第19話 GW大作戦(8) 進め!洞窟探検隊!
第19話 GW大作戦(8) 進め!洞窟探検隊!
「では行ってきま〜す!」
威勢の良い掛け声と共に、加西、福田ペアが先陣を切って洞窟に突入した。
二人とも全く物怖じする様子も無く、意気揚々と暗闇の中へ飛び込んで行ったのが逆に怖い。
本当に大丈夫なんだろうか……
「ねえねえ未来ちゃん! 怖くなったら俺の腕に捕まりなよ!」
色んな意味で。
「なんまいだぶなんまいだぶなんまいだぶ……」
そして私の隣で一心不乱にお経(?)を唱え続ける穂奈美。
なんかもうイヤになってきたかも……
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「そろそろだね……」
沢北君が時計を確認する。未来達が中へ入ってからもうすぐで予定の15分になるが、まだ彼らの姿は見えない。
「なーみょーほーれんー……」
しばらくは止んでいた穂奈美のお経も、つい数分前から再び始まった。
唱えてる言葉はめちゃくちゃだが、二人の無事を祈っているのだという気持ちだけはひしひしと伝わってくる。
「ひーふーみーよーっ!!」
そしてそんな穂奈美のお経が突如意味不明な盛り上がりをみせた頃、
「あっ、帰ってきました!」
ボン君が暗闇の中からいち早く二人の姿を発見した。
「たっだいまー!」
私達に向かって大きく手を振る未来と加西君。
「いや、サイッコー! 俺達の愛も育まれたしね、未来ちゃん?」
そんな冗談を言い合いながら洞窟から出てきた二人。
よかった……無事だったみたい。
戻ってきた彼らの様子をみると、本当に心からこの洞窟探検を楽しんでいたようで、中で目にした色んな物や場所について、嬉しそうに皆に語り聞かせていた。
先鋒の勤めとして彼らはとりあえず潜れるところまで潜ってみたらしい。しかしそれでもやはり最深部まではたどり着けなかったらしく、8分を過ぎた所で折り返してきたとのこと。
それから岩場になってて少し足元が不安定なところはあるけれど、目立った危険といったらそのくらいだと言う事も彼らは教えてくれた。
ほっと息をつく。これで皆も次からはいくらか安心して入って行けそうだ。
「えっと、次は……」
「俺達だな」
名倉君と、彼に背中を押されるようにして来栖さんが一歩前に進み出た。
何だろう……なんかこのツーショットを見ると腹が立つ。
今朝あんな事があった上に、お昼も一緒に買いに行ってたし、今日ずっと二人きりじゃん……
いや、別に幼馴染の彼らにとっては特にそれが珍しい事でも何でもないんだろうし、その事に対して私が怒る理由なんて微塵も無いんだけど、何かこういうの良くないと思いませんか!?
今回はクジが偶然そうなってしまったんだから仕方ないっちゃ仕方無いんだけど……まあ幸運にも私も沢北君と一緒になれたんだから、あまり他人の事はとやかく言わないでおくか。
「じゃあ行ってくる」
名倉君の後ろに来栖さんが続く。
「行ってらっしゃーい!」
「気をつけてねー!」
私達も未来達の時よりは多少なりとも明るい雰囲気で彼らを送り出す事が出来た。穂奈美のお経も今は鳴りを潜めている。
名倉君は珍しく愛想良く私達に向かって親指を突き立てるなどしてそれに応えたが、来栖さんはというと終始無言だった。
そういえばさっきからずっと口数が少なかった気もする。
……もしかしてこういうの苦手なんだろうか?
よく見れば名倉君の服のすそをちょっとだけ掴んでいるではありませんか。
悔しいが、可愛い……
ではここからは名倉君にバトンタッチします。
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「ま、待て! も、もう少しゆっくり歩け! つまずく!」
洞窟の中へ足を踏み入れて数十秒と経たない内に視界は失われ、思いの外早くに携帯のライトに頼る事となった。
一台分じゃ少し光量が足りないので、先を歩く俺が絵里の携帯と合わせて手に持ち、道を照らす。
そして早々に俺は絵里の叱責を受けたのだ。
「でもそれじゃ奥まで行けないだろ? どうせだから深い所まで行ってみようぜ」
別に変な対抗心を抱いていたわけじゃないが、なんとなく福田達よりは先に進んでみたいという気持ちになっていた。
気が急いて、自分でも気づかぬ内に少し歩調が早くなっていたのかもしれない。
「いや、でもそれだとアレだ! わ、私がお前を見失う……」
絵里の声が急に細くなる。
……ん?
俺はふと違和感を感じ、今の状況をもう一度頭の中で整理してみる。
暗闇。服の裾を掴む手。おかしなテンション。消え入りそうな声――
あ、もしや、もしかして……これはもしかするところのアレか?
