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ナツキトリコ  作者:
第一部
19/41

第18話 GW大作戦(7) シースーと神

 第18話 GW大作戦(7) シースーと神


 玄関の扉を薄く開き、こっそり中を覗き込む。


 ここまで来る途中に色々考えたのだけれど、やっぱりどんな顔して皆の所へ戻ったらいいのかわからない。

 正直気まずい……


「お帰り、柊さん」

「さ、沢北君!?」


 そんな私を一番初めに出迎えてくれたのは沢北君だった。


「心配したよ。さ、早く中へ入って」


 もしかして沢北君、私が戻るのをずっと玄関の側で待っててくれたの?


「ごめんなさい……」


 私は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 ********


「おお! 梨子ちーん会いたかっぞ〜!」


 沢北君に導かれてリビングに戻ってきた私をいち早く見つけ、未来が抱きついてくる。


「梨子ちゃんお帰り」


 穂奈美は笑って、


「柊さん、コーヒー入れましょうか?」


 ボン君がそう尋ねてくれて、


「梨子ちゃん、5つ葉見つかったー?」


 と加西君。

 

 ん、5つ葉? 名倉君余計な事言ったな……


「みんな、心配かけてごめんなさい!」


 私は皆に向かって頭を下げた。


 みんな? そう言えば名倉君と来栖さんは……


 キョロキョロと目を泳がせる私を見て沢北君が教えてくれた。


「二人には反省の旅に出てもらってる」


 反省の旅?


 ********


「ただいま戻りました……」


 二人がコテージに帰って来たのは12時近くになってからだった。


「お帰り、二人とも。ご苦労だったね」


 沢北君が玄関先まで名倉君達を出迎える。すっかり彼はこのコテージの主人役が板についてきた。

 さて、「ご苦労」とは一体どういう事かと言うと、


「来栖さんお帰りー! 何買って来たー!?」

「まあそうはやるな、私の選択に間違いはない」


 そういう事だ。

 名倉君と来栖さんは沢北君からお遣いを頼まれたのだった。私達の昼食の。


 でも思ったより来栖さん平気そう……面倒を押し付けられて、てっきりもっと機嫌を悪くしているかと思ったのに。


 ……もしかして名倉君と一緒だったから?


 そこまで考えて、私はフルフルと頭を振って嫌な思考を掻き消す。

 もうその事は忘れるんだ! ……ってさっき決心したつもりなのに、二人を見るとどうしても朝の光景が蘇ってくる。


 そして名倉君はというと、


「す、少し休ませてくれ……」


 心底疲れ果てた様子だった。


 そういえば買い出しってどこまで行ってたんだろう……?

 この近くにお店なんて無さそうだし。まさかこんな時間になる距離まで歩いて行ったのかな……!? そうだとしたら、本当にお疲れ様です。


 彼はリビングへふらふらと足取りもおぼつかない様子で入って来て、そのままソファに倒れ込む。


 その途中で私と目が合った。


 ……けど、すぐに逸らされた。


 忘れてた。そういや私、朝名倉君とケンカみたいになってたんだ……

 結局皆と話してる内にあれは私の誤解だったって分かったんだけど、一回怒っちゃったものはなんだか決まりが悪くて素直に謝れない。

 ま、まあ、事故は事故といっても名倉君と来栖さんがちょっとHな感じになってたのは事実だし! 破廉恥だし! 高校生の分際で不謹慎だし!

 

 ……でも高校生ってそんなものなのかな? 皆もうそれほど気にしてないみたいだし……もしかしたら私の考えが古臭いだけのかな?

 私もいつか沢北君とあんな感じに……

 ハッ! 違う違う! 私、柊梨子はもっと清純にして健全たる女子学生だったはずよ!

 このところの著者の気まぐれに毒されて、キャラ崩壊されられた方はたまったもんじゃないわ!


