第20話 GW大作戦(9) 春よ恋
第20話 GW大作戦(9) 春よ恋
さあ長きにわたって続いてきた俺達のGW小旅行もこの回で最後になる。
まずは肝試しのその後の展開を簡単に述べておこう。
梨子達が戻ってきた後、最後の組、神宮寺とボンのペアが洞窟を探検し、この肝試しは晴れて終焉を迎える……はずだった。
しかし実際は最終組の棄権によりあっさり閉幕。いくらボンが説得しようと、神宮寺がてこでも福田の側を離れようとしなかったのだ。どうやら少々びびらせすぎてしまったらしい。
まあ嫌がる者を強制させてまで参加させるのは、あくまで楽しむためのイベントという肝試しの趣旨に反する。
いや、唯一強制させそうな人物があの有様でなかったら、もう少し結末は違った形を迎えていたかもしれないが。
そうそう、絵里は結局コテージに戻るまでずっと俺の腕を掴んだまま離そうとはしなかった。何か声をかけようにも一向に反応が見られず、周りには散々に茶化されるので、これには俺も参った。
因果応報。悪行を成したものには、それ相応の罰が与えられるということか。
どうもこの旅行では色々と調子が狂わされる。せめて最後くらいは平穏な幕引きといきたいところだ……
コテージへ戻った俺達は自分達の部屋で荷物の最終確認を行った。各自問題無いと判断出来た者から、カバンを持って玄関の外で待機。
最後は俺と管理人が一緒にコテージ内の隅々まで忘れ物が無いか見回りをして(朝の寿司の件があって気まずかった事は言うまでもない)、全部屋の点検を終えたところで元の通りに玄関を施錠する。そして俺達はこの二日間滞在したコテージとも別れを告げた。
「ありがとう!」
「楽しかったです」
皆口々にコテージへ感謝の言葉を述べる。
「また来るね!」
また来るのかよ……
と、まあそんな訳で俺達の旅行はひとまず終わった。
振り返って見ると、なぜか俺だけひどく不公平なくらい大変な思いをしているような気がするのだが……
まあ福田の胸チラ、梨子のヌード、絵里の寝顔が拝めただけ良しとするか。今回はさすがに神宮寺まで攻略する事はできなかったが、それはまた次の機会に……
って違う違う! いつの間に俺はR-15指定美少女恋愛シミュレーションゲームのハーレムに溺れる主人公になった! なんか色々違うぞ!
ん、そういや本来の目的はなんだったっけ……? なんか物凄く重大な事を忘れているような気もするが……まあいい、寝よう。
夕暮れの田園風景を横目に、一時間に一本しか走らないこのローカル線は、ゆっくりと俺達の故郷へと帰って行く。
帰りもまた御多分に洩れず貸し切り状態となった車内の静寂と、適度なレールの凹凸が心地良い振動を伝え、俺達はすぐに深い眠りへと誘われた。
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はい。
そんな大事な事も忘れて安穏と眠りこけている名倉君に代わって、私がその重要案件をお知らせします。
頭脳明晰並びに叡智漲る慧眼をお持ちであるところの読者の皆様に、今し方このような戯言をお申し付けするのは……ああ難しいので、やめた。
ええと……名倉君の小説によると、
私は今日沢北君に告白します。
え、マジでするの?
しちゃうの?
やめときなよ……
後悔するって……
身の程しらずだよ。
でも名倉君の小説だよ?
今まで間違いなかったじゃん!
全部上手くいったじゃん!
私の心の中では天使と悪魔の二人……なんてレベルじゃなく、それはもう何十人もの柊梨子が活発に意見交換をしていた。
カンカンカンカン!
えーではこの件に関して採決をとる。沢北春に告白する事に賛成の者は挙手を!
かなりの数の柊梨子が手を上げる。けれどそもそもの母数が多いから……
……なるほど。賛成反対同じくらい! よって判決は保留!
結局今の今になっても私は決断出来ずにいた。
沢北君に告白するべきか、否か……
自分で決めれない。
だから私は全てを運命に委ねることにした。
この電車はあと数十分後には私達が昨日集合した駅のホームへと到着し、きっとそこで解散になる。
そこからの帰る方向は各自バラバラ。未来と穂奈美はバス。加西君は自転車。ボン君は地下鉄。私と名倉君は電車。来栖さんは名倉君と家が近所らしいからきっと同じ方向だろう。
そして沢北君も電車だ。しかし方向が逆だった。私達が上りで沢北君は下り。
私はこれを利用して偶然に賭けてみることにした。
沢北君の電車が先に来たら作戦は中止。そこで彼とはお別れ。何事もなくまた明日学校で顔を合わせることになる。
私達の電車が先に来たら作戦決行。私は名倉君達と一緒に電車に乗らず、それをやり過ごして沢北君とホームに残る。そして思い切って彼を外に誘う。
名倉君に指定されたのが、この駅のすぐ裏の公園になってたのは、ここでアクションを起こせって事で合ってるんだよね……?
