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ナツキトリコ  作者:
第一部
18/41

第17話 GW大作戦(6) リコボム

 第17話 GW大作戦(6) リコボム


「さて……この状況どうします?」

「も、最も恐れていた事態が起こってしまったという感じだね……」

「く、くそ! 嘘だろ……チクショー!」


 以上の発言、上から順に沢北君、未来、加西君です。

 では一体今現在何が起こっているのか、私、柊梨子が簡単に、いえ、詳細に説明しましょう。


 まず、第一発見者の名は神宮寺穂奈美。

 さすがはお嬢様と言いましょうか、育ちの良い彼女は夜更かしした翌日にも関わらず怠惰な生活を送ってしまわないよう、きっかり七時にセットした携帯のアラームで目を覚ましました。

 もちろん同室の私柊梨子と、福田未来、来栖絵里は、そんな事に気づくはずもありません。

 神宮寺穂奈美はまだ重いまぶたをこすりながらも、誰か他に起きてる人がいないか一人一人確認して回ったそうです。

 そして彼女はある異変に気付きました。


 来栖絵里のベッドがもぬけの殻になっていたのです。


 これは意外や意外。

 てっきり朝に弱いタイプだと思っていた彼女は既に目を覚まし、一人リビングで優雅にコーヒーでも飲んでいるのでしょうか。それは是非ご一緒したい。

 そう思った神宮寺穂奈美は軽い足取りで部屋を出ました。


 しかし廊下へ出た彼女の予想はすぐに裏切られます。

 香ばしいコーヒーの香りどころか、階下からは何一つ物音が聞こえません。

 一体来栖絵里はどこへ行き、何をしているのでしょう?