ニヤリ。
俺は唐突に足を止めた。
「うぎゃっ! ば、馬鹿もん、急に止まるな!」
すると、絵里は見事に俺の背中に思い切り顔面から衝突する。
「……お前、怖いのか?」
これは俺が日常の力関係をひっくり返せるまたとないチャンスかもしれない……!
「な……! 怖い事などあるか! わ、私が恐れる物などこの世に月とスッポンくらいだ!」
……決まりだな、もはや言ってること支離滅裂だし。
「あっそ。じゃあ俺先行くわ」
そう言って俺は再び歩を進める。さっきより更に速度を上げて。
「わわわ、待て! 頼む! 夏樹、待ってくれ!」
絵里は慌てて駆け出し、後ろから俺の腕にしがみついてきた。
なんか久々に名前を呼ばれた気がする。
ふふふふふ……
ははははは……
悪くないぞ! こういうのも悪くない!
俺の口元が邪悪に歪もうとも、この暗闇の中では誰もそれに気づく者などいまい。
「待って、下さいだろ?」
「クッ……待って……下さい……」
奥歯を強く噛みしめるようにして屈辱に耐えながらも、絵里は両手で抱えるようにして捉えた俺の腕を決して離そうとはしない。
「あれ、聞こえないなあ? さっきのは俺の空耳だったのか?」
「待って下さい! 夏樹さん! お願いします!」
絵里の怒号にも似た鎮痛な叫びが、洞窟内にこだまする。
「よかろう。では俺の歩みについて来るがよい」
それは俺の中の眠れるSっ気が目を覚ました瞬間だった。
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その後も俺は見えもしない幽霊を発見したり、聞こえもしない唸り声に振り返ったり、臭いもしない屍体の腐臭を嗅ぎ取ったりして、散々に絵里をびびらせてやった。
その度に絵里は「うぎゃー!!」だの「わぎゃー!!」だのお化け屋敷のバイトからすれば、まさにこの上ないほどありがたい反応を示してくれたわけだが、遂に「嫌だ……もう帰りたい……」と言って絵里が泣き出してしまった後はそんな幽霊も唸り声も屍体もすっかり陰を潜めてしまった。
もちろん俺が騒ぎ立てるのをやめただけの事であるが。
「そろそろ時間だ。ほら戻るぞ」と、その場にしゃがみ込み泣きべそをかく少女に優しくかけられた言葉とは裏腹に、日頃の恨み(?)を晴らせた喜びに今にもサンバのリズムで踊り出したい心情の俺がいた。
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「あっ、帰ってきたー……って、えぇ!?」
今朝ほどでは無いにしても、その二人の光景に私達は超弩級の衝撃を受けた。
度肝を抜かれる思い。正真正銘の肝試し。
「く、来栖さん! ……何があったんです!?」
ボン君が思わず二人の元へと駆け寄る。
驚いた事に、表情と言えば侮蔑と嘲笑しか知らない、あの鉄面皮と思われた来栖絵里が真っ赤に目を腫らしていたのだ。
そして今はもう衆目もプライドも憚る事なく、名倉君の腕にしがみついている。肩を震わせ、嗚咽する彼女の姿は見ていて痛々しい程だった。
そしてそんな来栖さんとは対照的に、なぜか名倉君は勝ち誇ったような笑みを浮かべているのがまた疑問だった。
「なっちゃん! 何があった!?」
何も答えようとしない来栖さんに代わり、今度は名倉君に注目が集まる。
彼は眼に魂を宿したような鋭い眼光を発し、
「俺達は絶対に出会ってはいけないものの存在を確かに認めた……幽霊、唸り声、屍体。俺達が通ったルートは封鎖だ。今からみんなにその道を伝える……」
と順路を説明するのだが、恐怖に慄いた私達の耳にはもはや何も入ってこない。
普段ならそんな話、金平糖の一粒程も信じる気になれないのだけど、来栖さんのあの姿を見た後だ。変な催眠効果にでも陥っていたのだろう。私は完全に震え上がっていた。
しかし時の流れは止められず、そうこうしている内に非情にも私の番が回ってきてしまう。
「柊さん、大丈夫?」
「う、うん……」
なんてのは虚勢もいいとこで、本当は全の然、全くもって然し大丈夫でなく、神がかり的に行きたくなかったのだが、私にはその意思を彼に伝える事は出来なかった。
だってそれは沢北君と二人きりになれるまたとない機会をみすみす逃す事を意味するのだから。
そして私達は旅立った。
もう二度と今には戻れない事を知りながら……なんてのは伏線張り過ぎか。
「梨子ちゃん! 気をつけて! 何かあったらすぐ電話するんだよ!」
穂奈美の湿っぽい声を背中に受ける。
あ〜私も泣きそうだよ……
陽の当たる世界、好きだったのになあ……
と訳のわからない回想に浸りながら、半ば15年の短い人生に幕を閉じる覚悟でいたのだ。
********
「ね、ねぇ沢北君……今からでも戻らない? やっぱり危ないよ……」
明かりが失われ、皆の姿が見えなくなると一気に不安が押し上げて来た。完全なる闇と湿り気を帯びた陰鬱な空気とで、余計に息苦しくなる。
確かに幽霊の一人や二人……一匹や二匹? くらい出て来てもおかしくないような気味の悪さだった。
しかし沢北君は返事をするどころか、振り向こうともしない。
聞こえなかったのだろうか?
