る絵里。


 いや、お前一人でオンリーワンだから……


 と、簡単に俺達の状況を振り返ったところで回想は終わり。

 絵里が梅雨に暴言を吐いていたその時間軸へと再びカムバックする。


「よおーなっちゃんたち! もうすぐ梅雨だってのにどーしてそんな浮かない顔してるんだい!?」


 いつのまに近くにいたのか、一度聞いたら忘れられない少し癇に障る声音の持ち主。

 加西は相変わらずノリが軽い。軽過ぎて、重い。


「……梅雨だってのになんでそんなに浮かれてるんだ? お前は」


 問いに問いで返す俺。

 絵里ほどではないにしても、やはりどこか沈んだ気持ちになるのがこの季節。加西のようにハッピーボーイでいられる秘訣があるなら聞いてやってもいい。


「それはだな……」


 加西はわざとらしく声を潜め俺達二人を交互に見やるのだが、絵里なんて窓の外を眺めていて、最初(ハナ)から取り合うつもりもないらしい。


「雨の日はテニス部はオフになるからだ!」


 びしっと親指を突きたて、気持ち悪いウインクまで披露された。


 お前もうやる気なくしてんのかよ。

 やめちまえ、そんな部活。


「きっとお前向いてないぞ」


 いつまでもそこでキメ続ける加西に俺は現実を教えてやったのだが、


「それでだ……実は写真が出来た」


 どうやら本題は別にあったらしい。

 何事も無かったかのように急に真顔に戻った加西は、ポケットから輪ゴム留めされた薄い封筒の束を取り出す。


「写真?」


 俺はその内の一つを加西の手から受け取った。


「ほら、旅行の時撮ったじゃん。コテージの前で、集合写真」


 旅行……集合写真……


 まだそう深くには潜り込んでいないはずの記憶の糸を懸命にたぐり寄せる。


 ……ああ、そういえばそんな事もあったな。

 確か帰り際に撮ってもらったんだっけ、管理人のおじさんに。もう一月も前の事だからすっかり忘れてた。


「……ってかお前遅過ぎるだろ」

「いやー悪い悪い俺もすっかり忘れててさ、だからこれは俺のおごり、金はいらね」


 同じく絵里にも写真を渡す加西。

 それから少し首を巡らせて、


「ボンは……いないのか。ま、後でいいや」


 残りはまたポケットにしまわれた。

 ボンは今生徒会の集まりでここにはいない。こんな風に昼休みに教室を留守にすることも最近では多くなった。


「そだ。今から5組の教室にも配りに行こうと思うんだけど、なっちゃんに絵里ちゃんも行く?」


 5組……

 ああ、そっか俺たちは5組の面々と一緒に旅行したんだっけ。

 柊梨子、沢北春、福田未来、神宮寺穂奈美……

 そういやあれから一度も会ってない、みんなどうしてるんだろうか。


 柊梨子……か。


「いや、俺はいい」


 顔の前で小さく手を振って、俺は加西の誘いを断った。


 少し気にもなった。

 だけどなんとなくやめておいた。


 ……ただなんとなく。


「そっか……じゃあ絵里ちゃんはどうする?」


 そんな絵里も無言で首を振る。

 一人で行け、って事らしい。


「なんだ……お前ら懐かしくないの? 薄情もんだなぁ〜ま、いいけど」


「ん〜じゃ!」挨拶がわりに俺の頭を軽くチョップすると、加西は奇妙に軽快なステップを刻みながら教室を出て行った。


「行かなくて良かったのか?」


 加西の消えた教室の後ろの扉をいつまでも眺めていると、今までだんまりだった絵里が不意に口を開いた。


「え?」

「あの芋女、最近会ってないんだろ?」


 俺は驚いた。

 芋女、という表現に関してではない。

 まさか絵里の方からそんな事を聞いてくるとは思わなかったからだ。


「まあ……そうだな……」


 少し狼狽しながらも言葉を探す。


 確かに梨子にはもう一ヶ月近く会ってない。

 そしてこれからも会う予定は無い。


「別にいいんだ」


 特に用事が無いから。

 仕事が終わった以上、俺と梨子の間にはもはや何の関係も無いのだから。


 友達? そんなんじゃない。