 不思議に思った彼女は恐る恐る階段を降り、リビングの中を覗き込みました。


 そして彼女は見てしまったのです。


 すっかり気が動転してしまった彼女は悲鳴をあげることすら忘れ、しばらくその場から動く事が出来ませんでした。


「神宮寺さん?」


 すると階段の上から彼女を呼ぶ声が。

 神宮寺穂奈美がやっとの思いで振り返ると、そこには段を降りて来る沢北春の姿が。

 どうやら彼もすでに目を覚ましていたようで、廊下から聞こえてくる物音に気付き部屋を出てきたようです。

 聡明な彼は彼女の表情を見るなり、何か尋常でない事が起きているのをすぐに察知しました。

 彼は彼女の元へと駆け寄り、半ば放心状態にあった彼女から事情を聞き出そうとします。

 しかし、顎が震え何も言葉を発する事の出来なかった神宮寺穂奈美は、代わりに右手を真っすぐに伸ばし、ある一点を指差したのです。

 それはリビングの中の方へと向けられており、彼はすぐにその指の先を目で追いました。


 そして、彼も見てしまったのです。


「見ちゃダメだ!!」


 咄嗟の判断で彼は手のひらで彼女の顔を覆い、その視界から目の前の惨状を隠そうとしました。

 しかし、もう手遅れでした。

 彼女は既に嫌というほど網膜に焼き付けてしまっていたのです。それはもうトラウマになるくらいに。

 沢北春はとりあえず彼女をリビングから廊下へと移動させると、そこに座らせました。


「いいかい? 僕はこれから皆を起こして来る。僕達が戻って来るまで君は絶対にここを動いちゃダメだよ。何があっても絶対だ。わかったね」


 そう言い残して、沢北春はまだ何も事情を知らない私達を呼びに寝室へと向かったのです。


 そして今、私達はここ、リビングルームに集まっている。

 神宮寺穂奈美の精神を崩壊させ、沢北春に戦慄を覚えさせた、その光景を取り囲むようにして……


 その中心では、


 あろうことか、


 名倉夏樹と来栖絵里が、


 ソファの上で抱き合って寝ていたのだ。


 スヤスヤと、


 寝間着のまま、


 絡み合うようにして。


「名倉君、来栖さん……貴方達がそんなだって、僕……」

「ボン君」


 私は冷めた目をソファの上に向けながら、口だけを動かした。極めて冷静に、丁寧な口調を心掛けた。


「言っちゃダメ。わかってるよね」

「……はい」


 それ以上ボン君の言葉を聞きたくなかった。彼に悪気は無いのだろうけど、今の私には誰のどんな発言も、どんな雑音も、ただ神経を逆撫でするように感じられたから。

 なんだかどうしようもないくらい無性に腹が立っていた。


 この人達はなにやってんの……

 どんな神経してんの……

 なんでみんなで旅行に来て、二人抱き合って寝てるの……

 しかもこんな人目につくとこで、大胆に……


 フツフツと怒りがこみ上げる。


 言ったよね、名倉君。

 貴方は女の子を好きになれないんじゃなかったの?

 なのにこれはどういうこと?

 どう説明するつもり?


 握り締めた手に一層力が入る。


 来栖さんも来栖さんだよ!

 ちっとも私達に心を開いてくれないと思ったら、目的はこれだったの!?

 ただ名倉君とイチャイチャしたかっただけ!?


 そして怒りは爆発した。


 なんなの二人とも! 信じられない!

 じゃあ勝手に二人でどこでも好きな所に旅行すればよかったじゃない!

 二人(・・)きりで!


「ふざけんなっ!!」


 私は手に持っていたタオルを床に叩きつけると、そのまま玄関から外へ飛び出した。


 ********


「あちゃー……梨子、相当ご立腹だね……」


 ええと……主役の二人がこんな感じなので、ここからしばらくは私、福田未来が進行を務めさせていただきます。


「とりあえずは……起こそうか。いつまでもこのままにしておくのは、僕達にとってもあまり心地良いものではない」


 と、沢北君。


「しかし、どっちから起こしたもんかねぇ……」

「う〜ん……」


 加西君の一言に一同沈黙。

 確かにどちらのパターンを想定しても、更に事態をややこしくさせかねない。


「いっそ、同時に起こしてしまいましょう」

「ほ、穂奈美!?」


 いくらか落ち着きを取り戻した穂奈美は、まだリビングに足を踏み入れようとしないものの、廊下の壁にもたれかかって私達の様子を観察していた。


「……僕も神宮寺さんの案に賛成ですね」


 ボン君は悲壮感漂う表情をしている。

 そりゃそうだ。彼が師のように仰いできた二人が、今この瞬間も公衆の面前で痴態をさらし続けているのだから。


「じゃあ名倉君は僕が……」


 沢北君が一歩前に出る。


「私は来栖さんを起こすね」


 私もソファへと近づく。

 そっと歩みよって、私達は「せ〜の」で彼(女)の肩を叩いた。


「……ん……」


 まず名倉君が反応し、


「んん……ん……」


 下になっていた来栖さんが声をあげる。


 てか来栖さんこう見ると本当に綺麗……


 そして二人は同時に目を開けた。


「うわっ!!」

「はあっ!?」


 全く同じリアクションだった。


「え、絵里……!? なんで、俺……」

「重いっ! とりあえずどけっ! 離れろ!」


 二人とも自分達の置かれている状況をまだ把握できていない様子。

 名倉君はアタフタと意味不明にクッションをソファに規則正しく並べ直したりして、パニクった来栖さんは訳もわからず、寝癖でくしゃくしゃになった頭をさらに掻きむしってぐしゃぐしゃにしている。


「おはよう、名倉君、来栖さん」


 そこに爽やかな朝にぴったりの、沢北君による爽やかな挨拶が登場する。

 爽やか過ぎて逆に怖いけど……


「な……! さ、沢北!?」

「なに!? き、貴様ら何を見ている!?」


 ようやく私達の存在に気づき、周囲をキョロキョロ、オロオロと眺め回す二人の慌てっぷりは見ていて面白い。


「さあ……どういうことか説明してもらおうか、お二人さんよお……」


 そこにいつも以上に目をギラギラさせた加西君が詰め寄る。彼のギラギラは一体どういう意味なのだろうか。


「いや、こ、これはだな……! その……」


 必死に弁解を試みようとする名倉君だが、なかなか上手い言葉が見つからないのだろう。舌が絡まりそうになっているところに、来栖さんの怒声が轟いた。


「私がコイツに寝込みを襲われたっ!!」


 私を含め一同唖然とする。

 来栖さんは私達の方を向いて、名倉君の顔に思い切り人差し指を突きつけたのだ。


 もう名倉君起きたし、代わってもらってもいいよね?