「私は絶対に屈しないわよ! やれるもんならやってみやがれってんだ!!」

「梨子ちゃん……キャラ変わりすぎだから……」


 ……ええ……コホンコホン……

 お見苦し所をお見せしてしまいました。


 という事で二人は長い反省の旅(来栖さんは何事もなかったかのようにケロっとしてた訳だが)から無事帰還したのだけど、その間私達は何をしていたかというと、何もしていなかった答えるのが正しい。でも何もしていなかったのかというと、もちろん何かはしていた。と言って己が身の怠惰さを回避、隠匿しようと試みるのだ。


 私達はリビングで文字通りゴロンゴロンしていた。

 沢北君と穂奈美はソファに座って、それこそ貴族みたいにコーヒーを飲んだりしていたのだが、未来と私、それから加西君にボン君はふわふわのカーペットの上に直接横になって右に転がり、左に転がり……ゴロンゴロン……

 せっかく旅行に来ているのだからもっと時間を有効に使えば良いものを。

 いいえ、私達は実のところ昨晩の夜更かしが祟って何をする気力も残っていなかったのです。

 それに加え今朝の騒動で早々に目覚めてしまった事も睡眠不足に一層の拍車をかけた。

 全員が揃っていないからというのを良い口実に、私達は可能な限り生命エネルギーの節約に努めたのでした。

 ならばその転がる動作もやめれば良いのではないかという指摘もあるでしょうが……

 否! これは私達が生ある人間、考える葦であるところの唯一の証明なのだ! 言わば最後の意地である。

 故にいかに気味悪がられようと、不快に思われようと、私達は転がる。転がるから私達は私達であることを認められるのだから……


 以上の世迷い言は加西君の受け売りです。

 

 話が前後しました。気を取り直して……


 もはや3ccの体力すら残していない名倉君の快復を待つはずなどなく、私達は早速ランチタイムにすることに。

 だって名倉君が両手で抱えるようにして運んで来た、来栖さんが間違い無いと保証した、そのお昼ごはんの正体が気になって仕方がなかったから。


「貴様ら決してまだ袋から出すなよ……」


 私達は来栖さんの指示通り、ウッドテーブルの右半分と左半分に一つずつその大きなビニール袋をセットする。

 一人ずつ配られなかった所をみると、お弁当とかの類ではないようだ。


 みんなで取って食べるもの……サンドイッチとか? いや、でもそれは昨日食べたし……あ、ピザかな……!?


 脳内で様々な憶測が飛び交う。周りの皆も一様に思案顔な様子をみると、きっと同じような事を考えているのだろう。


 名倉君も重い腰を上げ……本当に重そうだ……渋々と席へ着く。


「さあ、賎民共よ! 聞いて驚け! 見て驚け! 今日の貴様らの昼食は……」


 ゴクリ……

 そんな音が聞こえて来そうなほど一斉に皆が息を飲むのがわかった。ただ一人、名倉君を除いて。


「これだっ!!」


 合図と共に目の前のビニール袋の覆いが同時に取り去られる。


「わお!!」

「嘘っ!?」

「これはこれは……!!」


 ちなみに今の発言、誰が誰かわかりましたか? 答えは晴れてアニメ化された時に皆様のその目でお確かめ下さい。


 頭上のライトに照らされ、それ自体があたかも光源であるかのように煌々と照り輝くその様は私達に生命の尊さを教えてくれた。

 いや、実際はもう生きてなんかないんだけど。


「お、お寿司……」


 そう、穂奈美の可愛い垂れ目を、クリクリっとしたまんまるおめめにさせてしまうくらいの、大量のお寿司がそこにあった。


「こ、これいわゆる大トロとか言うやつよね……」


 中でも群を抜いた脂ののり方、圧倒的な存在感を誇るそのネタもちゃんと人数分用意されてある。

 

 これ、きっと一番高いやつだ……


 松竹梅で言ったら松、最上とか、特盛とかそんな言葉で形容されそうなお店でも最高級の盛り合わせ。


 なるほど……どうりでさっきから来栖さんの機嫌が良かったわけだ。


「来栖さん……これどうして……」


 空いた口が塞がらないボン君。


「管理人の所で電話を借りて出前を頼んだ」

「しかし、相当高かったのでは……?」


 そう、それだよ沢北君!