 俺は梨子と趣味の一つも合わない、性格も丸っきし合わない、沢北の事がなければ会話のネタの一つもない。

 そんなやつが友達なはずが無い。

 俺と梨子は単なる仕事仲間以外の何でもなかった。

 だからそれさえ失えば、


 俺は梨子にとっての何でも無いし、

 梨子は俺にとっての何でも無い。


「そうか」


 言い捨てるように吐いた俺の返事をどう思ったのか、しかし絵里はもうそれ以上何も聞こうとしなかった。


 なあ絵里、俺間違った事してるのか?

 お前なら俺の事全部わかるだろ?

 俺、わかんないんだよ。

 これが正しい事なのかどうか。

 教えてくれ……


 俺はもう梨子には会わない方が良いのか?


 もちろん絵里は何も答えてくれなかった。

 何も言わず、曇り出してきた空をただ憂鬱そうに眺めていた。


 ********


 それは偶然だった。


 いつか本屋で出会ってしまった時みたいに、俺達は偶然再会してしまった。


「……嘘」


 放課後。

 何の気無しに訪れた体育館裏。


「なんで……いるの?」


 ちょっと一人になりたくて、ふらふらと校内を歩いている内にたどり着いた場所。

 アスファルトに腰を下ろし、壁に背中を預け、加西にもらった集合写真を眺めていた。


「……梨子」


 一人でそうしてたら、彼女もまた一人でやってきた。


 同じように写真を手に持って。


「写真、よく撮れてるよな」


 俺は遠くで足を止めた物好きな来訪者の姿を確認すると、再び手に持った写真へと視線を落とした。


「……うん」


 髪、伸びたな……


 今の今まで写真の中の梨子ばかりを見ていたもんだから、その変化が余計目に付いた。


「その……沢北とはどうだ?」


 そしてずっと気がかりだった事を聞いてみた。


「……うん、まあまあ」


 どんな問いかけにも一言二言で終わらせてしまう梨子。


 まあまあってどっちだよ……


「……」

「……」


 会話が続かない。

 二人の間に気まずい沈黙が流れる。


 ……こんなにも話題が無かったのか、俺達。


 ********


 どうしよう……何も思いつかない!


 私は焦っていた。

 立ち止まったまま少しも動く素振りさえ見せなかったが、内心とんでもなく焦っていた。


 言いたい事、話したい事あんなにいっぱいあったはずなのに……

 どうして何も言葉が出て来てくれないの!?

 今が一番大事な時なんだよ……!!


「じゃ、お幸せにな」


 しばらくして名倉君は立ち上がった。

 私に背を向け、反対の方へ歩き出してしまう。


 ダメ! ……まだ行っちゃダメ!


 心の中ではそう思うのに、私はそれを言葉に出来ない。

 あと一歩のところで飲み込んでしまう。


 せっかくもう一度会えたのに……

 私まだ何も言えてない。

 きっと次はもう二度とない。

 イヤだよ……そんなの……

 なんかわかんないけど、

 全然意味わかんないけど、

 メチャクチャイヤなんだよ……!!


「……っ、名倉君っ!!!」


 私はやっとの思いで彼の名前を呼んだ。押しとどめようとする何かを、全てかなぐり捨てて、振り切って、私は声の限り叫んだ。


「ストロベリー・ラブ! 私まだ貸してもらってない!!」


 必死の思いで繋ぎ止めようとした。

 もう一度繋ぎ直そうとした。


「…………」


 彼は私の言葉を背中に受け、足を止めた。

 そしてそのままじっと立ち尽くす。


 きっと色々考えている。

 私があれこれ考えたように、きっと彼もいろんな事を考えてる。迷ってる。


 だけど、見て!

 私から目を逸らさないでっ!

 これが私の出した結論……

 それをちゃんと見て!


 私はもう一度あなたと共に行く、歩みたい、前に進みたい!

 だから、名倉君もっ……!


 そして、


「その前に織姫先生のデビュー作から読め」


 振り返った彼は笑っていた。



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