 ********


「……はぁ!? お前何言って……」


 言いかけるや否や、絵里がきっと俺を睨んできた。


 ……これは話を合わせろ、ということなのか?

 確かにとてもじゃないが俺が絵里に泣きついて、慰めてた絵里共々そのまま泣き疲れて寝てしまった……なんて話できるわけがない。

 それこそ絶対に他人に見せられない光景だ。


 とはいえあらぬ罪をかぶって自分を貶めるような発言をできるはずもなく、俺はそのままむっと押し黙ってしまった。


「いや、流石にそれは無いと思う」


 そんな重苦しい沈黙を破ったのは沢北だった。


「名倉君はそんな事できる人じゃない。きっと何かの事故だったんだろう」


 彼は大げさに首を振って、わざとらしい溜息をつく。

 そんな沢北に続くようにして、


「だよね〜名倉君って結構チキンっぽいし」

「来栖さん……大丈夫?」

「なっちゃん……どんな手使ったのかは知らんが、後で感想を教えろ!」

「名倉君……僕……!」


 俺達は矢継ぎ早に浴びせられる言葉の波に飲み込まれた。


 待て待て待て待て。

 何か結局俺が悪者扱いされてないか?

 まあ上になってたのは俺だし、画的にはそう見えたのかもしれないけど……


 助けを求めようと横目で絵里を見やるも、彼女もまた俺に白い目を向けていた。


 なんでお前まで……


 変な所で空気を読む事を覚えた、愛くるしい幼馴染の姿がそこにあった。





 ……とまあ俺の人間としての株は今朝を境に急落した事に違い無いのだが、おかげでさっきまでの張りつめた雰囲気は幾分和らいだ。


 沢北に救われた……か。


 沢北はそんな俺の視線に気づくと、にっこりと微笑んだ。


 あれ、そういや……梨子は?


 ようやく焦点の定まり始めた俺の目に、しかし彼女の姿は映らなかった。


 ********


 とりあえず顔を洗いに行こうとした俺は、途中廊下ですれ違った絵里に一応謝っておくことにした。


「その、悪かったな……」

「なんだ、お前そんな事を私がいつまでも気にするような器の小さい人間に見えるのか?」

「いや、そうじゃないけど……さっき怒ってるみたいだったから……」

「あれは皆の手前だ。昔は良く一緒に昼寝もしたろ?」

「馬鹿、いつの話してんだ……」

「とにかくそんな事気にしてる暇があったらさっさと顔洗ってこい。全員揃わんと飯が始まらんだろ」


 そう言って絵里は一足先にリビングへと戻っていた。寝起きだというのに、珍しく絵里は機嫌がよかった。


 あいつ低血圧治ったのかな……?


「ふぁ〜……ねむっ」


 小さなあくびをひとつ。


 ********


 俺がリビングへ戻る頃にはすっかり朝食の支度は終わっており、皆テーブルを囲んでソファに腰を下ろしていた。


「名倉君早く〜」


 福田が俺を呼ぶ。

 俺はソファの一番端に腰掛け、改めて一同を見渡した。


「あれ、梨子は?」


 てっきり俺が最後だと思っていたのに、そこに梨子の姿が見あたらない。

 この時間、まだ寝てるということもないだろうに……


「さあね」


 そんな問いかけに対し、隣に座った福田の反応はそっけなかった。


 なんだ……?