私は一人車内でソワソワしながら終着駅を待っていた。
ってかなんでみんな寝てるのよ! 気の紛らわしようがないじゃない!
向かいの席でお互い肩に寄りかかりながら眠っている名倉君と来栖さんの姿を、ただ憎らしげに睨み続ける私だった。
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「みんなもう着くよー起きてー」
「うぅ……ううん……」
終点のアナウンスが流れても一向に目を覚ます気配の無いみんなに私は声をかけて回る。
とうとう……着いてしまった。
列車を降りたところのホームで私達は円になり、簡単にお別れの儀式を済ませた。
みんな本当にこの旅行を楽しんでくれたみたいで、またいつかこのメンバーで集まろうという話も出た。
5組と8組の橋渡し役として未来と加西君が大々的に赤外線で連絡先を交換し合うイベントもとり行われる。
そして解散。
徒歩、自転車、バス組とはそこで別れて、私達は自分達の乗る路線のホームへと移動した。
一旦エスカレーターでコンコースまで上がり、別の乗り場へと移動して今度はエレベーターでホームへと降りる。
この間もちろん無言だったわけでなく、何かしら他愛もない会話を交わしてはいたのだが、もっと他の事に気を取られそれどころでなかった私は全くその会話の内容を覚えていない。よって詳細を記す事が出来ない。
私の関心はただ一つ。
上りの電車と下りの電車、どちらが先にホームに来るか。
鶏が先か、卵が先か。などといった哲学的問題を唱えている訳ではない。私にとってこの問題はそんな哲学以上にもっと重要で、もっと人生に密着したものだった。
ホームに到着し、エレベーターのドアが開く。
さあどっちだ……!
恐る恐る顔を上げる。
電光掲示板の表示はすぐに私の網膜に飛び込んで来た。
********
「ま、待たね!」
ベルの音と共に扉が閉まる。そして電車はゆっくりと動き出した。
「本当によかったの?」
「う、うん! 沢北君を見送りたかったし!」
結論。
上りの電車が先に到着し、それは名倉君と来栖さんの二人を乗せて行ってしまった。
つまり作戦は実行に移ったわけだ。私は沢北君と二人ホームに残った。
こうなればもう後は腹をくくるしかない……
「とは言っても僕の方もあと5分で……」
「ね、ねえ! あ……あの、少し話さない?」
私は今にもひっくり返りそうになる声を必死に横隔膜で制御して、時計を確認する沢北君の横顔に呼びかけた。視線は彼の足のあたりに落としたままで。
お願い……どうか……!!
名倉君の小説には公園に着いてからの展開しか書かれていない。つまりそこに誘い出すまでは、私が自力で頑張るしかないのだ。
恥ずかしさから顔を上げる事の出来ないまま、私はじっと彼の返事を待った。
ブオオーン……
そこに運悪く特急電車が通過する。すぐ側を行く列車の騒音で、その他の一切の音がかき消されてしまう。
これじゃ沢北君の返事も聞こえない……
電車が完全に通過してしまうまで待つしか無い……と、そのままの姿勢で気まずい沈黙に耐えようとした時だった。
え……?