 私達高校生なんだし、こんな高そうなお寿司のお金払えるはず無いし……


「ふっ……愚問だな。おい! 飛んで火に入る烏合の衆!」


 なんかもうわけわかんなくなってますけど!?


「私を誰だと思っている!?」


 貴方は県立西條高校1年8組来栖絵里さんだとお伺いしておりますがっ!?


「私は……神だ!」

「な、なんとっ!」


 最後の砦だった来栖さん……あなたもとうとう神に昇格してしまったのですね……


「こぉの寿司はぁっっ……タダだぁっっっ!!」


 来栖さんの叫びはテーブルのみならず、このコテージごと、いや全世界を震撼させた。


「うおぉぉ! 神よ!女神よ! 我らが主(しゅ)に栄光あれっ! 万歳!!」

『万歳!!』

「万歳!!」

『万歳!!』

 

 ここまできたら後はもうなんとでもなれ、だ……

 新たな宗教の誕生する歴史的瞬間を私はいま確かに目撃した。


 ********


「ねえねえ来栖さん、結局何でお寿司タダになったの?」


 美味しくお寿司を頂き皆が狂喜乱舞している隙を見計らって、私はこっそり来栖さんに尋ねてみた。

 なぜ私がこんな隠れるようにしなければならないのかはまったく不思議でならないのだが、イ絵里・来栖ト(加西君命名)を主と崇めるこの新興宗教の狂信的信者の手前、神に疑問を唱えるような真似をして、彼らに暴徒化されたらたまらない。

 私はもちろん洗脳なんかされてない。十二使徒で言うところのユダ? ペテロとパウロはさしずめ加西君と未来のポジションだろうか。


「ああ、寿司を待っている間少し話をしていて分かったのだが、実はここの管理人と私は遠い親戚関係にあるらしい」


 ああなるほど、それで可愛い姪っ子の為に一肌脱いでやろうっていう流れに……


「よって、ごねた」

「えっ、ごねたの!?」


 思わず口に運ぼうとしていたイクラを取り落としそうになる。


 なんとまあ善意は愚か、管理人のおじさんの人の良さにつけ込んだ脅迫まがいの行為の末得られた戦利品だったとは……

 そりゃまあどうりで名倉君が浮かない顔をしているわけだ。あれは心労だったんだね……


「安心しろ、私も鬼じゃない。神だ。念のため神宮寺の家の連絡先を残して来た。その気になれば向こうに請求がいくはずだ。まああの気弱な冴えない中年男にそんな真似が出来るとは思わんが」


 いや、モノホンの鬼だよ。

 さすがにこの話はみんな知らなくて正解だな……せっかくのお寿司もこれじゃ食べるのがためらわれる。


 それから私はお茶ばかりすすっていたことになど、もちろん誰も気づきはしない。


 ********


「ぷは〜!! お腹いっぱい!!」


 昼食にたっぷり一時間近くかけ、私達はお皿の上のお寿司を全て平らげた。

 まあ残してしまうのは勿体無いけど、皆良くあれだけの量を食べ切ったなあ。恐るべし寿司の魔力。


「お魚さん、ごめんね。でも美味しかったわ」


 いいえ、穂奈美に食べられたお寿司は今頃天国、ん、お魚天国? であなたに感謝してるよ。「キミに食べられるのなら本望さ」って……んな訳ないか。


「さて……では午後は何をしようか? まさかこのまま帰るまでずっとゴロゴロして過ごすわけにもいかないよね」

「俺達が昼飯を調達してる間お前ら暇してたんじゃねえか!」


 名倉君がつっこむ。沢北君それは失言だって。


「……帰りの電車の時間を考えると、五時にはここを出たいところですよね」


 ボン君にスルーされた!?