 俺は仕方なく他の者に答えを求める。


 加西、ボン、神宮寺――


 しかし、誰も俺と目を合わせようとしない。


 なるほど……

 知らないわけじゃない。

 ただ皆言おうとしないだけだ。

 その事だけはなんとなくわかった。


「いただきまーす」


 そして梨子不在のまま、朝食は始まった。

 俺は何とも言えない違和感を胸に抱えつつ、味のしない食パンをただ黙々と口に流し込んでいた。


 ********


「名倉君、ちょっといいかい」


 朝食後、俺は沢北に声をかけられた。

 つい半日ほど前そうしていたように、二人してウッドデッキに連れ立つ。


「柊さんの事だけどね……」


 そう、それだ。

 俺がずっと気になっていた事。

 梨子はどうしたのだろう。


「彼女は怒っている。君のせいだ、名倉君」

「怒った……?」


 なぜ? とシラを切るのは簡単だが、その理由も大体見当がついた。


「彼女は今朝コテージを飛び出して行ったよ。もう一時間近く経つ。だけどまだ帰ってこない」

「……」

「口には出さないけどみんな心配してる。だけど誰も探しに行こうとしないのは、それはきっと君の仕事だと考えているからだよ、名倉君」


 それもなんとなくわかる。

 さっきから俺を見る周囲の目が、少なからず非難の色を含んでいるような気がするからだ。


「みんなは優しいから何も言おうとしない、だから代わりに僕から君に話そう。名倉君、柊さんは君が怒らせた。君が連れ戻しに行くべきだ。僕も心配なんだ、彼女の事が」


 朝の眩し過ぎる太陽の下では、相手の表情を読み取るのも簡単だった。

 沢北の目は真剣そのものだった。


 ********


「さて、どこを探したもんかなあ……」


 あそこまで沢北に言われると、さすがにコテージでのんびりしているわけにもいかなくなる。

 それに原因が俺にあるというのを抜きにしてもまた、俺自身梨子の事が心配でもあった。


 にしてもアイツも本当に強情だよな……


 怒りに任せて飛び出したはいいものの、今更帰りづらくなったのだろう。きっとどこかその辺でウジウジしてるに違いない。


「そんなことで意地張ってどうすんだよ、っと」


 ぴょんぴょんと河原の石を飛び移りながら、俺は独りごちる。


 とりあえずは昨日の散歩ルートを一通りさらってみることにした。

 アイツも馬鹿じゃない。土地勘の無い所でわざわざ自分から迷い込むような真似はしないだろう。


「頼むから早く見つかってくれよっ、と! ……うおっ!!」


 最後にジャンプした岩で着地に失敗し、俺は思い切り片足を川の中に突っ込んでしまった。


「あーあぁ……びっしょびしょだ……」


 ********


「……いた」


 探し始めて30分。俺はようやく梨子を見つけた。

 彼女は例のクローバーの丘で膝を抱え地面に腰を下ろしていた。


 全く拗ねたガキでもあるまいし……


「あら、誰かと思えば名倉君?」


 背中越しに近づく俺の気配を察したのか、梨子はこちらを振り返った。


「お前は何やってんだよ、こんな所で」


 俺は梨子にならって草の上に座りこむ。


「そんな言われようは心外だわ。探してあげてたんじゃない? 五つ葉のクローバーを。貴方と来栖さんの幸せを願ってね」

「……」


 怖い。

 お前もキャラ変わりすぎだろ。


 ええと……周回プレイ後のシークレットダンジョンにて、やはり真の裏ボスはお前だったのだな、柊梨子!!

 ……なんてそんな雰囲気でもないか。


「昨晩は甘〜い夜だったみたいだけど、良い夢は見れた?」


 明るい声の調子とは裏腹に、顔は少しも笑っていない。目からは隠しきれない殺気が全方位にほとばしっている。


「……誤解だ。あれは夜に目が覚めて降りて来たら偶然絵里と出会って、それで少しソファで話してたんだよ……」

「真夜中にソファに肩を並べて一体どんな話をしたのかなあ? 二人きりで」


 駄目です!