「ね、ねえ、沢北君?」
私はもう一度前を行く背中に呼びかける。今度は少しばかり大きな声を出して。
その時、はたと彼の歩みが止まった。
「え、なに? ……どうしたの?」
私は彼の足元を中心に照らしていた携帯のライトを心持ち上方に向けようとして……
「きゃあっ!!!」
急に私は何かに両肩を掴まれた。
「あはは、ごめん」
……沢北君だった。
「もう驚かさないでよっ! 死ぬかと思った!」
と思わず彼に向かって怒鳴ってしまう。これにはちょっと反省。
「柊さん。名倉君の話、あれウソだよ」
沢北君はそんな悪戯に歯をのぞかせて笑うと、再び前を向き歩き始める。
「え、嘘って……幽霊とかの事? ……どうしてわかるの?」
私も置いていかれまいとすぐに彼の背中を追いかけた。
「彼は話し終えた後、僕と目が合って笑ったよ。きっとみんなを楽しませるための彼なりの演出だったのだろうね。柊さんもまんまと騙されてるみたいだったから」
う、嘘だったんだ……
私は気が抜けると同時に、さっきまでの自分の怯える様を思い出し恥ずかしくなる。
そりゃそっか……そんな話あるわけないよね……
「まあ一番の被害者は来栖さんみたいだったけど。名倉君もなかなかむごい事をする」
「あ、やっぱり来栖さん本当に泣いてたんだ……名倉君サイテー……」
悪意をもって女の子を泣かすなんて、やっぱり名倉君は正真正銘の人でなしで、男でなしだ。もう絶対に気を許してやらないんだからっ!
フンと鼻を鳴らす私の少し先で、しかし沢北君の口調は穏やかだった。
「でもあの二人本当に仲が良いよね。何をする時も一緒で、お互いに信頼し合っている。来栖さんが本当に心を開いているのは名倉君だけで、きっとその逆もそうなんじゃないかな……」
信頼……そうなのか。
二人の間にある見えない絆のようなものは、幼馴染ゆえの強い信頼関係の証。
それがあるから彼らは今朝あんな事があったにも関わらず、次の瞬間にはもう平然と肩を並べて歩けるし、軽口も言い合える。
時にそれは誰も踏み入れる事の出来ない彼らだけの世界を構築し、その中で完結され、生きているかのように振舞う。
私にはそれが腹立たしく、疎ましく、結局妬ましいのだ。
「彼らのような関係が羨ましいよね?」
「えっ……?」
そんな事を考えていたまさにその最中であったので、私は驚いて返答に窮した。
振り向けられた沢北君の笑顔の意味もよく分からなかったから。
考えをまとめようとアウアウと無意味に口を開閉する私に、更に彼は言葉を継いだ。
「柊さん、怖いなら僕の腕掴んでいいよ」
そして私に右手を差し出す沢北君。
「え……ええ!? ……そ、そんなこと……!」
な、なになになに!? なんなのこの展開!? これが噂の吊り橋効果!?
私はその差し出された手の対処法に困り……
な、なに? これはどうすれば?
磨けばいいんだっけ? いや、磨くのは靴だし……あ、舐めるんだっけ!? あれ、それは足……? ってかなんで服従の証!?
見ての通り、柊梨子はパニックに陥っていた。
「僕としても柊さんがついて来てるかどうかいちいち確認する手間が省けるしね」
そう言うと彼はあたふたする私の手を取った。
腕ではなく、手を。手の平を。
「ひゃっ……!」
突然末端に感知された36.5℃の温もりに、私の神経伝達回路は過去に例を見ないほどの混乱に見舞われていた。
体内の至るところで許容し切れなかった信号同士の衝突が発生し、予期せぬエラーとして脳に伝達される。そうして蓄積された何千、何万という事故報告は、生命の維持をも脅かす深刻な危機との誤認識を柊梨子にもたらすのであった。
きゃーっ!! 手繋いじゃった!!
死んじゃう、死んじゃう、死んじゃう、死んじゃう、死んじゃう、死んじゃう、死んじゃ……
その瞬間から、出口に差し掛かって「も、もう大丈夫だよ! みんなに見られると恥ずかしいし……」と半ば振りほどくようにして彼の手を離すまで、私は一言も言葉を発する事が出来なかったのである。
ああ……なんか名倉君と来栖さんとか本当にもうどうでもよくなってきた……