彼の手がそっと肩に添えられる。
驚いて私が顔を上げると、彼は口元を緩ませ、目だけで「いいよ」と返事をしてくれた。
********
日は沈み、すっかり暗くなった園内にはもうほとんど人気が無い。
そんな夜の公園のベンチに、半人分くらいの隙間を空けて座る男女。頭上の照明が無ければとてもじゃないが、お互いの位置すら確認出来ないだろう。
完全に二人だけの空間。これからしようとしている真剣な話をするにはこれ以上適した所は無い。
もちろんそこは名倉君の見たての場所であった。駅から歩いて数分の距離にある市立公園。
中央にある大きな噴水を取り囲むように遊歩道が遠巻きに一周していて、その脇にはポツン、ポツンと完全に道が途切れてしまうくらいの間隔でお情け程度に照明灯が設置してある。夜間でも歩けるようにというよりは、出口はこっちですよ、と導くくらいの意味合いなのだろう。
だからこんな時間に来る物好きは私達くらいなもので、公園全体を囲うようにして厚く植えられた木々が夜風に葉をなびかせる音以外は何も聞こえない。
名倉君、よくこんな場所知ってたな……
意外と彼はロマンチストなのかもしれない。
「旅行……楽しかったね」
私は目の前の暗闇を眺める。
黒は黒でも昼間の洞窟とは違う黒。もっと開放的で、空気も澄んでいて、優しい黒。落ち着いた黒。対照的な二つの黒。
「そうだね。友達と一緒に旅行する事がこんなに楽しい事だとは思わなかった。本当に僕を誘ってくれた柊さんには感謝してるよ」
「感謝してる」そんな風に彼に言われて思わず顔がにやけてしまう。
「そんな……私は何もしてない。計画してくれたのはほとんど名倉君」
しかし私はちゃんと自分を見失わず、彼に言葉を返す事ができる。誰かさんのおかげで。
皆が寝てる隙に、電車の中で必死に覚えたセリフ。
少し暗めのトーンで、焦らず、ゆっくりと。自分だけでなく、相手の気持ちまで落ち着かせて、自然な流れで本題まで持ち込めるように……
名倉君の小説には、余白にいちいち私に対する演技指導や言動、行動の目的が書き込まれてあって、これじゃ小説というよりもむしろ舞台の台本だ。
まあ私は実際それを演じてる訳だし、まさに演劇そのものなんだけど、彼がこれを「小説」と呼ぶ限り、私達の間の共通認識は「小説」で間違ってない。
それにしても私のセリフにさりげなく自分を評価するコメントを入れておく辺りが何とも憎らしい。かといって私もそれに逆らって、他の事を言ったり出来る余裕は無いんだけど。
「私も感謝してるんだ、名倉君に」
……まあ、嘘じゃないけど。
「柊さんも楽しかった?」
私の顔を覗き込んでくる沢北君。こうなったら私もそっぽ向いてばかりはいられない。
微妙に焦点をずらすという秘技を駆使して、左隣の彼の方に顔を向ける。
「……楽しかったよ、凄く!」
下手なりにも笑ってみせる私。
哀しいのはその沢北君の問いかけも、私の返事も、全て始めから分かってたって事。全部名倉君の小説通り。嬉しいんだけど、凄いんだけど、どこか虚しい。
いつか自然に会話出来る日が来るのかな……?
そして、遂に本題へ。
「……楽しかったよ。その……沢北君とも……たくさん話せたし……」
彼から視線を外し、俯き加減で恥ずかしそうにボソボソと言う。
そんな指示がなくても、そうなっちゃうよね……こんなセリフ。
心の中で笑ってしまう。
「柊さん……?」
「…………私」
私はもう一度彼の方を見た。
今度はちゃんとその目を見た。沢北春の、少し茶色がかった薄い瞳をじっと、じっと見つめた。
大事な事を……凄く大事な事を……私は今から言おうとしてるから……!
名倉君の小説ではこの続きの私のセリフが空白になっていた。
そこ一番大事なところじゃん! って思わずツッコミたくなったけど、ちゃんと余白にコメントが書いてあった。
「安心しろ。お前はいざというときは自分の言葉を使える。変な仕込みはするな、いつか俺にしてみせたみたいに自分の思いをありのままにぶつけてみろ。それでこそお前が本当に変われる瞬間だ。大丈夫、お前なら出来る。俺は柊梨子を信じている。」
ありがとう、名倉君。
ちょっと臭いけど、キザっぽくて癪だけど、君の応援は誰の言葉よりも力になる。心強いよ、自信が持てる!
柊梨子、人生初にして一世一代の告白!
当たって砕けろだ!
嫌、やっぱ砕けちゃ嫌!
当たってダメだった時は、その時は神様何とかして!
でも信じる!
私もあなたを信じるよ!名倉君!
私は大きく息を吸い込んだ。
あとはもう一気に私の想いを伝えるだけ!
沢北君に考えさせる暇を与えない! 私も何も考えない!