 初号機制御不能!

 エントリープラグ射出出来ません!


 もはや事情を説明したところで聞き入れてもらえないか……


「とにかく気を悪くしたなら謝るよ。……だけどなんでお前が怒る必要がある……」


 最後に付け足したのは、俺としてはほんの呟きに過ぎなかった。

 俺と絵里のことにここまで梨子が激昂するというのも、どうも腑に落ちない点でもあったし……

 だけどまさかその部分に、彼女がこんな過剰に反応するとは思ってもみなかったんだ。


「なんで……? さあなんでかな!? 少しはその頭で考えてはみた!?」


 途端、梨子の顔が鬼のように険しくなる。

 眉根を寄せ、目を見開き、口からは唾が飛ぶのをもはや気にも留めずにがなり立てる。


 あちゃー……地雷を踏んだか。


「私信じてたんだよ! 名倉君の事! あの日話してくれた名倉君の秘密、ずっと信じてたのに……!」


 いや、それは紛れもない真実なんだけどな……だから人の話をちゃんと聞けっての。


「名倉君は私で二人目だって言った……ずっと誰にも言えず辛い思いをしてたんだろうな、ってそう私は思った。でも同時に嬉しかったよ! 私に話してくれて!」

「……」

「信頼してくれてるんだ……ってそう思えたから。だから私も名倉君の力になりたい、助けてあげたいと思ったの」


 梨子は悔しそうに顔を歪める。


「私は名倉君の書いてくれた小説の通りに沢北君と幸せになって、そしたらちょっとは名倉君にも幸せ分けてあげられるかなって……! そんなのわかんないよ、わかんないけど! でも私に出来る事ってそれくらいだと思ったから……!」

「もういいよ、梨子。ありがとう」


 俺は梨子の肩に手を置いた。責められるのも辛かったし、何より俺のせいで取り乱してしまった梨子をこれ以上見てられなかったから。


「うるさい! 知らない! 触るなっ! 嘘つき!」


 梨子はその手を強く払いのける。


 はあ……言葉が通じないとなると……


「嘘じゃない。それから、これ」


 俺はこういう事態も想定して最後の切り札を用意していた。


「なによ……もういらない!」


 俺達の間で何度もやり取りされたB5のノート。

 しかし梨子はそれさえも跳ね除け、全く取り合おうとしなかった。


 ……ったくお前は今俺相手に腹なんか立ててる場合じゃないんだよ。


「これが最後だ」

「……えっ?」


 その言葉に梨子はようやく顔を上げた。


「最後って……」

「俺の仕事もこれで終わりだ。従うか従わないかはお前に任せる。その……頑張れよ、梨子」


 俺は梨子の側の草の上にノートを下ろすと、もう一度彼女の肩に手を置いてその場を後にした。


 ********


「最後って……まさか……」


 私は名倉君の置いていったノートを拾い上げ、慌てて中を覗く。

 パラパラとページをめくると、初めて目にする「最終章」と書かれた部分が最後に付け足されていた。

 作中の日付けは今日になっている。


「嘘……急過ぎるよ……」


 呆然としながらも、私はその場で最後まで目を通した。


 幸せな終わり方だった。

 私が望んだ通りの、最高のハッピーエンド。

 それが名倉君の用意したこの小説の結末だった。


 しかしそれを素直に喜べない自分がいた。

 私は迷っていた。名倉君の小説に従っていいものかどうか。

 今思えばそれは下らない意地が邪魔していたのだとわかるけど、この時は本当に半信半疑だった。


 この小説の通りに何もかもが上手くいくものかどうか。

 あくまで小説は小説で、現実の私はあっさり沢北君に振られてしまうのではないか……


 そんな不安が頭をよぎって、私は今までのように言われるがままに実行することに躊躇いを感じていた。

 彼の事がどこか信じきれなくなっていた。


 ――それは運命の二者択一だった。




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