「あと四時間くらいは余裕があるわけだな……」


 加西君もそのくらいの計算は出来るみたい。……ま、まあ一応ここにいるのはみんな西高生だもんね。


「ハイ! ハイハイハーイ!」


 未来の手が上がる。右手、左手、両手。


「発言を認めます、福田さん」


 沢北君はいつの間にか意見の取りまとめ役になっていた。


「肝試し! 肝試しやろう!」

「……肝試し? そうは言っても……」

「未来、今はお昼だよ?」


 未来の突飛な提案に首を傾げる私達。

 何か考えでもあるのだろうか?


「へっへ〜ん。実は私、昨日探検してるときに洞窟見つけたんだ! だから、今日はそこで肝試し!」

「なるほど、洞窟かぁ……それは面白そうですね!」

「主よ! どうかご決断を!!」


 ペテロが来栖トの前でひざまずいた。


「許可する」


 一体いつまでこの流れを引っ張るつもりだろう……


 私達は万が一帰りが遅くなった時のために、先に荷造りを簡単に済ませておいてから、未来が見つけたという洞窟へと向かった。


 ********


「ではルールを説明します。質問は随時受け付けますので遠慮無く」


 私達は洞窟の前で未来から肝試しの概要について説明を受けていた。

 しかし私は前に出て喋る未来より、どうしても後ろに控える洞窟の方が気になって話に集中できない。


 本当にこの中に入ってくの……?


 崖のように切り立った岩肌にぽっかりと口を開けた入口からは、ただただ全てを飲み込んでしまいそうな漆黒の闇が窺えるばかりで、得体の知れない気味悪さに私は(おのの)いていた。


 どこまで続いているのだろう……

 危険な生き物とかいるんじゃないかな……

 ちゃんと帰ってこれるだろうか……


 次々と形を変えた不安がやってきて、私の背中にうっすらと嫌な汗が滲む。


「まずこの中には男女二人一組のペアで入ってもらいます」

「はい! 相手はどうやって決めるのですか?」


 早速加西君が質問する。なるほど、彼が最も食いつきそうな質問だ。確かに気になるところではある。


「くじを用意しました。後でみんなに引いてもらいます」


 そういって未来はカバンの中から割り箸の束を取り出した。先っぽに1とか2とかの数字がマジックで書かれてある。一体いつのまにこんなもの準備したのだろう?


「続けます。ペアで15分間洞窟内を自由に散策し、時間になれば再びここまで戻ってきて下さい。前のペアが帰還した時点で次のペアにスタートしてもらいます。もし時間になってもまだ入口まで戻れそうにないと思った時や、万が一道に迷ってしまった時はすぐに外の誰かに連絡すること」

「連絡って……携帯は通じるの?」


 穂奈美が不安そうに尋ねる。


「はい、洞窟内に電波が入ることは昨日私の携帯で確認済みです。ついでに言うと、この洞窟かなり奥が深いです。私も少し覗いてみた程度なのですが、おそらく15分で回れてしまうような規模のものではありません。そして15分経っても前のペアが戻って来ない、連絡がつかない際は緊急事態と判断し、すぐさま肝試しは中断。こちらから捜索部隊を派遣します」


 捜索……もしかして私達ってすごく危険な事しようとしてるんじゃ……


 サーっと血の気が引いていく。もう十分肝試されてるんですけど……


「補足ですが洞窟内で分岐に出くわした際は自分達が進んだ方を覚えておいて下さい。帰る際の目安にもなりますし、次のペアには是非違う方を探索してもらいたいと思ってますので」

「あ、あの……どうも洞窟内は真っ暗のようですけど、あ、明かりは……?」


 私はさっきからずっと気になっていたことを聞いてみた。


「各自携帯のライトをフルに活用して下さい」

「えっ、それだけっ!?」


 超心許なくない!?


「以上で基本的に説明は終わりです。何も質問が無ければ、このままペア決めを行ないたいと思います」


 そして私達はみんな不安を色濃く残したまま、未来の用意したクジを引いた。


 その結果ペアと順番は次のように決まった。


 ①加西、福田ペア

 ②名倉、来栖ペア

 ③沢北、柊ペア

 ④種村、神宮寺ペア



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