そして吐き出した。
「私、沢北君の事が好き! たまらないくらい好き! 背が高いところが好き! カッコいいところが好き! 優しいところが好き! 英語がペラペラなのが好き! 朝挨拶してくれるのが好き! 私の教えたドラマを見てくれるのが好き! 私を保健室に運んでくれるのが好き! 私のお弁当食べてくれるのが好き! 旅行に来てくれたのが好き! 全部好き!」
私は言いながら思う。
やっぱり名倉君は凄い、と。
彼の言った通りだ……
言葉がどんどん出てくる。溢れ出して来る。ずっと胸の奥に閉じ込められてた想いが、蓋を外されたびっくり箱のように一斉に飛び出してくる。
それは整理されてなくて、めちゃくちゃだけど、紛れもない私の気持ちだった。
等身大の私の言葉だった。
「初めて会った入学式の日から、今この瞬間までずっと好き! 好き過ぎて学校の授業中も上の空になって、夜も眠れなくなって、友達には泣きついちゃって、近くにいるって意識するだけで今みたいに心臓が爆発しそうになっちゃうくらい好き! 大好き! 肝試しの時みたいにまた手をつなぎたい! 名倉君と来栖さんみたいに寄り添って一緒に寝たい! チューしたい! ……重いかもしれない、こんな私の気持ち重いかもしれない! でも沢北君ならきっと許してくれる! それが理由で絶対に私を嫌ったりはしない! そんな沢北君が……」
私はもう一度酸素を補給する。
「柊梨子は超大好きですっ!!!」
言い切った。
もうこれ以上伝える事は無いってくらいに。
本当に余す所の一つも無く。
いや、むしろちょっとくらい残しておいた方が良かったかもしれない。
なんかどさくさに紛れて言わなくていいことまで言ってしまった気がする。
まあ過ぎた事はどうしようもない。
これがありのままの私なんだ。
好きだよ、沢北君。
「…………」
彼は私の視線を真っ直ぐに受け止めた。
一度も目を逸らしたり、笑ったりする事無く、私の告白をちゃんと聞いてくれた。
なんかそれだけでもう満足かな……
私は全身の力が抜け、へなへなとベンチの背に寄りかかる。
事を成し遂げた達成感と虚脱感とですっかり脱力しきっていた私は、彼の返事を聞かなければならない事も忘れ、ただ呆然と虚空を見つめていた。
だがもちろん彼はそんな私の様子を眺めて終わるなんて事はせず、
「僕もだよ、柊さん。僕も柊さんの事が好きだ。是非交際をお願いしたいと思うくらいにね」
そう笑ってくれた。
そんな嬉しい返事をしてくれた。
目も慣れてきてぼんやりと噴水のシルエットも見えてきたなあ……なんて思ってた私は、だから左耳から入ってきた音を、小鳥のさえずりくらいのつもりで聞いていて、それで、
…………………えっ、うそ?
それが沢北君のありがたいお言葉だと理解するまでに、たっぷり数十秒はかかってしまった。
私の心はまだフワフワとどこかその辺を気持ち良く浮遊していて、
これって……ホントのホント?
夢を見ているような気がして、頬をつねってみる。
「イタッ……」
そしていよいよ現実である事を知る。
あわわわわわわわわわ
マジで?
じ、実はドッキリとか……
からかってたり……する?
意味もなく手足をじたばたさせる私は、
「じょ、冗談じゃない? ファイナルアンサー?」
なんてもう一度念押しに尋ねてみる。
だけど彼の答えは間違いなく、
「あいにく、僕は冗談を言うのは苦手だよ」
ふぁいなるあんさーなのでした。
カタカタカタカタ……
柊梨子の体が小刻みに震え出す。
怖いんじゃない、緊張してるわけでもない、嬉しいのだ。じっとしていられないくらい嬉しいのだ。
身体の奥の奥の方から歓喜の波が押し寄せてきて、今はもうそれが飛び出さんばかりに薄皮の一枚下にまで迫ってきているのだ。
私本当に告白に成功したんだ……
沢北君に認めてもらったんだ……
すごい……すごいよ……!
やるじゃん柊梨子!!
見直したよ!!
あんた、サイコーだよっ!!
今にも叫び出したい喜びを、私は両目をぎゅっとつぶって、歯をぐっと食いしばって、身体をうんと縮めて、全身で噛みしめるようにして味わう。
本当に名倉君の用意した通りの結末になった。
沢北君の返事も、私がそれを聞いて喜びのあまりこうして言葉を失ってしまうのも。
全て彼は見越していた。
人気の無い夜の真っ暗な公園で、小さなベンチに腰かけた二人は、静かに、そっと結ばれた。
こうして名倉夏樹による柊梨子のための物語は、劇的で無いにしても、私が望んだ最も平凡で、かつ最も幸せな形で幕を閉じた。
だけどそんな私にもう一つ沢北君は言葉をくれた。
名倉君の筋書きにも無かった言葉。
「今だけじゃない。初めて話をした時から、これまでのことも全部含めて、僕は柊さんの事が好きだよ」
「!!」
その言葉を聞いた途端、私の目からは堰を切ったように涙が溢れ出た。
叶わなかったあの頃の片想いも、辛い思いをしながらも必死に変わろうと続けてきた努力も、その一言で本当に全て報われた気がしたのだ。
卒業式の日、みんなと別れた後荷物を取りに一人戻った教室で、誰に気づかれる事もなく声を殺して泣き続ける少女がいた。
そんな彼女が、眼鏡に落ちた雫を払って、ようやくにっこりと微笑んでくれた気がした。
これでやっと私は自分を好きになれる……
泣くことはしょっちゅうだったけれど、嬉しくて、幸せで、そんな想いで涙を流したのは、この時が初めてだった。




